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「レーネ様、お薬を飲みましょうね」

「もう、熱は下がったわ」

「ですが、まだ、元気になっておいでではないでしょう? お食事の量も減っておりますし。皆心配しているのですよ。 それにコレは薬と言っても栄養の塊ですから、身体に問題はありません」

「そう?」

 本当に心配そうにするから私は薬を飲んだ。



 風邪をひいてから3か月が経過していた。
 とっくに風邪は治っていると言うのに、私は未だ病人扱い。



 そして未だにマルクル様から仕事が任せられる事はないし、留学前だったらマルクル様と定期的にお茶の機会を設けていたけれど、それも……今は……無い。 

『レーネは可愛いね。 可愛いけど……身体も心も幼くて愚かだ。 人の心を何も理解していない。 周囲の機嫌取りを真に受けて……でも、まぁ、それが君の可愛さなのかもしれないね。 レーネ、この仕事を頼めるかい? 君は幼くて愚かだけど、頭だけはいいから。 私だけだよ。 君の良さを理解し、こうやって君を必要としているのは』

 王妃様や陛下の愛情を疑うべきではないわ……。 お二人はとても良くしてくださっているし、お二人も私を愛してくれている。 私がいるだけで……楽しくて、嬉しいと言って下さるもの。 お二人を疑うなんて……。

 そうやって自分を鼓舞しても……心は沈む……。

 寂しがる私のため、マルクル兄様に元気のない私を見舞って欲しいとノーラが訴えたのだと、侍女仲間と話をしているのを聞いてしまった。

 聞かなければ良かった。
 兄様はこう言ったと言っていたのです。

『私に何の利益がると言うのですか? 彼女は私のお願いを拒否したのですよ。 人と人の関係はお互い様だと言う事を、貴方方は知らないのですか?』

 どうして……マルクル兄様に仕事を突き返してしまったのよ!! なんて……フェルザーに言える訳がありません。 彼に悪気はないのですから。

 でも……私は寂しいの……。
 捨てられたのかと思うと……。
 用なしなのかと思うと……。

 上手く息が出来なくなる。



 仕事を拒否した事でマルクルは、お茶の招待もしてもらえない。 そして……陛下も王妃様も、もう2週間ほど、顔を見せて下さってはいない。

「レーネ様。 部屋に籠ってばかりいては身体に悪い。 沢山着込んで散歩にいきませんか?」

 フェルザーが言えば、侍女達は何を言うのだとばかりに、散歩は止めた方がいいと非難していた。

「雪が降っているのですよ!! 何を言っているんですか!!」

「こんなもの雪のうちに入るか!! むしろ、今、散歩の機会を逃せば雪が積もって足元が悪くなる。 それに、冬用のコートを着て、雪を見るレーネ様はきっととてもカワイイと思うぞ」

「そ、それは……。 そんな事で騙されると思っているのですか!!」

「あ、あの……私も、散歩したいです!!」

 私が声を大きくあげれば、よっし!!と、フェルザーが何故かガッツポーズをして、そして願いは呆気なく叶った。



 もう3月も外に出ていないのだから……変なお願いではないわよね?

「長く外に出ていないし、身体も弱っているだろうから」

 そう言って、フェルザーが手を差し出してきた。 これは?! エスコートと言う奴かしら? でも……マルクル兄様にもしてもらった事がないのに……なんだかいけない気がするわ。

「要らない」

「なぜだ?」

「だって……勘違いされたくないもの」

 これ以上、兄様に誤解されて冷たくされたりしたくない。

「誤解等するものか。 俺は祖父母と出かける時も手を貸すぞ? 身体が弱っている人がいても当然する。 レーネ様だってするだろう?」

「それは……そうかもしれないわね?」

 私は少しだけ混乱してしまっていて、ノーラに救いを求めれば、ノーラはただ笑っていた。

「だろ? オカシイ事じゃない」

「そう、なの? でも……やっぱりいい。 側にいるなら転びそうなときは助けてくれるでしょう?」

 そう笑みを向けて言えば、フェルザーは頓狂な顔をし、そして次に笑った。

「それもそうだな」





 久々の外の風は、心地よくそして冷たかった。
 ヒラヒラと落ちる雪は、薄い雲から透ける日の光にキラキラと綺麗。

「綺麗ねぇ~」

「えぇ、綺麗ですねぇ。 レーネ様」

 私達は雪の中レンガの小道を歩いていれば、遠くに大きな木が見えた。 それは植物園の目印で……私は少しだけ駆けだし、そしてフェルザーは速足になる。

「ねぇ、植物園に行きましょう!! 食糧難に備えて研究をお願いしていた植物達が気になるわ!!」

 先に進んだ私が振り返り、言えばノーラは笑う。

「レーネ様は本当にお仕事人間なんですから。 歩いていて暑くなっておりませんか? 暑い用でしたら上着を一枚脱ぎましょう」

「そう、ね。 えぇ、少し暑いかもしれないわ」

 久しぶりに外に出た私は、出会う人達に挨拶をしていた。 そうしたら笑顔で返され、私も笑みを返す。 ただ、それだけの事で……なんだか救われた気分になって、本当に外に出て良かったなと思えたのだ。

 レンガの小道で、本日何人目かの人達を見つけ私は笑顔を向け挨拶した。

「こんにちは。 年末に向けてお仕事が忙しくなっていると思うのだけど、大丈夫ですか?」

 そう私が声をかけたのは、まだ若い文官3人組で、痩せていて顔色も悪い。 ずっと私が病人扱いされていたけれど、彼等の方が余程病人ではないだろうか?

「ぁ、え……ぉ」

 会話どころか、挨拶もままならず、視線は泳ぎ、3人は顔を見合わせ……そして泣きだしてしまった。

「ど、どうしたの? ツライの? 大丈夫?? 風邪? 病気? そんな時は早めに休んで栄養を取った方がいいわよ」

 私が慌てて言えば、3人は膝から崩れるように地面にへたりこんだ。 3人が手にしていた資料が飛んでしまいそうで、私は慌ててソレを抑えようと手を伸ばし、ノーラもフェルザーも私に続いた。

「お願いします、レーネ様。 私達を助けて下さい!!」

「ぇ?」

 戸惑う私を背に隠すようにフェルザーが、私と文官3人の間に割り入り言うのだった。

「話しを聞きましょう。 良いですよね? レーネ様」

 その顔がとても真剣で私は、イヤとは言えなかった。
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