205 / 219
八章 希望の光達
その心臓に灯る光
しおりを挟む
「亮・・・一・・・」
「喋るな!血が止まらないだろ!!」
亮一達は逃げた。歩がやられたからだけではない。今の状態ではルルドには勝てないと判断したからだ。
当然逃げたなら追っ手がやってくる。案の定下級悪魔が亮一達を集団で襲いにきた。
「邪魔っ!!」
シトラの弓から十数本の矢の雨が放たれる。全ての矢は下級悪魔の脳天に刺さり、灰となって死んでいく。
追う気がないのだろう。ルルドは逃げた亮一を追いかけるどころか足止めさえもしなかった。
このことから分かることは一つ。この戦いは生死を決する戦いではなかったということ。ルルドはきっと、俺らに恐怖を与える為、自分の強さがどれ程か見せつける為に戦ったのだろう。
「あの木だよなっ!!」
走っているとワイバーンを置いてきた大きな木へと辿り着く。混乱しているせいかその木で合っているかも分からない。
「ワイバーンは!───いるな!!」
ワイバーンは亮一達の傷ついた身体を見るなり、立ち上がって翼を伸ばした。
「駄目よ!ワイバーンで逃げてたら追い付かれちゃう!」
プリクルが叫ぶと、亮一はとても荒々しい口調でプリクルに問いかけた。
「じゃあ、どうしたら良いんだよ!」
プリクルもそこまでは考えていなかった。いや、考えられなかったのだろう。おそらくこのメンバーの中で精神的ショックが大きいのは彼女なのだから。
誰もが焦っている。どうすれば良いのか考えられない。そんな中一番冷静な男が一言放つ。
「導きの石で使おう!」
獅子丸だった。今一番冷静なのは頭の回転が速い獅子丸だった。冷静になれない他の者は彼に怒鳴る。
「導きの石っ!?使えないでしょ!?」
「確かにここに導きの石でここに来るのはできなかったけど、帰るのならできるんじゃないかな?」
獅子丸はそう言い放つと全員が黙りとする。獅子丸は歩の雑嚢を漁って導きの石を取り出した。
「頼む、転送してくれ───」
獅子丸の懇願の声に反応するかのように導きの石は光り出し、その場にいる全員を包む。ワイバーンを含めて全員を囲むと、亮一達は大きな木の下から一瞬で消えてしまった。
★
「これで、恐怖は与えられたと思うかね?」
「ええ。十分に与えられたと思います」
ルルドは王座に座りながら、頭を垂れるスコーピオンを眺めていた。生まれ変わりとは言え、前世の自分を底辺まで落とした者の1人を懲らしめたことにルルドは愉悦を覚えていた。
先代魔王は溢れる程の膨大な魔力のお陰で身体の再生力が異常だった。腕や足が千切れたらものの1分で再生するほどに異常であった。
自分の再生力を試す為に色んな部位、内臓を取ったが、死ぬことはなかった。だが、先代魔王が2つだけ試さなかった所がある。
それは、心臓と首だ。手足は潰れても出血さえ止めれば死にはしない。内臓だって、無ければ不自由な生活を送ることになるが、死にはしない。だから試した。だが、直接死に繋がる心臓と首だけは怖くて試していなかった。
そして彼はやがて病気で死に、数十年振りに魔族の名家の元にルルドとして生まれる。
そして彼は気づいた。自分の魔力が魔王だった時よりも強くなっていることに。やがてその魔力の強さと年に似合っていない天才的な思考から多くの信者ができる。今のスコーピオン達だ。
信者ができてしばらく経ったある日、ルルドは昔怖くてできなかったことに興味が湧いてくる。自分は首や心臓を斬られても死なないのか?という大きな疑問だ。
当然信者には止められた。だが、ルルドはその反対を押しきって信者に首を斬ってもらった。
痛かった。とてつもなく痛かった。だが、死ななかった。更には離ればなれになったはずの胴体が自分の意志で動かせたのだ。
首を斬られても大丈夫だと思ったルルドは次に自分の心臓をナイフで刺してもらった。すると、案の定死ななかった。
首を斬られてもナイフで心臓を刺されても死なないということが知れ渡ったお陰で、信者の数が倍増した。一国を潰せるくらいの数が集まっていた。
そこでルルドは考えた。再び世界を征服してみせようと。幸いなことに自分を倒した勇者達は年老いている。一方の自分は若返った上に強くなっている。
