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2章 応報
8. ティアナとエルフ
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何度挑んでも駄目だった。
打ちのめされて、なんとか生きて戻ることしか出来ない。
いつまでこの戦いは続くのだろう。
せめてクラウスとユーリアが一緒に来てくれれれば、もうちょっと勝ちの目もあるかもしれないのに。
ティアナは思わず呟いた。
「もう、疲れたなあ……」
「じゃあ、やめちゃえばいいんじゃない?」
誰も居ない筈のこの場所で、聞き覚えの無い声が響く。
ティアナは咄嗟に身構え、腰に佩いた剣を抜いた。
治りきっていない体が悲鳴をあげているが、知ったことではない。
「そんなに身構えなくても大丈夫だよ」
カサカサと頭上から音がし、何者かが木から飛び降りてきた。
頭上からやってきた謎の人物と目が合い、ティアナは思わず息を飲んだ。
――ティアナが今まで見てきた誰よりも、その人物は美しかった。
月光を編んだかのような白金の髪がサラサラと風になびき、薄暗い森の中でそこだけ輝いているようだ。
切れ長の目も、通った鼻も、形の良い唇も、神が直接その手で造り上げたかのように完璧に整っている。
ティアナより少し歳上のように見えるが、その深緑のような瞳は、底知れぬ知性を湛えているように見えた。
状況から考えても、その姿も、人間では有り得ない。
ティアナがゆっくりと後ずさるのを見たその男は苦笑しながら言う。
「そんなに警戒しなくても大丈夫だよ。僕はエルフだ。ほら、こっちへおいで」
確かに、よく見ればその男の耳は長く尖っており、金に緑というのもエルフの特徴として知られる色彩だった。
エルフは森に住まう、人間によく似た美しい種族だ。
長命で魔法を得意とし、けして闇に屈することはないという。
本当にエルフなら敵ではないだろうが、彼らは魔王の手によってほぼ絶滅したとも言われていた。
「……《正体顕せ》」
ティアナはこっそり探知の呪文を男に向かって唱えた。
幻覚魔法や変装魔法を使っているならこれで見破れるが――何も変化は起こらなかった。
彼はそういった魔法を使っていないようだ。
何故こんなところにエルフがいるのかはわからないが、どうやら少なくとも敵ではないらしい。
ティアナは肩の力を抜き、剣を収めた。
エルフはティアナに歩み寄ると、無言でふわりと手をかざした。
その手から、暖かな光が発せられ、ティアナを包み込む。
なんだろう、と不思議に思うと同時に光は消えた。
なんですか? と問いかけようとして、ティアナは愕然とした。
体が軽い。――傷が全て癒えている。
無詠唱で回復魔法を行使したのか。いや、それよりも。
「回復魔法なのに痛くない……」
ユーリアに回復してもらったときのような、あの身を切り裂かれるような痛みが襲ってこなかったのだ。
むしろ、全身をぬるま湯で包まれたかのような心地よさすらあった。
思わず漏れ出た声を聞いたエルフは怪訝な顔をした。
「え? 回復魔法が痛い……? そんなことがあるのか……?」
「仲間にやってもらうときはいつも痛くて……いえ、そんなことより。助けていただいて有難うございます」
ティアナが律儀に頭を下げると、エルフはふっと柔らかい笑みを浮かべた。
その笑みを見て、ティアナは少し胸が痛むような、または懐かしいものを見るような、言い表し難い不思議な気持ちになった。
それは久しぶりに人の優しさに触れたからなのか、それとも。
その初対面の筈のエルフの瞳が、愛しいものを見るかのような優しい光を放っていたからだろうか。
「君はなんで、一人でこんなところに居るんだい?」
エルフに問いかけられ、ティアナは恐る恐る答えた。
隠すように言いつけられていたが、このエルフには言っても大丈夫だろう。
「あの……私が、『救世の乙女』だからです……」
エルフは答えなかった。
無言のまま眉根を寄せ不快感をあらわにしたエルフを見て、ティアナは焦って言い募る。
「えっと、信じられないのはわかりますが、そう予言されてたみたいで……」
「いや、ティアナが相当修練を積んでいるのは一目見ればわかる。違う、そうじゃなくて、なんで一人でこんなところにいるんだ? 仲間は居ないの?」
「います……。近くの街にいてもらってて……。ちょっと休憩したら、戻って回復してもらう予定でした……」
「……なんで一緒に来てないの?」
「……多分、私が悪いんです……」
「はあ?」
エルフはその彫刻のような端正な顔を思い切り歪ませた。
美人が怒ると迫力がすごい。
「なんでそうなる訳?」
そして、ティアナはぽつぽつと、今までの経緯を話しはじめた。
なんでこのエルフは怒っているんだろう、と微かに疑問に思いながら。
◆◆◆
「ということがあって……。私がもっと強ければ、なんとかなったのかもしれないんですけど……」
エルフはティアナの話を聞き終わってもなお、険しい顔のまま表情を緩めない。
やがて溜息を一つつくと、身を強張らせたティアナに向かって何か呪文を唱えた。
聞いたことのない呪文だ、そう思った瞬間。
「あ……」
ティアナは倒れ込み、すうすうと寝息を立て始めた。
エルフはそっとティアナを抱き上げる。
「ちょっと色々、教育が必要かな……」
