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二章英雄の意思を我が剣に

たとえ差があれど

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「ククク・・・ハッーハッハッハ!!」 

 マクドスは洞窟の中、1人で自分の作戦成功に酔っていた。まさかこんなにも上手くいくとは、悪魔様々だ。

 しかし、時間をかけすぎてしまった。まさかこの2週間で他の男に恋をしてしまうとは───。

 マクドスはずっと監視していた。バレないように鳥を使い魔にして。寝てる時も食事を取っている時も喫茶店で働いている時も戦っている時も

 怒りで頭がどうにかなってしまいそうだった。よくも僕のシトラを!!と。殺してしまいたかった。一気に楽にするのではなく、散々いたぶってから心臓をくりぬく拷問に近い方法で。

 我慢が得意だった僕はその怒りを心の奥にしまいこんで衝動を抑えた。

 怒りに身を任せたら自滅するだけだと自分に言い聞かせて。

 だが、もうそんな我慢もしなくて良い。だって目的は達成出来たのだから。

 勝利を目前としたマクドスはこれまでの出来事を振り替える。思えば苦労したものだ。

 シトラを狩りに誘い狩り場で気絶させ、エデンに送る作戦の内容自体はとても良かった。だが、マーブル余計なものまでついてきてしまったのは計算外だった。

 まあ、シトラを気絶させた後に気絶させてその時の記憶を奪ったから何の支障も無かったけど。

 むしろマーブルを連れて来たのは正解だった。僕は騎士団長であるマーブルの兄のリズベルが嫌いだった。別に過去に何かあった訳ではない。単に才能とその才能を鼻にかけない生真面目な性格が嫌いなだけだ。

 そんな真面目野郎は父、母、そしてマーブルを愛していた。

 そんな大切な家族の1人が突然行方不明になってリズベルはどれほど絶望しているだろうか。想像しただけでニヤけてしまう。

「んん・・・ここ、は?」

「目が覚めたようだね、愛しのシトラ」

「え?マクドス王子?何で?確かアタシ・・・」

「君は気絶していたから何も分かっていないだろうけど僕が助けたんだよ」

「そうだったんですか・・・で、歩は?歩は何処にいるんです」

「・・・・・・」

 立ち上がったシトラはキョロキョロと辺りを見回す。歩の名前を叫ぶその声は震えていた。

「君は何故あの男に執着する?」

「執着?執着などしていません。ただ彼が信用も信頼も出来る人物だから一緒にいるのです」

「好きなのだろう?あの人間が」

「なっ・・・!」

 瞬間、シトラの頬が朱色に染まる。マクドスは歩に対して怒りを募らせる。

「何故だ・・・」

「え・・・?」

「何故君は僕よりあの男を選んだ!あの男より僕の方が色んな面においで勝っているだろう!美貌も!金も!権力も!力も!」

 シトラはマクドスの変貌ぷりに些か恐怖を感じた。民に優しいあの人は何処に行ったのだろうか?

 確かにあの時、アタシは彼からの告白を断った。別に嫌いではなかった。信頼もしていたし、信用もしていた。

 それを話せば誰もが何故と言うだろう。折角のビッグチャンスを掴まなかったと。

 答えはいたってシンプルだ。

「アタシは貴方にはときめかなかったんです」

「な・・・!」

「そしてアタシはを好きになったんです。お人好しな彼に」

マクドス王子もお人好しだった。友の悩みならなんでも聞こうというぐらいの。でも歩には劣る。

 は見ず知らずの人を助けてしまうお人好しなのだ。

「それだけか・・・」

「う~ん、そうですね~。強いて言えば顔が可愛かったからかな?歩って笑った時の顔見てみれば絶対に思いますよ可愛いってあと、顔を赤らめた時、あれも最高に可愛い!ハグしたいくらいに!まあ実際にはハグ出来ていないんですけど───」

「黙れ・・・黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ!!」

 今まで我慢していた怒りが、堪忍袋に貯めていた怒りが火山のように噴火する。

「お、王子?大丈ぶ──キャ!!」

 怒りが爆発したマクドスはシトラに近付いて、彼女の頬を思いっきりひっぱたく。

 その目には理性という物は存在していない。怒り、嫉妬。それしか目にはこもっていない。

 目を見て気付いたシトラはマクドスに背を向け、洞窟に出口めがけて走る!走る!走る!

