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二章英雄の意思を我が剣に

シトラの正体

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「ごちそうさま。お皿、台所に置いておくね」

 父さんとシトラより早く食べ終わった僕は、階段を上り自分の部屋へと戻る。

 部屋に入ると、勉強机に立て掛けてある愛剣が目に入る。

「今日は何も無くて良かった」

 今日は幸いな事に魔物退治が無く、平和な1日だった。こういう日が続けば良いのにと心底思う。

 しかし、魔物退治を始めてからもう半年か・・・なんとも時の流れという物は速いものだ。こんなに速いと高校生活もあっという間であろう。

 ・・・3年生になる前に決めておかなきゃな。

 歩は今進路について悩んでいた。調理師専門学校に行くか、専門学校に行かないかで。

 結論から言うと専門学校に行かなくても調理師免許を取ることは可能だ。だが、絶対に免許が取れる訳ではない。専門学校に行けば確実ではないが、高卒よりも免許が取れる確率が格段と上がるだろう。しかし、家はそれほど裕福ではない。

「やっぱ、行かなくて良いかな・・・」

 いやでも、それで失敗したらどうするだ?だったら専門学校に・・・でも、お金が・・・。

 コンコン。専門学校に行くか行かないかで葛藤していると、ドアをノックする音が聞こえる。

「誰?」

「アタシ、シトラよ」

「シトラか・・・どうぞ入って」

 シトラの入室を許可すると、礼儀正しく「失礼します」と言って入ってきた。やはり育ちが良いらしい。

「で、何か用?」

「いやさ、ちょっとお願いがあるんだけど、良いかな?」

「別に良いけど、話って?」

「えーっとね、あのー・・・」

 話をしたいと言ったシトラだが、モジモジして一向に話そうとしない。何がしたいんだか。

「その~・・・やっぱ止めた!」

「いやいや話してよ気になるじゃん!」

 聞けると思っていた話が聞けないのが、1番嫌なので、そこは恥ずかしがらずにしっかりと話してもらいたい。

「体、洗って貰えないかなーって・・・」

「・・・はい?」

 待って意味が分からない。今日2度目の意味が分からない。

「だから、一緒にお風呂に入って体洗ってくれない?」

「・・・待って、もしかして体洗うのもメイドさんにやって貰ってたわけ?」

 コクりとだけ頷く。うわー、滅茶苦茶お嬢様じゃねえかよシトラって。

「せめて、体ぐらいは自分で洗えるようになれよ・・・」

「し、仕方ないじゃない!物心つく前から体洗って貰ってたらいつの間にか16歳になってたのよ!」

「マジかよ・・・」

 そして今知ったシトラの年齢。身長と精神年齢からして僕と同い年だとは思ってはいたが。

 それにしても甘やかされすぎではないだろうか?今日の朝のオンブは100歩譲って良いとして風呂は流石に・・・ねえ?

「アタシも恥ずかしいのよ。でも、出来ないものは出来ないわけ!だからお願いします!」

 シトラはそう懇願すると、正座からのジャパニーズ土下座を披露する。いつの間に覚えたのだろうか?

「分かったよ。分かったから」

 根負けした。僕は結局その願いを飲むことにした。



「・・・入るよ」

「良いわよ・・・」

 ドア越しだが、声から本当に恥ずかしがっているのだと分かる。

 しかし、どうしたものか。父さんの体なら小さい頃洗った事あるが、女の子の体は1度も洗った事がない。

 しかし、今さら出来ないとは言えない。だったら失敗しても良いからやるしかない。

 満を持してバスルームへと入る。そこには一糸まとわぬシトラがいた。童貞の僕にはとてもじゃないが、刺激が凄すぎる。恥ずかしがって背中を向けてくれているのが、唯一の救いだ。

「あんまり、ジロジロ見ないでね・・・恥ずかしいから」

「分かってる」

 背中を向けているためどんな顔をしているのか見ることは出来ないが、きっと林檎りんご見たいに真っ赤になのだろう。シトラを辱しめない為にもちゃっちゃと終わらせてここから立ち去らないと。まず、体から洗おう。

 そう思い立った僕は突っ張り棒に吊るしてあるボディタオルを取り、床に置いてあるボディソープをワンプッシュして、ボディタオルを泡立たせる。

 さて、ここからが問題だ。力加減はどうしよう・・・。やはり、本人に聞いた方が良さそうだ。

「シトラ、力加減はどうしたら良いかな?」

「えーっとね・・・軽くで」

 ごしごし体を擦って汚れを落とすのではなく、泡で汚れを落とすのか。成る程、勉強になる。

 早速言われた通りに軽く当てるよう意識してシトラの体洗いを始める。最初は背中から、そこから腕、脇、首、臀部でんぶ、足と順調に洗っていく。

 正直シトラの肌の感触がボディタオル越しであるが伝わってきて、今の段階で気絶しそうだ。このままでは、先が思いやられる。

 さて、次は大問題の胸部だ。本当に僕が洗って良いのだろうか?一応聞いてみよう。

「い、今から前の方洗うけど・・・大丈夫?」

「だ、大丈夫よ」

 彼女の声は震えている。耐えているのは僕だけではないようだ。彼女も羞恥心に耐えている。

「じ、じゃあ行くよ・・・」

 シトラが頷くのを確認すると、僕はボディタオルを持って手をシトラの脇を通して前に出し、まずお腹から洗い始め、どんどん上へと向かっていき、胸部へと到着する。

 むにっ。何か柔らかい何かが僕の手に当たる。恐らくこれは───いや、止めておこう。ここで想像したら鼻血を出して気絶しかねない。

 そのまま何も考えずに無心のまま胸部を洗い終えると、シャワーで彼女の体にまとわりついた泡を洗い流す。しかし、改めてみると本当に綺麗な白い肌だ。これまでメイドさんが丁寧に洗っていた証拠であろう。

