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三章音速の騎士

深夜にて

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「足元、気を付けろ」

「うん」

 懐中電灯で照らされた床に下りるシトラ。

 真夜中の地下倉庫は夕方に入ったときよりも暗く、そして怖かった。

 亡霊が出てきてもおかしくないくらい薄気味悪い。

「あ、歩離れないでね」

「分かってるよ」

 少しでも安心させるようにとシトラの華奢な白い手を握る。

 余程怖いのかかなりの量の手汗をかいていた。

「ここかな・・・あった!」

 1分地下倉庫を歩いた後地下倉庫を照らす電球のスイッチを見つける。

 スイッチを入れると今まで暗かった地下倉庫が嘘みたいに明るくなる。

 シトラも安心したようで歩の手を離した。

 しかし、部屋全体が白一色というのは何だか不気味だ。今度壁紙でも貼ろうか。

 壁を見ながらう~んと呻く歩は放っておいてシトラは木箱の元へ行き、木箱の中身を確認しはじめた。

「あ、ちょっ、待ってよ!」

 シトラに遅れる事十数秒、歩は手当たり次第木箱を開け始めた。



「あと何個・・・?」

「・・・3個」

「あるのかしら本当に?」

「知らないよ。そもそも言い出しっぺはシトラの方だろ」

 木箱を開ける作業を始めてから30分。50はあった木箱のうち47個には騎士トーマの物と思わしき武具は入っていなかった。

 入っていたのは古本や、縁が欠けたマグカップ等の祖先の思い出の品と思わしき日常品。

 剣や鎧といった戦事いくさごとで使うような道具は1つも見つからなかった。

 ちなみに見つけた古本というのは所謂いわゆる男の大人の娯楽本だった。

 僕も年頃の男だ。少し見蕩れていたらシトラに平手打ちを喰らってしまった。

 今も尚右頬はヒリヒリと痛みが引かない。

「無い!無いわ!」

 最後の3つの木箱を開けた結果は・・・・駄目だったらしい。

 中身を見てみるとすごろくやオセロ等のパーティゲーム類だった。

 うん、まったく武具とは関係ない!

「くっそ~。絶対にここにあると思ったんだけどなー騎士トーマの剣と鎧!」

「無いものは仕方ないよ。諦めて寝よう。明日から仕事なんだから」

 時計の針は深夜の2時を知らせようとしている。

 別段朝が早いというわけではないが、これ以上起きているのは健康にも肌にも悪い。

 ましてやシトラは年頃の女の子だ。深夜に起きてなんかいたらすぐにニキビができてしまう。

 そういう健康面の事も考えての一言だった。

 だが、その一言でシトラの何かに火がついてしまったらしい。

「いえ、諦めない!何か証拠が見つかるまで木箱をひっくり返してやるわ!」

「やめなさい!その箱の中には先祖様の思い出が詰まってるんだぞ!」

 もし、木箱を引っくり返しなどして中に入っている割れ物が割れてしまったら取り返しのつかない事になってしまう。

 魔物と戦うぶんには良いが、幽霊に取り憑かれるのだけは勘弁だ。

 どんなに説明したとしても今のシトラには馬に念仏でまったく理解してない。

 相当の重量があるはずの木箱を持ち上げる。

 ステータスカードによる筋力上昇現象のお陰だろう。

 持ち上げられた木箱は逆さにされ中に入っていた物を吐き出した。

 幸いな事にシトラが持ち上げた木箱にはぬいぐるみや特撮物のソフトビニール人形しか入っておらず、大惨事にはならなかった。

 しかしソフビ人形とは懐かしい。良く亮一とブンドドをしたものだ。

 僕が怪獣で亮一がヒーローというパターンがとても多かった。自分もヒーロー役をやりたかったが、喧嘩になりかねないので中々言い出せなかった。

 それに気付いた亮一がヒーロー役をやらせてくれたっけな。

 手に取りソフビ人形を見ていると歩は手に取っているソフビ人形に見覚えがあることに気付く。

 これは────僕の一番好きだったヒーローのソフビ人形だ!

 慌ててソフビ人形の足裏を見てみる。足裏にはマッキーペンで『歩』と書かれている。

 お世辞でも上手いとは言えないたどたどしい歩という文字。これは自分自らが書いた名前だ!

 他にもないかと辺りに散らかるソフビ人形の足裏を確認する。ソフビ人形の9割は僕の直筆の名前が書かれていた。

「何でだ・・・?」

 僕の名前が書かれているソフビ人形は外の倉庫に入っていたはず。父さんが地下倉庫に持ってきたのか?いや、外の倉庫には大きな段ボールがピッタリ入る程のスペースがあった。わざわざ運ぶ意味がない。

 だとすると何故───。

 立ち上がりシトラの元へと近付く。

「歩、危ない!」

 床に踏もうとしていた足を直前でピタリと止め足元を見てみると小石サイズの鉄のかけらが落ちていた。



 摘まんでみると微かに感じる魔力。僕達が使っている武器同様に魔力で強度を上げている。

 母の日記にはこう書いてあった。大破した鎧、と。

 これは大破した鎧のかけらなのか?

 「歩、見て見て!」

 空っぽになった木箱の中を見せつける。

 なんと木箱の端っこに引っ掛かった金属のかけらを見つけた。

 僕の昔の玩具、魔力が込められた金属片。

 どうやらシトラの仮説はあっていたのかもしれない。

 だが、肝心なのは騎士トーマの武具は何処に行ったのか?

 父さんが持っていったのか?はたまた別の何者かが侵入して奪い去っていったのか。

 真実を知ることは出来なかった。



「絶対に冬馬さんが音速の騎士だって!」

「可能性は高いけどまだ確証が見つかってないしな・・・」

 太陽がまだ顔を出していない深夜の時間。

 息子と息子の恋人が1階で会話をしている。

 どうやら早い段階からバレていたらしい。

 言った方が良いか・・・・?

 いいやダメだ。そんな事をしたらに狙われかねない。

 しかしあの子はもう────。

「ダメだ。絶対に巻き込まない」

 と約束した。

 10年以上も前の事だが今でも鮮明に覚えている。

 夜空に咲く花。着物で自分を彩った愛する女性。そして心の傷を癒す笑顔。

 昨日の事のように覚えている。

 記憶が戻ってもこの記憶が残っている事を嬉しく思う。

 もう自分は長くない。

 寿命が来たわけではない。致命傷を負ったわけでも不治の病に侵されたわけでもない。

 

 この世界エデンの為に。故郷ラグナロクの為に。

 息子の為に。息子の恋人の為に。

 そして、何よりも。

 最愛の人との約束を守るために。
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