ルルドはかつて使っていた魔族の国の地下のキメラ研究所を拠点に世界征服の為に必要な作戦を練った。
その過程でルルドはもう1つこことは違う別の世界があることを知る。
ルルドは考えた。この世界を有効活用できるのでは?と。そして考えた末に編み出したのが世界融合作戦である。
2つの世界が1つになることによって人々の混乱を招いて一気に征服する。非常にシンプルな作戦であるが、壮大な作戦だった。この作戦が成功した暁には通常の2倍の土地が手に入る。それを想像しただけでも涎が垂れてくる。
この作戦には膨大な魔力が必要だった。だが、今自分の魔力を使いたくない。そこで思い出したのが、前世の自分の全魔力がこもった魔石だったのだ。
その魔石をレッドという自分の信者に任せた。結果レッドは拘束されてしまったが、2つの世界を1つにすることに成功してくれた。
フリートの話によると、尋問中に服毒して死んだとか。自白する前に死ぬという選択肢を選んでくれて本当に助かった。彼が服毒死してくれていなければ作戦はスムーズに進ませることはできなかっただろう。
「フリートとドクロの代わりはまだ見つかっていないのか?」
「はい。ドクロの後任は後少しで見つかるそうなのですが、フリートの後任は中々・・・」
それも仕方ないだろう。シグルの生まれ変わりに負けたとはいえ、彼はかなり優秀な剣士だった。後任は中々見つけることはできないだろう。ならば───。
「フリートの死体はまだ取っておいてあるか?」
「はい。傷口を塞いで棺の中に入れております。あと三日後に埋葬する予定です」
「埋葬はせずにフリートの死体を地下の研究所の魔術師に渡せ。理由は・・・分かるな?」
「・・・かしこまりました」
★
「出血は止まったか!?」
「多少は良くなりましたが、まだ出血は止まりません!輸血お願いします!!」
僕の為に色んな人が部屋を行来している。ここは僕らが寝泊まりしている病院の手術室。どうやら導きの石のお陰で今僕は手術を受けられているようだ。
先程からプリクルや葵、そしてシトラまでもが僕の貫かれた心臓に向かって治療魔術を唱えてくれている。だが、心臓の傷を塞いでも血流の激しさから何度も何度も癒えた所が破けて痛い。
正直に言うと気絶しそうだ。治療魔術は魔力によって身体を治すのではなく、人間の治癒能力を一時的にあげてくれるものだ。心臓を貫かれた僕にとって治癒魔術を使われるのは一種の拷問だった。
分かっている。治療魔術でしか助かる道はないと。もし病院の設備が揃っていたら治療魔術による心臓の穴塞ぎは行われていなかったかもしれない。だが、今の状況では満足の行く医療器具は手に入れられない。
何度も何度も治療魔術を使われて死にそうなくらい辛い思いをしているが、歩の意識はそれでも途切れなかった。彼の強固な意志故の所業だろうか?普通なら気絶していてもおかしくないのに。
死にたいと歩は何度今のこの時思っただろうか?数えきれないほどである。
一時間程耐えていた歩だったが、ついに苦しみに耐えきれなくなって彼は白目を向けながら気絶した。
「歩?ねえ、歩ったら!!」
シトラの声が聞こえる。だが、声を出すことはできずに歩は意識を失った。
「僕、死んだのか・・・?」
目を開くと3年前に見たことがある真っ黒な場所にいた。どのくらいの広さがあるだろうか?分からない。歩はしばらく歩いてみることにした。
どれ程歩いただろうか、遥か彼方に小さな光が見えてきたのだ。やっと光を見つけられたということに歓喜し、歩は全速力で光の場所へと向かう。
するとそこには生死を彷徨っている歩も驚きの人物に出会った。
「やあ、歩君」
「ラグドさん・・・!」
そこには死んだはずのラグドが立っていたのだ。生死を彷徨っているから見えている幻覚かもしれない。それでも歩は涙が出るほど嬉しくてたまらなかった。
あまりの感動に歩はラグドの胸で泣きじゃくってしまう。
「ごめんなさい!ラグドさん!僕が、もっと速く修行を終わらせて帰ってきてたらこんなことにはならなかったかもしれないのに・・・」
