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71話
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「……え?」
白夜は、自分が見ている光景を理解出来なかった。
いや、理解出来ない訳ではない。
何が起きているのかというのは分かっていたし、降り注ぐ光の槍も白夜は見たことがあった。
だが、何故それがこの場で見られるのかといった疑問を強く抱き……半ば反射的に視線を光の槍の飛んできた方に向ける。
そうして見えた視線の先にあったのは、空を飛ぶヘリコプター。
当然のようにそれは科学技術で生み出されたヘリコプターではなく、魔法科学とでも呼ぶべき物の成果だ。
非常に高価な代物なのは間違いないが、光の槍を放つ能力を持つ人物の家、光皇院家の財力があればそれも可能なのだろう。
「おいおい、一体何がどうなってこうなったんだ?」
そう呟いたのは、白夜……ではなく、トワイライトのメンバーの一人だ。
「多分、ゾディアックの麗華先輩がやって来たんだと思うんですけど……」
「マジか」
トワイライトのメンバーも……いや、トワイライトのメンバーだからこそと言うべきか、当然のようにゾディアックについては知っていた。
その実力は、それこそ下手なトワイライトの隊員を上回るものがある、と。
中にはそんな戯れ言、といった感じで信じていない者もいたのだが、今のこの光景を見れば、嫌でも信じざるを得ない。
だが、実際に目の前で広がっている光景を見れば、それを否定出来る存在などいない。
現実に、次々と……それこそ途切れることなく放たれ続けている光の槍は、全く途切れることもないままに軍隊蟻を貫き続けているのだ。
何よりも凄いと白夜が……いや、見ている者が感じるのは、軍隊蟻一匹に対して、必ず一本の光の槍で片付けているといったことか。
一匹の軍隊蟻に二本の光の槍が突き刺さったり、もしくは隣の軍隊蟻が光の槍に貫かれたのに、隣の軍隊蟻は光の槍が突き刺さらなかった……ということがないのだ。
そして、さらに続いて起きたのは上空から飛んできた何かが、白夜たちの前に落ちた……否、着地したことだ。
同時に、着地した人物が大きく息を吸い……こんなときではあるが、白夜はその人物の美貌に目を奪われ、同時にトワイライトの中でもある程度芸能界に詳しい人物は息を呑む。
ふふっ、と。その人物は息を吸いなが少しだけ白夜の方を向き、驚いた? といった悪戯っぽい笑みを浮かべ……次の瞬間、その人物の口からは音波砲とでも呼ぶべき攻撃が放たれた。
その音に晒された軍隊蟻は、直接見える何かに攻撃を受けた訳ではないのに、甲殻にヒビが入り、破壊されていく。
「マジか」
再び、トワイライトの一人が呟く。
だが、ここまで圧倒的な光景を見せられれば、そのように思ってしまうのも当然だろう。
光の槍が無数に降って大量の軍隊蟻を倒し、続いて音によって再び大量の軍隊蟻が死んだのだから。
……とはいえ、二度目の驚きの声はその結果を見てのだけというものではなく、その音を放った人物が誰なのかということに対するものもあったのだが。
南風五十鈴。芸名、鈴風ラナ。
芸能界の中でもトップアイドル――正確にはグラビアモデルだが――として、非常に有名な人物だったのだから。
そんな五十鈴の隣に、こちらもまた上空のヘリから飛び降りた麗華が着地する。
ヘリはかなりの高度にあったはずだが、五十鈴と同様に何らかの能力を使ったのだろう。
全く危なげなく、麗華は地面に着地した。
「ふふっ、随分と手こずってるみたいですわね。……様子を見に来て良かったですわ」
太陽の光を反射して煌めく黄金の髪を掻き上げながらそう告げる麗華は、非常に目を惹く……それこそある意味では暴虐的とも呼べる程の美しさを持っていた。
白夜の気のせいか、軍隊蟻までもが多少なりともその動きを緩めたように思えた。
実際には麗華や五十鈴の美貌が影響を与えたのではなく、その力で大量の軍隊蟻が殺されたことが影響を与えたのだろうが。
「えーっと、助けに来てくれたということでいいんだよな?」
