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1章 受難

6. ティアナの旅立ち

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 ――魔王が復活した。
 その報せを聞いたティアナは、正直、少しほっとしていた。
 
 クラウスがティアナが『救世の乙女』であると主張していてくれていたことと、ティアナが尋常ならざる速度で実力を伸ばしていったことから、表立ってティアナを排斥しようとする動きはなかったものの、やはりティアナは孤独だった。
 それは、約一年前、神託を受けた直後から長らく病に伏せっていた神官長が復帰し、ティアナが間違いなく『救世の乙女』であることを宣言しても変わらなかった。
 
 出来ることなら、生まれ育った辺境の森に帰りたい。
 同じ孤独なら、こんな冷たい人たちの中ではなく、森の生命を感じて暮らしたい。
 
 魔王を討伐すれば、その願いが叶えられる。
 
 魔王討伐には、ティアナとクラウスの二人で向かうことになっていた。
 あまり大所帯で行くとどうしても移動速度が遅くなり、その分被害が広がる。
 この三年でティアナは比類無い強さを身に着けていたし、クラウスもそこらの騎士には負けない程度に腕が立つ。
 元より、魔王の元まで近寄れるのはこの二人だけだということもあって、供も付けずに旅立つことが決まっていた。
 
 クラウスは、殆どの場合ティアナに優しい。
 彼の意向に沿わない時は意見を曲げないが、魔王討伐は彼の願いでもある。
 たまに少し怖いときもあるが、ティアナはクラウスを愛していたし、以前大怪我をした直後に貰った指輪はティアナの心の支えだった。
 厳しい道程になるかもしれないが、彼と二人で旅するのは、この城にいるよりずっと心が楽だろう。
 
 そう思っていたのに。
 
 
 
 ◆◆◆
 
 
 
「え、今なんて……?」
「だから、この旅にユーリアも同行してもらうことにした。私たち二人だと回復が心許ないからな。ユーリアは戦えないから私たちで守りながら進むことになるが、まあ、一人くらい問題はないだろう」
 
 なんでもないことのようにクラウスは言った。
 
 あの一件以来、ユーリアから直接悪意をぶつけられたことはない。
 ティアナが彼女をなるべく避けていたのもあるし、直接会話しなければならない場合も、彼女は穏やかな態度を崩さなかった。
 ただ、たまにぞっとするような冷ややかな目をティアナに向けるので、彼女はやはりティアナに敵意を持っているのだということは明らかだった。
 
 一度、クラウスに相談しようとしたことがある。
 ユーリアから嫌われている気がするので、なるべく顔を合わせないようにしたい。
 そう伝えるとクラウスは、まるで表情を変えず言った。
 
「気の所為だろう。ユーリアは人を嫌うような人間がじゃないから、気にしなくてもいい」

 ……それ以来、ティアナはクラウスの前でユーリアの話題を出すことをやめた。
 
 クラウスがティアナに伝えてきたということは、もうユーリアの同行は決定事項なのだろう。
 ティアナは気が重かった。
 
 
 
 ◆◆◆
 
 
 
 そうして旅立った日の初めての戦闘の前、クラウスは言った。
 
「私はユーリアを守るから、後ろは気にせず戦ってくれ」

 つまり、一人でどうにかしろということだ。
 幸い弱い魔物が相手だったため、ティアナは一人でも難なく倒すことが出来たし、大きな負傷をすることも無かった。
 
 始めはそれで良かったのだが、魔王城に近づくにつれ敵もどんどん強くなる。
 ある日ついに、ティアナが戦闘不能に陥ってしまい、クラウスに戦わせることになってしまった。

 その敵は問題なく倒せたが、戦闘後、ティアナはクラウスに叱られることになった。
 
「『救世の乙女』なんだから、あれくらいの敵に苦戦してるようじゃ駄目だ。もっと頑張って貰わないと」

 ティアナはクラウスに失望されたくなかった。
 その次の戦闘では、より強い敵をなんとか一人で倒しきった。
 
 クラウスは喜んでくれた。
 
「さすが、私のティアナ。よく出来たね。愛してるよ」

 嬉しかった。もっともっと頑張ろうと思った。
 実戦を重ねることでティアナはどんどん力を付けていった。
 また、傷を負ってユーリアに回復してもらう際、酷く痛むのが嫌で回避技術も上がった。
 それに、自分が頑張ればクラウスは笑ってくれる。
 ティアナはそれだけで良かった。
 
 どんな敵よりも、クラウスを失望させることのほうが、ティアナには恐ろしかった。
 自分の味方はクラウスしか居ないと、心の底から思っていたから。
 
 そして、遂に魔王城の近く、人類の最前線の街までやってきたのだった。
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