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初夜オムニバス1・献身の初夜
お迎え2
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「イリス、失礼する」
声を張れば、室内からはガタッと大きな物音が聞こえた。
「ラ、ラシュエル様⁉︎」
扉を開ければ、えもいわれぬ表情のイリスが立ち尽くしていた。
「何故こちらに…………」
呟いてからハッとしたように笑みを浮かべる。視線はどうやら後ろのメイアに注がれているようだ。
「あ、姉といらっしゃったのですね。ご挨拶もせずに申し訳ありません。少し、棚の端に小指をぶつけまして……。すぐに下に降りますので、お待ちいただけますでしょうか?」
目をぐしぐしと擦って笑んでいた。
それは流石に無理があるだろう……。
「迎えに来た、家へ帰ろう」
近づけば、イリスは同じ分だけ後退する。
やがて本棚にぶつかって、クルリと背を向けて丸まった。
ふるふると頭を振っている。
「……ど、どういったお話でしょう。私は、貴方様に迎えに来ていただくようなお約束はしていないはずです」
「確かに約束はしていない。けれど、夫婦だろう」
「姉のメイアとですね」
「いや、お前だ。式で誓い合ったのはイリスのはずだ」
「違います」
「共に食事をしたのはお前だろう」
「違います」
「出掛けたのもお前だろう」
「違います」
「夜更かしを共にしたのもお前だ」
「違います」
「夜間に部屋に忍ぶため、わざわざチーズを買いに行くやつなど誰がいる」
「姉です。姉のメイアです」
「名前はメイアと読んでいた。けれど、お前だろう」
イリスの肩に触れれば、ふるふると小さく震えていた。
「帰ろう。俺が愛したのはお前だ。これからもお前と過ごしたい。見せたいものも、やりたいことも沢山あるんだ」
「……できません」
「同じ気持ちではなかったか?」
イリスは首を大きく振る。
「では何故?」
問えば更にイリスは項垂れた。
「縁談が来ています。それに、婚姻はしっかりお姉様の名で結んでおります」
イリスの涙声にメイアは隣にしゃがみ込む。
「イリス、顔を上げなさい」
「……お姉様」
「その話は嘘です。私の恋人に名を借りました。私とラシュエル様との婚姻は取り消します。私は私で他の方との縁談を進めているの」
「……他の方? 取消? でもお姉様、初夜は……? 私はもう代わることはできません」
「それも嘘です。イリスは私のことをよく分かっていないわ。私はそんなヘマはしないわよ」
「ヘマ……」
「そう安く自分を売らないわ」
メイアはイリスの頭を撫でた。
「……ではどうして私を?」
「ごめんなさいね、嘘をついて。貴女に合う人を探していたの。見た目だけに騙されない、誠実な人間を探していたのよ。見つけたはいいけれど、どうも貴女は自分に自信がないでしょう? このままでは上手くいかないと思ってね。イリスは私を随分慕ってくれていたから、利用をしたの」
「利用……」
「ごめんなさい」
メイアはイリスの頭から手を離した。
「私のお願いなら、貴女が一生懸命、ラシュエル様に向き合うだろうと思ったのよ」
言い終えて立ち上がる。
「私は貴女が思っているより、ずる賢いのよ。これからはもっと沢山喧嘩をしましょうね。今回は貴女の負け」
笑って背を向ける。
「お姉様……」
「なぁに?」
「…………ありがとうございます」
「御礼なんて馬鹿ね」
イリスはふっと立ち上がる。真っ赤な顔をメイアに向けていた。
「では、これから約束があるから。どうぞお幸せにね。お父様達には上手く話しておいてあげる」
言い残してメイアは足を進めていった。
イリスは唇をキツく結んでから、口を大きく開けた。
「お姉様! ありがとう!」
それには答えずに、メイアは静かに立ち去った。
「イリス、帰ろう」
手を差し出せば、イリスはおずおずと手を取った。
「ラシュエル様、私……」
「彼女から話は聞いた。初夜の為に奔走していたらしいな」
言えばイリスは「ごめんなさい……」と。
そんな彼女を抱き寄せた。
「一日で終わらなくて良かった。お前と過ごす時間があって本当に……」
「ラシュエル様」
イリスの腕が背中に回って掴まれる。
「私……、奥手で良かったです。でも」
イリスが顔を上げ、潤んだ瞳がこちらを向く。困ったように眉を寄せていた。
「これからは中々そうもいかなそうです。そんな私でも宜しいでしょうか?」