最初に口を開いたのは、早乙女。
この辺りは場慣れしているから……というよりも、自分がこの部隊を率いているからという責任感からだろう。
そんな早乙女の言葉に、麗華は笑みを浮かべて頷く。
「そうですわ。少し妙な情報が入りましたの。……まぁ、結果としておまけも一緒にきてしまいましたが」
「ちょっと、そのおまけって私のことじゃないわよね?」
麗華の言葉に、五十鈴が不満そうに尋ねる。
だが、尋ねられた麗華の方は、そんな五十鈴に向けてわざとらしく気を傾げる。
「あら、別に貴方のことだとは言ってませんわよ? もしかして、そのような自覚があるからこそ、そう思うのではないんですの?」
「……へぇ、そういうことを言うんだ。白夜が危ないって知って、取るものも取りあえず、無理にヘリを用意させてここまで来た癖に」
「ちょっ! いきなり何を出鱈目を言ってますの!?」
五十鈴の言葉に慌てたようにそう言葉を返す麗華は、先程までの戦女神のごとき様子はすでになく、薄らと頬を染めている光景を見れば、誰もが五十鈴の言ってることが事実であると理解出来た。
それこそ、話題に出ていた白夜本人ですら。
とはいえ、その白夜は麗華にどのような態度を取ればいいのか、迷ってしまう。
もし麗華が普通の……光皇院家の令嬢でなければ、これほどの美人に好意を――それが男女か友人か、もしくは先輩後輩なのかは別として――抱かれたというのであれば、即座に口説き落とそうとしただろう。
麗華はそれほどの美貌を持ち、身体も年齢不相応なまでに発達し、既に少女ではなく成熟した女と評するに相応しいほどなのだから。
だが、もし今の麗華を口説こうとすれば、色々な意味で不味い。
何より、白夜がファンの五十鈴の前だというのも、大きく影響している。
(どうすればいいんだ? やっぱりここはデートの約束でも……いや、けど……)
そうして悩んでいた白夜だったが、五十鈴が不意に白夜の名前を呼ぶ。
「白夜」
「……え?」
「あのねぇ、あまりぼうっとしてないでよ。せっかく軍隊蟻の死体が大量委にあるんだから、今こそ白夜の持つ闇の能力を発揮するときでしょ。残りの軍隊蟻が来るより前に、とっとと吸収しなさいよ」
そう言われ、白夜は慌てて闇を広げて軍隊蟻の死体を吸収していく。
五十鈴が言う通り、今の状況こそ白夜の能力が本領を発揮出来るときなのだと思い出しながら。
……そして、不思議と消耗した力が回復しているのも。
それは、五十鈴が音の能力を使って多少なりとも白夜を回復させた効果だったのだが、使われた本人に全く気が付いた様子はない。
寧ろ、先程まで白夜の様子が疲労困憊だったのを見ていた早乙女やトワイライトの面々の方が、白夜の顔から疲れが抜けているのを見て、驚く。
「みゃー?」
驚いたのは、ノーラも同様だったが。
ともあれ、急いで軍隊蟻の死体を闇に収納していく白夜。
麗華と五十鈴の攻撃によって大勢が殺されたにもかかわらず、まだ軍隊蟻は大勢残っている。
そんな生き残り――と表現するには数が多すぎるが――の軍隊蟻と、そして見るからに巨大な女王蟻はいつの間にか進撃を再開していた。
当然のように、早乙女を始めとした他の者たちも、自分たちに向かってくる軍隊蟻を待ち受ける。
それでも、そこには先程までのような絶望の表情は存在しない。
何故なら、今の自分たちの状況は決して絶望的という訳ではないのだから。
戦力の要と鳴る白夜が能力を再度使えるようになり、その上に麗華や五十鈴といった有力な戦力も揃っている。
「麗華、だったな。この戦いの指揮はこちらが執らせて貰っても構わないか?」
トワイライトでも部隊を預けられている早乙女と、ネクストのゾディアックの一人、麗華。
そのどちらの立場が上かと言われれば、恐らく早乙女だろう。
だが、それはあくまでもも麗華がゾディアックのメンバーでしかなければ、の話だ。
実際には、麗華の家は光皇院家という巨大グループの一族で、麗華はその後継者と目されいてる人物だった。
そこも立場の違いに加えると、圧倒的に麗華の方が上になる。
しかし……早乙女の言葉に、麗華はあっさりと頷きを返す。
