推しの悪役令嬢に恋をして

クロン

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序章

仮説病棟の日常

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次の日には四畳ぐらいの部屋を用意してもらえた。小さいとはいえ個室だ。洋服や靴などの着るものや身体を洗う石鹸などを支給してくれ、身なりもちゃんと出来るようになった。ビック待遇だろう。その日の晩にボサボサだった髪や身体をきれいにて身なりを整えた。

そこで初めて自分の顔を鏡で見た。

…誰だこのイケメンは?8歳だからまだ幼さいが、前世の顔を覚えてる訳ではないとはいえ整った顔。
…まあ、目が座ってるのはちと残念だが。クール系?髪の色は黒いままだが、目が…目が黄色い!!! 

朝から気分良く起きて身支度をしてからアマンダさんの手伝いへと足を運んだ。キャロット様の身支度の下準備を手伝い、アマンダさんが起こしに行っている間に病棟ででた洗い物の手伝いをこなしてから朝食を3人で食べる。朝は毎日だいたいこのルーティーンだ。

本来、主人であるキャロット様と一緒の食卓に入るなどあり得ない事。ただ元々、伝染病が急激に広まったことにより緊急として作られた仮設病院の為、食堂を二つ用意できなかったこと。それでも貴族専用の部屋は2、3部屋あるのだが…。一応身分を偽る為と、単純にキャロット様のアマンダさんと一緒に食べたいという強い要望で一緒に食堂で食べている。まあ、みなだいたい気付いている様だが。それに最初は流れのまま普通に一緒に食べてしまっているから今更言えるはずがない。

「おはよう。ヴェル。」

身支度を終えたキャロット様がアマンダさんと一緒に食堂へとやってきた。

「おはようございます。キャロット様。」

俺は座席から立ち上がり畏る。顔を上げると可愛らしい笑顔を向けられ、またも動悸が…。毎朝いつも見てても慣れない。可愛すぎて…。
いつもの様に顔に出さない様に振る舞い、何もなかった様に共に朝食を食べた。

「今更だけど、ヴェルは何故食事の前と後で、手を合わせるの?」  

日本人だから仕方ない…とは言えない。

「そうですね。…小さい頃からの習慣なんです。記憶が曖昧ですが、恐らく両親か育ててくれた人から教えられたのだと思います。両親だといいなと思って続けているんです。」

「両親だといいわね。」

「…はい。」   

俺は下を向きキャロット様から目を離した。

「確かに珍しい習慣よね。どんな意味があるのかな?覚えてないの?」

アマンダさんが不思議そうに聞いてきた。

「そうですね…。うろ覚えですが、食事前が確か命を頂きます。食後が、命をありがとうございました…だったと思います。食事をするのは動物や植物達の命を頂くのだから感謝をする儀式みたいな物だったかと。」

「へー。そんな考えもあるんだね。動物や植物に感謝するなんて珍しいわね。」

「確かにそうですね。私も初めて聞きました。素敵ですね。」

「はい。僕も良いと思って続けています。」

食事を終えて、3人で手を合わせて「ご馳走様でした。」と声に出して食事を終えた。アマンダさんの態度も今じゃ慣れてしまった。キャロット様が望んで今の関係になったらしい。もちろん二人の時だけや今の様な身分を気にしない時だけらしいが。
俺の知っていたキャロットとは少し違う。話しているとやっぱりキャロットなのだが、この2人の関係はゲームの中のキャロットからは想像がつかない。この違和感のせいで未だに動悸がしてしまうんだろうと思う。日に日に激しくなってる気がする…。

