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70話
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闇のゴブリン、そして闇の軍隊蟻……それ以外にも闇のモンスターを使っての戦闘は、最終的に昼すぎまで続いた。
普通であれば、人間が本当の意味で集中していられるのはそんなに長い時間ではないし、緑の街の住人を守りながら戦っていたからこそ、何らかの大きなミスが……そして犠牲者が出てもおかしくはない筈だった。
だが、怪我人は出たものの死人が一人も出なかったのは、やはり白夜が生み出した闇のモンスターのおかげだろう。
緑の街の住人たちの盾となり、軍隊蟻の攻撃を受けながらも、その攻撃を背後に通すようなことはしなかった。
そうして動きが止まった軍隊蟻に対して、緑の街の住人は手に持っている武器を使って軍隊蟻を仕留めていく。
……そうして死んだ軍隊蟻の死体は、当然のように白夜の闇に吸収され、闇のモンスターとしての軍隊蟻を生み出して戦力となった。
そのような状況であっても、軍隊蟻を……それも巣にいる軍隊蟻ではなく、襲ってきた軍隊蟻だけを全滅させるのに昼すぎまでかかったのは、軍隊蟻の数が予想以上だったことを示している。
それこそ、白夜の能力がなければ、間違いなくトワイライトは負けていただろう。
下手をすれば、ここにいるトワイライトの面々が全滅するだけではなく、緑の街そのものが危険に陥っていた可能性が高い。
それを防いだという意味では、白夜の存在はかなり大きなものと言えた。
「早乙女さん、ここに残っている軍隊蟻の死体、俺が全部貰ってもいいですか? 今の襲撃を考えると、出来れば少しでも戦力を出せるようにしておきたいんですけど」
そう尋ねる白夜だったが、その顔には強い疲労の色がある。
数時間もの間、延々と闇のモンスター生み出し、指揮し続けたのだから当然だった。
それでもゲートの一件で行われた最後の戦いの時のように、意識を失わないだけ成長しているのだろう。
早乙女も当然白夜の体調について心配はしているのだが、いつ新たに軍隊蟻が襲ってくるのか分からない状況では、白夜に無理をして貰う必要がある。
それこそ、今のような状況で先程まで戦っていたような数の軍隊蟻が攻めてくれば、それに対処するのは白夜がいなければ無理だと断言出来た。
これが早乙女達だけであれば、それなりに対処出来るのかもしれないが、緑の街の住人がいるとなれば、そちらを守る必要もある。
一応闇のゴブリンを始めとしたモンスターが緑の街の住人を守ってはいたが、それだけで完全に安心出来る訳でもない。
……事実、何度か闇のゴブリンだけでは危なかった場面もあり、それを早乙女達がフォローをしていたのだから。
「ああ、そうしてくれ。何かあったらとき、白夜が頼みだからな。こうして派遣されてきた軍隊蟻が死んだ以上、すぐに次が来るとは思わないが……ただ、それも絶対とは言えないし」
軍隊蟻の魔石や素材は、本来ならそれなりに有効利用することが可能だ。
だが、今はそれよりも戦力を揃える方が先だとういう認識が早乙女の中にはあった。
そんな早乙女の許可を得て、白夜は闇を展開して軍隊蟻の死体を吸収していく。
……大量の軍隊蟻の死体が闇に呑み込まれていく光景は、一種異様と言ってもいい。
この場に残っていた緑の街の住人たちの多くは、そんな光景をた唖然とした様子で眺めていた。
そして一分も経たないうちに、軍隊蟻の死体は全てが消え去る。
「これは……掃除とかをするときに便利そうな能力だな」
誰かが小さく呟く声が白夜にも聞こえてきたが、白夜は意図的にそれを無視し……
「みゃぁっ!
と、不意に白夜の近くを浮かんでいたノーラが、鋭く鳴き声を上げる。
その鳴き声に含まれているのは、強い警戒心。
今の状況で新たに何らかの脅威が? と一瞬不安に思った白夜だったが、とにかく今は緑の街の住人を守る必要もあるということで、気分を落ち着かせるように深呼吸をする。
早乙女を始めとした他の面々もまた、周囲を警戒し……
「向こうの木だ!」
ふと、トワイライトの隊員の一人が叫ぶ。
その声に、最初に早乙女を始めとしたトワイライトの面々が、それから一瞬遅れて白夜が、そこからさらに数秒遅れて緑の街の住人たちが木の方に視線を向ける。
最初に早乙女たちが見たのは、顔を隠すためのマスクを被っている、一人の男。
マスクを被っているが、その体型から恐らく男であるのは間違いないと白夜は判断する。
その男が木の枝にいて、白夜たち……ではなく、背後に向かって何かを投げているという光景だった。
何を投げているのかは、白夜にも分からない。分からなかったが……それでも、男の投げた先から軍隊蟻がやって来たのを見れば、その男がこの場にいる者たちにとって最悪の結果をもたらす為に行動しているのは明らかだった。
「くそっ、あいつは誰だ!? 何を考えてやがる!」
トワイライトの一人が、その男が軍隊蟻の群れを自分たちになすりつけようとしているのを理解し、許せないといった様子で叫ぶ。
「分からん。分からんが……とにかく、このままだと数分もしないうちにここに到着する! 緑の街の人たちは、すぐにここから避難して下さい!」