「ええ、それで構いませんわ。それに、今の私はゾディアックの任務でも、光皇院家の仕事でもなく、純粋に個人としてここにいるんですもの。そうであれば、早乙女さんでしたか。正式にこの部隊を率いている貴方が指揮を執る方が正しいですわ」
「……助かる」
まさか早乙女も、こうして即座に頷かれるとは思ってもいなかったのだろう。
数秒沈黙した後で、短く礼を言う。
そのようなやり取りをしている間も、女王蟻を含めた軍隊蟻の群れは進み続け、やがて白夜たちの攻撃範囲までもう少しというところまで進む。
幸運だったのは、軍隊蟻は遠距離攻撃の手段を持っていなかったことか。
「では、まずは数を減らす! 全員攻撃を……何っ! がっ!」
攻撃を開始しろ。
そう命令しようとした早乙女だったが、その一瞬を待っていたかのように、近くに生えていた木々の中から石の矢が放たれた。
普通であれば、絶対に回避出来ないだろう速度とタイミング。
だが、そのような状況であっても咄嗟に身体を捻り、致命傷を避けたの早乙女がそれだけの腕利きだったということを意味するのだろう。
「っ!?」
その短い叫びと同時に、麗華は石の矢が放たれた林に向かって光の槍を次々に放つ。
本来なら軍隊蟻の群れを攻撃する予定だった麗華の能力は、林の中にいる存在に向けて放たれる。
当然それを迎撃するように、林の中からは次々に石や風、水、火といった攻撃が飛んでくるのだが、麗華の放った光の槍はその全てを粉砕しながら、それでもなお消えることはないままに林に突き立った。
麗華の能力を知っている者にしてみれば、今の一撃は間違いなく致命傷と呼ぶに相応しい一撃を相手に与えたと、そう思い……だが次の瞬間、光の槍のお返しだと言わんばかりに、再び林の中からは様々な能力を使った攻撃が放たれる。
「させないわよ!」
林からの攻撃に、五十鈴が前に出て口を開く。
放たれたその声は、白夜たちには聞こえなかったものの、林の中から飛んできた能力の大半を消し飛ばすことに成功する。
そんな二人の行動に、他のトワイライトの者達も素早く動く。
ある者は、怪我をした早乙女の治療に、またある者は攻撃してきた林に向かって能力を使った攻撃を。
そうした中で、白夜は闇を使って軍隊蟻の死体を呑み込むという作業を終わり、その本領を発揮する。
「取りあえず、軍隊蟻の方には俺の方で対処するので、林の方を頼みます!」
誰にという訳ではなく、その場にいる全員に頼んだ白夜は、五十鈴によって再び使えるようになった能力を使い、闇のゴブリンと闇の軍隊蟻を生み出す。
切羽詰まっている今では、厨二病的な台詞を口にするのに恥ずかしがっているような余裕はない。
次々に生み出される闇のモンスターたちは、白夜の意思に従って近づいてくる軍隊蟻に向かって突き進んでいく。
能力的には全くの互角……いや、闇のモンスターはゴブリンだろうが軍隊蟻だろうが、恐怖は感じない。
だからこそ、次々と敵に向かって突っ込んでいく。
そうして始まるのは、壮絶な潰し合い。
ただし、闇のモンスターの方は潰されてもすぐに地面に広がっている闇に呑み込まれ、再び闇のモンスターとして蘇るのだが。
軍隊蟻の方は、一匹でも殺されれば、それが闇に呑まれて敵の……白夜の手駒となってしまう。
明らかに白夜の方が有利なのだが、軍隊蟻は一切躊躇することなく進み続ける。
それこそ、女王蟻までも含めて。
軍隊蟻との戦線を支えつつ、白夜は若干顔色を悪くしつつも視線を林の方に向ける。
そこで行われていたのは、すでに遠距離からの攻撃ではなく、純粋に間近に迫った相手との戦い。
早乙女とその治療をしている者以外のトワイライトの面々と麗華、五十鈴の二人が、仮面を被っている能力者たちとの戦いを始めている。
(結構多いな)
それが、仮面の能力者を見て白夜が感じた感想だった。
どのような手段を使って軍隊蟻を……それも普段は巣にいる女王蟻までをも引っ張り出したのかは白夜にも分からなかったが、まさかこれだけの人数がいるとは思ってもいなかった
(緑の街と青の街に道を通すのに反対の連中が雇ったとか? それにしては、随分と腕利きの能力者が揃ってるし……一体、誰が何を考えてこんな襲撃をしてきたんだ?)
