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別世界1

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「あっ……、ああああのっ」
 突き刺さる数多の視線に耐えかねて、思わずわななく私を王子は更に抱き寄せた。
「どうしたの?」
「どっ、どうしたというか……。あのっ、外ではこういうのは……」
 怒らせないようにやんわりと。それでも、腰を抱かれながらの登園はやはりおかしいと訴えた。周囲からは悲鳴にも似た声が飛び交っている。
 王子直々のメイクアップが思いのほか念入りすぎて、私たちがやっとマギラに着いたのは昼休みだった。そのせいで校門を潜ってからというもの、滝のような視線を浴び続けていた。
「でもほら、僕のものって見せつけたいし」
 ヘラヘラ言ってくれれば『恥ずかしいです!』なんて誤魔化しができたのに、至極真面目な顔で言うので返答に困った。
「え……えっと……」
「変な虫でもついたら困るから」
「むし……」
「そ、世の中悪い人が多いからね。君が怖い目にあったりしないように守ってあげたいんだよ」
「……な、なるほど」
 そう答えながら内心では、貴方がそれを言うのかと酷く突っ込みたい気持ちでいっぱいだった。
「うん、だから君も僕以外信用しないようにね。特に城の中、あそこには信じられる人間なんていないと思って良いよ」
「そうなんですか……」
 訳もわからず空返事だけしながらも、何故か怯えたメイドの姿が頭に浮かんでいた。
 ノブレス館に入れば騒ぎも些か落ち着いた。勿論好奇の視線は飛んでくるけれど、それでもかなり歩き易くなったには違いない。
 できた余裕で遠慮がちにキョロキョロと見渡して、中は講義棟とあまり変わらないんだなぁなんてことを思ったりした。
 赤い絨毯を敷かれた階段を昇り、王子に案内をされたのは一つの部屋だった。
 窓に背を向けるように大きな机が置かれていて、その前にソファとテーブルが置かれていた。
 まるで執務室みたいだなと思う。
 やっと静かになったね~と息を吐きながら、王子は私をソファへと座らせた。 
「……あの、こちらは?」
「僕の私室」
「えっ⁉︎」
 何だそれは……。
「えっと……、教室ってことですか?」
 ノブレス生は皆、個人授業とか……?
 しかし、王子はぷっと吹き出した。
「まさか、教室は別にあるよ。僕は入ったことがないけど」
「入ったことがない……」
「うん、ノブレス館こっちは成績至上主義だからね、出席に意義はないんだよね」
「な、なるほど……」
 それで出席せずにやっていける王子はやはり凄いなと感心してしまう。
「ちなみに今後は君もノブレス館こっちに通ってもらう訳だけど――」
 コンコンッと扉の叩かれる音が王子の言葉を遮った。
「……なんだろう」
 物凄く不機嫌そうに眉を寄せた王子は、暫く扉を見つめて黙りこくっていた。どうやら居留守を使うつもりらしい。けれど相手もいることは分かっているようで、「殿下、すぐに終わります」と一生懸命呼び掛けていた。
「……面倒臭いな」
 ボソッと呟いて、苛々したように扉へ向かった。しかし見事だったのは、コロッと表情と声が温和なものになったのだ。
「申し訳ない、少々取り込んでいたんだ」
「あっ、そうだったんですね! てっきり集中されているのかと、声を大きくしてしまいました」
 恰幅の良い男は四十代ほどに見えた。悪いことしたなぁというように頭を掻いている。
 仮にも王子であるこの人にその態度とは、かなり親しい仲なのだろうか……?
「いや、構わない。それで要件は……」
「はいっ! 以前ご協力いただいた研究の件ですが――」
 そこから王子は入り口に立ったまま男の話を聞いていた。終始ニコニコと朗らかに、時折脱線する話も心良く頷いていた。結局最後は王子が実験レポートを拝借してコメントを返すという形で終わったのだが、扉を閉じた王子は酷く疲れた表情を浮かべていた。
「……あの人、いつも話が長いんだよね」
「そうなんですか……」
 その言葉は、正に現場を見ていた私にも重く伝わった。最初から実験レポートを渡せば二、三分で終わった話では……と思ったのは私だけではなかったようだ。
「それで、さっきの話の続きだけど――」
 再びコンコンッと扉のノック音が王子の言葉を遮った。折角の浮かんだ笑みが、途端に凍りつく。
「……なにかな」
 今度は諦めてすぐに扉を開けた。
 非常にグラマラスな女性が佇んでいた。
「まぁ、ユーリ様ぁ! 先ほどお姿が見えたと聞きまして、飛んでまいりましたの!」
 口に手を当ててクネクネと動いていた。チラッと私は目が合って、不敵にニマリと笑われた。
「それでご相談していた避暑の件ですがぁ、やはり昨年のように二人きりで――」
 そこから女性とも二十分ほど王子は話していた。やはりニコニコと笑みを崩さずに、時々恥ずかしがるような表情を作っては女性を喜ばせていた。
「では、今度は是非、中で。ゆっくりお話しさせてくださいね」
 語尾にハートが沢山付いてそうな声で、女性は去っていった。
「勘違いしないでくれ、彼女はああ見えて魔石研究家なんだ。避暑の件とは、近年、夏季にのみ発掘されるという特殊な――」
 コンコンッと扉が鳴って王子は天を仰いだ。
「すまない」
 そう言って再び扉を開けた。今度は男性で実技講師のようだった。一年の授業で、高位魔術展開について披露してほしいという相談だ。ポンと打てばいいというものでもないらしく、なんやかんやで二十分近く話し込んでいた。
 彼が会話を終えたのは、終鈴が鳴ったことが理由だった。次の時間に授業があるらしく、慌てて去っていった。その時も王子は爽やかな笑みで見送っていた。
「…………」
 扉を閉じた王子はもはや無の表情だった。
「あの……、お疲れ様です……」声を掛ければ、後ろから私に抱きついてきた。
 
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