お金目的で王子様に近づいたら、いつの間にか外堀埋められて逃げられなくなっていた……

木野ダック

文字の大きさ
上 下
42 / 76

王子の思い出6

しおりを挟む
 その日から、彼女は僕の『観察対象』ではなくなった。
 僕の『最愛の人とくべつ』になったのだ。

 彼女と関わるまでは、本当に長かった。僕に取っては茶会なんて生温いほどの永遠で、何度も何度も眠らせて城へ持ち帰ろうとした。
 けれど、結局持ち帰ったところで僕は彼女と話せない。彼女が僕の価値を見てくれなければ、また眺めるだけで終わると分かっていたので我慢した。
 だから、やっと蒔いた種が芽吹き、彼女が告白をしてくれた時には本当に嬉しくて。
 僕の目を見て声を発してくれる、それだけで幸せだったのに――僕は欲が出た。
 次の日には、もう彼女を手に入れようと動き出していた。
 両親に話をつけて、周りを言いくるめ。
 彼女に逃げられないよう、上手く閉じ込めた。
 幸いにも、ペンタ草の効き目は同じ体格の者数名で効き目を測り終えていたから、彼女にも安心して使用することができた。
 とはいえ、それでも彼女は少し効き目が良すぎるようだったから。心配になって一晩中、体調確認を怠ることができなかった。
 ずっと、彼女に着せたいと思って作っていたドレスも、隣に寝ている実物に合わせて微調整してみたり。あまり記録できていなかった寝姿は、ここぞとばかりに色んな姿を残していった。
 彼女と関わってからの僕は忙しかった。
 主に幸せで。楽しくて。
 なにか僕とは違う考えで恋人となった彼女を、上手く騙して取り込んで。一刻も早く僕の婚約者モノにしたいと、奔走した。
 けれど、邪魔者が現れた。
 アスラ・セクリーという彼女のクラスメイト。僕から彼女を奪おうとした。
 あの時は、まだ彼女に恋心を抱いていなかったから、茶会の時のように彼女が寂しくならないよう少しでも関わりのある者をと、近くに置いた。けど、それが僕の最大の過ちだ。
 だから何度も遠ざけたのに、男の記憶まで奪い去ったのに、何故か彼女はこの男に寄って行った。
 それどころか、あんな屈託のない笑みまで見せて――
 僕は、そんな彼女に残るこの男の記憶を消すべきだと判断した。
 彼女には必要のないものだと。
 けれど、できなかった。
 一縷の望みを懸けて、自分にも彼女を同じように笑わせることができるんじゃないかと連れ出したあの放課後――その夜に、彼女の愛らしさに触れてしまったからだ。
 結局、同じような笑みを彼女に与えることはできなかった。けれど、その代わりに得た大切なもの。あの、愛おしい彼女を汚してしまうのならば――僕は、一度した覚悟を切り捨てた。
 僕の彼女は、綺麗で美しいもの。
 だから、その身に魔術の使用は避けてきた。
 それでも、アスラ・セクリーの脅威に心を決めたのに、やはり彼女を弄ることはできなかった。
 とはいっても、僕はジルの記録水晶で彼女とあの男のやり取りを見た。
 あそこに映っていた彼女は、僕が知らない彼女だった。
 男の言葉に顔を赤らめて、無邪気に笑い、恥ずかしげに言葉を口にする。
 僕はあの記録を、水晶が割れるほどに見返した。
 何度も何度も何度も見返して、気がついた時には涙が流れていた。
 あんなに向けて欲しかったその顔を、なんの努力もなしに近づいたあの男には容易く向けるのだと。
 僕は、彼女の未来にあの男の存在を悟ったのだ。
 そして、僕との未来は想像ができなかった。
 でも、それだけは許せなかった。
 どうしても、彼女は自分のものであって欲しかった。
 だから、それが叶わないのなら――
 僕は、全てを無くしてやり直そうと思った。
 例え、彼女と出会うことが確定していない過去だとしても。誰かに取られるくらいなら、出会わない方が良いと、そう思ったのだ。
 真偽の望眼は非常に大きな力を持っている分、制御にも莫大な力が必要とされる。
 完全に制御するならば、現代の高位魔力保持者を三名は必要とするとも言われている代物だ。
 故に、この僕の力を全て使っても、三分の一程度の力しか発揮出来ない。
 つまり、本来の望みを完全にモノには出来ないことを意味する。とはいえ、魔導具に組み込まれた術の性質上、あくまで『望みを叶える』という部分は揺るがない。
 故に考えうる状況は、戻り過ぎ。
 僕が望むのは『彼女とアスラ・セクリーが関わらない未来』だから、その為には入学より前からのやり直しができればいい。
 クラスを分けるのは必須として、アスラ・セクリーをさっさと生徒会にでも入会させて閉じ込める。成績は特待にまでは及ばなくとも、それに掛かるものは持っているから、僕の推薦でもあれば容易いだろう。
 だから精々数ヶ月、それだけを戻せれば良いのだ。
 上手くいって僅かなズレで着地できれば良いものの、使用者の記憶の有無が確定していない以上、彼女と出会う前であれば、永遠に彼女を知らずに生きて行くことになるかも知れない。
 あの白と黒の――つまらない時間しか知らぬまま生きていくことになるのかも知れない。
 極端だと思った。
 こんな不確定要素に懸けるくらいなら、現在《いま》をどうにかする方がずっと良いとも。
 けれど、どうしても、彼女が僕だけを見る未来が見えなかったから――
「……あの時、僕が池に飛び込めていたら、なにか変わっていたんだろうか」
 ふと意識を戻したイルヴィスは、もう一度空を仰ぐ。
 すっかりと日は沈み、空には満面の星が輝いていた。
「流石に往生際が悪いな……」
 吐き出すように呟いては、自嘲の笑みを浮かべた。
「もう、ここから僕に向けるのは無理なことなのに」
 言いながら、真偽の望眼を垂らして眺め。いよいよ覚悟を決めた。
 瞳を閉じる。
 瞼の裏には、僅かな時間ながらも自分に向けられたミラが浮かんでは消えて行った。
「……楽しかったな」
 呟いて、
「起動――真偽の望眼・発動――我望む偽り世・全てを無――」
 
