Dのカルマ

猫目化月

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第4章 竜と思ったらトカゲだった

11-3 3匹目がやってきた

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 しばらく必死で風圧に耐えていると、まるでブレーキを感じさせない静けさで白竜が急停止した。

 ここはもはや掃き溜めの街ダングヒルズの上ではない。
 深い森の上空で、星のない曇天の下、曇色くもいろの竜が待ち受けていた。

『ホワイトドラゴンとシグルドの末裔――』

 ぬらり、と石でもはめ込んだような無機質な碧眼が輝いた。

『ようやく見つけたぞ。人間にへつらう恥知らずが』

 海の深さを思わせる碧眼と、月明かりを溶かし込んだ銀の瞳を持つ白き竜が、圧倒的体躯をもって上空で敵を威圧した。

『貴様の主の居場所へ案内しろ』

 灰色の竜は答えない。動いたのは白竜だった。

『無論タダでとは言わんぞ』

 その一凪でデュークのアパートなど吹き飛ばせるのではないかという膂力で羽ばたき、一気に距離を詰める。

『死に次ぐ苦しみと共に吐き出せ!』

 吐き出された白い炎が闇夜に乱舞する。
 小回りの利く小振りな身体でそれを巧みに避け、灰竜は翻弄するように巨竜の周囲を旋回した。

「のわーっ」

 頭をもたげ、闇雲に炎を吐き出す竜に乗っている方はタダでは済まず、目が回りそうなジェットコースター状態にデュークは声を上げた。

「カルマ! お前の兄貴相当凶悪だぞ! 何とかしろ!」

 叫んではみるがいらえはない。どうやら、今は完全に兄が主導権を握っているらしい。

『ふん、眷族の分際でちょろちょろと小賢しいわ』

 完全に悪役の台詞を吐きながら、白竜は空中で巨体を回転させ、長く太い尾を鞭のようにしならせた。

 その一撃を見極めきれなかった灰竜の胴が垂直に打ち付けられ、悲鳴もなく地上へと落ちていく。

 叩き落とした方はすぐさま直下降し後を追うが、森に姿を消した小竜が再び浮上してくることはなかった。

「ちっ。人に姿を変え、闇に紛れて逃げる気か」

 落下地点に死体がないことを確認し、白銀の竜は人間の姿をとった。
 うっそうと生い茂る木々をかき分け、2人が視界の悪い森を駆け抜ける。

「ドラゴンってのは、みんなこんな風に人に変身出来るのか?」

 人間の素朴な疑問に竜の化身が答えた。

「一部の知能の高い者だけだ。竜の本来の姿は戦闘に特化し、移動に有効だが身体が大きすぎてエネルギーの消費が激しい。場所も取られる。長らく争いから離れている聖域の竜のほとんどは、必要な時以外は小回りが利き場所を取らない人間の姿で生活している」

 聖域、という耳慣れない単語についてデュークが聞き返すよりも早く、

「竜は人のように魔方陣を用いた魔法則は使わないが、己の精神そのものを精物両界の扉とし精界の力を引き出すことがある。原理は貴様の使う魔法剣と同じだ。精界に幻視した人の姿を物界の肉体と入れ替えて具現させる」
「竜の魔法ってことか」
「そうとも言えるが、人のようにむやみに魔法則を乱発することはない。竜は無駄を嫌う。本当に必要な力だけを備えていれば十分だ」

 無駄を嫌った結果が、同程度の知能を持ち且つ身体の小さな人間の姿で生活するという省エネ対応となったわけだ。

 無駄を向上心とし、華美を権力の誇示と考える人間とは根本的な思考が違うらしい。

「竜ってのは随分と欲のない生き物なんだな」
「人間は欲深い。だが生き物全てがそうだと思うのは人間の都合の良い解釈だ。ドラゴンが地上最強の生物でありながら、過去の一度も大陸の覇者たり得なかったのは、その必要性を感じなかっただけに過ぎない」

 嫌味混じりの感想に応えたダークナイトの言葉は強烈な皮肉だったが、説得力があった。
 確かに地上最強の生物である竜が人のように強欲だったら、とっくにこの世界は滅んでいたかもしれない。

 その時、周囲に生まれた複数の気配に2人は立ち止まった。

「何者だ!?」

 森に朗々とダークナイトの声が響く。

 姿を現したのは、統一された甲冑に身を包んだ小隊だった。

「騎士団!?」

 鎧に彫られた紋はアルテナ帝国騎士団の紋章だ。

「アルテナの人間がなぜエルトシャンと――」

 取り囲まれ、ダークナイトが訳が分からないというように呻いた。

「まずいな」
「何がだよ!?」
「私は、カルマの身体では人は殺せない。何とかしろ、愚民」
「はぁ!?」

 いきなりさじを投げた男に声を上げる。

「あいつに人を喰わせたいのか?」
「ちっ……仕方がねぇ」

 それが彼なりの、弟の器を利用する上での線引きだというのだろう。
 デュークは右手で魔法剣を出現させ、ダークナイトと背を合わせ敵と対峙した。



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