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三章音速の騎士

謎の鎧騎士 前編

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「クッ───!」

「ごめんね杉田君。あと少しだから我慢してね」

 足に爪傷を負った杉田が緑の肩を借りて歩く。

 大きな爪痕。人食い大熊の会心の一撃。

 物陰から人食い大熊を狙っていた杉田だったが、後ろから近づいていた大熊に気づかずに喰らってしまったのだ。

 人食い大熊の普通の熊の爪よりも遥かに硬く遥かに鋭い。

 そんな爪の一撃を喰らった杉田の腕は肉が抉られ、骨がうっすらと見えていた。

 不幸中の幸いとして緑が近くにいたことだった。

 致命傷を喰らった杉田にすぐに近づいて町まで戻ろうとしているのである。

 だが、人食い大熊は名の通り人肉を好物とする大熊。

 御馳走が逃げていって追いかけないはずがない。

 熊は野生の狩人ハンター。逃げた得物は逃がさない。

 現に今も背中を向けて逃げる杉田達の後を猛スピードで追ってきている。

 何回か追い付かれた。しかし緑は魔術師である。

 襲われそうになった瞬間に地面を覆う雪で氷の壁を作って逃げてきた。

 だが、魔力は有限。氷の壁を作れる回数は残り5回程だろう。

 今は逃げなければならないが落ち着いたら杉田の傷を癒してあげたい。癒す為にも治療魔術が1回使えるぐらいには魔力は温存しておきたい。

 町までは残り約1㎞。どう計算しても町までは間に合わない。

 ならば────。

 足を進めながら緑は辺りを見渡す。

 雪が降っていて視界が悪いが、少し遠くに小さな洞窟を見つける。

「あそこで休みましょ!」

「ああ・・・」

 杉田の目を見ると虚ろになっていた。

 後ろを振り替えると純白の雪を染める大量の血。

 出血が想像よりも酷いようだ。

 早くしなければ!!

「Guoooooooo!!」

 1匹の人食い大熊が飛びかかってくる。

 しまった!洞窟を探すのに必死で───。

 不覚だ。氷の壁を作るのには多少ながら時間が必要だ。

 氷の壁なんて作る時間は残されていない。

 別に氷の壁だけが守る手段ではない。

 シャイニングシールド───光の盾。

 私が有する守りの中で屈指の頑丈さを誇る魔術。

 だが、魔力を大量に消費してしまうというデメリットがある。

 単純計算で氷の壁作成4回分に匹敵する。

 もしここで使ったら大熊に食われることはなくなるだろう。

 問題はその後だ。シャイニングシールドを展開してしまったら治療魔術が使えない。

 その先に待つのは杉田の死。

(ダメだ、使えない。でも───)

 悩んでいても大熊は待ってはくれない。

 じりじりと大熊の爪が接近してくる。

 ザシュッ───。

 肉を切る音が聞こえる。

 それと同時に血が純白の雪に飛び散る。

 切られたのは、人食い大熊の腕だった。

「Ggaaaa!!?」

 大熊はその場に倒れこみ踞る。

 私は何が起きたのか分からず歩みを止め立ち止まっていた。

 すると大熊が倒れた位置の後ろに人が立っていた。

 ただの人ではない。

 白銀の鎧と兜で身を硬め、手には金の彩飾が施された美しい剣。

 一瞬歩君かと思ったが違う。あんな立派な剣と防具を歩君は持ってはいない。

 一体誰────。

「逃げろ」

「へ・・・?」

 突然話しかけられたせいで間抜けな声を出してしまう緑。

「ここは、俺がやる。だから───」

 白銀の兜の隙間からギラリと葵い瞳が睨む。

「逃げろ」

「は、はいぃ!!」

 謎の鎧騎士の言う通りにし、私は杉田君を担いで洞窟へと入っていった。



「ふあぁ~おはよう歩、冬馬さ───ほえ?冬馬さんは?」

 いつもと変わらない光景。冬馬がいない以外は。

 いつもならここで陽気な挨拶が飛んでくるのに今日は飛んでこない。

 いつもはあるのに今日はないのは何だか変だ。

「歩、冬馬さんは・・・?」

 洗面台で歯磨きをする歩に聞くと彼は口で答えずに指で示した。

 歩が指差した先はトイレ。

 何だ。トイレに入っていたのかとホッと息を吐く。

 洗面台が空くまで待とうと椅子に座る。

 誰もいない食卓とはこんなにも寂しいものなのか。今まで1度も1人で食事を取った事がなかったから分からなかった。

 頭にラグナロクにいた頃の思い出がよぎる。今頃パパやママは何をしているのだろうか?

