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第一話 あまりに自然な不自然
(一)
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『家の者たちが忙しくしているところで、ふと目を向けると座敷でのんびりとお茶をすすっている姿がある。あまりにも自然にそこにいるものだから、誰一人としてその存在を疑いすらもしない。そして何かに気づいて再び目を向けた時にはもうすでにいなくなっている。見た記憶すらもあいまいなほどさりげなく。ぬらりひょんはそういう掴みどころのない瓢箪鯰のような妖怪である。
また妖怪の親玉とも呼ばれているが、それは後世にできた俗説に過ぎない。』
(やっぱり全然ぱっとしないな。)
分厚い本を閉じると表紙に『古今東西妖怪百景』という派手なフォントと、洋の東西を合わせた数多の妖怪たちが描かれていた。
6時限目のロングホームルーム。黒板上ではたったいま終わった委員会決めの結果が残されており、35人のクラスメイトの名前が書かれていた。
(飼育委員か。やっぱり一番面倒なのは誰もやりたがらないよな。)
中学の時の経験で慣れてこそいたため不満はなかったが、それ以前に入学してからもうすでに何週間か経っている時点で、この決められた委員会がたいして重要じゃないのは、誰の目にも一目瞭然だった。きっとそれぞれの集会前に一応名前だけ決めておく必要があったのだろう。
「滑川くん」
それでも学級委員長でなかったことを竜次は安堵した。進学というのもあって、後々そういうポジションは推薦やAO入試に役立つため人気だった。とはいえ号令や簡単な掃除は、出席番号順でまわされる日直がほとんどするので、それすらも実質名前だけのポジションに違いなかった。
「滑川くんってば!」
(幻聴ではない。確実に自分の名前が呼ばれている。)
右列の4人の生徒、うちスマホをいじっている1人
前列の5人の生徒、うち船を漕いでいる2人
緊張で竜次の顔がこわばる。
左側にいる生徒 女子 黒髪 艶 純白の肌 大きな猫目 八雲紗菜
「それ、滑川くんってもしかしてオカルト好きな人?」
ピンと伸びた彼女の華奢な人差し指をたどると自分の机の上の『古今東西妖怪百景』があった。
「いや、ちょっと興味があるってくらい。」
ふり絞るように返したそのたどたどしい言葉を言い終わったと同時に、竜次は前方から強烈な視線を感じた。
前方には誰一人こちらに目を向けるもの無く、教師はプリントに目を落として委員会集会の説明中。
(気のせいか?)
「実は私めちゃくちゃ好きなの、そういう話。その本前から目つけてて、今日のお昼休み借りようって思ってたんだけどなかったんだ。滑川くんだったんだね、私の取ったの。」
悪戯げな笑顔、覗き込むような上目づかいで八雲は竜次を見上げた。
(完全に確信犯だ。こうすれば、こう言えば世の男子たちが狼狽えるということを分かってやってるに違いない。)
「あっ、悪い。もう見終わったから、あとで返しに行くよ。」
物心ついたときから、学校でも目を引くような美少女はおろか、人に話しかけられた回数を数えることができるような竜次にとって、その仕草はたとえ狙ってやっているとわかっていても、当惑せざるをえないものだった。
八雲は袖口で口を押さえてクスクスと笑った。
「それじゃ、今日はこのまま終礼にするぞ。この後で緑化委員会は集会があるらしいから、山本は行くように。あと今日の日直の外山、新島は帰る前に掃除を頼んだぞ。それじゃあ、また明日。」
先生がそう言うと、「「はーい」」という日直の返事と、緑化委員が楽だと騙された山本の悲鳴が聞こえて、各々鞄をもって席を立ち始めた。
「滑川くん、それでね、実はちょっとお誘いみたいなものしてもいいかな。」
八雲は少し恥ずかしそうに、机の上の英単語帳のリングに指を通してくるくる回しながらそう切り出した。
「今日この後って時間空いてたりする?」
竜次が顔には出さないように抑えた緊張で水分が飛び、カサカサになった喉から声を出そうとした瞬間、強風が吹く勢いで、自分と八雲の間に人影が割って入った。
「なんの話してるの?」
出鼻をくじかれた竜次はガクッと体制を崩した。
モデル体型 ショートカット イケメン女子 切れ長の目 伊原澪
「こんにちは、紗菜ちゃんが男子に話しかけてるのって珍しくて、気になって来ちゃったよ。」
伊原はかなりの美人だ。しかし八雲が男子の理想的な女子の容姿を具現化した存在だとしたら、伊原は女子が思い描く理想的な女子だった。教室の両角にいる二人は入学以来、クラス、学年、ひいては校内で噂になるほど注目の的だった。それゆえに二人のツーショットはクラスに残っていたすべての生徒の視線を釘付けにしていた。
いきなり話しかけられたことに驚いたのか、八雲は一瞬目を丸くしたが、やがて恥ずかしそうに切り出した。
「あっ、え~っとね、もしよかったら滑川くんについてきてほしいところがあって、お願いしようとしてたの。実は前から心霊スポットって実際に行ってみたかったんだけど、一人じゃ怖くて、だから……ね?」
少し困ったような顔で八雲は竜次に目を向けた。
「男女が二人で心霊スポット?ちょっといかがわしすぎるんじゃないかなぁ、二人ってそんなに仲良かったっけ?」
訝し気な顔で八雲に顔を近づける澪。クラスに沸き立つ男女の悲鳴や嘆息が竜次を貫通して二人に注がれる。
「そうだ、私も一緒に行くよ。」
