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#7  俺を見て。

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 エレンは邸中を走った。
 走るエレンを使用人が振り返ってみている。


 (…いない。)


 エレンは庭園へ向かった。
 いつもいる庭園のベンチを見に行ったが、オリヴィエの姿はなかった。


 (…償いとは一体何の事なんだ?)


 庭園は広い。
 エレンは息を切らしながら庭園を探し回った。


 夏の匂いがした。
 陽が強く、繁った緑が濃く色付き、色とりどりの花が咲いていた。


 そして、遠くに彼女の後ろ姿が見え、エレンは足を止めた。
 その後ろ姿が今にも消えそうに見えたからだ。
 目頭が熱くなるのを感じた。


 エレンはゆっくりとオリヴィエに近付き、静かな声で、
「オリヴィエ」
と声をかけた。


 オリヴィエは白い薔薇を見ていたが、その声に振り返り、
「お兄様?」
と少し驚いた様子で返事をした。


 (何を…何を言えばいいんだ…。)
両手を握りしめた。


 黙っているエレンに、オリヴィエは
「…どうされたのですか?」
と言った。



「…ここを出ていくつもりなのか?」



 風が吹いた。
 オリヴィエは少し考えていたが、やがて地面を見つめると、
「…ずっといることは出来ないんです。」
と答えた。


 そして、
「ここに来たときから、一人で生きていける年齢になったら出ていくつもりでした。」
と言った。



 (ここに来たときから…?)


 (君の「誰か」になれないのは分かってた。
 でも俺は「兄」にもなれないんだ。)


 ーーーでも君の「誰か」になりたい。


 ずっと耐えていた何かが壊れた。
 堰を切ったように欲望が溢れ出す。




 ーーーーー君が欲しい。





 エレンはオリヴィエの手を掴むと走り出した。
 「あっ…待って。」
 オリヴィエはドレスにヒールだ。
 だが、エレンはそんなこと忘れているかのように走った。
 庭園を抜け、裏庭を抜け、そして裏門をくぐったーーー。


 二人の息が切れる。
 薄暗い森に入ると、空気がひんやりとしていた。


 「あっ…!」
 森の舗装されていない道に、オリヴィエがつまづいて靴のヒールが折れた。
 エレンは咄嗟にオリヴィエを抱き止めると、そのまま抱き抱えた。
 「お兄様…!」
 オリヴィエは真っ赤になった。
 そしてすぐに森小屋が見えた。



 「ここは…」


 「俺の子供の頃の秘密基地だ。」


 そして、森小屋に入るとベッドの端に彼女を座らせた。



 軽く息を整えると、エレンはオリヴィエの隣に座った。
 ギシッとベッドが軋む。
 エレンの鼓動が速くなる。
 そして、オリヴィエを見つめ、静かにこう言った。
「…君が、何かに傷ついていることは気付いていた。」


 オリヴィエは黙ってエレンの顔を見ていた。


「オリヴィエが話したくなったら話せばいい。
 話したくなければ一生話さなくてもいい。
 だけど、オリヴィエがどこの誰でも、過去に何が あったとしても、俺は変わらない。」


 

 オリヴィエの瞳の色が揺れた。
 そして大粒の涙が一粒ポロっとこぼれた。

 
 エレンはオリヴィエに静かに近付いた。
 「オリヴィエ、俺をみて。」
 …そう言ってエレンは熱を帯びた瞳でオリヴィエを見つめた。


 ーーーエレンはオリヴィエの涙を手で拭い、そっと口づけをした。

 

 オリヴィエは顔を目を丸くして驚いた顔をしている。
 オリヴィエの顔が近いーーー。



 その時、オリヴィエのアメジスト色の瞳に自分が映っているのに気づいた。
 初めて、彼女の瞳に映ったと思った。





 (ーーー俺はオリヴィエの事を何もしらないけれど、でも一つだけ確かな事を知っている。


 ーーー君の手は俺と同じ手だ。)







 
 


 
 
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