57 / 76
誘拐
マルコル2
しおりを挟む「そ、そんなことより……。マルコル様はシャーレア様といかがですか? 良い雰囲気とか、ちょっと悩みとか――」
そこまで言ってハッとする。
マルコルの表情が、呆然としたものに変わったのがきっかけだ。私は、シャーレア様の言葉を思い出したのだ。
『実はわたくし、イルヴィス様をお慕いしておりましたの』
……やってしまった。
自分の身を守るのに必死で、なんと鬼畜な所業を……。
「あ、あの……」
咄嗟に取り繕おうと声を出す。けれど、すぐにマルコルの柔和な笑みでいなされた。
「大丈夫ですよ。シャーレアの想いは知っておりますから」
マルコルはそっと顔を逸らして前を見る。それがやたらと、胸を突いた。
「もしかして、シャーレアから聞きましたか? このところ、留学に胸を沸かせて、よくハーデウスへ通っていると聞いているので」
「あ……、えっと」
「お気になさらず」
「……はい」
渋々白状すれば、マルコルはくすりと笑った。
表情は見えないけど、大天使に心を打たれる人はその人だって健気なんだ……、とか思ってしまう。
そんな私に追い打ちを掛けるように、マルコルは更なるひたむきさを見せつけた。
「でも、私は諦めていないんです。想いって通わせるものではなくて、伝えるものだと思っていますので」
「それは……」
両想いじゃなくても良いということ? とは、聞けなかった。聞けばマルコルの想いを踏み躙る、そんな気がしたのだ。
あらゆる言葉を呑み込んで、私は口を開いた。
「シャーレア様を……。その、愛しておられるのですね」
マルコルは相変わらず前を向いたままだった。けれど、横顔から口角が上がっているのが見えた。
「ええ、なによりも」
ひとときの静寂が訪れる。
こんな一途な想いを聞いた後で、なにを話せばいいのか分からなかった。私はそんなにも深く人を想ったことがない。というより、恋というものがよく分からなかった。
ドキドキとしたり、赤面したりはするけれど、それは生理的というか反射的というか。マルコルやシャーレア様のように、『相手を想う』という経験はなかった。
どういう気持ちなんだろうか――
そんな好奇心だけがぼんやりと浮かんでいた。
「……そういえば、話は戻りますが」
そう切り出したのはマルコルだった。こちらに顔を向けていて、何故か少し強張っていた。
「はい?」
「先ほどのイルヴィス殿下とのお話ですが……」
うっ、地雷……。とは思いつつ、マルコルの話を聞いた私は無碍に出来なかった。
「な、なんでしょうか……?」
「どのようなところをお慕いしているのか、参考としても是非お聞きしたいなと思いまして」
参考――そうか、マルコルが好きなシャーレア様は王子のことが好きだったから……。
これを言われては、答えようもない。とはいえ――
「あの、ごめんなさい。理想を壊してしまうようですが、私もよく分からないんです」
「……よく分からない?」
「はい。というより、私も愛されているというわけではないので、参考にはならないかと」
言えば、マルコルは再び呆然とした表情を浮かべる。
「…………愛されているわけではない、とは?」
「他に想われている人がいる、とまでは分かりませんが。マルコル様がシャーレア様へ向けられるお気持ちとは異なるものだと思います」
情欲に駆られて遊ばれてます、自称愛する人ならきっと沢山います、とは流石に言えなかった。
「……」
マルコルは暫く押し黙っていた。
遊び人というのは隠したけど、一途なマルコルのことだから思うところが色々とあるのだろう。
きっとマルコルは、ライバルが消えてガッツポーズを取るような人間ではないだろうから。
少し経ってから、マルコルが重々しく口を開く。その表情は、少し心許ないものだった。
「ミラ様は……、イルヴィス殿下と楽しく過ごされているのではないのですか?」
その言葉に、これまでの記憶が走馬灯のように蘇る。
縛られたり、縛られたり、追いかけられたり。そして、ことごとく登場が不気味だった……。
「…………そうですね。ここだけの話ですが、日々理解に苦しんでいます」
言い終えてから、「身分差もありますし」と付け加えておいた。
「……一応、お尋ねしますが、ミラ様はイルヴィス殿下のことを――」
多分、この先は『好いておられますか?』だと予想する。だから、私は先手を打ってかぶりを振った。
マルコルは、深く息を吐いた。
なんだか、ごめんなさいという気持ちになってくる。
「世の中、上手くいきませんね……」
