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三章音速の騎士

母の日記

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「ただいま~」

 シトラの元気な帰宅の挨拶が店中に響く。

 冬馬が居るはずだが、不思議なことに冬馬はシトラの帰宅の挨拶に応えなかった。

 いつもならシトラの声に負けず劣らずの声量で「おかえり」を言うのに。

「父さん?いるの?」

 再び静寂。反応が全くない。

「上かな・・・」

 階段を上り父さんの部屋の前に立ちドアをノックする。

 こちらも反応なし。

「入るよ・・・」

 もしかしたらの可能性を感じて入ってみる。鉄が錆びてきたのかドアを開けるとギィドアが軋む。

「ん、誰───って歩か。おかえり」

「ただいま」

 父さんはイヤフォンで音楽を聞きながら分厚い本を読んでいた。ゲームの攻略本みたいに大きくて分厚い本を。

「何、それ?」

「これか?これはな、美和子の日記だ」

 自慢気に表紙を見せてくる。表紙にはマッキーペンで小野山美和子と書かれている。

「美和子の浴衣を探してたら見つけてさ。お前らが花火見ながらイチャイチャしてる時に読もうかなって」

「あんまり良くないでしょ人の日記読むのは。それに言い方。花火見ながらイチャイチャしてたって・・・」

「事実っちゃあ事実だろ?」

「・・・・・・」

 本当に事実なので言い返せない。こう言うのを図星と言うのか。

 その話は置いとおくとして母さんの日記に話を戻そう。

 日記という物は謂わばプライバシーの塊だ。たとえ家族であっても開けてはいけないと僕は思っているのだが。

 それが例えこの世にはいない人だとしてもだ。

「何だよ、そんな怖い目しないでくれよ。歩にも見せてやるから」

「いいよ別に」

 見たくない・・・という訳ではない。

 もしかしたらその日記から母さんの新しい1面が発見出来るかもしれない。

 だとしても母さんの・・・自分を苦しみながら産んでくれた人の日記を見るという行為はあまり気持ち良いものではない。

「俺が美和子に助けられた時の事が書いてあるんだけどさ、その時の俺の格好がおかしいんだよね?」

「格好がおかしい?どんな格好してたの?」

「やっぱ興味あるんじゃねえかよ」

 しまった。父さんの罠にはめられてしまうとは、僕もまだまだ尻が青い。

「じゃあ、言うぞ。俺が美和子に拾われた時俺は大破した鎧を纏い、綺麗な装飾が施された剣を腰に携えていたらしいんだ」

「えっ───」

 冬馬の発言にその場が凍りつく。ただ1人冬馬だけが状況を分かっていないようだが。

「ちょっと見せて」

「お、おうっ」

 分厚い日記帳を受けとると、父が僕の実母である美和子に助けられた日の2011年2月17日を開く。

 案の定2月17日のページには達筆な文字で15行程記憶喪失の青年の詳細が書かれていた。髪の色や目の色。さらには肌の色まで。

 ここまで書く必要があるのだろうか?

