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3章 異世界旅行録

49話 ごり押し

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「シュエリ王女。その宝剣は・・・ナチュレの・・・」

「はい、宝剣です。万が一に備えて持ってきていました」

 ロット2世リオに攻めてきた際も装備してきたので、儀式や象徴としてではなく、王族の護身も兼ねているのだろう。

 ただ、彼女が宝剣を持ってきている事についてはどうでも良かった。気になったのは、彼女が正常である点。俺達とは違う所があって大丈夫なのだろうが、その違いというのはまさか宝剣なのではないだろうか?

「お、王女。少し宝剣に触れさせてもらってもよろしいでしょうか?」

「一体何が目的かは分かりませんが、ヒスイ様の行動に間違いはありません。どうぞ」

 間違いだらけなのだが、とツッコむのは止めておこう。シュエリ王女の腰に下げられた宝剣に触れた途端、息苦しさや倦怠感から一気に解放された。

 先程まで吸っていた空気がどぶ川なら、今吸っている空気は富士山の雪解け水。凡そそのくらいの違いがあった。

 ナチュレの宝剣。遥か数百年前から存在する武具。その柄には魔術が施されており、ナチュレの王族のみが握る事を許された由緒正しき剣。

 王族しか握れないというこだわりに気づいていたのに、どうしてそれだけしかないと思っていたのだろう。作った者の気持ちになって考えなかったのだろう。

 俺がもし、国王に宝剣を作る立場ならこう考える。なるべく傷ついてほしくない、と。戦地に赴いても、ずっと立っていてほしい、と。

 そして、ナチュレの宝剣の製作者もそういう気持ちで作ったらしい。この宝剣には、害あるモノから触れた者を守る効果がある。

 それが、魔術由来なのか、素材由来なのかはどうでも良かった。ただこの宝剣の効果のおかげで1つの作戦を思いつく事が出来た。

「王女、少しこの宝剣借りてもよろしいでしょうか?」

「はい、勿論!ですが、何に使われるのです?ヒスイ様の得意武器はそのカタナという曲刀のはず・・・直剣は使いづらいのでは?」

「いえ、コイツは攻撃には使いません。俺から身を守らせる為に使います。今気づいたんですが、この宝剣には、毒や呪いから身を守る力が備わっているんです」

「だから、私は息苦しさを感じていなかったのですね!てっきり耐性があるとばかり思っていました」

「そうですね・・・もしかしたら、宝剣が壊れるかもしれませんが、それでもよろしいでしょうか?」

「国が守れるのであれば・・・!!」

 宝剣を握る俺の手の上に手を添えるのを止める。剣を抜いて良いという意味合いらしい。

 俺は会釈し、宝剣を鞘から抜く。所有者が王女から俺になった為か、抜いた瞬間、シュエリ王女は片膝をついて苦しみだした。いきなり毒と呪いを体に浴びたからだろう。

「わ、わたくしにはお構いなく・・・」

「・・・・・・分かりました」

 数秒、借りた事に後悔したが、ほんの少しだ、我慢してくださいと心の中で謝罪しながら、<災害>の方へと向かった。

「Gu・・・ooo・・・」

「随分と、小さくなったな・・・」

 それでもまだ、10m程あるが、最初期の50mのドラゴンの姿を知っているので、とても小さく見える。鳴き声も非常にか細いものとなっており、情すら沸いてしまう。

「でも、俺はお前を殺すぞ<災害>・・・」

 復讐もある、大義もある、愛もある。この殺しには個人にではなく、世界に大いなる意味を与える。

 1人の研究者の好奇心から生まれた魔物。恐らくコイツ自身に悪意はないのだろう。

 コイツはただ、生きたかっただけ。生きるために喰らい、襲ってくる人間を滅ぼしていただけ。

 作った者にも契約で突き放され、愛情を受ける事が出来なかった、生まれるべきでなかった生命体。

 そう思うと、刀を握る手が緩んでしまう。コイツはなんて不幸なんだと同情してしまう。

 人と魔物の価値観は違うと言う人もいるかもしれないが、コイツは人を食って吸収してしまっているせいで、人間の知識だけでなく、価値観をも有してしまっている。吸収という能力が起こした不幸だ。

 だから、俺はコイツにできる事は2つしかない。その迷惑極まりない命を終わらせる事と、来世での幸運を願う事。神でもなければ、万能の魔術師でもないただの戦士の俺にできる行いだ。

「ヒ、ヒスイ様!な、なにを・・・!!」

「今から災害コイツの中に入って、直接核を叩き切ります」

 全力魔術での撃破は現状不可能。ならば、直接核を叩くしかない。幸いにも、ナチュレの宝剣がある。中に入っても、毒と呪いで死ぬことはないだろう。

「だ、だめです!そんな事したら溶けてしまいます!!見てください私の腕を!毒呪液に触れてしまい、表面の皮膚が溶けてしまっています!溶ける事から逃れる事は不可能です!」

「やっぱりですか・・・」

「シャープ様!どうか私に魔力を恵んで下さい!まだ毒と呪いが回っていないうちにヒスイ様に防御魔術を・・・!!」

「シャープ!<災害>の爆発に備えて魔力は温存しておいてくれ。誰にも奪われるなよ?」

「OK、親友・・・」

 核破壊後、<災害>は最後の悪あがきの如く、爆発する可能性がある。既に疲労困憊、満身創痍の状態であの爆発を受けたら後ろの仲間達は死んでしまうだろう。

 生き残った兵士や騎士達は、動ける者が動けない者を森の方へと運んでいる。撤退が済んでいない者も、防御魔術を行使して、最低限の命の保証は済ませた模様。

「参る・・・!!」

 骨が軋む体を無理矢理動かし、俺は、スライムの体内へと入っていった。

 ナチュレの宝剣の性能は抜群で、全身に毒と呪いの液体に触れているというのに、全然苦しくない。呼吸ができないので、息苦しいが。

 それと、皮膚がとにかく熱い。燃えるような熱さでもなければ、熱湯のような熱さでもない。じわじわと侵食していくような熱さだ。

 皮膚が剥げ、赤い筋肉筋が見えてくる。目も痛い。内臓も熱い。思ったよりもタイムリミットは短いようだ。

 翡翠は今、例えるなら硫酸の中に全身を浸かっているいるような状態である。尋常ではない苦痛と熱が襲っているはずだが、気合いとアドレナリンで耐えている模様。

 精神では耐える事が出来ても、肉体が精神に追いついていないので、時間経過と共に肉体が溶けていく。藻掻くように、<災害>の体内を潜っていくと、目的である<災害>の核を目視で確認。

 生命体として全ての機能を有している核は俺の接近に気づくと、肉体内で逃げようと試みるが、俺がそれを許さなかった。

 紫陽花を投擲して、核を一突き。水中での投擲だったので、威力はだいぶ落ちてしまい、貫く事は出来なかったが、見事に刺さり、逃亡を阻止。

 柄を掴み、核を手繰り寄せ、脇差で滅多刺し。まるで巨大なスーパーボールを刺しているような感触だ。

 ある程度、指すと、核はピクリとも動かなくなる。同時に腕が溶けて白い骨が見えてきた。顔面の方もかなり溶けているのだろう。

 翡翠には既に触覚と痛覚が<災害>の体によって失われており、刀を握るのもやっとだった。

 筋肉と骨が剥き出しになった両手で、刀を大きく振りかぶる。

「チェストォォォォォォ!!」

 酸で喉が焼ける中、翡翠は喉から捻りだすように叫ぶと共に、核を一刀両断。

 役目を終えた翡翠は両断と同時に、<災害>の体内で静かに意識を失った。
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