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初夜オムニバス1・献身の初夜

旦那様に避けられます

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 結果、なにも起こらなかった。
 結婚式を終えた晩、ハントレイ侯爵家の敷居を跨ぎ、部屋に案内された。
 食事を一人で摂り、身を緊張で焦がしながら待った夜。
『申し訳ございません。旦那様はお仕事が立て込んでいらっしゃるようでして』
 そう側近さんから伝えられた。
 なるほど仕事か、仕方ない。ならば明日だ!
 そうして、猥本を抱きながら一人で過ごした結婚初夜だった。

 しかし、翌日もラシュエル様はお忙しい様だった。そして、翌翌日もその次も。
 仕方ないと待っているうちに、二週間の時が経つ。
 あれ……? このままじゃ、私、帰れない?
 流石に焦りを得た私は、慌てて筆を執った。
 
『拝啓お姉様
 ラシュエル様が同衾してくださいません。
 それどころかお顔も合わせぬ状況。魅力不足の恐れあり。至急指南願います』

 返事はすぐに来た。お姉様の流麗な文字で淡々と。

『イリス、敵を観察なさい。まずはよく知ることです』

 なるほど! 流石お姉様!

 そんなわけで、早速聞き込みを開始した。
 勿論、お忙しいラシュエル様のお手を煩わせないように。
 庭師、調理師、世話係、側近さん、メイドさん等々。
 問えば結構な情報が集まった。
 好きな食べ物――キュウリ
 好きな色――濃紺
 好きな服装――シンプルなもの
 好みの女性――不明
 好きな女性の髪型――不明
 趣味――読書
 好きな花――スズラン

 書き留めた紙を自室でウンウン眺めていると、ラシュエル様の側近さんがやって来た。

「メイア様、本日のご夕食、旦那様も同席をされるとのことです」
「本当ですか!」
「はい。八時に食堂にて、遅れぬようにと」
「かしこまりました!」
 側近さんは何故だか苦々しい笑みで部屋を後にする。
 私といえば、思わず飛び跳ねた。
 お姉様! イリスやりました! 今晩が決戦です!

 そうして迎えた、二度目のご対面。
 相変わらずお美しくいらっしゃる。
 重く、厳粛な空間でありながら、ラシュエル様のお姿からは後光すら感じられてしまう。
 見つめるなんてとんでもない、後光だけ感じて静かに食事を摂ろう。
 そう決めてお肉を口へ運んだところ、ラシュエル様の素敵な声が室内に落とされた。

「やたらと俺のことを嗅ぎ回っているらしいな」
「……」
 お肉を噛み砕く口が固まった。
「他人にコソコソと探られるのは不愉快だ。知りたいことがあるのなら、直接尋ねろ」
 ゴクリと飲み込んだ。結果咽せて、葡萄ジュースを流し込む。
 向いた先には、至極怪訝なご尊顔がこちらを向いていた。
「も、申し訳ありません……」
 謝ればため息を吐かれた。
「それで、何を探っていた」
「えっと……」
 ラシュエル様の碧い瞳が眇められる。そんなお顔が美しく、私は思わず俯いた。
「ラ、ラシュエル様の好みを……」
「……は?」
「せっ、折角ならば、ラシュエル様にも心地よく過ごしていただきたいなと思いまして」
「……」
 無言の圧に、俯きながらも目を瞑る。ついでに拳もギュッと握りしめた。
 こんなに男性と会話が続くのは、人生初のことだった。
「とはいえ、ラシュエル様はお忙しいと聞いておりましたのでお時間をいただくのは申し訳ないと。それで、聞き込み調査に回っておりました」
 早口で捲し立てるように言い切れば、ややあって、ラシュエル様のお声が頭上から聞こえた。
「……なるほど」
「ご不快にさせていたとは気が及ばず申し訳ありませんでした」
「……」
「そ、それで、宜しければお時間のある時、こうしてお食事に、同席させていただいてもよろしいでしょうか?」
 図々し過ぎたかと焦りが湧く。
 けれど、勇気を出さねば、役目は果たせない。
 ドキドキと息を詰まらせ待った答えは、静かに落とされて――
「好きにしろ」
 嬉しさのあまりに、喜色満面の顔を持ち上げた。けれど、呆れたようなラシュエル様の顔があまりに美しくて、一瞬硬直のち、また俯いた。

 この後、私はラシュエル様の女性の好みと髪型を聞き出した。
 面倒臭くない女、シンプルなロングヘアがお好みとのこと。
 お姉様、やりました! 私、一応、ロングヘアです!

『拝啓お姉様
 ラシュエル様に食事への同席を許していただけました。
 話せば答えてくださる親切な方でした。
 好みも把握し、順調です。引き続き、調査に励みます』
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