「気にしなくて良いのだよ。元々生い先の短い老い耄れの身だったのだからね。それよりも生死を彷徨っている君に伝えたいことがあるんだ」
ラグドは戦いの時に見せる真剣な顔に変化すると、歩は低い声で説明する。
「君は今ここにいる私を幻かと思っているかもしれないが、これは本物だ」
「え・・・?幻覚じゃないんですか・・・?」
「ああ。転生女神にお願いして君と話せるようにしてもらったのだよ。本当は夢の中で話し合おうと思っていたのだがね」
「申し訳ございません・・・」
「謝らなくて良い。まず、説明することがある。君という存在についてだ」
「僕の存在について・・・?」
僕の存在に転生女神やルルドが関わっているのか?唾を飲んでラグドの話を聞く。
「君はルルドを倒す為に生まれたのだよ」
「ルルドを倒す為・・・」
「今から30年前、あの世から先代魔王の魂が脱走した。それを10年後に知った転生女神は先代魔王が転生に成功して悪行を為す前にとあの世で最も強い魂を持っていたシグルの魂を時期早く転生させた。それが君という存在が生まれた理由なんだ」
「でも、僕よりもルルドの方が若かったです。中身はどうであれ見た目は」
「恐らくアイツは優秀な血と肉体を探して魂の状態のまま世界を彷徨ったようだ。そして長い旅の末に見つけた優秀な身体を持つ魂の入っていない胎児の中に入ったと仮定できる」
「そんなことが可能なのですか?」
「普通なら無理だ。肉体を持たない魂は長くは保たない。恐らく様々な生物に乗り移りながらその難を逃れていたのだろう」
「なんともはた迷惑なヤツですね」
「全くだ」
人外の考えていることは理解し難い。歩はもうルルドを同じ人類とも思えなくなってきた。
「次は君が助かる方法だ。今現実世界でプリクル君達が頑張っているようだが、このままだと君は死ぬ」
「そんな!じ、じゃあどうすれば───!!」
僕が本当にルルドを倒す為に生まれてきたというのならば、ここで死ぬわけにはいかない。
「そこで君に私の魂に刻まれた勇者の力を貸したいと思う」
「え・・・?そんな事ができるのですか?」
「転生女神から特別に許可をもらってね。どつする?」
「貸してください!!」
歩の返事はとても速かった。ラグドはそうでなくっちゃと言わんばかりの笑顔で歩に左手を差し出す。
左手の手の平には美しく輝く光があった。歩は恐る恐る光をラグドから受けとると、すーっと自分の身体の中へと溶け込んでいった。
すると、何故だろうか?ほんわかと温かくなったような気がするのだ。この温かいのは神からのご加護なのだろうか?
「その力さえあれば私の奥義も使えることができる。さあ、行きなさい。皆が君を待っているよ」
「・・・はい!」
ふわり、と足が浮く。どうやら意識が戻りかけているようだ。
「あ、そうだ!メグルさんに伝えたいこととかありますか!!」
「う~ん、そうだなぁ・・・ゆっくり待ってるからと伝えといてくれ!」
歩はラグドに手を振り現実の世界へと戻っていった。
「頑張ってくれ。竜殺し歩よ・・・」
★
「もう!何で塞がらないわけ!!これじゃあもう────」
意識が途絶えた歩、埋まらない心臓の穴、止まらない血。誰もが絶望した。もう駄目だ、と。
シトラも気がおかしくなってしまったのだろうか?何も喋らなくなってしまった。目にも涙はない。
すると、唐突に歩の胸が光出したのだ。まるで全てを包み込むような包容力のある光。例えるならば神様からのご加護のような光だった。
光は奇跡を引き起こしてくれた。なんと塞がらなかった心臓の穴が塞がり、出血が止まり、歩を起こしたのだ。
歩は目を開くとむくりと何事もなかったかのように上体をあげて周りを見渡して口を開いた。
「ごめんね、皆。迷惑かけちゃって」
ボリボリと恥ずかしそうに後頭部をかく歩は無言で彼の近くに寄り添い、そして強く抱き締めた。
「馬鹿ぁ・・・」
先程まで涙を1滴も出さなかったシトラが滝のような涙を流し始めたのだ。そんな彼女を歩は我が子のように宥める。
「ごめんね。もう大丈夫だから」
竜殺し小野山歩。奇跡の帰還を果たしたのであった。
「喋るな!血が止まらないだろ!!」