そんな疑問を抱きつつ、白夜は必死に闇のモンスターを生み出し続けるのだった。
白夜は、自分が見ている光景を理解出来なかった。
いや、理解出来ない訳ではない。
何が起きているのかというのは分かっていたし、降り注ぐ光の槍も白夜は見たことがあった。
だが、何故それがこの場で見られるのかといった疑問を強く抱き……半ば反射的に視線を光の槍の飛んできた方に向ける。
そうして見えた視線の先にあったのは、空を飛ぶヘリコプター。
当然のようにそれは科学技術で生み出されたヘリコプターではなく、魔法科学とでも呼ぶべき物の成果だ。
非常に高価な代物なのは間違いないが、光の槍を放つ能力を持つ人物の家、光皇院家の財力があればそれも可能なのだろう。
「おいおい、一体何がどうなってこうなったんだ?」
そう呟いたのは、白夜……ではなく、トワイライトのメンバーの一人だ。
「多分、ゾディアックの麗華先輩がやって来たんだと思うんですけど……」
「マジか」
トワイライトのメンバーも……いや、トワイライトのメンバーだからこそと言うべきか、当然のようにゾディアックについては知っていた。
その実力は、それこそ下手なトワイライトの隊員を上回るものがある、と。
中にはそんな戯れ言、といった感じで信じていない者もいたのだが、今のこの光景を見れば、嫌でも信じざるを得ない。
だが、実際に目の前で広がっている光景を見れば、それを否定出来る存在などいない。
現実に、次々と……それこそ途切れることなく放たれ続けている光の槍は、全く途切れることもないままに軍隊蟻を貫き続けているのだ。
何よりも凄いと白夜が……いや、見ている者が感じるのは、軍隊蟻一匹に対して、必ず一本の光の槍で片付けているといったことか。
一匹の軍隊蟻に二本の光の槍が突き刺さったり、もしくは隣の軍隊蟻が光の槍に貫かれたのに、隣の軍隊蟻は光の槍が突き刺さらなかった……ということがないのだ。
そして、さらに続いて起きたのは上空から飛んできた何かが、白夜たちの前に落ちた……否、着地したことだ。
同時に、着地した人物が大きく息を吸い……こんなときではあるが、白夜はその人物の美貌に目を奪われ、同時にトワイライトの中でもある程度芸能界に詳しい人物は息を呑む。
ふふっ、と。その人物は息を吸いなが少しだけ白夜の方を向き、驚いた? といった悪戯っぽい笑みを浮かべ……次の瞬間、その人物の口からは音波砲とでも呼ぶべき攻撃が放たれた。
その音に晒された軍隊蟻は、直接見える何かに攻撃を受けた訳ではないのに、甲殻にヒビが入り、破壊されていく。
「マジか」
再び、トワイライトの一人が呟く。
だが、ここまで圧倒的な光景を見せられれば、そのように思ってしまうのも当然だろう。
光の槍が無数に降って大量の軍隊蟻を倒し、続いて音によって再び大量の軍隊蟻が死んだのだから。
……とはいえ、二度目の驚きの声はその結果を見てのだけというものではなく、その音を放った人物が誰なのかということに対するものもあったのだが。
南風五十鈴。芸名、鈴風ラナ。
芸能界の中でもトップアイドル――正確にはグラビアモデルだが――として、非常に有名な人物だったのだから。
そんな五十鈴の隣に、こちらもまた上空のヘリから飛び降りた麗華が着地する。
ヘリはかなりの高度にあったはずだが、五十鈴と同様に何らかの能力を使ったのだろう。
全く危なげなく、麗華は地面に着地した。
「ふふっ、随分と手こずってるみたいですわね。……様子を見に来て良かったですわ」
太陽の光を反射して煌めく黄金の髪を掻き上げながらそう告げる麗華は、非常に目を惹く……それこそある意味では暴虐的とも呼べる程の美しさを持っていた。
白夜の気のせいか、軍隊蟻までもが多少なりともその動きを緩めたように思えた。
実際には麗華や五十鈴の美貌が影響を与えたのではなく、その力で大量の軍隊蟻が殺されたことが影響を与えたのだろうが。
「えーっと、助けに来てくれたということでいいんだよな?」
最初に口を開いたのは、早乙女。
この辺りは場慣れしているから……というよりも、自分がこの部隊を率いているからという責任感からだろう。
そんな早乙女の言葉に、麗華は笑みを浮かべて頷く。
「そうですわ。少し妙な情報が入りましたの。……まぁ、結果としておまけも一緒にきてしまいましたが」