マルコルが膝へ頭を埋めながら呟く。私も、小さく息を吐いた。
「お互い辛いですね」
「…………まったく」
暗く重い空気だった。息をするのも苦しくなるほどに、マルコルは顔を埋めたまま微動だにしなかった。
耐えかねて声を上げる。馬がどれほどで回復するのか分からないけれど、この雰囲気が長く続くのはちょっと辛かった。
「あ、あの……!」
声を掛ければ、ゆったりとマルコルが顔を上げる。
「はい」
声すら重くなっていた。
さっきのタンポポみたいな声はどうしたんだ……。
私は、頭からシャーレア様の自己紹介を引っ張りだして――
「メ……メンテルタ王国いえば、カラハル魔鉱山などが有名ですが、他にもおすすめの名所はありますか?」
問えば、さして気乗りのしていなさそうな声色が返ってくる。
その瞳は虚空を見つめていた。
「やっぱり、ルイブ海を望むケーフのサンシェールビーチかな」
正直、メンテルタ王国の地理を殆ど知らない私には、マルコルの言葉は呪文のようだった。
けれど、聞いた手前その答えを無駄にするわけにはいかない。なんとしても、有効活用してこの場を繋がねば。
「ビ、ビーチですか! さぞ綺麗なんでしょうね!」
「……まぁ、そこそこかな。海鮮料理はなかなかのものだけど」
うぅ、重い。重過ぎる。
おすすめだというのに、そこそことか……。
「ええっと、ちなみに海鮮というのは――」
「海老」
先回りして答え投げられた。
ていうか、なんだ。マルコル、人格変わってないか……? 異様に冷たいぞ⁉︎
急降下したマルコルの機嫌を不安に思いつつ。私の頭には、ピチピチとした赤色が浮かんでくる。
ふむ、海老か……。
「あ、あの……。こんな状況でいうのもなんですが、素敵な景色というのは気晴らしになりますよ」
例えば、美味しいお食事とか。キラキラした海鮮とか。
別に行きたいわけじゃないけど。食べたいわけじゃないけど!
私がふるふる頭を振っていれば、マルコルと目が合った。
「…………食べたいの?」
「い、いえ……」
そんな、まさか。
マルコルが改める。
「あっ……、見てみたいんですか? 景色」
取り敢えずこくこくと頷いておいた。
マルコルのため、マルコルのため。
見定められるように、マルコルが私を凝視する。無表情が恐ろしい。
そして、ままあって。
「……まぁ、いいか。では、行ってみますか?」
マルコルは呆れたように笑っていた。私も、少し頬が緩む。空気が動いた気がした。
「あっ、でも王子……。いや、イルヴィス様対策は大丈夫ですか?」
「…………え?」
若干緩んだマルコルの顔から、再び笑みが消え去った。
あれ、おかしなこと言ったかな? 一応、助けてくれる身だけど、シャーレア様のお家の事情もあるし、少しでもバレない方が良いのかと思ったんだけど……。
とはいえ、それをいうなら寄り道なんてしないのが一番だ。だけど、それには一旦目を瞑り。
「えっと……、マルコル様の技量や体制を疑ってるわけではないのですが。でも、あの人は、特位魔導具とかを容易に出動させてくるような方なので。その一応……、念の為に、と!」
「……」
マルコルは、相変わらず固まっていた。
あ、そっか。王子は対外的には、紳士なんだっけ!
驚かせちゃったかな、と心配になってくる。
「あ……、あは、あはは……。だ、大丈夫ですよ!」
グッと拳を握り締める。それを膝の横まで持ち上げた。
「逃げる時は、全力でご協力致しますから! 頑張りましょう!」
言い終えて、拳を上げる。
何故か再び重くなりかけた空気を持ち上げるように。精一杯気合いを込めていった。
10
お気に入りに追加
1,117
あなたにおすすめの小説
断る――――前にもそう言ったはずだ
鈴宮(すずみや)
恋愛
「寝室を分けませんか?」
結婚して三年。王太子エルネストと妃モニカの間にはまだ子供が居ない。
周囲からは『そろそろ側妃を』という声が上がっているものの、彼はモニカと寝室を分けることを拒んでいる。
けれど、エルネストはいつだって、モニカにだけ冷たかった。
他の人々に向けられる優しい言葉、笑顔が彼女に向けられることない。
(わたくし以外の女性が妃ならば、エルネスト様はもっと幸せだろうに……)
そんな時、侍女のコゼットが『エルネストから想いを寄せられている』ことをモニカに打ち明ける。
ようやく側妃を娶る気になったのか――――エルネストがコゼットと過ごせるよう、私室で休むことにしたモニカ。
そんな彼女の元に、護衛騎士であるヴィクトルがやってきて――――?
