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三章音速の騎士

作戦開始

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「───では、歩君の思案した作戦に賛成の人は挙手を」

 スッと布と布が擦れ合う音と共に30人以上が手を上げる。

「では歩君の案を採用する」

 ラグドがそう言うと歩はうつ向いてしまった。

 歩は複雑な心情だった。自分が考えた作戦が採用される事に関しては別に良い。寧ろ嬉しい。

 だが、僕の考えた作戦は何とか実行出来る事が分かったが、僕を含めた魔術が使える人達に大きな負担が加わるのだ。

 上手く成功すれば魔物の数を大幅に減らす事が出来るであろう。

 だが、失敗した場合僕らは絶対と言っても良いほど危機に陥るだろう。

 とても効率が良い作戦ではあるが、共に危険も孕んでいるのが僕の考えた作戦なのだ。

「歩、どうしたの?何か不満?」

 隣に座っていたシトラが歩の様子がおかしい事に第一に気付き心配する。

「いや、成功するのかな・・・って」

「何よ、らしくないわね。いつもの貴方だったら失敗する確率があっても実行するのに」

「そうなのかい・・・?」

「そうよ。貴方の戦い方はたまに危なっかしい」

 自覚はないのだが、第3者が言うのだから間違いないだろう。

なら何故不安が心の中を飛び交っているのだろうか?