「それにしてもずいぶんと見違えたね。よく似合っるよ。」

「そうですわね。昨日までとは大違いで驚いたわ。」

食事後、改めて2人が俺の姿をみて満足そうにしてくれた。二人の反応も好印象で良かった。

「ありがとうございます。お陰様で身なりを整えることができました。…それでもう一つお願いがあるのですがいいですか?」

「ええ、いいわ。どうかしたのですか?」

「できたら散髪したいのですが、はさみを貸してもらいたいのですが。」

「自分できれるの?」

「やったことはないのですが、この状態よりかはいいかと…。」

俺は束ねた髪を持ち上げて見せた。ていれなど一切してなかったせいで痛んでいる。マシになったとは言え酷い有様だ。

「じゃあ、私が切ってあげるよ。たまにお嬢様の髪を調整で切ったりしてるから任して!」

「それがいいわね。アマンダなら適任だわ。ハサミも自前の物を持ってるから、この後切ってもらいなさい。」

「助かります。よろしくお願いします。正直自分だと不安だったので。」

こうして朝一の仕事を休ませてもらい、髪を切ってもらった。
サッパリした!!だいぶ頭が軽くなった。それにしても驚いたのはアマンダさんの腕前。痛んだところを切りながら、長さを調整してくれた。長さはショートぐらいまで切ってもらった。鏡を見ながら満足そうに笑うアマンダさん。

「うん。これでいいんじゃないかな。カッコよくなったじゃん!!」

「ありがとうございます。自分でもビックリするくらい変わりましたね。アマンダさんは起用ですね。」

「どういたしまして。じゃあ、行こうか!」

「はい。僕はこっちなので、ありがとうございました。」

俺は礼を言って事務所に行こうとしたが、アマンダに手を掴まれて引き止められた。

「え?」

「だから行くよ。お嬢様の所に!!」

「え?でも今頃は仕事中ですよ。邪魔になりませんか?それに髪を切ったのを見せに行く事もないと思うんですけど。どうせ休憩の時には会うんですから。」

「大丈夫!こんなおもしろ…じゃなかった。いいからお嬢様も気にしてるはずだがら行くよ!」

半ば強引に連れて行かれてしまった。

何故か病棟の前で待つことになり気まずい。サボってるような気分だ。実際、サボりではあるかな。
暫くすると、アマンダに手を引かれてキャロット様が出てきた。

「え?ヴェル?」

勢いよくでてきたキャロット様が俺を見るなり固まった。…あれ?変かな?

