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5章 望まれていない勇者

110話 勇者の名前は

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 酒呑み広場は大混乱を引き起こしていた。どこからも火事は起きてはいないが、勇者と思われていた人が死んだという事で皆パニックを起こしているのだろう。

 広場の中心に、赤く熱しているような鍔の無い剣が落ちている。赤く発光しているのですぐに分かった。

「あれが神の炎・・・見るからに熱そうだ」

 神の炎の周りには、砕けた炭が散らばっている。あの炭は神の炎を握ったアビルダだったのだろう。

 元から殺す予定だったのだが、些か苦しい死に方をさせてしまった。どうしようもないクズだったけど、少し同情してしまう。

 さて、勇者の予想は外れ、誰だか分からない。しかし、今目の前に神の炎がある。勇者を勇者たらしめる人類上最強の武器だ。

 これを盗めば、エンデ側の戦力はガクンと下がる。目的は果たせなかったけど、何もしないよりかはマシだ。

 では、今やるべき事は、地下牢に閉じ込められたゴップを救い、神の炎を盗む。これさえこなせば、完璧ではないが、ベストを尽くしたと言えるだろう。

 では、先にどちらを優先する?目の前にある神の炎か?それとも、地下牢に閉じ込められたゴップ?

「あった!神の炎だ!!」「いいか!!絶対に柄は掴むな!刃の部分を持てよ!防火対策はしっかりとだ!!」

 迷っているうちに兵士達がやってきてしまった。しかも、神の炎を触っても黒焦げにならない対策を施している模様。

 このまま神の炎を取り返されたら、この侵入作戦が全て無駄になってしまう。次は僕自身が盗むとなっても、神の炎の警備は更に強固かものとなるだろう。

 なら、まず先にするべきなのは─────。

「我が手を潤し、我が手を覆え!『ウォーターハンド』」

 手を水で包み、水の手袋で神の炎を掴む。やはり、神の炎の表面温度は高く、時間経過につれて水が蒸発していくが、無事に掴むことに成功した。

「おい!何をしている!!」「それを渡せ!」「我が国の宝であり、最終兵器だぞ!お前には使えない!」

「知ってるよ!そんな事くらい!悔しかったら取ってみな!!」

 いつの間にか兵士に囲まれてしまっていた。まずいな。逃げられない。一戦交えてから道を切り開いて逃げるか・・・。

「アルディン?なんでその剣が必要なの?」

「君はもう僕達について行くって言ったから話すけど、僕達はエンデ側の人間じゃない!魔王軍に所属しているスパイだ!」

「スパイ・・・何をしに来たの?」

「勇者の暗殺さ!!けど、ここには勇者はいなかったみたいだ!だから、この神の炎と地下牢に閉じ込められた仲間を取り戻して逃げる!!勿論君も一緒にね!絶対離したりなんかしない!!」

「・・・アルディンは、アタシに嘘をついていたの?アタシを愛してはくれないの?」

「ん?何を言ってるの?勿論君のことはしっかり愛するさ。それとこれとは別問題だろ?」

「・・・・誰が勇者だと思ったの?」

「アビルダ!ルイン家の人間だからと思ってたけど、違ったみたいだ!!」

「・・・そっか」

 ケルビムの様子がおかしい。やはり、魔王軍所属というのが余程ショックだったのだろうか?

「アルディン、約束して欲しいことがあるんだ?」

「何かな?なるべく早めにお願い!」

「アタシが何者だろうと愛して。そしたらアタシは2人を助ける」

「そんなの考える必要もない!愛するよ!君が醜い魔物だろうが、醜悪な性格の持ち主だろうが、僕は君を愛する!約束する!!」

「それか聞けて良かった・・・それじゃあ、おろして」

 言われた通り、おんぶからケルビムを下すと、水の手袋で掴んでいる神の炎を掴んだ。

「何やってるの!?ケルビ・・・ム?」

 ケルビムに握られた神の炎は彼女を焦がす事なく、更に火力を上げ、炎の刀身を作り上げる。

 この現象、歴史の書で読んだ神の炎の本領発揮と類似している、、勇者に握られた時に発揮する力。つまり、彼女が僕らの探していた。

「勇者?」

「うん。勇者」

 彼女が迫害されながらもアプルにいる理由が、やっと理解できた。
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