亮一達は逃げた。歩がやられたからだけではない。今の状態ではルルドには勝てないと判断したからだ。
当然逃げたなら追っ手がやってくる。案の定下級悪魔が亮一達を集団で襲いにきた。
「邪魔っ!!」
シトラの弓から十数本の矢の雨が放たれる。全ての矢は下級悪魔の脳天に刺さり、灰となって死んでいく。
追う気がないのだろう。ルルドは逃げた亮一を追いかけるどころか足止めさえもしなかった。
このことから分かることは一つ。この戦いは生死を決する戦いではなかったということ。ルルドはきっと、俺らに恐怖を与える為、自分の強さがどれ程か見せつける為に戦ったのだろう。
「あの木だよなっ!!」
走っているとワイバーンを置いてきた大きな木へと辿り着く。混乱しているせいかその木で合っているかも分からない。
「ワイバーンは!───いるな!!」
ワイバーンは亮一達の傷ついた身体を見るなり、立ち上がって翼を伸ばした。
「駄目よ!ワイバーンで逃げてたら追い付かれちゃう!」
プリクルが叫ぶと、亮一はとても荒々しい口調でプリクルに問いかけた。
「じゃあ、どうしたら良いんだよ!」
プリクルもそこまでは考えていなかった。いや、考えられなかったのだろう。おそらくこのメンバーの中で精神的ショックが大きいのは彼女なのだから。
誰もが焦っている。どうすれば良いのか考えられない。そんな中一番冷静な男が一言放つ。
「導きの石で使おう!」
獅子丸だった。今一番冷静なのは頭の回転が速い獅子丸だった。冷静になれない他の者は彼に怒鳴る。
「導きの石っ!?使えないでしょ!?」
「確かにここに導きの石でここに来るのはできなかったけど、帰るのならできるんじゃないかな?」
獅子丸はそう言い放つと全員が黙りとする。獅子丸は歩の雑嚢を漁って導きの石を取り出した。
「頼む、転送してくれ───」
獅子丸の懇願の声に反応するかのように導きの石は光り出し、その場にいる全員を包む。ワイバーンを含めて全員を囲むと、亮一達は大きな木の下から一瞬で消えてしまった。
★
「これで、恐怖は与えられたと思うかね?」
「ええ。十分に与えられたと思います」
ルルドは王座に座りながら、頭を垂れるスコーピオンを眺めていた。生まれ変わりとは言え、前世の自分を底辺まで落とした者の1人を懲らしめたことにルルドは愉悦を覚えていた。
先代魔王は溢れる程の膨大な魔力のお陰で身体の再生力が異常だった。腕や足が千切れたらものの1分で再生するほどに異常であった。
自分の再生力を試す為に色んな部位、内臓を取ったが、死ぬことはなかった。だが、先代魔王が2つだけ試さなかった所がある。
それは、心臓と首だ。手足は潰れても出血さえ止めれば死にはしない。内臓だって、無ければ不自由な生活を送ることになるが、死にはしない。だから試した。だが、直接死に繋がる心臓と首だけは怖くて試していなかった。
そして彼はやがて病気で死に、数十年振りに魔族の名家の元にルルドとして生まれる。
そして彼は気づいた。自分の魔力が魔王だった時よりも強くなっていることに。やがてその魔力の強さと年に似合っていない天才的な思考から多くの信者ができる。今のスコーピオン達だ。
信者ができてしばらく経ったある日、ルルドは昔怖くてできなかったことに興味が湧いてくる。自分は首や心臓を斬られても死なないのか?という大きな疑問だ。
当然信者には止められた。だが、ルルドはその反対を押しきって信者に首を斬ってもらった。
痛かった。とてつもなく痛かった。だが、死ななかった。更には離ればなれになったはずの胴体が自分の意志で動かせたのだ。
首を斬られても大丈夫だと思ったルルドは次に自分の心臓をナイフで刺してもらった。すると、案の定死ななかった。
首を斬られてもナイフで心臓を刺されても死なないということが知れ渡ったお陰で、信者の数が倍増した。一国を潰せるくらいの数が集まっていた。
そこでルルドは考えた。再び世界を征服してみせようと。幸いなことに自分を倒した勇者達は年老いている。一方の自分は若返った上に強くなっている。
ルルドはかつて使っていた魔族の国の地下のキメラ研究所を拠点に世界征服の為に必要な作戦を練った。