 暫く走ると光が見えてきた。きっとあれが出口だ。早く逃げな───。

「逃がすかぁぁぁぁぁぁ!!」

 マクドスの絶叫と共にシトラの体に何かがまとわりつく。

 それは触手だった。タコの触手でもイカの触手でもない何かの触手。謎の触手はアタシを捕まえるとマクドス王子のいるどうくつの奥へと引き摺り込んでいった。

 引っ張られないよう足で踏ん張る。しかし、触手の力は強くアタシの細い足では長く踏ん張る事は出来ず、結局はマクドス王子の元へと引き戻されてしまった。

「捕まえたぁ」

「ひっ!」

 恐怖はついき許容範囲を超える。助けて!と言いたいが声が出ず、逃げたい!と思うが、体に力が入らない。

「怖いかぁ?怖いよなぁ?でも声は出ないだろう?体に力も入らないだろう?これはなぁ僕が契約しただよ」

 「ッッ───!!」

 シトラの恐怖に怯える顔で興奮したマクドスは触手に縛られる彼女の頬を優しく撫でる。

「さっきは殴ったりしてごめんな?お詫びにいっぱい

 あまりの恐怖に目からは涙が溢れ、汗が吹き出し、ズボンは生温かく湿る。

 しかし失禁した事に恥じらいは一切感じなく、ただただ助けてと願うだけ。

「ハ───ハハハハハハハハ!!アッーハッハッハッハッハッ!!」

 道化の笑いような高い笑い声が洞窟中に響く。シトラは諦め目を閉じてしまった。

「死を司る炎よ、我が怒りをかたどれ───『アンガーフレイム』!」

 突如として地面が燃え始める。炎はマクドスの呼び出した触手を焼き消していく。

「くっ───!誰だ!!」

 触手を焼いた犯人は走ることなく、ゆっくりと歩み寄ってくる。やがて身体の輪郭が見えてくる。身体付きからして男だ。

 男の右手には何かが握られていた。剣である。鉄で鍛えられた剣が握られていた。

「魔術っていうのは不思議だよな。感情を形にする事が出来る」

「貴様・・・どうしてここが分かったんだぁ!!」

 その男は少年だった。真っ直ぐな目をした黒髪の少年。

 竜殺しの英雄の奥義を脆弱な身体で使用して身動き1つとれなくなっていた英雄シグルの生まれ変わり。

「まさか幼少期の僕の遊び場を隠れ家にしてたのはびっくりしたよ、マクドス王子」

「小野山歩・・・!!」



「歩!!」

 歩にシトラは抱き付くと、わんわんと泣き始めた。

「ごめんね、怖かったよね。でも、もう大丈夫」

 彼女を宥めると、気に食わない顔をしてこちらを見てくるマクドスを睨み付ける。

「何故貴様がここに!!」

「ラグドさんはな、お前とマーブルさんを見つける為に探索の振り子を持ってきてたんだよ。あの振り子さえあればお前がどんな場所に隠れようが無駄だ」

「老耄が!!」

 周囲に魔法陣を描く。すると、魔法陣から先程焼き払った触手が現れた。

「シトラ、下がってて」

「でも、歩。あれは悪魔の一部らしいわ」

「大丈夫、僕に任せて」

 剣を抜き、構える。その構えに一切の隙はなかった。

「ふんっ、貴様1人で悪魔と契約した僕に勝てるとでも?」

「確かに勝機はそちらの方があるだろうさ。でもな、今の僕はどんな事をされても倒れない自信がある。守りたい人がいるからな」

「ならば!守ってみせろぉ!!」



「せいっ───!」

  迫りくる触手を切り裂きながら前へと進む。スピードは決して早くはないが、確実にマクドスへと近付いてきている。

 しかし、飛んでくるのは触手だけじゃない。マクドスの魔術も飛んでくる。

 氷塊が歩目掛けて飛んでくる。目には目を魔術には魔術をだ。

「死を司る炎よ、敵を焼き尽くせ───『フレイム』!」

 氷塊と歩の作った炎の玉が相殺する。マクドスは歩の反射神経の良さに舌打ちをする。

 何かないだろうか?アイツの目でも捉える事が難しい魔術は?いや、スピードでは奴には勝てない。ならば、威力だ!!