「それはね歩君、君が心の中で何かに怯えている証拠なんだよ」

「だから心を読まないで下さいって・・・。それで僕は何に怯えているのですか?」

「分からないのかね?自分の事なのに?」

「自分の事を1番知っているのは自分と言いますが、何も全てを知っているわけではありません」

 確かに僕は自分の事は自分が1番知っていると胸を張って言えるだろう。

 だか、分からない所もある。ただ1

 誰も知らないだろう。神も知らないだろう。

 そのくらいの人の中には知られざる物が秘められているのだ。

「君はね、仲間が死んでしまうのか心配で心配でしょうがないようだね」

「はい・・・それが、僕の・・・」

「心の不安だ・・・」

 成る程、心の不安というのはこういう感情の事を言うのか。

 原因は分かった。なら早速取り除こう───出来るはずがない。

 仲間の死を気にしない人間がいるのだろうか?もしいるのだとしたらそいつは人間の皮被った悪魔か何かだ。

 自分はそんな醜い存在にはなりたくなかった。

「確かにその通りだ。その死んでほしくないという気持ちを無くしたら君は人間ではなくなる。だったらどうすれば良いと思うかい?」

 消すのがダメなら───「抑える」。

「大正解だ。そう、抑えれば良いんだよ。抑えるだけなら感情を失う事はない」

「そんなに簡単に出来るものなんですか?」

「いや、すっごい難しい。しかもそれを維持しながら戦うもんだからかなりキツい」

「ですよね・・・。でもやらないと・・・」

 感情を抑える。雲をつかむような手段だが、致し方あるまい。

「今日はお開きとさせて頂く!皆明日に備えて英気を養うように!」

 ラグドの解散の一言で皆自宅へと帰っていった。



「・・・・・・」

「緊張は大事だけど歩、それは緊張しすぎよ。目が泳いでいるわ」

 目が泳いでいるだけではない。冷房も効いていて涼しいはずなのに汗をかいているし、何故か正座している。

 歩は明らかに緊張していた。

は覚えた?」

 こくりと縦に頷く「あれ覚えないと作戦実行出来なくなるもんね」。

「そう、なら良いわ。上手く使えこなせそう?」

「何とかね」と少し自信なさげに言う歩「シャイニングシールドよりかは簡単だ」。

「じゃあ、今日はもう寝ましょ?明日は早いんだから」

 時刻は午後9時。寝るのには少し早すぎる明日の事を考えれば丁度良い時間帯だろう。

「そうだね。じゃあ電気消すからシトラも自分の部屋に戻りな」

「何言ってるの?アタシここで寝るよ?」

「えっ、そうなの?」

 少し驚いた。だが、動揺するほどではない。こんな事日常茶飯事だ。

 正直言って今日は彼女と寝たい。緊張で寝れなさそうだから。

 部屋の電気を消すと月光が照らす。

 雨戸を閉めるのはもう少し後で良いだろう。

 立ちあがり窓際に立つ。空に高く浮かぶのは溜息が漏れてしまうほどの満月。

 雲が1つもないお陰で良く見える。

 その後歩は不安に心を動かされながらも30分たらずで眠りへと入っていった。



「同胞よ!良く聞け!」

 馴れないざわつき喚く同胞に声をかける。

 同胞の種族は様々だ。リザードマンもいればウェアウルフ、更には下級の悪魔までもいる。

 種族は統一されてはいないが、士気と団結力は十分。

 更に指揮官はこの大魔術師プロングだ!負けるはずがない。

 プロングは自分の才能に酔っていた。自分はなんて素晴らしい才能を持っているのだろう!と。

 実にナルシストな思考だが、種族が違う魔物を統一させるその実力は本物である。

 だが彼には1つの不安点があった。双子の兄と連絡が取れないことである。

 兄は新たな実験の為に1ヶ月前にエデンに行ったっきり帰ってきていない。

 それだけならば実験が長引いているのだろうかと心配はしないのだが、連絡が一切ないのだ。

 兄はマメな人だった。どんなに細かい結果だとしてもメモを取っていたし、連絡も1日1回はしてくれた。

 そんな兄が3日以上も連絡をくれないなんてあちらで何かがあったに違いない!

「頼むぞプリング兄さん!生きててくれ!」



「出現まで残り10分だ。皆気合い入れろ!」

 天気の良い昼間なのに新宿には人っ子1人いなかった。

 こんな事がありえるのだろうか?まあ、ありえるのだからこうなっているのだろう。

 しかし誰もいない新宿というのはとても新鮮だなと思う。

 いつもは人がごった返しているのに今は酔払いすらいない。

 先程見てきたが歌舞伎町も全然賑わっていなかった。

 そして僕が今高層ビルの屋上から見ているの前にも誰もいなかった。

 いや、いる。刀を腰に帯びあちらの世界ラグナロクで作ってもらったという紺色の袴と上衣。

 一見したらただの和服であるが、和服には強化の魔術がかけられている。皮鎧よりかは何倍か丈夫だ。

 優人も亮一同様和服姿に刀を帯びた侍のような姿をしている。

 鎧を作る事も出来たが、2人が早さを重視したいと鎧はつけないことにしたらしい。

 新ユニフォームは亮一と優人だけではない。葵も純白の背中に魔術紋章が描かれたローブを纏っている。猫耳型のフードが何とも可愛らしい。

 緑さんは葵の黒色の猫耳がないバージョンのローブを纏っている。・・・暑くはないのだろうか?

 シトラはと言うと服装はいつもの狩人装束。いつもと違うのは弓だ。素材を木から竹に変えている。

 竹は木よりもしなる。弓に使うのには持って来いだろう。

 そして僕もグレードアップを施した。いつもは皮鎧のところを鉄でこさえた軽鎧に変え、剣も予備を背中に背負っている。

 準備は万端。葵達もテリブラーの準備をしている。

 自分も詠唱を始めよう。

「心に浮かべし恐怖を映し出さん───」



 永遠に続くかと思うほど長かった光の旅がようやっと終わった。

 物理的な時間だと2日ほどなのだろうが、体感だと1週間ぐらいだった。

 まず目に入ってきたのは自分達の世界よりも遥かに進歩した建物。

 足元はコンクリートか?いや違う。もっと質のよい何かだ。

 妬ましかった。何故同じくらい時が過ぎているのにこちらの方が進歩しているのが。

 羨ましかった。自分達はいつ死ぬか分からない状況で怯えながら暮らしているのに対しこちらの世界エデンの住民は平和を謳歌している事に。

 さあ、憂さ晴らしだ!皆殺しだ!同胞よ蹂躙せよ!