その過程でルルドはもう1つこことは違う別の世界があることを知る。
ルルドは考えた。この世界を有効活用できるのでは?と。そして考えた末に編み出したのが世界融合作戦である。
2つの世界が1つになることによって人々の混乱を招いて一気に征服する。非常にシンプルな作戦であるが、壮大な作戦だった。この作戦が成功した暁には通常の2倍の土地が手に入る。それを想像しただけでも涎が垂れてくる。
この作戦には膨大な魔力が必要だった。だが、今自分の魔力を使いたくない。そこで思い出したのが、前世の自分の全魔力がこもった魔石だったのだ。
その魔石をレッドという自分の信者に任せた。結果レッドは拘束されてしまったが、2つの世界を1つにすることに成功してくれた。
フリートの話によると、尋問中に服毒して死んだとか。自白する前に死ぬという選択肢を選んでくれて本当に助かった。彼が服毒死してくれていなければ作戦はスムーズに進ませることはできなかっただろう。
「フリートとドクロの代わりはまだ見つかっていないのか?」
「はい。ドクロの後任は後少しで見つかるそうなのですが、フリートの後任は中々・・・」
それも仕方ないだろう。シグルの生まれ変わりに負けたとはいえ、彼はかなり優秀な剣士だった。後任は中々見つけることはできないだろう。ならば───。
「フリートの死体はまだ取っておいてあるか?」
「はい。傷口を塞いで棺の中に入れております。あと三日後に埋葬する予定です」
「埋葬はせずにフリートの死体を地下の研究所の魔術師に渡せ。理由は・・・分かるな?」
「・・・かしこまりました」
★
「出血は止まったか!?」
「多少は良くなりましたが、まだ出血は止まりません!輸血お願いします!!」
僕の為に色んな人が部屋を行来している。ここは僕らが寝泊まりしている病院の手術室。どうやら導きの石のお陰で今僕は手術を受けられているようだ。
先程からプリクルや葵、そしてシトラまでもが僕の貫かれた心臓に向かって治療魔術を唱えてくれている。だが、心臓の傷を塞いでも血流の激しさから何度も何度も癒えた所が破けて痛い。
正直に言うと気絶しそうだ。治療魔術は魔力によって身体を治すのではなく、人間の治癒能力を一時的にあげてくれるものだ。心臓を貫かれた僕にとって治癒魔術を使われるのは一種の拷問だった。
分かっている。治療魔術でしか助かる道はないと。もし病院の設備が揃っていたら治療魔術による心臓の穴塞ぎは行われていなかったかもしれない。だが、今の状況では満足の行く医療器具は手に入れられない。
何度も何度も治療魔術を使われて死にそうなくらい辛い思いをしているが、歩の意識はそれでも途切れなかった。彼の強固な意志故の所業だろうか?普通なら気絶していてもおかしくないのに。
死にたいと歩は何度今のこの時思っただろうか?数えきれないほどである。
一時間程耐えていた歩だったが、ついに苦しみに耐えきれなくなって彼は白目を向けながら気絶した。
「歩?ねえ、歩ったら!!」
シトラの声が聞こえる。だが、声を出すことはできずに歩は意識を失った。
「僕、死んだのか・・・?」
目を開くと3年前に見たことがある真っ黒な場所にいた。どのくらいの広さがあるだろうか?分からない。歩はしばらく歩いてみることにした。
どれ程歩いただろうか、遥か彼方に小さな光が見えてきたのだ。やっと光を見つけられたということに歓喜し、歩は全速力で光の場所へと向かう。
するとそこには生死を彷徨っている歩も驚きの人物に出会った。
「やあ、歩君」
「ラグドさん・・・!」
そこには死んだはずのラグドが立っていたのだ。生死を彷徨っているから見えている幻覚かもしれない。それでも歩は涙が出るほど嬉しくてたまらなかった。
あまりの感動に歩はラグドの胸で泣きじゃくってしまう。
「ごめんなさい!ラグドさん!僕が、もっと速く修行を終わらせて帰ってきてたらこんなことにはならなかったかもしれないのに・・・」
「気にしなくて良いのだよ。元々生い先の短い老い耄れの身だったのだからね。それよりも生死を彷徨っている君に伝えたいことがあるんだ」