「地獄の炎よ、灰燼と化せ───『ヘルズフレイム』!」

 マクドスが作り上げた炎は。ヘルズフレイム、それは地獄の炎を再現する高難易度の魔術。

 葵が実際に使っているところを見た事がある歩は自分が使用出来る魔術では、相殺は出来ない。

 ならば、守りに徹する───!

「人々に希望を与えし光よ、我が盾となれ!───『シャイニングシールド』!」

 歩の目の前に2mはある光の盾が出来る。シャイニングシールドは強力な防御魔術だ。大魔術も防ぐ事が可能らしい。

 しかし、その強さは使用者の魔力に依存する。魔力が平均より少ししか高くない歩は防げるか防げないか微妙な所だろう。

 だが、ヘルズフレイムから身を守る為にはこれしか方法がないのだ。

「貴様ごときが作ったシャイニングシールドが僕のヘルズフレイムに勝るとでも?」

「ごちゃごちゃ言ってないでさっさと撃ってこいよ!」

「チッ───なら、望み通り行くぞ!!」

 青の炎が球状に変形する。青い炎の玉と化したヘルズフレイムは歩に放たれた。

 歩は光の盾で防ぐ。想像以上の威力で踏ん張らなければ吹き飛ばされてしまう。

 光の盾にヒビが入る。そう長くは保てないみたいだ。

「ほらぁ、言っただろう?貴様のような弱者に僕が倒せるわけがなかろう!」

「確かに僕はお前よりレベルが低い!だが、それだけで弱者と決めつけるのは違う!」

「なら、抗ってみろ!!小野山歩ッ!!」

 光の盾がついに崩壊を始めた。このままだとヘルズフレイムをモロに喰らってしまう。

 どうすれば良い・・・。別方向からは触手が迫ってきて、避けたら最後触手に捕まるのがオチだ。

 いや、待てよ・・・いける!これならいける!

 押してダメなら引いてみろ!避けてダメなら───。

「薙いでみろ!!」

 歩は触手がいる方向へと青い炎の玉を薙いだ。地獄の炎が悪魔の触手を焼く。悪魔でも地獄の炎は効くんだなとホッとする。

「なっ───!!」

 マクドスは驚き、硬直する。今だ───!!

 歩は一気に間合いを積めた。

「しまっ───!!」

 コイツマクドスはライムさんの矢より速い槍の投擲を見事にキャッチした。恐らくは悪魔との契約で反射神経を極限まで上げたからだとラグドさんは言っていた。

 遠距離がダメなら近距離で攻撃を仕掛ける。戦いの基本中の基本だ。だが、僕はマクドスよりもレベルの差が大きいとの事。なら普通に攻撃しても大ダメージには決してならない。

 だが、1つだけ致命傷を与える事が出来る技・・・いや、奥義がある。

 竜殺しの大奥義が。

 剣に魔力を注ぎ、詠唱を開始する。

「我が剣は民の為にあり!それ即ち守る為にある!」

「我が力は友の為に使う!それ即ち友情の証!」

「我が父なる神よ!我に竜をも滅ぼす力をお与え下さい!!」

 歩の剣は生命の頂点に立つとも言われるドラゴンをも焼き斬る灼熱の剣へと変化する。灼熱の剣の炎はまるで歩の怒りを現しているかのように赤く、熱く、激しく燃えていた。

「や、やめろ!そんなのこの距離で撃たれたら僕が───僕が死んじゃうじゃないか!!」

「戦いっていうのは元々命懸けだろ?死ぬ覚悟も出来ていない戦士は戦士じゃない!」

 マクドスは急速に防御魔術を発動させる。だが、もう遅い。例え未完成の竜殺しの奥義でも、防御魔術なんて消し飛ばす。

「喰らえ!───『ドラゴブレイク』!!」

 灼熱の剣は泣き叫ぶ愚か者を容赦なく斬り裂いた。
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