「ふう、終わった・・・」

 ここからは気が楽だ何故なら女性のデリケートな部分が1つもない髪の毛だからだ。いや、髪は女の命という格言があるからデリケートではないというのは間違いか。

 ボディソープ同様に床に置いてあるシャンプーをワンプッシュして手の平でシャンプーを広げると、彼女の頭を洗い始める。

 頭部はやはり体のように触られて恥ずかしい所はないので、心を乱す事なくやれそうだ。

「・・・・・・」

「・・・・・・」

 しかし、シトラの体を洗い始めてからまったくと言って会話がない。・・・どうしよう気不味い。何か良い話の種はないだろうか?

 ・・・そういえば、シトラの耳の事聞いてなかったな・・・。

「なあ、シトラ。ちょっと質問良いか?」

「何?」

 彼女も馴れてきたようで、さっきよりも声が震えていない。これならこちらも喋りやすい。

「その耳について何だが・・・何でそんなに長いんだ?」

「ああ、この耳?アタシがエルフだからよ」

「エルフ?今エルフって言った?」

 あのファンタジー系のゲームでお馴染みの、ゲルマン神話に起源を持つ伝説の生き物が今体を洗っている少女の正体だというのか?

「何そんなに驚いてんのよ。別にエルフなんて珍しいものじゃないでしょ」

 いやいや滅茶苦茶珍しいし、それ以前にこの世界に存在しないし!

「え、待って。その反応・・・もしかして、エデンにエルフ族は存在しないわけ?」

「う、うん。エルフはこっちの世界だと神話に出てくる架空の生き物だよ」

「架空ですって!?」

 余程衝撃だったのかシトラはバスチェアから立ち上がって、僕に詰め寄ってきた。

「ちょっと、見えてる!見えてるから!」

「えっ?───きゃあぁぁぁ!!」

 少女の悲鳴の次に聴こえてきたのは、とても良いビンタの音だったという。



「いって~~」

「ぐすっ、婿になる男だけにしか見せるなって言われてたのに・・・もうお嫁に行けない」

 不幸な事故で僕に裸を見られてしまったシトラは僕の部屋の隅っこ体育座りしてすすり泣いていた。

 まあ、何というか・・・申し訳ない。あそこで僕があの話題を振らなければこんな事にはならなかったのだ。

 しかし、今の彼女にはそんな謝罪の言葉が聞こえる筈もなく、かれこれ10分あのまんまである。

 一方僕に何もなかった訳もなく、とてつもない威力のビンタを右頬に一撃喰らった。流石に攻撃力3桁のビンタは10分経ってもヒリヒリと痛みが続いている。

「ねえ、歩。貴方、エルフは架空の生き物だって言ったわよね?」

「言ったよ。本当の事だ」

 これは、事実だ。人の言葉を喋る事が出来る人間以外の知的生命体はこの世界には存在しない。

「じゃあ、オーガも存在しないの?」

「ああ、存在しない。オーガも神話に出てくる伝説上の生き物だ」

  オーガも存在しない事に驚いたシトラは僕を問い質すように詰め寄ってくる。

「それ、本当!?じゃあ、ドワーフは?ゴブリンは?ドラゴンは?」

 全て存在しない。全てお伽噺の空想だ。

 僕の表情で察したのか、シトラの質問攻めは終わる。この世界では自分の種族や自分が生きてきた世界に当たり前にいた生き物がいないと知ったシトラの顔は何処か悲しげだった。

「そっか・・・エデンではアタシは架空の生き物なのかぁ・・・ちょっと、悲しい」

「・・・・・・」

 彼女に返す言葉が見当たらない。この事実は覆す事の出来ない事実なのだから。

「ま、いっか!」

「・・・え?」

 つい数秒前まで暗かったシトラの表情は180度回って明るくなる。一体何があった?

「逆にアタシってこの世界では存在しないはずの超レアな生き物なわけよね!なんかそれってカッコいい!!」

「はあぁぁぁぁ!!」

 待った待った。どうしたら、そんなにポジディブな思考が出来る!?

「そんな事よりもさっきは思いっきり叩いちゃってごめんね?男の子に裸見られるの初めてだったから」

「痛いけど大丈夫だよ。それに、あの時ビンタしたのは普通の反応だと思うよ。でも、僕もあの時あの話題を出さなければこんな事にはならなかったんだから、シトラが全部悪いわけじゃないよ」

「歩って、本当に優しいのね。良かった、歩に見つけてもらえて」

 そう言うと、僕に向かって微笑んでくる。その微笑みはとても愛らしく、恋愛経験のない僕には少し刺激が強かった。
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