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3章 異世界旅行録

23話 救世主様

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 木の階段を登り、7階へ。人員がパーティ会場に割かれているからか、5階以上に人は全くいない。少々不用心ではないかと思ってしまう。

「ご安心を。魔術で警備を補っていますので」

 杞憂だったようだ。それにしてもどうして俺の思っている事が分かったんだ?

読心魔術メンスレクシオです。聞いた事はあるのでしょうか?」

 教科書で載っていたのを覚えている。習得と使用が非常に困難だという高難易度の魔術の1つ。習得して、使用したとしても、調整が難しく、聞きたくない人の心も読んでしまう可能性があり、発狂した使用者もいるという危険も持ち合わせているという。

 当時、中学生だった俺も怖くて身震いした覚えがある。

 恐らく読心魔術で俺の心を読み、俺が一番知りたい事を知ったのだろう。そうでなければ、矛盾が生じてしまう。

「少し、昔話をしてもよろしいでしょうか?」

 6階から7階への階段を登っている時、シュエリ王女が話を始めた。部屋についていないので、秘密の話ではないだろう。

 階段は無駄に長いし、退屈なので、是非とも聞かせていただきたい。

「私には母がいました。とても優しくて、美しい母が。ロット2世にはもったいない母が」

 昔話はシュエリ王女の母親の話だった。

「母はロット2世を愛していました。それに対し、ロット2世は母を道具のように扱い、その結果、私が32歳の時に殺されました」

「殺された!?」

 暇な時間に侍女さんに聞いた時は、病死と言っていた。ロット2世は罪から逃れる為に偽りの死因を作ったのか?

「病死は半分正解ですね。ロット2世が実験で、母に使った魔術で母の肉体は激しく弱体化し、病にかかり死亡しましたので」

「実験体・・・」

 ロット2世とシュエリ王女の母親との結婚に両者の愛があったか分からない。仮にもし、ロット2世からの愛がなくても、自分を愛してくれている人を死ぬ危険性がある実験に実験体として参加させるだろうか?

 自画自賛ではないが、俺は人の心を持っている。持っているからこそ断言出来る。ロット2世は人の心を持っていない。この世にいてはいけない存在なのだと。

「だから、母は大好きでしたが、ロット2世は大嫌いでした。あの愚王の血が半分でも入っていると思うと寒気がします」

 初対面の時、自分を愚王の娘と自称したり、父親であるロット2世を呼び捨てにしたりと、嫌いである片鱗は見えていた。それに俺自身もロット2世の人格に触れているので何ら驚く事はない。

「シャイ団長から聞きました。なんでも、親戚がいたけれども、酷い方だったとか」

「そんな事まで調べ上げてたんですか。はい、確かにクソでしたよ。俺を引き取って小間使いにしようとしたくらいには」

「『しようとした』という事は間一髪で回避したという事ですか?」

「院長が凄い人でしてね。そういう情報を既に手に入れていたんですよ、他の良心的な俺の親戚から。ちなみに孤児院を出た今でも手紙はたまに孤児院の方に来てるみたいです」

「一体どんな内容で?」

「マネープリーズ」

「Oh・・・」

 これは、院長に情報を流した良心的だった親戚からの聞いた話だが、どうやら俺を小間使いにしようとしていた俺の父さんの妹の息子が大学受験に失敗して経済的に余裕がなくなってしまったらしい。

 最初は俺も同情してお金を貸そうとしたが、院長に止められたのを覚えている。

「院長、しっかりしたお人ですね。そんな良い人でヒスイ様を育ててくれて本当に良かったです」

「そうですね。もし、あの時親戚に引き取られてたら今の俺はいなかったでしょうね」

 門番という夢すら抱かず、小間使いとして腐っていただろう。周りの人間と運命に感謝しなければならない。

「実は私、ヒスイ様のお母様であるニルヴァーナ様に何度もお会いした事があるんです」

 エルフの寿命は長い。母さんは30年前に追放されたと聞いたから、その当時はシュエリ王女は130歳ぐらいのはず。出会っていても何もおかしくはない。寧ろ、同じ城に住んでいたのに、出会っていない方がおかしい。

「どんな人でしたか?」

 今までよりも若干食い気味に問う翡翠。シュエリは少し面白そうに翡翠を見た後、話し始めた。

「とにかく明るい人でした。ロット2世に近づくなって言われても私に構ってくれました。30年も前の出来事ですが、つい1年前くらいのように覚えています。とても楽しい日々でした」

 明るい。とてもシンプルかつ大雑把な情報だが、何も知らない翡翠にとってはとても貴重な、お金には代えられない大事な情報だった。

「ですから、リリック王女と先程お話した時は驚いちゃいました。ニルヴァーナ様とあまりにも性格がそっくりでしたので」

「リリと同じ・・・なんという偶然」

 楽しい会話のおかげで階段登りはあっという間に終わり、シュエリ王女の寝室へと到達した。部屋の中は一国の王女の部屋と呼ぶにはいささか華やかさや豪華さが足りていない印象を受ける。

 壁には何かを取り外したであろう傷が残っているし、ベッドも灰色とあまりにも地味だ。まだ、特別客室の方が豪華さが勝っている。

 朽ちかけの机の上には開かれたノートと羽ペン。日記の可能性があった為、見ないでおく。何処に座って良いのか悩んでいると、扉の鍵が閉められる音がした。

「鍵を閉める事によって、魔術は作動します。これで外には聞こえなくなったと同時に、私の許可が無ければ部屋からは出られなくなりました」

「凄い厳重なシステムですね。ところで俺は何処に座れば良いですか?」

「そうですね・・・・・・えいっ☆」

 可愛らしい声と共に、見えない手が俺をベッドへと押し倒し、手足の身動きを取れなくしてしまう。どんなに力んでも、動くのは手首だけで、びくともしない。まるで鉄の拘束具を付けられているようだ。

「ふふふ・・・」

 顔を上げると、シュエリ王女が俺を見て不敵に笑っていた。

 ああ、騙されたのか・・・彼女の境遇を知り、自己投影してしまい、油断してしまっていた。これじゃ、刀があっても抜けないし、魔術を打っても、腕前は彼女が上だろうから、意味はほぼないだろう。

 場慣れしているからか、翡翠は大して動揺はしなかった。冷静に手足が拘束されているという絶望的状況から抜け出すすべを考えている。

 縛られ、藻掻く翡翠。少し情けなさを感じさせるそ姿を見てシュエリ王女は頬を赤らめ、翡翠に向かって言い放った。

「はぁぁぁ・・・やっと2人きりになれましたね?ヒスイ様・・・私の救世主様♡」

「・・・はぁ?」

 ちょっと、思っていたのと違うぞ?

 冷静だった翡翠は酷く動揺した。
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