お金目的で王子様に近づいたら、いつの間にか外堀埋められて逃げられなくなっていた……

木野ダック

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ご機嫌な王子様

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「ふんふふ――ん♪」
 久々にミラとの触れ合いを持ったイルヴィスは、自然と溢れる笑みを抑えきれずに軽快な足取りで暗がりの廊下を進んでいく。
 と、そこへ――
「……イルヴィス様」
 側近のジルに呼ばれ、歩みを止めた。
「あぁ、ジル。どう? ちゃんと?」
 問われたジルは静かに頷き、イルヴィスに水晶を差し出した。
 そこには幸せそうにチキン棒に齧り付くミラの姿が映し出されていて。目にしたイルヴィスは、さも愛おしそうに目を細める。
「あ――、この表情もいい。悪いけど念写しておいてくれる?」
「かしこまりました。大きさはまた特大で宜しいですか?」
「いや、これも可愛いんだけど、普通でいいかな。これから大切なセレモニーが控えてるからね。場所を取っておかないと」
「……かしこまりました」
 一度水晶を手元へと引っ込めて。ジルは、静かに頭を下げた。
「じゃあ、僕は湯殿の準備とかあるから」
 言い残してまたイルヴィスは軽快な足取りを進めていく。
 そんな姿を見送りながら、ジルはそっと微笑んだ。

 イルヴィスが部屋に戻ると、ミラは手足を捉われたまま仰向けになって眠っていた。
「あぁ、やっぱり寝ちゃったか。あまり効き目が良すぎても心配になるんだけどな」
 笑ってそんなことを言いながら、まるでペタンと座ったところから気が抜けて、後ろに倒れてしまったような姿で眠るミラの足枷を外していく。
「ん――、少し赤くなっちゃってる。もう少し柔らかい素材にしてあげないとダメだね。縄だと肌触りが良くないだろし、シルクだと……ふふっ。引きちぎっちゃいそうだね」
 足首の枷の端が当たって赤くなっている部分をさすりつつ、イルヴィスは先に水晶で見た食欲旺盛なミラを思い出す。
 そして、こんな豪快に肉を頬張るなら、シルク程度では太刀打ち出来ないだろうと想像してはつい笑みが溢れてしまうのだった。
 ミラの脚を自由にしたイルヴィスは、丁寧に脚を伸ばしてあげる。勿論、たくし上がってしまったドレスもしっかり下へと引っ張った。
「ん、可愛いね。……まぁ、どうせすぐ脱がすんだけど」
 自嘲気味に笑いながら、手枷を外そうと移動する。しかし、そこでイルヴィスはひとつ閃きを得る。
「あ、そうだ! 折角だし……」
 言いながら、イルヴィスはミラから少しだけ距離を取る。その顔はやたらと喜色を含んだニマニマ顔で、全身が視界に映る程までに後退し終えると、
「これくらいかな。起動――ロダンヘイムの指輪・発動――記録の低位魔法ピクトメモリー・切り取るように」
光さえなく、イルヴィスは自身の視界を瞬きと共にロダンヘイムの指輪魔導具へと記録させていった。とはいえ、ロダンヘイムはジルが持つような記録を専門とした魔導具ではない。だから、せいぜい静止画に納めるのが精一杯なのだ。
情報抽出エクスポート
 すかさずロダンヘイムを検める。
 数枚の画像をじっと本物と見比べて、
「折角なら、記念に足も付けたままのが良かったかな……」
 少し考える。けれど、すぐ切り替えて、 「まぁ、いいか。痛そうで可哀想だったし」
 そう言ってイルヴィスは、ミラの手枷を外しに戻った。
 シンとする部屋にカチャカチャと無機質な音だけが響いて、大した時間もかからずにミラの両手を自由にしたイルヴィスは、ミラを抱きかかえる。
「さ、綺麗にしようね。良くないものに触れたから、ちゃんと浄化しとかなくっちゃ」
 そうして幸せな表情のまま、大切そうに抱えたミラと共に湯殿へと足をすすめて行った。
 
 湯殿とはいっても、イルヴィスがミラに用意したのは普段自身が使用するような大湯殿ではなくて、レースの天蓋付きバスタブが部屋の奥に設置された、来客用なんかに使用するための簡易的な場所だった。
 そんな場所でイルヴィスはリネンを重ねた場所にミラを寝かせ、ゆっくりドレスへと手を掛けていく。
 つくりの複雑なドレスだというのにイルヴィスは手慣れた様子でミラを解いていき、力の抜けた身体を丁寧に動かしながらも湯着へと着せ替えを行っていった。
 愛するミラの霰もない姿を前にしているというにも関わらず、イルヴィスの表情は存外色のないもので。どこか寂しさすらをも窺えた。
「……ミラ」
 イルヴィスが呼びかけても眠るミラには届きはしない。返事など返りはしないのだ。
 だから、イルヴィスは不必要にミラを撫でた。
 ――綺麗に閉じられた瞼に
 ――ほんのり上気して赤くなった頬に
 ――自然な艶を保つ薄桃の唇に
 それから、淡紅色の湯着に召し替えたミラの首元に残ったリボンを解いていき。綿のように柔い喉へと指を滑らせていく。
「……んっ」
「! ミラ?」
 こそばゆさからか穏やかだったミラの顔が一瞬顰められる。可愛らしい口元からは僅かに艶めいた声が漏れ出した。
 そんな姿にイルヴィスは表情に光を灯らせて。
 けれど、期待に反して、ミラは安らかな表情へと戻ってしまうのだった。
 呼応するように、イルヴィスに一瞬灯った光も消えていく。元の憂い帯びた表情のままにミラの顎をとった。
 そして――
「……どうしたら君は僕を見てくれるんだろうね。こんなにも分からないことは初めてだよ」
 切なげな笑みを浮かべてから、ミラの首元へと口づけを滑らせていくのだった。
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