そういうと、ティアナを抱えたまま転移魔法を使い、その場から姿を消した。
打ちのめされて、なんとか生きて戻ることしか出来ない。
いつまでこの戦いは続くのだろう。
せめてクラウスとユーリアが一緒に来てくれれれば、もうちょっと勝ちの目もあるかもしれないのに。
ティアナは思わず呟いた。
「もう、疲れたなあ……」
「じゃあ、やめちゃえばいいんじゃない?」
誰も居ない筈のこの場所で、聞き覚えの無い声が響く。
ティアナは咄嗟に身構え、腰に佩いた剣を抜いた。
治りきっていない体が悲鳴をあげているが、知ったことではない。
「そんなに身構えなくても大丈夫だよ」
カサカサと頭上から音がし、何者かが木から飛び降りてきた。
頭上からやってきた謎の人物と目が合い、ティアナは思わず息を飲んだ。
――ティアナが今まで見てきた誰よりも、その人物は美しかった。
月光を編んだかのような白金の髪がサラサラと風になびき、薄暗い森の中でそこだけ輝いているようだ。
切れ長の目も、通った鼻も、形の良い唇も、神が直接その手で造り上げたかのように完璧に整っている。
ティアナより少し歳上のように見えるが、その深緑のような瞳は、底知れぬ知性を湛えているように見えた。
状況から考えても、その姿も、人間では有り得ない。
ティアナがゆっくりと後ずさるのを見たその男は苦笑しながら言う。
「そんなに警戒しなくても大丈夫だよ。僕はエルフだ。ほら、こっちへおいで」
確かに、よく見ればその男の耳は長く尖っており、金に緑というのもエルフの特徴として知られる色彩だった。
エルフは森に住まう、人間によく似た美しい種族だ。
長命で魔法を得意とし、けして闇に屈することはないという。
本当にエルフなら敵ではないだろうが、彼らは魔王の手によってほぼ絶滅したとも言われていた。
「……《正体顕せ》」
ティアナはこっそり探知の呪文を男に向かって唱えた。
幻覚魔法や変装魔法を使っているならこれで見破れるが――何も変化は起こらなかった。
彼はそういった魔法を使っていないようだ。
何故こんなところにエルフがいるのかはわからないが、どうやら少なくとも敵ではないらしい。
ティアナは肩の力を抜き、剣を収めた。
エルフはティアナに歩み寄ると、無言でふわりと手をかざした。
その手から、暖かな光が発せられ、ティアナを包み込む。
なんだろう、と不思議に思うと同時に光は消えた。
なんですか? と問いかけようとして、ティアナは愕然とした。
体が軽い。――傷が全て癒えている。
無詠唱で回復魔法を行使したのか。いや、それよりも。
「回復魔法なのに痛くない……」
ユーリアに回復してもらったときのような、あの身を切り裂かれるような痛みが襲ってこなかったのだ。
むしろ、全身をぬるま湯で包まれたかのような心地よさすらあった。
思わず漏れ出た声を聞いたエルフは怪訝な顔をした。
「え? 回復魔法が痛い……? そんなことがあるのか……?」
「仲間にやってもらうときはいつも痛くて……いえ、そんなことより。助けていただいて有難うございます」
ティアナが律儀に頭を下げると、エルフはふっと柔らかい笑みを浮かべた。
その笑みを見て、ティアナは少し胸が痛むような、または懐かしいものを見るような、言い表し難い不思議な気持ちになった。
それは久しぶりに人の優しさに触れたからなのか、それとも。
その初対面の筈のエルフの瞳が、愛しいものを見るかのような優しい光を放っていたからだろうか。
「君はなんで、一人でこんなところに居るんだい?」
エルフに問いかけられ、ティアナは恐る恐る答えた。
隠すように言いつけられていたが、このエルフには言っても大丈夫だろう。
「あの……私が、『救世の乙女』だからです……」
エルフは答えなかった。
無言のまま眉根を寄せ不快感をあらわにしたエルフを見て、ティアナは焦って言い募る。
「えっと、信じられないのはわかりますが、そう予言されてたみたいで……」
「いや、ティアナが相当修練を積んでいるのは一目見ればわかる。違う、そうじゃなくて、なんで一人でこんなところにいるんだ? 仲間は居ないの?」
「います……。近くの街にいてもらってて……。ちょっと休憩したら、戻って回復してもらう予定でした……」
「……なんで一緒に来てないの?」
「……多分、私が悪いんです……」
「はあ?」
エルフはその彫刻のような端正な顔を思い切り歪ませた。
美人が怒ると迫力がすごい。
「なんでそうなる訳?」
そして、ティアナはぽつぽつと、今までの経緯を話しはじめた。
なんでこのエルフは怒っているんだろう、と微かに疑問に思いながら。
◆◆◆
「ということがあって……。私がもっと強ければ、なんとかなったのかもしれないんですけど……」
エルフはティアナの話を聞き終わってもなお、険しい顔のまま表情を緩めない。
やがて溜息を一つつくと、身を強張らせたティアナに向かって何か呪文を唱えた。
聞いたことのない呪文だ、そう思った瞬間。
「あ……」
ティアナは倒れ込み、すうすうと寝息を立て始めた。
エルフはそっとティアナを抱き上げる。
「ちょっと色々、教育が必要かな……」
そういうと、ティアナを抱えたまま転移魔法を使い、その場から姿を消した。
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