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三章音速の騎士

プロローグ

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「早く冬馬さん!花火始まっちゃうよ!」

 目一杯におめかしをした美しい女性が俺に向かって手招きする。

「ちょっと、待って下さいよ美和子さん!」

 美和子さんに連れられて来たが、花火という物が一体どういう物なのか全く検討がつかない。

 彼女に聞いても見たら分かるの一点張り。どうしても俺を連れて来たかったらしい。

「て言うか、本当に花火も知らないの!?」

「・・・はい、全く」

 俺は半月前に美和子さんに拾われた。話によると河川敷で見つけたらしい。

 拾われた俺は拾われる前の記憶を失っていた。家族も自分の住んでいた場所も全て真っ白。唯一覚えていたのは、冬馬という名のみ。

「ここにしましょ!」

 彼女が選んだ場所は河川敷の坂だった。俺達だけでなく、男女のペアが身を寄り添って空を眺めている。

「皆空を見ているけど、花火っていうのは空ち咲くの?」

「そうよ♪」

 腰を下ろし、空を眺める。今日は天気が良く星が綺麗だ。

「始まるわよ」

 瞬間、星煌めく夜空に。多種の色の花が夜空をより彩る。

 あれは、本物花ではない。火で花を模した物。

 成る程、だから花火というのか。

「うわぁ、綺麗!」

 子供のように美和子がはしゃぐ。

「どう、何か思い出した?」

 と美和子が訊ねてくる。俺を連れて来たのはこれが理由か。

「・・・いいや、全く」

「はぁ~、なーんだ!」

 彼女は残念そうにため息をはくと、坂に寝転がる。

「折角連れて来てくれたのに、思い出せなくてすまない」

「良いの!良いの!冬馬さんの記憶を取り戻すのは第2目的だから!」

 そうか、と再び空を見上げる。それにしても花火という物はとても美しい。かつて記憶を失う前の俺も花火を見た事はあるのか?

 それすらも思い出せない。

 医者は言っていた。記憶喪失はあくまで一時的なものだから普通に生活をしていたら記憶が元に戻ると。

 その診断を受けて早半年が経った。俺の記憶は未だに戻ってこない。

 医者は記憶喪失は記憶が失われたのではなく、忘れ去られて頭の奥に封印されているだけだと。

 違う気がする。俺の記憶喪失は記憶が忘れ去られたのではなく、

「ねえ、冬馬さん?」

「どうしたんだ?」

「も、もしさ。記憶が戻らなかったらさ・・・私の所に婿入りしないか?」

 美和子は顔を赤くしてそう告げる。しかし、婿入りという言葉すらも覚えていない俺は何て反応をすればいいのか分からなかった。

「ああ!そうだった!冬馬さん記憶どころか知識すらも吹っ飛んじゃっているんだっけ!?」

「すまない・・・」

「いいえ、貴方には非はないわ。知らない言葉で伝えようとした私が悪いわ。婿入りっていうのはね、私と冬馬さんが夫婦になる事よ!」

「え・・・」

 記憶と知識がほとんど吹き飛んだ俺でさえ夫婦という言葉は覚えている。

 夫婦というのは、生涯離れず愛を誓い合う存在。それがどれだけ大変な事かも覚えていた。

「ちょ、ちょっと待って!俺は記憶喪失だぞ!誰だかも分からないんだぞ!そんな奴と!ふ、夫婦になると言うのか!」

「ええ、なるわ。なって見せるわ。もうお父さん許可は取ってあるから大丈夫!」

そう言う問題ではないのだと思うのだが、美和子は此方が発言する前に俺の手を強く握り締めた。

「だから、夫婦になりましょ?」

「・・・はい」

 それは、満開の花火の下で誓った一生忘れる事のない約束だった。 
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