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最終章 探究者と門番

6話 じっと見つめる植物

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「アンタボロボロじゃないか!一体どれくらい戦ったんだ!?」

「さあ?・・・分からないや。ただ、ここに来るまではずっと、道にいた魔物ぶっ殺してたかな?」

「道にいた魔物って・・・小隊ぐらいの数はいたぞ!?それをたった1人で倒したっていうのか!?」

「ああ・・・お陰で、魔力も尽きちゃったし、体もボロボロだ」

 死にはしないが、翡翠は今危険な状態にある。あばらと右腕の骨は折れ、筋肉の疲労で自分の力で立てない状態だ。

 一番安全な場所と言っても過言ではない奥の居間へと案内された翡翠は、ソファへと寝かされると、彼の事を知っている孤児達が心配して群がってきた。

「ひすいお兄ちゃん!!」「助けに来てくれたの?」「すごい怪我・・・」「わたしの覚えたての治癒魔術で治せるかな?」

「ご、ごめん直美・・・俺の体、治癒で治してくれないかな?疲れはすぐに取れるだろうけど、体はすぐには戻らないからさ・・・」

「任せて!『セナ』!!」

 淡い緑の光が、翡翠を包み込み、折れた骨や、生傷を癒していく。完全に傷がふさがると、翡翠は上半身をまず起こしてから、立ち上がろうとした。

「何やってんだ!まだ、疲れは取れてないだろう!?」

「そうなんだけど、今立たなきゃいけない理由があるんだ・・・近くに魔物がいる」

 慌てて職員達は耳を澄ませるが、物音は聞こえない。気のせいではないだろうか?戦いすぎによる幻聴ではないのか?と疑ったが────。

「魔物は、ザナの固有生物。比較的穏やかな環境で暮らすリオの生物とは違って、生き残る為の努力と進化を続けてきた生物・・・音や姿を消したりできる魔物なんて、いて当たり前なんだよ・・・こんな風に・・・ねっ!!」

 脇差を素早い手つきで引き抜くと、時計も絵も飾っていない壁に向かってぶん投げた。投げた脇差は、壁には刺さらず、宙に浮く。その光景に皆驚く。何もない壁から、1体の巨大なカメレオンが現れる。毒々しい見た目をした魔物だ。

「良し・・・これで、ここにはもう魔物はいない・・・や・・・」

 安心確認を終えた翡翠は電池が切れたおもちゃのように、睡眠タイムへと移行。助けに来てくれた彼を労う意味も込めて、静かな空間を作ってあげた。

「ホントに彼がきてくれて良かった・・・今頃アタシ達、魔物に食われてたわよ」

「でも、門番の彼がどうしてここに?」

「ニュースでやってたじゃん。ザナの魔術師が世界を融合し始めたって。門を守り続ける意味もなくなったんじゃない?」

「多分それだろうな。とにかく、彼みたいな強い人がいてくれたら、院長を起こさなくても外にいるを倒せるかもしれないね・・・」

 あの魔物というのは、先程孤児院を襲ってきていたヘルファイガーなどではない。ずっと、攻撃は仕掛けては来ないで、孤児院をじっと見つめている魔物の事を言っている。

 何もしてこないが故に不気味かつ恐怖。魔物の全てが人を襲う生物でない事は分かっていても、こちらを認識しているのは、何か考えているのではないのか?と探ってしまう。

「おや?皆さん?どうしたのです?」

「ッッ!!院長!!起きたんですか!?」

 翡翠が寝たタイミングで、起床してくる院長。あんな大地震があった上、外では魔物が鳴いているというのに、今までぐっすり眠っていたのか!?

「何やら外が騒がしいようですが・・・ってあら。翡翠。どうしてここに?」

「順を追って説明しますね」

 今の世界の状況、翡翠が助けに来てくれた事を説明する。世界融合に関して、院長は確かに驚いたが、腰を抜かす程ではなく、苦虫を噛んだような微妙な表情を見せた。

「あんまり、驚いていないようですね・・・」

「まあ、少しは予想していたので・・・最悪の未来としてね」

「マジですか?」

「はい。それにしても皆さんには迷惑をお掛けしましたね。命の危険があったのに、私はすやすや眠っていたなんて・・・院長として恥ずかしい限りです」

「いえいえ、戦う力と勇気を持っていない俺達にも非があります。どうか自分だけに責任を背負わないでください。それに、翡翠君が助けてくれたので・・・」

「本当に翡翠には、感謝しかありません。ありがとう翡翠・・・貴方は、私の自慢の息子ですよ」

 安らかな表情で眠る翡翠の頭を優しく撫でる。子供はどんなに大きくなろうが、母親にとっては、いつまでも子供なのだ。

「それと、院長。窓から外を見ていただけませんか?外に魔物がいるんです」

「ええ、いますね。あんなにも多くの魔物が」

「すみません、言い方が悪かったです。あの、肌が緑色の人型の魔物が見えますか?」

「あ~~見えます見えます。あの魔物はなんて言いましたっけ?」

「大学で魔物学は履修していないので俺らには分からないです・・・」

「アルラウネだよ」

「「「え?」」」

 はっきりと魔物の名前を言い当てたのは、孤児院の物知り博士の異名を持つ小学5年生英輔だった。

「植物系の魔物で最も頭が良いっていうアルラウネ。綺麗な女の人の姿と甘い匂いで男の人を寄せ付けて頭からガブリと食べちゃう危ない魔物なんだ」

「そ、そうなのか・・・ていう事は俺達を見ているのは、俺達を餌として見ているって事なのかな?」

「うん、そうだと思う。でも、あのアルラウネちょっと様子がおかしいね。獲物を見つけたら、もっとこっちを誘ってくるはずなのにじっとこっちを見つめているだけ。まるで、誘う必要が無いみたいな・・・」

 アルラウネは確かに手招きもしなければ、誘惑の言葉もない。まるで、それが必要がない感じだ。

 バキィ!!床の木が音を立てて破壊される。地面から突き破られたようだ。突き破った物の正体は、緑色の触手。触手は一番近くにいた職員を捕まえると、もう一度、来た道を戻るように地面の穴に戻っていった。

「うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」

「今の触手は、アルラウネの根っこなの?で、でもアルラウネが直接襲ってくるなんて図鑑に一言も────」

「書いてないのも仕方ないさ。あれは改造された魔物だからね」

「「「ひすいお兄ちゃん!!」」」「「「翡翠君!!」」」

 今の数秒で、完全に目を覚ました翡翠の手には、得物の刀が握られていた。

「院長、お久しぶりです。早速で悪いんですけど、あのアルラウネ倒してきますね」

「ま、待ちなさい!!まだ体力が回復していないんでしょう?あまり無理をしては────」

「他に戦える人いないでしょう!?」

「それなら心配ご無用────ああ!もういない!!」

 翡翠の睡眠時間はたったの15分!!小休憩程度の睡眠でどれほど戦えるだろうか?
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