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三話
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「————なりません!」
悲鳴のような声が響く。
屋敷の門。その側で、待機をしていた一人の男が勢いよく飛び出し、王都へ向かおうとする私を引き留めていた。
ガンガンと、私の鼓膜を容赦なくソレは打ち付けてくる。
「セフィリア様のお気持ちは痛い程存じ上げております。しかし、それでは……それでは、貴女様のお父上がどうにかして穏便に事を収めようとなさっていた苦労が水の泡になりますぞ……」
私の生家であるアインベルク公爵家。
そこで執事長を務める初老の男性——カイゼルは家を飛び出して王都に向かおうとする私の手を掴み、決死の説得を試みていた。
それはいけないと。
もうすぐ、ミハエラは解放される筈だからと。
……でも、それじゃあもうダメなのよ。
「……ねぇ、カイゼル。それを言い始めてからもう何年経ってると思う? ……————4年よ」
厳密に言うならば、ミハエラが不当な扱いを受けている事を私達が知れたのが4年前なので、実際はそれ以上の期間、ミハエラは苦しんでいた事になる。
「私はもう十分待ったわ。……ううん、待ち過ぎたくらい。……父を批判したいわけじゃないけど、最初からこうしておけば良かったと後悔すらしてる」
もっと早くに私が行動に起こしていれば、ミハエラは余計に苦しむ事はなかったのに。
貴族家というしがらみ。
父の立場。それら全てを踏まえてしまったが為に、一歩前へと踏み込めず足踏みをしてしまっていた。
……たとえ、褒められた行為でなかったとしても、己が正しいと信じる道を貫くべきであったと、自責の波が私の中で押し寄せる。
「カイゼルの言いたい事もよく分かるわ。相手は王族。それに、この縁談は王家主導で進められたもの。……幾ら此方に非がなくとも、一方的に破談を突きつけてしまうと煩い連中が喚きだす。だから、ゆっくりと『縁談が破断となってしまったが、仕方がなかった』と、誰もが認めるだけの理由作りをしなくちゃいけない」
……王政の悪いところだ。
王家を至上にするからこそ、王族には必要以上に気を遣わなければならない。
仮に彼らが示す行動が間違っているのならば、それは尚更に。
「ええ。ええ。それが正しいわ。間違ってるのは私。正しいのは貴方と父。でも、愚直に正しさを求めていたら、知らず知らずのうちに大事なものが手からこぼれ落ちてしまう事もあるのよ」
「……です、が」
じゃあどうしろというのだと。
私の主張はカイゼルだってとうの昔に分かっている。きっと、声を張り上げたいのは彼も一緒だ。しかし、年長者である彼が感情論で動くことだけは出来ないのだろう。
「————父に、伝言を頼めるかしら」
言い淀むカイゼルに向かって、私はそう一言。
馬鹿正直に、私を引き留めるカイゼルの話を素直に聞いていた理由こそが、ひとつの伝言を頼みたかったから。
「私、セフィリア・アインベルクはミハエラを王都から連れ帰り、そのまま国を出るわ」
「……正気ですか?」
「あんなクソ王子がいる国でこれ以上、ミハエラを苦しめるわけにはいかないの。何と言っても、私はあの子の姉だから————どんな時であってもあの子の味方であってあげないと」
幸い、私はアインベルク家の中ではきっと一番身軽な人間である。
だからこそ、尚更あの子に寄り添うべき人間は私であると。そしてその私が出した結論こそが、国を出る事だと。
それを察したが故に、なのだろう。
カイゼルは困惑を隠し切れていなかった。
悲鳴のような声が響く。
屋敷の門。その側で、待機をしていた一人の男が勢いよく飛び出し、王都へ向かおうとする私を引き留めていた。
ガンガンと、私の鼓膜を容赦なくソレは打ち付けてくる。
「セフィリア様のお気持ちは痛い程存じ上げております。しかし、それでは……それでは、貴女様のお父上がどうにかして穏便に事を収めようとなさっていた苦労が水の泡になりますぞ……」
私の生家であるアインベルク公爵家。
そこで執事長を務める初老の男性——カイゼルは家を飛び出して王都に向かおうとする私の手を掴み、決死の説得を試みていた。
それはいけないと。
もうすぐ、ミハエラは解放される筈だからと。
……でも、それじゃあもうダメなのよ。
「……ねぇ、カイゼル。それを言い始めてからもう何年経ってると思う? ……————4年よ」
厳密に言うならば、ミハエラが不当な扱いを受けている事を私達が知れたのが4年前なので、実際はそれ以上の期間、ミハエラは苦しんでいた事になる。
「私はもう十分待ったわ。……ううん、待ち過ぎたくらい。……父を批判したいわけじゃないけど、最初からこうしておけば良かったと後悔すらしてる」
もっと早くに私が行動に起こしていれば、ミハエラは余計に苦しむ事はなかったのに。
貴族家というしがらみ。
父の立場。それら全てを踏まえてしまったが為に、一歩前へと踏み込めず足踏みをしてしまっていた。
……たとえ、褒められた行為でなかったとしても、己が正しいと信じる道を貫くべきであったと、自責の波が私の中で押し寄せる。
「カイゼルの言いたい事もよく分かるわ。相手は王族。それに、この縁談は王家主導で進められたもの。……幾ら此方に非がなくとも、一方的に破談を突きつけてしまうと煩い連中が喚きだす。だから、ゆっくりと『縁談が破断となってしまったが、仕方がなかった』と、誰もが認めるだけの理由作りをしなくちゃいけない」
……王政の悪いところだ。
王家を至上にするからこそ、王族には必要以上に気を遣わなければならない。
仮に彼らが示す行動が間違っているのならば、それは尚更に。
「ええ。ええ。それが正しいわ。間違ってるのは私。正しいのは貴方と父。でも、愚直に正しさを求めていたら、知らず知らずのうちに大事なものが手からこぼれ落ちてしまう事もあるのよ」
「……です、が」
じゃあどうしろというのだと。
私の主張はカイゼルだってとうの昔に分かっている。きっと、声を張り上げたいのは彼も一緒だ。しかし、年長者である彼が感情論で動くことだけは出来ないのだろう。
「————父に、伝言を頼めるかしら」
言い淀むカイゼルに向かって、私はそう一言。
馬鹿正直に、私を引き留めるカイゼルの話を素直に聞いていた理由こそが、ひとつの伝言を頼みたかったから。
「私、セフィリア・アインベルクはミハエラを王都から連れ帰り、そのまま国を出るわ」
「……正気ですか?」
「あんなクソ王子がいる国でこれ以上、ミハエラを苦しめるわけにはいかないの。何と言っても、私はあの子の姉だから————どんな時であってもあの子の味方であってあげないと」
幸い、私はアインベルク家の中ではきっと一番身軽な人間である。
だからこそ、尚更あの子に寄り添うべき人間は私であると。そしてその私が出した結論こそが、国を出る事だと。
それを察したが故に、なのだろう。
カイゼルは困惑を隠し切れていなかった。
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