「だったらまずは、謝罪と話し合いでしょうがぁ――!」
 
 詠唱を遮る、激しい怒声が美しい夜空に響き渡った。
しおりを挟む
感想 7

あなたにおすすめの小説

【完結】魔力がないと見下されていた私は仮面で素顔を隠した伯爵と結婚することになりました〜さらに魔力石まで作り出せなんて、冗談じゃない〜

光城 朱純
ファンタジー
魔力が強いはずの見た目に生まれた王女リーゼロッテ。 それにも拘わらず、魔力の片鱗すらみえないリーゼロッテは家族中から疎まれ、ある日辺境伯との結婚を決められる。 自分のあざを隠す為に仮面をつけて生活する辺境伯は、龍を操ることができると噂の伯爵。 隣に魔獣の出る森を持ち、雪深い辺境地での冷たい辺境伯との新婚生活は、身も心も凍えそう。 それでも国の端でひっそり生きていくから、もう放っておいて下さい。 私のことは私で何とかします。 ですから、国のことは国王が何とかすればいいのです。 魔力が使えない私に、魔力石を作り出せだなんて、そんなの無茶です。 もし作り出すことができたとしても、やすやすと渡したりしませんよ? これまで虐げられた分、ちゃんと返して下さいね。 表紙はPhoto AC様よりお借りしております。

つまらなかった乙女ゲームに転生しちゃったので、サクッと終わらすことにしました

蒼羽咲
ファンタジー
つまらなかった乙女ゲームに転生⁈ 絵に惚れ込み、一目惚れキャラのためにハードまで買ったが内容が超つまらなかった残念な乙女ゲームに転生してしまった。 絵は超好みだ。内容はご都合主義の聖女なお花畑主人公。攻略イケメンも顔は良いがちょろい対象ばかり。てこたぁ逆にめちゃくちゃ住み心地のいい場所になるのでは⁈と気づき、テンションが一気に上がる!! 聖女など面倒な事はする気はない!サクッと攻略終わらせてぐーたら生活をGETするぞ! ご都合主義ならチョロい!と、野望を胸に動き出す!! +++++ ・重複投稿・土曜配信 (たま~に水曜…不定期更新)

【完結】元お飾り聖女はなぜか腹黒宰相様に溺愛されています!?