ラグドは戦いの時に見せる真剣な顔に変化すると、歩は低い声で説明する。
「君は今ここにいる私を幻かと思っているかもしれないが、これは本物だ」
「え・・・?幻覚じゃないんですか・・・?」
「ああ。転生女神にお願いして君と話せるようにしてもらったのだよ。本当は夢の中で話し合おうと思っていたのだがね」
「申し訳ございません・・・」
「謝らなくて良い。まず、説明することがある。君という存在についてだ」
「僕の存在について・・・?」
僕の存在に転生女神やルルドが関わっているのか?唾を飲んでラグドの話を聞く。
「君はルルドを倒す為に生まれたのだよ」
「ルルドを倒す為・・・」
「今から30年前、あの世から先代魔王の魂が脱走した。それを10年後に知った転生女神は先代魔王が転生に成功して悪行を為す前にとあの世で最も強い魂を持っていたシグルの魂を時期早く転生させた。それが君という存在が生まれた理由なんだ」
「でも、僕よりもルルドの方が若かったです。中身はどうであれ見た目は」
「恐らくアイツは優秀な血と肉体を探して魂の状態のまま世界を彷徨ったようだ。そして長い旅の末に見つけた優秀な身体を持つ魂の入っていない胎児の中に入ったと仮定できる」
「そんなことが可能なのですか?」
「普通なら無理だ。肉体を持たない魂は長くは保たない。恐らく様々な生物に乗り移りながらその難を逃れていたのだろう」
「なんともはた迷惑なヤツですね」
「全くだ」
人外の考えていることは理解し難い。歩はもうルルドを同じ人類とも思えなくなってきた。
「次は君が助かる方法だ。今現実世界でプリクル君達が頑張っているようだが、このままだと君は死ぬ」
「そんな!じ、じゃあどうすれば───!!」
僕が本当にルルドを倒す為に生まれてきたというのならば、ここで死ぬわけにはいかない。
「そこで君に私の魂に刻まれた勇者の力を貸したいと思う」
「え・・・?そんな事ができるのですか?」
「転生女神から特別に許可をもらってね。どつする?」
「貸してください!!」
歩の返事はとても速かった。ラグドはそうでなくっちゃと言わんばかりの笑顔で歩に左手を差し出す。
左手の手の平には美しく輝く光があった。歩は恐る恐る光をラグドから受けとると、すーっと自分の身体の中へと溶け込んでいった。
すると、何故だろうか?ほんわかと温かくなったような気がするのだ。この温かいのは神からのご加護なのだろうか?
「その力さえあれば私の奥義も使えることができる。さあ、行きなさい。皆が君を待っているよ」
「・・・はい!」
ふわり、と足が浮く。どうやら意識が戻りかけているようだ。
「あ、そうだ!メグルさんに伝えたいこととかありますか!!」
「う~ん、そうだなぁ・・・ゆっくり待ってるからと伝えといてくれ!」
歩はラグドに手を振り現実の世界へと戻っていった。
「頑張ってくれ。竜殺し歩よ・・・」
★
「もう!何で塞がらないわけ!!これじゃあもう────」
意識が途絶えた歩、埋まらない心臓の穴、止まらない血。誰もが絶望した。もう駄目だ、と。
シトラも気がおかしくなってしまったのだろうか?何も喋らなくなってしまった。目にも涙はない。
すると、唐突に歩の胸が光出したのだ。まるで全てを包み込むような包容力のある光。例えるならば神様からのご加護のような光だった。
光は奇跡を引き起こしてくれた。なんと塞がらなかった心臓の穴が塞がり、出血が止まり、歩を起こしたのだ。
歩は目を開くとむくりと何事もなかったかのように上体をあげて周りを見渡して口を開いた。
「ごめんね、皆。迷惑かけちゃって」
ボリボリと恥ずかしそうに後頭部をかく歩は無言で彼の近くに寄り添い、そして強く抱き締めた。
「馬鹿ぁ・・・」
先程まで涙を1滴も出さなかったシトラが滝のような涙を流し始めたのだ。そんな彼女を歩は我が子のように宥める。
「ごめんね。もう大丈夫だから」
竜殺し小野山歩。奇跡の帰還を果たしたのであった。
0
お気に入りに追加
29
あなたにおすすめの小説
普通の女子高生だと思っていたら、魔王の孫娘でした
桜井吏南
ファンタジー
え、冴えないお父さんが異世界の英雄だったの?
