才能は流星魔法

神無月 紅

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異世界へ

0046話

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 馬車で進むこと、数時間。
 そろそろ午後から夕方に変わるといった時間帯になり、ようやく目的の山が見えてくる。
 そこで一度休憩ということになって、イオは視線の先にある山を見て大きく伸びをする。

「んんー……目的地はあの山か。それにしても、随分と遠いんだな」
「そうですか? 僕にしてみれば、そんなに遠いようには思えないんですけど」

 イオの隣でレックスがそう言う。
 馬車での移動には慣れているのか、イオとは違って特に疲れている様子はない。

「レックスにしてみれば楽かもしれないけど、俺はそうでもないんだよな。……それにしても、ここまで来て言うのも何だけど、今回の盗賊討伐って泊まりがけだったんだな。てっきり日帰りだと思ってた」
「そうなりますね。盗賊にとってもドレミナのすぐ近くにアジトを構えれば、すぐにでも傭兵や冒険者たちによって殲滅させられてしまいますから」
「言われてみればそうだな。それに餓狼の牙はかなり用意周到な連中だって話を聞いてるし。そんなに用心深い連中が街のすぐ側にアジトを用意する訳はないか」
「そうですね。ただ、短期間だけその地域で暴れて、ある程度稼いだらすぐにその場を離れるといったような盗賊団もいるらしいですけど。以前黒き蛇に所属しているとき、そういう相手の討伐依頼を受けたことがあります」

 そう言いながら、どこか遠くを見るレックス。
 恐らく何かあったのだろうと思うイオだったが、それには取りあえず触れないでおく。

「とにかく、餓狼の牙はもうこっちの存在を認識してると思ってもいいのか?」
「どうでしょう? 餓狼の牙がアジトにしている山までは、まだ結構な距離があります。……ただ、餓狼の牙はかなり悪知恵の働く相手らしいですから、その可能性はないとは言えませんね」
「ここでさっさと襲ってきてくれれば、今日中にドレミナに戻れるから楽なんだけど」
「でも……今からドレミナに戻っても、間違いなく閉門時間はすぎますから、結局は街の外で野営をすることになりますよ?」

 レックスのその言葉に、イオは嫌そうな表情を浮かべる。
 山の中で暮らしていたときは、嫌でも野営をしなければならなかった。
 いや、木の上で蔦を使って身体を木を結んで寝るといったようなことを、野営と呼んでもいいのかどうかは微妙なところだったが。
 そして昨夜は最高級の宿のベッドで眠っただけに、ここで野営をするというのはあまり気が進まない。

「テントもしっかり持ってきてますし、食料も十分なので、そういう意味では野営をしても悪くないと思うんですけどね」
「……そうだな」

 レックスは黒き蛇で野営慣れをしているためか、特に野営については気にした様子がない。
 そんなレックスを羨ましいと思いつつも、せめてテントがある分だけマシだと自分に言い聞かせる。

「全く、気楽な奴はいいよな。羨ましいぜ」

 ふとそんな声が聞こえ、イオは自分のことを言ってるのか? と声の聞こえてきた方に視線を向けると、そこにはドラインの仲間の一人の姿があった。
 ただし、その視線はイオには向けられておらず、その上で通りすがりにそのようなことを言ったように見える。

(今のって、俺に向かって言ったのか? いや、多分そうなんだろうけど……それでもルダイナさんに見られた場合は、俺に言ったように見えないようにしてるってのは姑息だ)

 盗賊の討伐を行うこの部隊を率いるルダイナだけに、そんなルダイナに目を付けられるような真似はしたくない。
 だが、イオの存在は面白くない。
 そんなところだろう。
 実際には、もしルダイナによって見つかって言い逃れをしても、間違いなくルダイナからの好感度や信頼度といったものが落ちるのだろうが。

(いくらなんでも、その辺を分からないってことはないよな? だとすれば、もっと別の……何らかの理由でそんな真似をしていると、そう思った方がいい)

 イオは自分にそう言い聞かせると、取りあえず今の一件は気にしないことにしてレックスとの会話を続ける。

「それで、レックスは防御専門だってことだったけど、装備とかはどうなったんだ?」
「え? ……あ、そうですね。やっぱり鎧と盾を装備してます」

 ドラインの仲間の一人の、これ見よがしな言葉をイオは無視した。
 そのことにレックスは少し驚いたものの、安堵する。
 ここでまたイオがドラインの仲間と言い争いになった場合、絶対に面倒なことになると理解していたからだ。

「その防具で俺を守ってくれると嬉しいんだけどな」
「その辺は僕にも分かりませんよ。ただ、ルダイナさんの指示があれば喜んでそうさせて貰います。とはいえ、僕はまだそこまで実戦慣れしている訳ではないので、上手く守れるかどうかは分かりませんけど」
「だろうな。ただ、防御を任せるのなら信頼出来る奴の方がいいし」

 イオはレックスを信頼しているのは事実だ。
 今の状況を思えば一番親しいのはレックスであるのが、レックスを信じている一番大きな理由なのだが。
 イオの言葉が嬉しかったのか、レックスが何かを言おうとすると……