静かなイリスの言葉が耳に響く。
この声をずっと大切にしようと抱き締めた。
「望むところだ」
声を張れば、室内からはガタッと大きな物音が聞こえた。
「ラ、ラシュエル様⁉︎」
扉を開ければ、えもいわれぬ表情のイリスが立ち尽くしていた。
「何故こちらに…………」
呟いてからハッとしたように笑みを浮かべる。視線はどうやら後ろのメイアに注がれているようだ。
「あ、姉といらっしゃったのですね。ご挨拶もせずに申し訳ありません。少し、棚の端に小指をぶつけまして……。すぐに下に降りますので、お待ちいただけますでしょうか?」
目をぐしぐしと擦って笑んでいた。
それは流石に無理があるだろう……。
「迎えに来た、家へ帰ろう」
近づけば、イリスは同じ分だけ後退する。
やがて本棚にぶつかって、クルリと背を向けて丸まった。
ふるふると頭を振っている。
「……ど、どういったお話でしょう。私は、貴方様に迎えに来ていただくようなお約束はしていないはずです」
「確かに約束はしていない。けれど、夫婦だろう」
「姉のメイアとですね」
「いや、お前だ。式で誓い合ったのはイリスのはずだ」
「違います」
「共に食事をしたのはお前だろう」
「違います」
「出掛けたのもお前だろう」
「違います」
「夜更かしを共にしたのもお前だ」
「違います」
「夜間に部屋に忍ぶため、わざわざチーズを買いに行くやつなど誰がいる」
「姉です。姉のメイアです」
「名前はメイアと読んでいた。けれど、お前だろう」
イリスの肩に触れれば、ふるふると小さく震えていた。
「帰ろう。俺が愛したのはお前だ。これからもお前と過ごしたい。見せたいものも、やりたいことも沢山あるんだ」
「……できません」
「同じ気持ちではなかったか?」
イリスは首を大きく振る。
「では何故?」
問えば更にイリスは項垂れた。
「縁談が来ています。それに、婚姻はしっかりお姉様の名で結んでおります」
イリスの涙声にメイアは隣にしゃがみ込む。
「イリス、顔を上げなさい」
「……お姉様」
「その話は嘘です。私の恋人に名を借りました。私とラシュエル様との婚姻は取り消します。私は私で他の方との縁談を進めているの」
「……他の方? 取消? でもお姉様、初夜は……? 私はもう代わることはできません」
「それも嘘です。イリスは私のことをよく分かっていないわ。私はそんなヘマはしないわよ」
「ヘマ……」
「そう安く自分を売らないわ」
メイアはイリスの頭を撫でた。
「……ではどうして私を?」
「ごめんなさいね、嘘をついて。貴女に合う人を探していたの。見た目だけに騙されない、誠実な人間を探していたのよ。見つけたはいいけれど、どうも貴女は自分に自信がないでしょう? このままでは上手くいかないと思ってね。イリスは私を随分慕ってくれていたから、利用をしたの」
「利用……」
「ごめんなさい」
メイアはイリスの頭から手を離した。
「私のお願いなら、貴女が一生懸命、ラシュエル様に向き合うだろうと思ったのよ」
言い終えて立ち上がる。
「私は貴女が思っているより、ずる賢いのよ。これからはもっと沢山喧嘩をしましょうね。今回は貴女の負け」
笑って背を向ける。
「お姉様……」
「なぁに?」
「…………ありがとうございます」
「御礼なんて馬鹿ね」
イリスはふっと立ち上がる。真っ赤な顔をメイアに向けていた。
「では、これから約束があるから。どうぞお幸せにね。お父様達には上手く話しておいてあげる」
言い残してメイアは足を進めていった。
イリスは唇をキツく結んでから、口を大きく開けた。
「お姉様! ありがとう!」
それには答えずに、メイアは静かに立ち去った。
「イリス、帰ろう」
手を差し出せば、イリスはおずおずと手を取った。
「ラシュエル様、私……」
「彼女から話は聞いた。初夜の為に奔走していたらしいな」
言えばイリスは「ごめんなさい……」と。
そんな彼女を抱き寄せた。
「一日で終わらなくて良かった。お前と過ごす時間があって本当に……」
「ラシュエル様」
イリスの腕が背中に回って掴まれる。
「私……、奥手で良かったです。でも」
イリスが顔を上げ、潤んだ瞳がこちらを向く。困ったように眉を寄せていた。
「これからは中々そうもいかなそうです。そんな私でも宜しいでしょうか?」
静かなイリスの言葉が耳に響く。
この声をずっと大切にしようと抱き締めた。
「望むところだ」
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