「ちょっと、そのおまけって私のことじゃないわよね?」
麗華の言葉に、五十鈴が不満そうに尋ねる。
だが、尋ねられた麗華の方は、そんな五十鈴に向けてわざとらしく気を傾げる。
「あら、別に貴方のことだとは言ってませんわよ? もしかして、そのような自覚があるからこそ、そう思うのではないんですの?」
「……へぇ、そういうことを言うんだ。白夜が危ないって知って、取るものも取りあえず、無理にヘリを用意させてここまで来た癖に」
「ちょっ! いきなり何を出鱈目を言ってますの!?」
五十鈴の言葉に慌てたようにそう言葉を返す麗華は、先程までの戦女神のごとき様子はすでになく、薄らと頬を染めている光景を見れば、誰もが五十鈴の言ってることが事実であると理解出来た。
それこそ、話題に出ていた白夜本人ですら。
とはいえ、その白夜は麗華にどのような態度を取ればいいのか、迷ってしまう。
もし麗華が普通の……光皇院家の令嬢でなければ、これほどの美人に好意を――それが男女か友人か、もしくは先輩後輩なのかは別として――抱かれたというのであれば、即座に口説き落とそうとしただろう。
麗華はそれほどの美貌を持ち、身体も年齢不相応なまでに発達し、既に少女ではなく成熟した女と評するに相応しいほどなのだから。
だが、もし今の麗華を口説こうとすれば、色々な意味で不味い。
何より、白夜がファンの五十鈴の前だというのも、大きく影響している。
(どうすればいいんだ? やっぱりここはデートの約束でも……いや、けど……)
そうして悩んでいた白夜だったが、五十鈴が不意に白夜の名前を呼ぶ。
「白夜」
「……え?」
「あのねぇ、あまりぼうっとしてないでよ。せっかく軍隊蟻の死体が大量委にあるんだから、今こそ白夜の持つ闇の能力を発揮するときでしょ。残りの軍隊蟻が来るより前に、とっとと吸収しなさいよ」
そう言われ、白夜は慌てて闇を広げて軍隊蟻の死体を吸収していく。
五十鈴が言う通り、今の状況こそ白夜の能力が本領を発揮出来るときなのだと思い出しながら。
……そして、不思議と消耗した力が回復しているのも。
それは、五十鈴が音の能力を使って多少なりとも白夜を回復させた効果だったのだが、使われた本人に全く気が付いた様子はない。
寧ろ、先程まで白夜の様子が疲労困憊だったのを見ていた早乙女やトワイライトの面々の方が、白夜の顔から疲れが抜けているのを見て、驚く。
「みゃー?」
驚いたのは、ノーラも同様だったが。
ともあれ、急いで軍隊蟻の死体を闇に収納していく白夜。
麗華と五十鈴の攻撃によって大勢が殺されたにもかかわらず、まだ軍隊蟻は大勢残っている。
そんな生き残り――と表現するには数が多すぎるが――の軍隊蟻と、そして見るからに巨大な女王蟻はいつの間にか進撃を再開していた。
当然のように、早乙女を始めとした他の者たちも、自分たちに向かってくる軍隊蟻を待ち受ける。
それでも、そこには先程までのような絶望の表情は存在しない。
何故なら、今の自分たちの状況は決して絶望的という訳ではないのだから。
戦力の要と鳴る白夜が能力を再度使えるようになり、その上に麗華や五十鈴といった有力な戦力も揃っている。
「麗華、だったな。この戦いの指揮はこちらが執らせて貰っても構わないか?」
トワイライトでも部隊を預けられている早乙女と、ネクストのゾディアックの一人、麗華。
そのどちらの立場が上かと言われれば、恐らく早乙女だろう。
だが、それはあくまでもも麗華がゾディアックのメンバーでしかなければ、の話だ。
実際には、麗華の家は光皇院家という巨大グループの一族で、麗華はその後継者と目されいてる人物だった。
そこも立場の違いに加えると、圧倒的に麗華の方が上になる。
しかし……早乙女の言葉に、麗華はあっさりと頷きを返す。
「ええ、それで構いませんわ。それに、今の私はゾディアックの任務でも、光皇院家の仕事でもなく、純粋に個人としてここにいるんですもの。そうであれば、早乙女さんでしたか。正式にこの部隊を率いている貴方が指揮を執る方が正しいですわ」
「……助かる」
まさか早乙女も、こうして即座に頷かれるとは思ってもいなかったのだろう。
数秒沈黙した後で、短く礼を言う。
そのようなやり取りをしている間も、女王蟻を含めた軍隊蟻の群れは進み続け、やがて白夜たちの攻撃範囲までもう少しというところまで進む。