私、村瀬 星歌。娘思いで優しいお父さんと二人暮らし。
お父さんのことがが大好きだけどファザコンだと思われたくないから、ほどよい距離を保っている元気いっぱいのどこにでもいるごく普通の高校一年生。
仲良しの双子の幼馴染みに育ての親でもある担任教師。平凡でも楽しい毎日が当たり前のように続くとばかり思っていたのに、ある日蛙男に襲われてしまい危機一髪の所で頼りないお父さんに助けられる。
そして明かされたお父さんの秘密。
え、お父さんが異世界を救った英雄で、今は亡きお母さんが魔王の娘なの?
だから魔王の孫娘である私を魔王復活の器にするため、異世界から魔族が私の命を狙いにやって来た。
私のヒーローは傷だらけのお父さんともう一人の英雄でチートの担任。
心の支えになってくれたのは幼馴染みの双子だった。
そして私の秘められし力とは?
始まりの章は、現代ファンタジー
聖女となって冤罪をはらしますは、異世界ファンタジー
完結まで毎日更新中。
表紙はきりりん様にスキマで取引させてもらいました。
世界を滅ぼす?魔王の子に転生した女子高生。レベル1の村人にタコ殴りされるくらい弱い私が、いつしか世界を征服する大魔王になる物語であーる。
ninjin
ファンタジー
魔王の子供に転生した女子高生。絶大なる魔力を魔王から引き継ぐが、悪魔が怖くて悪魔との契約に失敗してしまう。
悪魔との契約は、絶大なる特殊能力を手に入れる大事な儀式である。その悪魔との契約に失敗した主人公ルシスは、天使様にみそめられて、7大天使様と契約することになる。
しかし、魔王が天使と契約するには、大きな犠牲が伴うのであった。それは、5年間魔力を失うのであった。
魔力を失ったルシスは、レベル1の村人にもタコ殴りされるくらいに弱くなり、魔界の魔王書庫に幽閉される。
魔王書庫にてルシスは、秘密裏に7大天使様の力を借りて、壮絶な特訓を受けて、魔力を取り戻した時のために力を蓄えていた。
しかし、10歳の誕生日を迎えて、絶大なる魔力を取り戻す前日に、ルシスは魔界から追放されてしまうのであった。
凡人がおまけ召喚されてしまった件
根鳥 泰造
ファンタジー
勇者召喚に巻き込まれて、異世界にきてしまった祐介。最初は勇者の様に大切に扱われていたが、ごく普通の才能しかないので、冷遇されるようになり、ついには王宮から追い出される。
仕方なく冒険者登録することにしたが、この世界では希少なヒーラー適正を持っていた。一年掛けて治癒魔法を習得し、治癒剣士となると、引く手あまたに。しかも、彼は『強欲』という大罪スキルを持っていて、倒した敵のスキルを自分のものにできるのだ。
それらのお蔭で、才能は凡人でも、数多のスキルで能力を補い、熟練度は飛びぬけ、高難度クエストも熟せる有名冒険者となる。そして、裏では気配消去や不可視化スキルを活かして、暗殺という裏の仕事も始めた。
異世界に来て八年後、その暗殺依頼で、召喚勇者の暗殺を受けたのだが、それは祐介を捕まえるための罠だった。祐介が暗殺者になっていると知った勇者が、改心させよう企てたもので、その後は勇者一行に加わり、魔王討伐の旅に同行することに。
最初は脅され渋々同行していた祐介も、勇者や仲間の思いをしり、どんどん勇者が好きになり、勇者から告白までされる。
だが、魔王を討伐を成し遂げるも、魔王戦で勇者は祐介を庇い、障害者になる。
祐介は、勇者の嘘で、病院を作り、医師の道を歩みだすのだった。
【第2部完結】勇者参上!!~究極奥義を取得した俺は来た技全部跳ね返す!究極術式?十字剣?最強魔王?全部まとめてかかってこいや!!~
Bonzaebon
ファンタジー