雨宮羽那
恋愛
 元社畜聖女×笑顔の腹黒宰相のラブストーリー。 ◇◇◇◇  名も無きお飾り聖女だった私は、過労で倒れたその日、思い出した。  自分が前世、疲れきった新卒社会人・花菱桔梗(はなびし ききょう)という日本人女性だったことに。    運良く婚約者の王子から婚約破棄を告げられたので、前世の教訓を活かし私は逃げることに決めました!  なのに、宰相閣下から求婚されて!? 何故か甘やかされているんですけど、何か裏があったりしますか!? ◇◇◇◇ お気に入り登録、エールありがとうございます♡ ※ざまぁはゆっくりじわじわと進行します。 ※「小説家になろう」「エブリスタ」様にも掲載しております(アルファポリス先行)。 ※この作品はフィクションです。特定の政治思想を肯定または否定するものではありません(_ _*))

【完結】捨てられた双子のセカンドライフ

mazecco
ファンタジー
【第14回ファンタジー小説大賞 奨励賞受賞作】 王家の血を引きながらも、不吉の象徴とされる双子に生まれてしまったアーサーとモニカ。 父王から疎まれ、幼くして森に捨てられた二人だったが、身体能力が高いアーサーと魔法に適性のあるモニカは、力を合わせて厳しい環境を生き延びる。 やがて成長した二人は森を出て街で生活することを決意。 これはしあわせな第二の人生を送りたいと夢見た双子の物語。 冒険あり商売あり。 さまざまなことに挑戦しながら双子が日常生活?を楽しみます。 (話の流れは基本まったりしてますが、内容がハードな時もあります)

【完結】転生7年!ぼっち脱出して王宮ライフ満喫してたら王国の動乱に巻き込まれた少女戦記 〜愛でたいアイカは救国の姫になる

三矢さくら
ファンタジー
【完結しました】異世界からの召喚に応じて6歳児に転生したアイカは、護ってくれる結界に逆に閉じ込められた結果、山奥でサバイバル生活を始める。 こんなはずじゃなかった! 異世界の山奥で過ごすこと7年。ようやく結界が解けて、山を下りたアイカは王都ヴィアナで【天衣無縫の無頼姫】の異名をとる第3王女リティアと出会う。 珍しい物好きの王女に気に入られたアイカは、なんと侍女に取り立てられて王宮に! やっと始まった異世界生活は、美男美女ぞろいの王宮生活! 右を見ても左を見ても「愛でたい」美人に美少女! 美男子に美少年ばかり! アイカとリティア、まだまだ幼い侍女と王女が数奇な運命をたどる異世界王宮ファンタジー戦記。

【完結】目覚めたら男爵家令息の騎士に食べられていた件

三谷朱花
恋愛
レイーアが目覚めたら横にクーン男爵家の令息でもある騎士のマットが寝ていた。曰く、クーン男爵家では「初めて契った相手と結婚しなくてはいけない」らしい。 ※アルファポリスのみの公開です。

聖女を騙った少女は、二度目の生を自由に生きる

夕立悠理
恋愛
 ある日、聖女として異世界に召喚された美香。その国は、魔物と戦っているらしく、兵士たちを励まして欲しいと頼まれた。しかし、徐々に戦況もよくなってきたところで、魔法の力をもった本物の『聖女』様が現れてしまい、美香は、聖女を騙った罪で、処刑される。  しかし、ギロチンの刃が落とされた瞬間、時間が巻き戻り、美香が召喚された時に戻り、美香は二度目の生を得る。美香は今度は魔物の元へ行き、自由に生きることにすると、かつては敵だったはずの魔王に溺愛される。  しかし、なぜか、美香を見捨てたはずの護衛も執着してきて――。 ※小説家になろう様にも投稿しています ※感想をいただけると、とても嬉しいです ※著作権は放棄してません

【完結】神から貰ったスキルが強すぎなので、異世界で楽しく生活します!

桜もふ
恋愛
神の『ある行動』のせいで死んだらしい。私の人生を奪った神様に便利なスキルを貰い、転生した異世界で使えるチートの魔法が強すぎて楽しくて便利なの。でもね、ここは異世界。地球のように安全で自由な世界ではない、魔物やモンスターが襲って来る危険な世界……。 「生きたければ魔物やモンスターを倒せ!!」倒さなければ自分が死ぬ世界だからだ。 異世界で過ごす中で仲間ができ、時には可愛がられながら魔物を倒し、食料確保をし、この世界での生活を楽しく生き抜いて行こうと思います。 初めはファンタジー要素が多いが、中盤あたりから恋愛に入ります!!

処理中です...