そう言って、澪はちょうど八雲から見えない角度でそして竜次に向かってにやりとドヤ顔をして見せた。
(こいつ……。)
竜次はそれすらも絵になる、美しい顔を睨み見返して、こころの中でため息をついた。
「それじゃあお言葉に甘えて、二人ともよろしくね!」
八雲は気を取り直して快活にそう言った。
また妖怪の親玉とも呼ばれているが、それは後世にできた俗説に過ぎない。』
(やっぱり全然ぱっとしないな。)
分厚い本を閉じると表紙に『古今東西妖怪百景』という派手なフォントと、洋の東西を合わせた数多の妖怪たちが描かれていた。
6時限目のロングホームルーム。黒板上ではたったいま終わった委員会決めの結果が残されており、35人のクラスメイトの名前が書かれていた。
(飼育委員か。やっぱり一番面倒なのは誰もやりたがらないよな。)
中学の時の経験で慣れてこそいたため不満はなかったが、それ以前に入学してからもうすでに何週間か経っている時点で、この決められた委員会がたいして重要じゃないのは、誰の目にも一目瞭然だった。きっとそれぞれの集会前に一応名前だけ決めておく必要があったのだろう。
「滑川くん」
それでも学級委員長でなかったことを竜次は安堵した。進学というのもあって、後々そういうポジションは推薦やAO入試に役立つため人気だった。とはいえ号令や簡単な掃除は、出席番号順でまわされる日直がほとんどするので、それすらも実質名前だけのポジションに違いなかった。
「滑川くんってば!」
(幻聴ではない。確実に自分の名前が呼ばれている。)
右列の4人の生徒、うちスマホをいじっている1人
前列の5人の生徒、うち船を漕いでいる2人
緊張で竜次の顔がこわばる。
左側にいる生徒 女子 黒髪 艶 純白の肌 大きな猫目 八雲紗菜
「それ、滑川くんってもしかしてオカルト好きな人?」
ピンと伸びた彼女の華奢な人差し指をたどると自分の机の上の『古今東西妖怪百景』があった。
「いや、ちょっと興味があるってくらい。」
ふり絞るように返したそのたどたどしい言葉を言い終わったと同時に、竜次は前方から強烈な視線を感じた。
前方には誰一人こちらに目を向けるもの無く、教師はプリントに目を落として委員会集会の説明中。
(気のせいか?)
「実は私めちゃくちゃ好きなの、そういう話。その本前から目つけてて、今日のお昼休み借りようって思ってたんだけどなかったんだ。滑川くんだったんだね、私の取ったの。」
悪戯げな笑顔、覗き込むような上目づかいで八雲は竜次を見上げた。
(完全に確信犯だ。こうすれば、こう言えば世の男子たちが狼狽えるということを分かってやってるに違いない。)
「あっ、悪い。もう見終わったから、あとで返しに行くよ。」
物心ついたときから、学校でも目を引くような美少女はおろか、人に話しかけられた回数を数えることができるような竜次にとって、その仕草はたとえ狙ってやっているとわかっていても、当惑せざるをえないものだった。
八雲は袖口で口を押さえてクスクスと笑った。
「それじゃ、今日はこのまま終礼にするぞ。この後で緑化委員会は集会があるらしいから、山本は行くように。あと今日の日直の外山、新島は帰る前に掃除を頼んだぞ。それじゃあ、また明日。」
先生がそう言うと、「「はーい」」という日直の返事と、緑化委員が楽だと騙された山本の悲鳴が聞こえて、各々鞄をもって席を立ち始めた。
「滑川くん、それでね、実はちょっとお誘いみたいなものしてもいいかな。」
八雲は少し恥ずかしそうに、机の上の英単語帳のリングに指を通してくるくる回しながらそう切り出した。
「今日この後って時間空いてたりする?」
竜次が顔には出さないように抑えた緊張で水分が飛び、カサカサになった喉から声を出そうとした瞬間、強風が吹く勢いで、自分と八雲の間に人影が割って入った。
「なんの話してるの?」
出鼻をくじかれた竜次はガクッと体制を崩した。
モデル体型 ショートカット イケメン女子 切れ長の目 伊原澪
「こんにちは、紗菜ちゃんが男子に話しかけてるのって珍しくて、気になって来ちゃったよ。」
伊原はかなりの美人だ。しかし八雲が男子の理想的な女子の容姿を具現化した存在だとしたら、伊原は女子が思い描く理想的な女子だった。教室の両角にいる二人は入学以来、クラス、学年、ひいては校内で噂になるほど注目の的だった。それゆえに二人のツーショットはクラスに残っていたすべての生徒の視線を釘付けにしていた。
いきなり話しかけられたことに驚いたのか、八雲は一瞬目を丸くしたが、やがて恥ずかしそうに切り出した。
「あっ、え~っとね、もしよかったら滑川くんについてきてほしいところがあって、お願いしようとしてたの。実は前から心霊スポットって実際に行ってみたかったんだけど、一人じゃ怖くて、だから……ね?」
少し困ったような顔で八雲は竜次に目を向けた。
「男女が二人で心霊スポット?ちょっといかがわしすぎるんじゃないかなぁ、二人ってそんなに仲良かったっけ?」
訝し気な顔で八雲に顔を近づける澪。クラスに沸き立つ男女の悲鳴や嘆息が竜次を貫通して二人に注がれる。
「そうだ、私も一緒に行くよ。」
そう言って、澪はちょうど八雲から見えない角度でそして竜次に向かってにやりとドヤ顔をして見せた。
(こいつ……。)
竜次はそれすらも絵になる、美しい顔を睨み見返して、こころの中でため息をついた。
「それじゃあお言葉に甘えて、二人ともよろしくね!」
八雲は気を取り直して快活にそう言った。
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