身代わり婚~暴君と呼ばれる辺境伯に拒絶された仮初の花嫁
結城芙由奈@コミカライズ発売中
恋愛
【決してご迷惑はお掛けしません。どうか私をここに置いて頂けませんか?】
妾腹の娘として厄介者扱いを受けていたアリアドネは姉の身代わりとして暴君として名高い辺境伯に嫁がされる。結婚すれば幸せになれるかもしれないと淡い期待を抱いていたのも束の間。望まぬ花嫁を押し付けられたとして夫となるべく辺境伯に初対面で冷たい言葉を投げつけらた。さらに城から追い出されそうになるものの、ある人物に救われて下働きとして置いてもらえる事になるのだった―。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。

転生したら、6人の最強旦那様に溺愛されてます!?~6人の愛が重すぎて困ってます!~
月
恋愛
ある日、女子高生だった白川凛(しらかわりん)
は学校の帰り道、バイトに遅刻しそうになったのでスピードを上げすぎ、そのまま階段から落ちて死亡した。
しかし、目が覚めるとそこは異世界だった!?
(もしかして、私、転生してる!!?)
そして、なんと凛が転生した世界は女性が少なく、一妻多夫制だった!!!
そんな世界に転生した凛と、将来の旦那様は一体誰!?

今夜は帰さない~憧れの騎士団長と濃厚な一夜を
澤谷弥(さわたに わたる)
恋愛
ラウニは騎士団で働く事務官である。
そんな彼女が仕事で第五騎士団団長であるオリベルの執務室を訪ねると、彼の姿はなかった。
だが隣の部屋からは、彼が苦しそうに呻いている声が聞こえてきた。
そんな彼を助けようと隣室へと続く扉を開けたラウニが目にしたのは――。
【完結】目覚めたら男爵家令息の騎士に食べられていた件
三谷朱花
恋愛
レイーアが目覚めたら横にクーン男爵家の令息でもある騎士のマットが寝ていた。曰く、クーン男爵家では「初めて契った相手と結婚しなくてはいけない」らしい。
※アルファポリスのみの公開です。
イケメン社長と私が結婚!?初めての『気持ちイイ』を体に教え込まれる!?
すずなり。
恋愛
ある日、彼氏が自分の住んでるアパートを引き払い、勝手に『同棲』を求めてきた。
「お前が働いてるんだから俺は家にいる。」
家事をするわけでもなく、食費をくれるわけでもなく・・・デートもしない。
「私は母親じゃない・・・!」
そう言って家を飛び出した。
夜遅く、何も持たず、靴も履かず・・・一人で泣きながら歩いてるとこを保護してくれた一人の人。
「何があった?送ってく。」
それはいつも仕事場のカフェに来てくれる常連さんだった。
「俺と・・・結婚してほしい。」
「!?」
突然の結婚の申し込み。彼のことは何も知らなかったけど・・・惹かれるのに時間はかからない。
かっこよくて・・優しくて・・・紳士な彼は私を心から愛してくれる。
そんな彼に、私は想いを返したい。
「俺に・・・全てを見せて。」
苦手意識の強かった『営み』。
彼の手によって私の感じ方が変わっていく・・・。
「いあぁぁぁっ・・!!」
「感じやすいんだな・・・。」
※お話は全て想像の世界のものです。現実世界とはなんら関係ありません。
※お話の中に出てくる病気、治療法などは想像のものとしてご覧ください。
※誤字脱字、表現不足は重々承知しております。日々精進してまいりますので温かく見ていただけると嬉しいです。
※コメントや感想は受け付けることができません。メンタルが薄氷なもので・・すみません。
それではお楽しみください。すずなり。
聖女を騙った少女は、二度目の生を自由に生きる
夕立悠理
恋愛
ある日、聖女として異世界に召喚された美香。その国は、魔物と戦っているらしく、兵士たちを励まして欲しいと頼まれた。しかし、徐々に戦況もよくなってきたところで、魔法の力をもった本物の『聖女』様が現れてしまい、美香は、聖女を騙った罪で、処刑される。
しかし、ギロチンの刃が落とされた瞬間、時間が巻き戻り、美香が召喚された時に戻り、美香は二度目の生を得る。美香は今度は魔物の元へ行き、自由に生きることにすると、かつては敵だったはずの魔王に溺愛される。
しかし、なぜか、美香を見捨てたはずの護衛も執着してきて――。
※小説家になろう様にも投稿しています
※感想をいただけると、とても嬉しいです
※著作権は放棄してません
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる