お金目的で王子様に近づいたら、いつの間にか外堀埋められて逃げられなくなっていた……

木野ダック

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誘拐

庭園にてその前に1

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 その足取りは軽かった。
 まるで羽根でも生えたかのように、ふわふわと。高鳴る胸の鼓動を味わうかのようだった。
 アーチの前で足を止める。
 髪をささっと整えて、深呼吸を数回する。
 溢れ出る笑みのままに潜り抜けた。先に待つは、愛しき王子様イルヴィス
 足を進めれば、真っ赤な薔薇に彩られ、すぐにその美麗な姿が現れた。
「こんにちは、シャーレア嬢。最近は気候が良くて、過ごしやすいですね」
 質の良い髪をふわりと揺らし、振り向いたイルヴィスは笑っていた。
 その顔は、後光でも放たれるかの如く輝いて、シャーレアをすっかり萎縮させてしまった。
「は、はい……」
 シャーレアは、いつもこんな情けない姿を晒しているわけではなかった。少し前までは、もう少しまともに出来ていた。
 けれど、今回の滞在では、イルヴィスがいつもに増して優しく接してくるように感じていて、おかしくなってしまっていたのだった。
 チラリと覗けば目がすぐに合う。慌てて逸らしたシャーレアにイルヴィスは、
「どうしましたか? もしかして、どこかご気分でも……」
 言いながら距離を詰めていった。
 スラリと伸びた背をそっと屈めて、額に触れ。
「少し熱い気がします。昨晩は、遅くまで話し込んでしまいましたからね。やはり今日は、お部屋の方でお休みに――」
 言い掛けた言葉を、シャーレアは慌てて遮った。
「ご……、ご心配ありがとうございます! でも、全然元気ですので‼︎」
 グッと口角を持ち上げて、熱くなった顔を持ち上げる。
 思ったよりも大きな声が出てしまったから驚かせてしまったかも……、と少し心配になった。
 シャーレアとしては、恥ずかしいのもあったが、それよりも。折角イルヴィスが割いてくれた時間を無駄にしたくはなかったのだ。
 けれど、そんなシャーレアにもイルヴィスはふっと微笑みを落としていき。慈愛に満ちた雰囲気でシャーレアを包み込んだ。
 肌になんか、触れていただけたことは無かったのに……、そんなことを思いながら、離れていく手に額がじんわり熱くなった。
 それが、なんとも胸を掴んで愛おしくて。
「ご、ご心配をお掛けして申し訳ありませんでした……」
 謝罪を口にすれば、今度は困ったようにイルヴィスが笑った。
「シャーレア嬢はお身体が丈夫ではないのですから、あまり無理をなさらないでくださいね」
 その言葉にシャーレアの気持ちは舞い上がる。
 嬉しかった。
 自分の身体が丈夫でないことを覚えていてくださったのだと。
 幼い頃、シャーレアは身体が小さく細く、風邪を引きやすい体質だった。だから、ハーデウスに招待を受けた際にも、移動や環境の変化で体調を崩して数日寝込んでましまう、ということが間々あったのだ。
 そんな時、イルヴィスは決まって見舞いに通っていた。可愛らしい花々を持って行っては、シャーレアを喜ばせた。
 懐かしさが蘇る。シャーレアにとっては、すっかり忘れられてしまった思い出だと思っていた。
 なにせ今のシャーレアといえば、メンテルタを代表する立派な淑女レディだ。体調は崩せど、それで寝込んだりなんて醜態は絶対に見せはしない。
 故にもう、幼き頃のようにシャーレアのことを『病弱』だなんて心配して扱う者はいなかった。
 きっと、イルヴィス様だって……。
 そう思っていた。
 胸がほわっと温まる。
 まるでその努力が認められたかのような、言いようのない喜びが迫り上がった。ずっと心配して見守ってくださっていたのかな、なんて図々しい想像まで湧き上がり。
 シャーレアは、熱くなる顔を俯かせた。
「――っはい」
 なんとか声を絞り出した先には、イルヴィスが手を差し出していた。
「あ、あの……」
 震える声でシャーレアが尋ねてみれば、照れたようなイルヴィスがいた。
「お手を。……といっても、僅かな距離ですが」
 シャーレアは、フルフルと首を振る。
「あ、あの……。ありがとうございます」
 消え入るような声で礼を述べ。
 白く美しく、自分がよりずっと大きな手を、シャーレアはギュッと握りしめた。

 席に着けば、出されたのはシャーレアの大好きなレモングラスティーだった。
 すっきりと清々しい香りが気に入っていた。
 けれど実は、これにも頼る背景があったりして。何年か前に、イルヴィスと話した際に、好きな紅茶の話になって答えたものだった。
 シャーレアは、イルヴィス様のそういった気遣いがとても嬉しかった。例えそれが、自分にだけではなかったとしても、『もしかしたら……』という期待はいつもどんな時でも持っていた。
 口を付けて、つい微笑む。
 自分のためにイルヴィスが用意したものだと考えれば、強く胸を締め付けられた。
 カップを置いてイルヴィスを見る。
 見惚れるような流麗な所作だった。
 また胸が苦しくなる。
 前回会った時は、まだのに。
 そんな醜い感情が湧き起こる。
 自然と眉間に力を寄らせていれば、イルヴィスから。
「なにか悩み事ですか?」と。
 シャーレアはハッとして、ぶんぶんとかぶりを振った。
「いえ! 申し訳ありません、折角いただいた時間ですのに。少しだけ考え事をしておりまして……」
 言えば、イルヴィスからは上品な笑い声が飛んでくる。
「シャーレア嬢、それを一般的には『悩み事』というのです。もし宜しければお力にならせてくださいね」
 優しい笑みだった。
 シャーレアは今すぐその胸に飛び込んで、『どうしてミラ様とご婚約などされてしまったのですか』と問いたかった。けれど、それはイルヴィスを困らせてしまうことだから、絶対にやってはいけないことだった。
 
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