 自分の意思でこの世界に留まった身で何を考えているんだ?と思われるだろうがアタシは軽くホームシックになってしまっていた。

 こんなに故郷が恋しくなったことは今までで感じた事のなかった感情だ。

 勉学を分かりやすく教えてくれる父。弓術を厳しくも優しく教えてくれる母。

 嗚呼、全てが懐かしい。1度でも良い。家に帰りたい。

 そうだ、ラグドさんに相談してみよう。

 きっと相談に乗ってくれるはずだ。

 もし帰れる事になったら歩を連れていこう。

 パパとママに紹介したい。

 考えていると色々とやりたい事が浮かんでくる。

 相談する前にやりたい事をまとめておいた方が良いようだ。

 トイレから水が流れる音が聴こえてくる。

 洗面台から水を吐き出す音が聴こえてくる。

 同時に終わったようだ。

「おはようシトラちゃん。今日は目覚めが良いみたいだね!」

 朝とは思えない陽気な挨拶。後ろを振り向くと冬馬さんがいた。

 本当にこの人がかの音速の騎士なのか?と疑いたくなるほど友好的かつ気さくな性格。

 でも冬馬さんに騎士トーマに酷似してきる点がある。

 まず名前が似ている所だ。トーマと冬馬。冬馬さんの話からすると騎士トーマはトーマという名のみ覚えており日本という国に馴染む為に冬馬という名前にした節が高い。

 決め手は歩の母であり冬馬さんの妻である美和子さんの日記だ。日記に出てきた冬馬さんの格好はとてもエデンで生きる人間の服装には思えない。

 このことから冬馬さんはエデンの人間ではなくラグナロクの人間という事が分かる。

 歩もそこは認めている。だが、自分の父が高名な騎士だったことは認めていない。

 きっと恐いのだろう。冬馬さんが騎士トーマになってしまう事が。

 騎士トーマはどんな難易度の仕事でも断らずに最後までやりとげることで有名な騎士だった。

 トーマとなった冬馬さんは絶対にエデンに現れる魔物を駆逐する為に再び剣を握るだろう。

 そうなれば冬馬さんの死亡する確率は圧倒的に上がる。

 歩はそれが嫌なのだ。

 自分だけで良い。戦うのは自分だけで良い。と歩はいつか言っていた。

 彼の心は深く傷ついているのだ。かけがいのない親友達が武器を持ち自分と同じ戦場に立っていることに。

 傷つくのは自分だけで良い。失いたくない。もうこれ以上大切な物は・・・と。

 現に歩は自分もピンチだという時に仲間の治療を優先することがある。

 そのぐらい歩は人想いなのだ。

 そんな彼の戦場に実の父親が立ったらどうなるだろうか。

 きっと彼の心は今まで以上に傷つくだろう。

 止めてくれ。お願いだから戦わないでくれと。

 そんな彼の心境が冬馬=トーマという事実を否定しているのだ。

 きっと心の奥底では冬馬さんがトーマだという事を認めているはずだ。

 トーマとして振る舞う父を見た歩は一体どうなってしまうのか?泣くのか?悲しむのか?絶望するのか?笑うのか?狂ってしまうのか?

 アタシは森と共に生きるエルフ。人の心を読むのは上手くても人の未来を読むことは出来ない。

 読むことが出来るのは神ぐらいだろう。

「シトラ?どうしたの?」

「えっ、あっ、いや、何でも・・・」

 突然目の前に現れた歩の顔に驚きながらも何とか誤魔化すシトラ。

 歩は何か考えて事をしていたのだなと分かったが、聞く必要はないだろうと思い「そっか」と言って椅子に座る。

 食卓を見ると朝食が出されていた。

 献立は至ってシンプル。食パン2枚と、コーンスープ1杯。

 朝は軽い食事が好きなシトラにとってはとても良い献立だった。

 食パンを千切ってはコーンスープに浸して食べを繰り返して2枚の食パンを完食。残ったコーンスープを舌が火傷しないようにゆっくりと飲む。

「ごちそうさま」

 「お粗末様」

 食パンを乗せていたお皿の上にコーンスープを入れていたマグカップを乗せて台所の流しへと持っていき、自分の部屋へと着替えの為戻る。

「・・・・・・」

たった8分で食べ終わったシトラに対し歩はまだ1枚しか食パンを食べていなかった。

「どうしたんだ歩?」

「杉田さんと緑さん大丈夫かな・・・って」

 北海道に現れた人食い大熊を討伐に行ってから数日。

 杉田さん達は帰ってくるどころか連絡すらしてくる気配がなかった。

 そんなに数が多いのか?やはり2人だけでは危険だったか?

 もしかしたらもう・・・いや、悪い方に思考を持っていくのは止めよう。

「大丈夫だよ。あの2人は大丈夫だから」

「どうして分かるの?」

「だって2人とも魔物退治は初めてじゃないでしょ?かなり数をこなしている。そんな人達が簡単にやられるとは思わないぜ俺は」

「だよねっ、そうだよね!」

 そうだ。杉田さんと緑さんは1年以上魔物退治に携わっている戦士だ。簡単にやられるはずがない。

 それとは別に不安は消えない。本当に大丈夫だろうか?

 手元に導きの石さえあればすぐにでも向かうのに・・・。

 僕らが伊豆に行ったのに対して杉田さん達が行ったのは北海道。

 どう計算しても北海道に行くほうが辛いので歩は導きの石を杉田に貸したのだ。

 こんな事になるのだったら予備の導きの石を貰えば良かったと心底後悔する。
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