 耳障りな鳴き声が街中に響き渡る。士気は十分。この勢いならば国1つは容易く滅ぼせようぞ。

「お、おい!ありゃなんだ!」

 1体の下級悪魔が皆に聞こえるように叫ぶ。

 プロングも辺りを見渡してはみるがあるのは建物のみ。

 人の姿は見当たらなかった。

 しかし何故人がいないのだろうか?事前調査だとここは確かこの国で1番の都市のはず。

 現在の時刻は12時を少し過ぎたぐらい。更に天気が忌まわしいほどとても良い。

 こんな日に何故人が見当たらないのか────。

「まさか───!」

 まさか、作戦がバレていたのか!?

 そんな馬鹿な!あり得な───くはないな・・・。

 変化の魔術等を駆使すれば例え姿形が違う人間でも魔族相手にスパイ活動は可能だろう・・・。

迂闊だった。帰ったら即刻スパイを見つけ出さねば・・・。

 それにしても魔物達の様子が先程からおかしい。

 何故何もないのに驚いているのか?・・・否、驚いているのではない・・・!

「ヤバイヤバイヤバイ!!皆逃げろ!!」

 ついには勝手に進軍する者まで現れる。

 1人が進軍すれば我も我もと次々と進軍を開始する。

 しかし、魔物達の表情は戦場に向かう戦士の顔ではなく、何かに恐怖し逃げる者の顔だった。

 最初は驚いて思考が追い付かなかったプロングであるが、彼は愚か者ではない。冷静になって考え始める。

「テリブラーか・・・!」

 テリブラー、恐怖の魔術。相手が最も恐れる者を幻覚として見せて恐怖のドン底へと蹴り落とす魔術。催眠術に近いと言われる初心者が覚えるのに持って来いと言われているが、その効果は絶大で熟練の魔術師でも未だに使うという。

 奴らはテリブラーによって恐怖する何かを見てしまっているのではないか・・・?

 魔物とは言えど、弱点はあるし、苦手なものだってある。

 恐らく奴らが見ているのは火の海だろう。生命を焼き尽くす灼熱の海。生きる者ならば誰もが恐怖する存在だ。

「落ち着けェ!貴様らは幻覚を見せられているだけだ!」

 腹から声を出して訴えるも、恐怖する者の耳には聞こえない。なんたって恐怖から逃げているのだから。

 やがて魔物達は一際大きな建物の前まで進軍してしまう。

 その時であった。突然現れた光の壁が四方八方に現れて魔物達を閉じ込めたのだ。

 やがてテリブラーが解けたようで魔物達は我に返り辺りを見渡し、光の壁を壊そうと試みる。

 だが光の壁は壊れない。恐らくあれはシャイニングシールド───光の盾だろう。

 しかし何故閉じ込める必要が───まさか・・・!

 嫌な予感がしたプロングは魔物達の元へと飛んでいく。

 だが行動に起こすのが少々遅かった。

 光の壁で作られた光の檻の一方向に炎を帯びた剣を持つ青年が現れる。

 熱い。あの青年が現れてから突然と気温が急上昇する。

 あの剣か───。あり得ないが認めざる終えなかった。

 気温を上げる程に熱い炎。鉄よりも硬いと言われるドラゴンの鱗をも溶かせるのではないか?

 あんなに熱い炎は普通の魔術では作れない。

 あの炎は───奥義の領域!!

 やがて意図したかのように青年の前こ光の壁の1面が消える。

 青年は灼熱の剣を天高く振りかざす。

「ドラゴ───ブレイク!!」

 青年は高らかに声を上げ、灼熱の炎は魔物達を焼き付くした。
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