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怪しい協力者2
しおりを挟む「『記憶を奪われた』ですか。なかなか洒落た文ですね」
え……? そう?
私にはさっぱり分からなかった。けど、ここでちょっと育ちの差が出ている気がして、適当に頷いた。
「そっ、そうですね。いやはやこれは中々……」
もはや、なにがしたいのか分からなくなってくる。しかし、ジルさんはそんな私のことを捨て置いて、淡々と続けていった。
「まず、奪われたという受身言葉から、被害者と加害者がいることが分かりますね。それから、それを手紙でミラ様に伝えるという行動を見れば、被害者側からミラ様へのSOSが読み取れるんです」
え……? そうなの?
またも同じような感想が出てしまう。
しかし、口には出さなかった。
「で、でも、脅迫って線もあるんじゃないですか? 次はお前だぞって」
なんとなく意見を言いたくて、負けじと頭を回して出したものを言ってみる。
誰が、なんのためにとかは全部すっ飛ばした言葉だ。けれど――
「それなら、はっきりとそう記すでしょう。ミラ様に送るなら尚更、ね」
ん……? なんかバカにされたような……?
しかし、そんなことすらもぼんやりとしか気が付かない私に構うことはなく、ジルさんは尚も耳障りの良い声を続けていった。
王子とはまた違った、感情の読めない笑顔を貼り付けて。
「次に、誰がというところに疑問が移りますが……。その点は、ミラ様、大変ついておりますね」
「?」
深まる笑みに警戒を強めた。
「実は、つい先ほどセクリー侯から一報が入りまして」
セクリー侯って、アスラのお父さんだよね? 頭で確認しつつ、ジルさんの言葉を待つ。
この時は、話は半分程度に聞いておこうと思っていた。
「前の学園への不正入場、魔導具の無断行使、及び次期王妃への誘拐監禁。その償いをさせたという話でした」
「なっ……!」
けど、無理だった。
やっぱり陰ながらのお咎めがあったんだ!
王子は内緒にするって言ってたけど、まぁ家に報告を入れるのくらいは十分考え得ることだし。
なまじっか自分の想像と一致してしまったことで、ジルさんの言葉は私の中で信用を獲得し、私は中に綺麗に落ちてったのだった。
と、その前に……。
「次期王妃とかやめてくださいね⁉︎ 色んな方面に誤解と軋轢を生みますから!」
第一王子派閥とか、第一王子派閥とかに!
忍び声、しかし語勢は強く訴えた。
とはいえ、ジルさんには全く響くことなくふふっと流される。
「そうなるとタイミング的には合っていますし、記憶に作用する魔導具の存在も聞いたことがあります。差出人はテルダ辺りでしょうか」
……テルダさんと親しいのかな?
良家従者の集い? ジルさんの口ぶりからちょっと気になったけど、今は置いておいて。
「でも、あの……何故私なんかにSOSを?」
魔法だって使えないどころか、冴えた頭脳すら持ち合わせてないボンクラなのに。
しかし、そんな私にジルさんは微笑んだ。
悪い女性ですね、なんて言いながら。
「セクリー卿はその御家柄もあって、周りからはひとつ距離を置かれがちだと聞きます。それ故に、本来はお優しく気さくな方なのに、あまり感情を表に出さずに冷たい印象を持たれがちだと、以前テルダが嘆いておりました。
しかし、そんな中でセクリー卿に気負いなく関わりを持った女性がいるとします。その方には、セクリー卿も本来の自身を余すことなく出すことができ、自身の立場すら危ぶまれる状況で手助けをする。
それが、何故なのかくらい、簡単なことだとは思いませんか?
そして、そんな女性を傷つけるなど、もし主人の記憶が戻った時、そうでなくても兄弟のように育ってきた従者であれば、誤解を解いておくのは当然のことではないでしょうか」
尋ねるジルさんは、口元に弧を描いた真っ直ぐな瞳で私を見つめていた。
私といえば、名前も知らない時から四六時中居居眠りをしていたアスラのことを思い出す。
そっか……。私もリネットがいない時は一人でぼんやり外を――。
結びつけば、私は食い付くようにジルさんの瞳を捉えていた。
「――と、友達だから!」
閉じておいた箱から中身が漏れ出すみたいに声を出す。
すると、何故だかジルさんの麗らかに流れる清流みたいな笑みがぴたりと固まった気がした。
「……」
「友達だからですね⁉︎」
念を押す。
「……」
「友達だから、そんなことで嫌わないで欲しいって。そういうことですよね?」
更に念を押せば、ジルさんは笑顔を改めて。それから、潔い「御名答です」なんて答えを与えてくれた。
「それなら、私、やっぱり急がなくちゃ!」
言いながら、勢いつけて立ち上がる。
ジルさんは上目遣いで見つめてきた。全く仔犬感は皆無だけど、不覚にも綺麗な顔だと思った私を張っ倒したい。
そんなわけで、本日三度目の回れ右でやっとアスラの元へと足を向けようと思ったところ、耳元にこそばゆい吐息が流れ込む。
周囲からは再び、悲鳴にも似た叫び声が飛んでくる。
だから、視線だけをそちらにゆっくりと動かして、耳を傾けた。
「この時間であれば、西階段を使用して屋上でしたらイルヴィス様のお目につかないかと」
「……なんでジルさんがそんなことを教えてくれるんですか?」
流石に怪しみ、眉を寄せる。
けれど、ジルさんは尚も軽快に、
「只今は、ミラ様にお仕えさせていただいている身ですので」
そんなことを言ってのけた。
正直、この人の言葉はあまりにも怪し過ぎる。アスラを『あの男』呼ばわりする王子にしたら、私がアスラと関わるのはジルさんにとってもマイナスだ。
だから、そうやって私を誘導するのに理由はひとつしか考え付かない。つまり――
「……罠、ですか?」
無礼を承知で尋ねてみれば。
「まさか。なんなら、イルヴィス様の足止めにだってご協力を致します」
……胡散臭い。
「ふふっ、中々信用がないようですね。でしたら、これを――」
言いながら渡してきたのは、耳飾りだった。
「イディオフィアの瞳、という高位魔導具です。どうか、こちらでご信用いただけませんか?」
「……」
魔導具を渡すのには、ひとつに誓いを立てるという意味があった。
何故なら、それは魔導具とは魔法という大きな力を持って、何百、場合によっては何千もの兵に相当する武力を預けるということになるからである。
だから、その魔導具のランクが高ければ高いほど、預ける相手にはより確度の高い忠誠を表すことになる。
例えそれが、魔導具を使ったことのないような者であったとしても、自身の武力に対する生殺与奪の権を与えるという意味で、大きな意味をなすのだ。
とどのつまり、魔導具も道具に他ならないわけなので、壊してしまえば何千の武力も一瞬で泡と消えていく。そういうことなのである。
「……もう一度聞きますが、何故そこまでして私に協力を?」
尋ねれば、ジルさんは初めて見せるような感情の乗った笑みを向けた。
「従者にも従者なりの信念というものがございます。私は、縁というものを大切に考えておりますので」
ジルさんは、私の手元をぎゅっと包み込んで耳飾りを握らせて。ぽんと優しく背中を押した。
「さぁ、急がなければ時間が無くなってしまいますよ」
私は、そんな胡散臭い手に後押しされて、それでも握りしめた魔導具を信じて足を進めていった。
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