『ヤツは泥だらけになっても、傷だらけになろうとも立ち上がる。』
元居た流派の宗家に命を狙われ、激戦の末、究極奥義を完成させ、大武会を制した勇者ロア。彼は強敵達との戦いを経て名実ともに強くなった。
「今度は……みんなに恩返しをしていく番だ!」
仲間がいてくれたから成長できた。だからこそ、仲間のみんなの力になりたい。そう思った彼は旅を続ける。俺だけじゃない、みんなもそれぞれ問題を抱えている。勇者ならそれを手助けしなきゃいけない。
『それはいつか、あなたの勇気に火を灯す……。』
異世界召喚に条件を付けたのに、女神様に呼ばれた
りゅう
ファンタジー
異世界召喚。サラリーマンだって、そんな空想をする。
いや、さすがに大人なので空想する内容も大人だ。少年の心が残っていても、現実社会でもまれた人間はまた別の空想をするのだ。
その日の神岡龍二も、日々の生活から離れ異世界を想像して遊んでいるだけのハズだった。そこには何の問題もないハズだった。だが、そんなお気楽な日々は、この日が最後となってしまった。
家族全員異世界へ転移したが、その世界で父(魔王)母(勇者)だった…らしい~妹は聖女クラスの魔力持ち!?俺はどうなんですかね?遠い目~
厘/りん
ファンタジー
ある休日、家族でお昼ご飯を食べていたらいきなり異世界へ転移した。俺(長男)カケルは日本と全く違う異世界に動揺していたが、父と母の様子がおかしかった。なぜか、やけに落ち着いている。問い詰めると、もともと父は異世界人だった(らしい)。信じられない!
☆第4回次世代ファンタジーカップ
142位でした。ありがとう御座いました。
★Nolaノベルさん•なろうさんに編集して掲載中。
辺境領主は大貴族に成り上がる! チート知識でのびのび領地経営します
潮ノ海月@書籍発売中
ファンタジー
旧題:転生貴族の領地経営~チート知識を活用して、辺境領主は成り上がる!
トールデント帝国と国境を接していたフレンハイム子爵領の領主バルトハイドは、突如、侵攻を開始した帝国軍から領地を守るためにルッセン砦で迎撃に向かうが、守り切れず戦死してしまう。
領主バルトハイドが戦争で死亡した事で、唯一の後継者であったアクスが跡目を継ぐことになってしまう。
アクスの前世は日本人であり、争いごとが極端に苦手であったが、領民を守るために立ち上がることを決意する。
だが、兵士の証言からしてラッセル砦を陥落させた帝国軍の数は10倍以上であることが明らかになってしまう
完全に手詰まりの中で、アクスは日本人として暮らしてきた知識を活用し、さらには領都から避難してきた獣人や亜人を仲間に引き入れ秘策を練る。
果たしてアクスは帝国軍に勝利できるのか!?
これは転生貴族アクスが領地経営に奮闘し、大貴族へ成りあがる物語。
エリクサーは不老不死の薬ではありません。~完成したエリクサーのせいで追放されましたが、隣国で色々助けてたら聖人に……ただの草使いですよ~
シロ鼬
ファンタジー
エリクサー……それは生命あるものすべてを癒し、治す薬――そう、それだけだ。
主人公、リッツはスキル『草』と持ち前の知識でついにエリクサーを完成させるが、なぜか王様に偽物と判断されてしまう。
追放され行く当てもなくなったリッツは、とりあえず大好きな草を集めていると怪我をした神獣の子に出会う。
さらには倒れた少女と出会い、疫病が発生したという隣国へ向かった。
疫病? これ飲めば治りますよ?
これは自前の薬とエリクサーを使い、聖人と呼ばれてしまった男の物語。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる