神殺しの贋作

遥 奏多

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41-繋がり

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 とてつもない爆発音に、意識を取り戻す。

「――っ!?」

 私は、魔族の杭にとらわれて――、そうか、痛みのあまり気を失ったのか。

 血にまみれた自分の姿を見てそう納得する。だが、だとすれば今の爆発音は一体……。そして、どうして私を貫いていたはずの杭はきれいさっぱり消滅しているのだろう。

「っそうだ、ジーン、ジーンは!?」

 慌てて周囲を見渡す。もしかしたら、ジーンが魔族を倒したのかもしれない。だとしたら杭が消えていることも説明がつく。爆発の名残だろう、硝煙がゆっくりと晴れてゆく。

 ジーンは、私と同じように地に伏していた。杭に貫かれた傷もあり、とても戦える様子ではない。では、今の爆発は誰が……?

「……じょ、しゅあ」

「――――?」

 その時、ジーンの口から出た名前が誰のことを指しているのか、私には理解できなかった。だって、ジョシュアは、私の、……兄は。



――嘘。



 完全に晴れた煙の中に、一つの影が立っていた。

「っ!?」

 淡い期待を持って、その影に目を凝らす。反対にいるジーンも、同じように目を開いていた。けれど。

『…………』

 そこに立っていたのは、ボロボロになった魔族だった。

『……見事。……この命、もはや持たない……か』

 何事かつぶやいた魔族は、おぼつかない足取りで半開きの扉へと歩き出す。

 待て、待てよ、待ちなさいよ。

 どこへ行くつもりなの?

 私の、たった一人の家族を奪った存在が、何をしようというの――?

 体中の痛みを感じなくなった。頭は驚く程にクリアになって、かすんでいた視界も元に戻った。

 ああ、これで、体が動く。奴のあとを追える。奴を、



  ――殺せる。



「アイーダ‼ だめだ、今行ってはッ!」

 遠くに誰かの叫び声が聞こえるが、関係ない。殺す。殺すのだ。兄を殺した存在を、私が――ッ!

「お、おおお! 王よ、我が主よ! どうされたのですか、何があったのですかそのお姿は!」

 魔族に向け走り出そうとすると、視界の端から、先んじて魔族に接近する人影をとらえた。無意識に、足が止まる。

『ジョエル、か』

 その存在を認めると、魔族はにやりと、嗤った。

『貴様は、……魔族になりたいと、言っていたな。ならば、ともに行こう。あの扉の向こうへ』

 そう言って、魔族はジョエルの腕を無理やりにつかみ、引きずっていく。ジョエルは扉の向こうにいる禍々しい気配を察したのか、何とかして抵抗しようとわめいていた。

 今なら、完全にこちらに背を向けている。簡単に、殺せる。

 再度、走り出そうと足に力を籠める。すると、

「アイーダっ!」

「――邪魔をしないで」

 いつの間にかすぐ近くに来ていたジーンが、私の手を取っていた。

 私はその手を振り払おうと力を籠める。が、どこにそんな力が残っているのか、ボロボロのジーンは決してその手を離してはくれなかった。

「離して。――離しなさいっ!」

「だめだっ!」

「どうして!? あいつは、あいつはお兄様を……私の、お兄ちゃんをッ!」

「それでも! だめなんだ!」

「だからどうしてッ‼」

 渾身の力を込めて、その手を払いのける。すると振り返る間もなく、温かい何かに体が包まれるのを、感じた。


「君は、こっちに来ちゃいけない」


「……なんで、どうしてよ……」

 瞳の奥から、何かがほろほろとこぼれていく。

 この体を包み込む温かさに、感情がどんどんほどかれていく。

「どうして……どうしてっ……、どうしてッ……!」

 一度溢れたものを塞ぎとめることもできずに、私はジーンの胸に顔をうずめた。

 血に濡れ、傷も癒えていない。そんな体でジーンはぎゅっと、その腕に優しさを込めてくれた。







 アイーダを止めているうちに、魔族はジョエルを引きずって扉のすぐ目の前にまで着いていた。
だが、あの体ではもう何もできはしない。鍵となるアイーダを手に入れることにも失敗している。
 奴の敗北は、すでに確定している。今更何をしようとしても、所詮は無駄なあがきのはず……。

 そう思っていると、扉を背にした魔族が口を開いた。

『我の負けだ、人間……いや、ジーン。鍵を手に入れることもかなわず、ベル=ゼウフ様を復活させることもできずに、……我の命は潰えるだろう』

 奴が俺の名を覚えていたことに若干の驚きを覚える、が、そんなことよりもその行動が気がかりだ。負けを認め、魔神の復活も諦めている。なのになぜ、奴の目はああも爛々と血走っているのか。

『どうせ……消えゆくこの命だ。ならば一つ、賭けを……しよう』

「賭け?」

 思わず聞き返すと、魔族は一度だけにやりと笑った。

『そうとも。ベル=ゼウフ様の復活に必要なのは……完全適正者の肉体と、魂。ならば、……同じように魔力への高い適性を持った、存在を生贄にすれば、……きっと、目覚めてくださるだろう……』

「――なッ、まさか!」

 驚愕に目を見開く。すると魔族は、最後の咆哮だとでもいうように、高らかと笑いだす。

『ッククク、ッククヌハハハハハハハハハ――! ああっ、お受け取りくださいベル=ゼウフ様。この身、この命、あなたのために捧げましょうッ‼』

 高笑いをしながら、魔族は禍々しい光を放つ扉の中へと消えていく。その手にジョエルの腕をつかんだまま。

「あああああああっいやだ、いやだあああああっ‼ 誰かっ! たすったすけえええええぇえ! ああああっ誰、誰かあ、ジーィィィイィイイン! ジィィィィンンンンン!お願いします!お願ッああ! たすけええええええええええええ」

 聞くに堪えない悲鳴を上げ、こちらに手を伸ばしながら、二人は扉の向こうへと消えてゆく。そして、その悲鳴が完全に途絶えたとき……。



 ズ――――――ン、と。



 世界が震える音が聞こえた。


 扉の向こうから感じる魔力が、確かな存在となって空気を圧迫する。

「――――ッ!?」

 アイーダがその身を震わせ、ひしっとしがみついてくる。思わず俺の腕にも力が入った。

 体が震える。胃の奥から震え上がるような怖気に、思わず後ずさった。

 逃げたい。でも、逃げられない。

 本能に刻まれるように、恐怖の感情が体を、心を支配する。

 ――ここにいてはいけない。

 頭が必死に警鐘を鳴らしているのに、体が全く動いてくれなかった。

 そして、現れる。

 扉の奥の存在が。邪悪の権化が。



 ――この世界の、神が。


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