「…はい。キャロット様。お陰様でサッパリしました。大丈夫ですかね?」

キャロット様の驚いた顔を見て不安になった。

「…いいえ。とてもよく似合ってるわ。……。」

なぜか目を背けられてしまった。…というか何故今、アマンダさんがいない!?さっきまでいたのに。

助けを求める為にさっきまでアマンダさんがいたはずの場所をチラ見した。

「…えっと。ありがとうございます。似合ってるなら安心しました。」  

何故か気まずい空気になってる様な…。

「…こっ…これならお父様も許可がおりるわね。仕事も人一倍やってると聞いてるし。クライス兄さんも褒めていたから推してくれるはずよ。」

「ありがとうございます。」

チラチラとは見てくれるのに何故か直視してくれないキャロット様。

「それじゃあ、またお昼の時にきてちょうだい。そろそろヴェルも仕事に戻るでしょ?」

「…はい。それでは後程また来ます。では。」

「…ええ。」

キャロット様が仕事に戻られるの見送り、その場を後にした。すぐに後ろからアマンダさんが追ってきた。

「キャロット様。可愛かったな~。」

「ん?なんのお話ですか?…それよりも何故キャロット様を残していなくなっちゃうんですか!?」

「え?だって2人きりの方が良いと思ったからに決まってるじゃない!」

「言っている意味がよくわからないんですけど。なんか気まずい空気だったんで困っちゃいましたよ。」

「あれは間違いなく照れ隠しよ!」

「何故僕なんかに照れるんですか?あり得ませんよ。確かにアマンダさんに切って貰えたおかげでまともにはなったとは思いますが。」

まあ、内心は断然カッコよくなったとは自覚してる。ただ俺よりもイケメンの奴なんか貴族にはゴロゴロいるんだから見慣れてるだろうと思う。

「ハァー。何言ってるのよ!?…まあ、この後の周りの反応をちゃんと見てなさい。」

そう言ってアマンダさんは自分の仕事場に行ってしまった。

実際、事務を教えてくれてるお姉さんや周りの看護師、患者の女の子たちには大好評だった。  

キャロット様もお昼休みの時にはいつもと変わらない態度に戻っていてなんかモヤモヤした。

…ただ本当に照れてくれたのなら正直嬉しい。もちろん、どこうなる気はないが…。 


そこから1ヶ月はひたすら仕事を頑張って覚えていった。キャロット様に抱く気持ちは認められないと誤魔化しながら、助ける為に頑張らないといけないと戒めながら過ごした。

食堂で談笑していると俺の主治医であり、キャロットの叔父にあたるクライス様がやってきた。

「お疲れ様。キャロット、アマンダ、ヴェルくん。」

「お疲れ様です。クライス兄さん。」

「「お疲れ様です。クライス様。」」  

俺とアマンダさんが立ち上がり畏る。クライス様は座ると手慣れた感じで、俺たちに座るように促された。

「キャロット、今日もよろしくね。アマンダも頼むよ。」

「はい。やっと治癒魔法の仕方がわかってきたから今日試験して下さい。」

キャロット様は嬉しそうに申し出た。アマンダさんは畏まり頭を下げる。

「そうか。やはり凄いな、キャロットは。では、この後、軽い症状の患者をお願いしてみるかな。実はまた患者が増えて治癒魔法士が足らないんだ。」

「はい!頑張ります。よろしくお願いします。」

「元々治癒魔法を使える人が少ないからね。助かるよ。キャロットは頑張り屋さんだね。治癒魔法事態使うのが難しい。更に伝染病は病原菌によって治癒魔法の掛け方が違うから知識と魔力制御が大変だというのに。その歳で理解するなんて凄いよ。姉さんは良い娘に恵まれて羨ましいな。」

「いいえ。まだまだです。私はクライス兄さんの様に貴族でも民のために働ける仕事がしたいのです!!!」

キャロットはグッと手を握りしめてやる気に満ちた顔でクライス様を見つめた。…圧がすごい。

「そっそうか。それは嬉しいな。でも、キャロットは自分の婚姻が優先だよ。でないと僕が姉さんに怒られてしまうからね。」

「…はい。わかっています。」

やる気満々の顔から一転。不貞腐れた顔をしながら答えるキャロット様。クライス様は困り顔で笑っている。

「ヴェルス君はあまり無理はしない様にね。もう身体に異常はない様で良かったけど、中には後遺症がでた患者もいるからね。」

「はい。わかりました。ただ身体には異常ないですし、できる事も限られてますから。」

「いや、力仕事もして、文字の書き読みもできるからって事務作業まで教わっているそうじゃないか。」

「え!?」

キャロット様が驚いて俺の顔を見た。アマンダさんは知っていたらしく呆れた顔で俺を見ている。

1日の仕事の中でキャロット様とは食事を配るくらいしか一緒にいない。患者の世話や注射などの時はキャロット様はクライス様と共に仕事し、アマンダさんと俺は掃除や洗濯、後は雑務をしている。日によってはアマンダさんとも別れて仕事をしている。事務作業はそんな時にたまたま興味本意で事務作業している人に質問した所教えてくれたことから始まった。

因みに文字の読み書きは大変だったが1ヶ月近くも時間を持て余していた時間を使ってキャロット様とアマンダに教わっていたからできて当然だ。一応、大学をでて、それなりの会社で仕事してたから文字も事務作業も覚えるぐらいはできて当然な気がする。

「ほら、ヴェル。仕事しすぎって言ったでしょ。私も含めて、そこまでいろんな所で仕事を任せられてないんだよ。」

「覚えるのは楽しいですし、人手が足らない所に行ける人間がいれば助かるかと思ったので。」

「まあ、確かにヴェルス君が言っていることはわからなくはないが、君は一時は死んでもおかしくない状態だったんだよ。まだ体力も戻ってないだろうし。改めて言うけど無理はしないでね。」

「うっ!…はい。わかりました。」

「一応、事務員からヴェル君をまわして欲しいって言われてるから暫くはそこで仕事してね。」

「はい。わかりました。頑張ります。」

俺とクライス様のやり取りを嬉しそうに見るキャロット様。そんな俺を見るキャロットを俺と交互にニヤけた顔で見るアマンダさん。…なんか楽しそう。



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