「そろそろ出発するから、それぞれ自分の馬車に戻れ! もう少し進んだところに野営に向いた場所があるらしい。今日はそこで野営をし、明日餓狼の牙に攻撃を仕掛ける!」

 ルダイナの声が周囲に響き、イオとレックスも遅れてはならないと馬車に向かう。

「もう少し行けば野営にちょうどいい場所があるのなら、ここで休憩しないで、最初からそっちに向かえばよかったんじゃないか?」
「ルダイナさんにも色々と考えがあるんだと思いますよ。それに……餓狼の牙がこの一団を警戒していた場合、それに対処する準備はしておいた方がいいでしょうし」
「つまり、これが対応するのに必要な準備だった訳か?」
「恐らくは。僕には具体的に何がどうなのかといったことは分かりませんけど」

 その言葉に、イオはそういうものかと納得する。
 この世界に詳しく、傭兵についても詳しければ、ルダイナが何を考えているのか多少なりとも予想は出来るのかもしれない。
 だが、今のイオにそのような予想が出来るはずもなく……そのまま大人しく馬車に乗り込む。

「準備はいいか?」
「あ、うん。俺が持ってるのは杖だけだし、それがあれば問題はないから」

 馬車の中にいた傭兵の一人がそう言ってくるが、イオはそれに対して問題はないと告げる。
 実際、イオが持ってるのは本人が口にしたように杖だけだ。
 それ以外の野営道具といったものは馬車に積まれているので、特に気にする必要はない。

(とはいえ、俺が持ってる杖は一度魔法を使えば壊れてしまうしな。……ゴブリンの諸々の金が入ったら、本格的に杖を買う必要があるな。問題なのは、その杖の目利きとかが出来ないことだけど)

 杖を入手するには、やはり杖について深く知ってる人物のアドバイスが欲しい。
 そのような目利きが出来る人物……と考えていたイオは、ふと自分の着ているローブを見る。
 そのローブは、黎明の覇者が所有している予備のローブだ。
 そうである以上、黎明の覇者の中には当然のように魔法使いがいるはずであり……

「なぁ、ちょっといいか?」

 イオは馬車の中にいる傭兵たちにそう声をかける。
 そんなイオの声に、馬車の中にいた傭兵たちの視線が一斉に向けられた。

「どうした?」

 そして皆を代表するように、男……イオに対して別に丁寧な言葉遣いではなくてもいいと言った男が尋ねる。

「黎明の覇者の中には、当然魔法使いもいるんだよな?」
「ああ、当然だろ。魔法ってのは戦いのときに大きな力になるからな」
「だろうな」

 それについては、イオも異論はない。
 何しろイオの使ったメテオでゴブリンの軍勢は消滅してしまったのだから。
 もちろん、ソフィアたちの反応から流星魔法が普通の魔法と比べても圧倒的な強さを持つというのは理解出来る。
 そういう意味では、イオの使える流星魔法は普通の……一般的な魔法使いが使う魔法よりも、明らかに格上なのだろう。
 だが、流星魔法ほどではないにしろ、普通の魔法であっても戦いの中で大きな意味を持つのは間違いない。

「あー、まぁ、イオは魔法使い……いや、見習いだったか? とにかく魔法について俺よりも詳しいんだから、その辺は俺が言わなくても分かるか」

 男がそう言うも、実際にはイオはまだこの世界の情報については疎い。
 魔法使いとなれる者はかなり少ないという話は知っているものの、その程度でしかないのだ。

「いや、俺は魔法使い見習いだけど、本当に見習いだからな。……まぁ、それはともかく。黎明の覇者にはどんな魔法使いの人がいるんだ?」
「え? そうだな。魔法使い……本当の意味での魔法使いなら、五人だな」
「本当の意味?」

 何故わざわざ本当の意味といったように付け加えたのかが分からず、そうイオは尋ねる。
 するとそんなイオに教えてくれたのは、女の傭兵だった。

「傭兵の中には簡単な魔法を使えるような人もいるのよ。けど、この場合本当の意味での魔法使いというのは、魔法を専門にしてる人たちね」

 その言葉は、イオにとっても驚きだった。
 魔法使いではないにしろ、普通の傭兵の中でも簡単な魔法を使える者たちがいるというのだから当然だろう。
 イオが知ってる限り、簡単なものではあっても魔法を使えるような者は数が限られている。
 ましてや、今の説明からすると火を点ける魔法であったり、飲み水を生み出す魔法といったような魔法ではなく、きちんと傭兵が戦場で使えるような魔法であるのは間違いない。

「一応聞くけど、簡単な魔法を使える傭兵ってのは、そんなに多くはないんだよな?」
「そうね。便宜上魔法戦士と呼ばれることも多いけど、かなり数は少ないわ。簡単であってもそれなりに効果的な魔法が使えて、それでいて前線で戦えるだけの実力を持っているのだから」
「やっぱり黎明の覇者って凄いって思います」

 イオの隣で話を聞いていたレックスが、しみじみとした口調でそう告げる。
 レックスが以前所属していた黒き蛇にはそれなりに多くの傭兵がいたものの、魔法使いは一人しかいなかった。
 それも黎明の覇者に所属する魔法使いと比較すれば、明らかに技量は下だろう。
 それを考え、黎明の覇者の凄さに思いを馳せるのだった。
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