 もしかしたら母さんは父さんを助けた時点で恋に落ちていたのかもしれない。

 実際、私の好みタイプって思いっきり書いてあるし。

 ───て、違う違う!何で普通に読んでんだ僕は!?これでは父さんの事が言えない。

「歩、見つけた?」

「ちょ、ちょっと待ってね・・・」

 神経を集中させ日記の中からお目当ての物を探しだす。すると、1分も経たぬうちに父さんの服装について書かれている。

 ファンタジーRPGの登場人物が着ているような服の上に大破した鎧を纏い、腰に美しい装飾が施された剣を携えていた。と記されていた。

「本当だ・・・!」

「だろ?もしかしたら俺もシトラちゃんみたいにあっちの世界から飛ばされて来た騎士なのかな~なんて!」

「・・・・・・」

 冬馬は冗談混じりに言うが、シトラの顔は笑ってはいなかった。

 まずいと思ったのか、冬馬は真面目な顔に一瞬で戻す。

「あの、どうしたの?シトラちゃん?」

「・・・いえ、何も」

 とてもじゃないが、何もないとは思えない。

 しかし、歩と冬馬が質問出来る雰囲気ではなかった。

 今強引に聞いたら本気で怒られそうだ。

「さ、さぁ~て!明日の仕込みでもしようかな!」

 この空気に耐えられなくなったのか、冬馬は理由をこじつけて部屋から出ていってしまった。

 しばらく部屋に沈黙が漂う。時計の針が動く音が大きく聴こえるぐらいの静寂。

 この重たすぎる空気に歩は思わず唾を飲んだ。

「ねえ、歩」

「は、はい!」

 考え込んでいたシトラがいきなり声をかえてくるのに少し驚きつつもきちんと対応する。

「アタシがこの家に来て冬馬さんの名前を聞いた時の事覚えてる?」

「うん、覚えてるよ・・・」

 忘れるわけがない。それは8ヶ月前、シトラを家に住ませる事を決めてから自己紹介をした時の事である。

 父の名前を聞いたシトラは異常な程反応した。

 だがそれはただの勘違いという事で幕が閉じたはずだが。

「ラグナロクのロマニア王国って国があるんだけどね」

「うん、知ってる。ラグドさんが騎士団長を勤めてる国だよね」

 そうよとシトラは頷く。

「少し昔の話なんだけどね、ロマニア王国には音速の騎士と呼ばれるとても高名な騎士がいたの」

 別の国の住民であるシトラが知っている程なのだからさぞ有名な騎士様だったのだろう。

「その名の通り音速にも匹敵する速さで数々の強敵を倒してきたそれはそれは凄い騎士だったそうよ。アタシもお父さんから聞いた話だけだからその話が本当なのかは知らないけど」

「話し方からすると、もう亡くなっちゃったみたいな感じで言っているけど?」

 彼女は音速の騎士の説明をする際に言葉が過去形だった。

 これは音速の騎士はもういないという事をさしている。

「死んだ・・・とは言い切れないのよ。音速の騎士は新魔王軍の軍師と相討ちになって死んだって言われているけど、肝心の死体が見つからなかったのよ」

「死体が見つからなかった?じゃあ、一体何処に・・・?」

「それが分からないのよ。世界中ロマニア王国の騎士達が飛び回って探したらしいんだけど、見つからなかった。捜査は1年続いたけれど、見つからず事件は迷宮入りになったわ」

 見つからなかったという事は軍師との戦いの末に火の魔術か何かで消炭にされたのではと思ったが、その仮説を言う前にシトラが再び口を開く。

「でも、最近になって新しい説が立てられたわ」

「新しい説とは?」

「・・・エデン転移説」

 その説の名を聞いた事であくまで仮だが、全てが繋がった。

 音速の騎士は新魔王軍の軍師との戦いで一命は取り留めたが、新魔王軍の何者かによってラグナロクからエデンへと転移させられ、ラグナロクにいると思っていた騎士達に見つけられなかった。

 そしてその音速の騎士こそが────。

「うちの父さん・・・」

「かもしれないわ。でも、証明するには証拠が不十分。だって共通点がトーマという名前だけですもの」

 成る程、だから父さんの名前にあんなに反応したのか。

 でも、シトラの言う通り証拠があまりにも少ない。もしこれが裁判だとしたらすぐに負けてしまうだろう。

「なら証拠を集めよう。ラグドさんに連絡を取ってでも」

 ラグドさんは騎士団長を10年以上やっているという。きっと音速の騎士の事も僕らより遥かに知っているだろう。

 僕がヤル気を出しているのに対し、シトラは何故か不思議そうな顔をしていた。

「どうしたの?変な顔して」

「今言ったのはただの仮説よ。事実ではない。冬馬さんが音速の騎士トーマとは断言出来ない。それなのに何でそんなにヤル気なの?」

 何故、ヤル気を出しているのかだって?

 そんなの決まっているじゃないか。

「父さんに記憶を取り戻してほしいからだよ。もし音速の騎士が父さんじゃなかったとしてもお蔵入りになった音速の騎士失踪事件の謎が解けるんだし、良いじゃない」

「・・・そうね!貴方はそういう人だったわね」

 そうだった。アタシが恋した少年はどんなに可能性が低くてもその可能性という名の炎が消えない限り挑み続ける人だった。

 ならば、恋人であるアタシは彼の手伝いをしなくてはならない。

「やってやりましょう!冬馬さんの記憶探し!」

 決意を固めたシトラと歩は熱い握手をかました。
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