幸運だったのは、軍隊蟻は遠距離攻撃の手段を持っていなかったことか。
「では、まずは数を減らす! 全員攻撃を……何っ! がっ!」
攻撃を開始しろ。
そう命令しようとした早乙女だったが、その一瞬を待っていたかのように、近くに生えていた木々の中から石の矢が放たれた。
普通であれば、絶対に回避出来ないだろう速度とタイミング。
だが、そのような状況であっても咄嗟に身体を捻り、致命傷を避けたの早乙女がそれだけの腕利きだったということを意味するのだろう。
「っ!?」
その短い叫びと同時に、麗華は石の矢が放たれた林に向かって光の槍を次々に放つ。
本来なら軍隊蟻の群れを攻撃する予定だった麗華の能力は、林の中にいる存在に向けて放たれる。
当然それを迎撃するように、林の中からは次々に石や風、水、火といった攻撃が飛んでくるのだが、麗華の放った光の槍はその全てを粉砕しながら、それでもなお消えることはないままに林に突き立った。
麗華の能力を知っている者にしてみれば、今の一撃は間違いなく致命傷と呼ぶに相応しい一撃を相手に与えたと、そう思い……だが次の瞬間、光の槍のお返しだと言わんばかりに、再び林の中からは様々な能力を使った攻撃が放たれる。
「させないわよ!」
林からの攻撃に、五十鈴が前に出て口を開く。
放たれたその声は、白夜たちには聞こえなかったものの、林の中から飛んできた能力の大半を消し飛ばすことに成功する。
そんな二人の行動に、他のトワイライトの者達も素早く動く。
ある者は、怪我をした早乙女の治療に、またある者は攻撃してきた林に向かって能力を使った攻撃を。
そうした中で、白夜は闇を使って軍隊蟻の死体を呑み込むという作業を終わり、その本領を発揮する。
「取りあえず、軍隊蟻の方には俺の方で対処するので、林の方を頼みます!」
誰にという訳ではなく、その場にいる全員に頼んだ白夜は、五十鈴によって再び使えるようになった能力を使い、闇のゴブリンと闇の軍隊蟻を生み出す。
切羽詰まっている今では、厨二病的な台詞を口にするのに恥ずかしがっているような余裕はない。
次々に生み出される闇のモンスターたちは、白夜の意思に従って近づいてくる軍隊蟻に向かって突き進んでいく。
能力的には全くの互角……いや、闇のモンスターはゴブリンだろうが軍隊蟻だろうが、恐怖は感じない。
だからこそ、次々と敵に向かって突っ込んでいく。
そうして始まるのは、壮絶な潰し合い。
ただし、闇のモンスターの方は潰されてもすぐに地面に広がっている闇に呑み込まれ、再び闇のモンスターとして蘇るのだが。
軍隊蟻の方は、一匹でも殺されれば、それが闇に呑まれて敵の……白夜の手駒となってしまう。
明らかに白夜の方が有利なのだが、軍隊蟻は一切躊躇することなく進み続ける。
それこそ、女王蟻までも含めて。
軍隊蟻との戦線を支えつつ、白夜は若干顔色を悪くしつつも視線を林の方に向ける。
そこで行われていたのは、すでに遠距離からの攻撃ではなく、純粋に間近に迫った相手との戦い。
早乙女とその治療をしている者以外のトワイライトの面々と麗華、五十鈴の二人が、仮面を被っている能力者たちとの戦いを始めている。
(結構多いな)
それが、仮面の能力者を見て白夜が感じた感想だった。
どのような手段を使って軍隊蟻を……それも普段は巣にいる女王蟻までをも引っ張り出したのかは白夜にも分からなかったが、まさかこれだけの人数がいるとは思ってもいなかった
(緑の街と青の街に道を通すのに反対の連中が雇ったとか? それにしては、随分と腕利きの能力者が揃ってるし……一体、誰が何を考えてこんな襲撃をしてきたんだ?)
そんな疑問を抱きつつ、白夜は必死に闇のモンスターを生み出し続けるのだった。
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修学旅行中のバスにいた筈が、異世界召喚にバスの全員が突如されてしまう。主人公の聡太が得たスキルは穴掘り。外れスキルとされ、屑の外れ者として抹殺されそうになるもしぶとく生き残り、救ってくれた少女と成り上がって行く。不遇といわれるギフトを駆使して日の目を見ようとする物語
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