早乙女のその叫びに、緑の街の住人たちは半ば混乱しながら、それでも急いでこの場から退避するべく走り出す。
何人かが走っている途中で転んだりもしていたが、それでもすぐに立ち上がって緑の街に向かって走っていた。
もしここにいるのが子供であれば、転んだ拍子に泣き出してもおかしくはなかったが、幸いにもここにいるのは大人ばかりだ。
だからこそ、現在の自分たちの状況が危険だというのは分かり、少しでも急いで緑の街に戻ろうとしていた。
……もっとも、緑の街は決して防衛設備に優れている訳ではない。
他の街に比べると多少栄えてはいるが、それでも普通の街でしかないのだ
ここで白夜たちが抜かれれば、軍隊蟻の集団は間違いなく緑の街を蹂躙するだろう。
「やれ!」
そんな中、早乙女が鋭く叫ぶ。
早乙女の命令に従い、トワイライトの一人が木の枝の上にいた仮面を被った男に向けて能力で生み出した氷の矢を放つ。
氷を操る能力を持つ者は、ネクストにもそれなりの数がいる。
だが、さすがにトワイライトのメンバーというべきだろう。
放たれた氷の矢は、ネクストの生徒が放つものとは一線を画していた。
空気を切り裂きながら飛ぶ氷の矢。
だが、木の枝の上に立っている仮面の男は、自分に向かって飛んできた氷の矢に対して右手を差し出し……次の瞬間、強烈な風が吹き、氷の矢の軌道が逸らされる。
「ちっ、向こうも結構な手練れか!」
氷の矢を放ったトワイライトの能力者が、悔しげに叫ぶ。
だが、仮面を被った男の方はそんな相手に全く興味を示さず……そのまま木の枝を蹴り、風によって跳躍距離を増して少し離れた場所に生えている木の枝に着地し、そのような行為を何度となく繰り返してその場から去っていく。
「くそっ!」
本来なら、軍隊蟻をおびき寄せるようなことをした相手だけに、そのまま追っていった方がいいのだろう。
だが、仮面の男が呼び寄せた軍隊蟻が迫っている今、この場から下手に戦力を欠けさせる訳にもいかなかった。
氷の矢を放ったトワイライトの男も、それは理解しているのだろう。
すでに小さくなった仮面の男を悔しげに睨み付けながらも、そのあとを追うといった真似はしない。
それでも若干動揺した様子を見せる他の者達に対し、この一団を率いる早乙女が鋭く叫ぶ。
「落ち着け! 俺たちの力があれば、もう一度軍隊蟻が襲ってきてもどうとでもなる! 今まで自分たちが鍛えてきた努力を信じろ!」
その言葉に、若干ではあるが落ち着きを取り戻した面々。
だが、落ち着きを取り戻したとしても、自分たちの方に向かってくる軍隊蟻の数は増える一方だ。
先程まで戦っていた軍隊蟻と比べても、明らかにその数は多く……この人数であの数の軍隊蟻をどうにか出来るかどうかと尋ねられれば、正直なところかなり厳しいと誰もが実感する。
そしてトワイライトの面々の視線が向けられるのは、白夜。
先程の戦いで多数の闇のゴブリンを生み出して戦ったその戦力は、それこそ物量には物量で対抗するといった様子を示していた。
であれば……と、そう期待を込めての視線だったが、その白夜の方は限界とまでは言わないが、かなり疲れているのが見て取れる。
当然だろう。数百匹近い闇のゴブリンを生み出し、それを使っていたのだから。
それも闇のゴブリンが一匹倒されれば、再度闇からゴブリンを生み出すといった真似をしていた以上、総数にして一体どれだけのゴブリンを生み出したのか。
ゲートのときのように限界まで力を振り絞った訳ではないが、それでもかなり消耗しているのは間違いない。
「だ、大丈夫です。さすがに元気一杯とは言えませんが、それでも戦えない訳じゃありません!」
自分の中にある疲れを誤魔化すように叫ぶ白夜。
だが、それはかなり無理をしているということであり、今の状況を考えれば白夜に決して無理をさせる訳にはいかない。
何より、もし白夜が戦いの途中で急に倒れてしまったりしたら、どうなるのかは考えるまでもないだろう。
それこそ、戦線が突然破綻するといったことになるのは間違いない。
白夜の能力に頼って戦っている中で、いきなりそのようなことになればどうなのかは明らかだった。
とはいえ、白夜の能力があるからこそ軍隊蟻と渡り合えるというのも事実であり……
「無理はするな」
結局早乙女が口にした言葉が、現在の白夜たちの現状を表していた。
「お前は絶対に俺たちが守る。お前の力は、これからの日本には絶対に必要な代物だ。だからこそ、守る」
その言葉に滲んでいる決意は、強い。
他のトワイライトの面々も、そんな早乙女の言葉に同意するように頷く。
白夜の力は、これからの日本にとって大きな力を持つのは確実なのだから。
それをこのような場所で失わせる訳には、絶対にいかなかった。
だが……次の瞬間、そんな強い決意を抱いていた早乙女や他のトワイライトの面々の表情が固まる。
「な……馬鹿な……」
そう呟いたのは、一体誰だったのか。それは白夜にも分からない。
いや、もしかしたら自分の口から出たのかもしれない。
そんな白夜や他の面々の視線が向けられていたのは……軍隊蟻の群れの一番後ろから姿を現した存在だった。
それは、明らかに普通の軍隊蟻と違う大きさを持っていた。
見間違いといったものではないのは、周囲にいる軍隊蟻を見れば明らかだ。
普通の軍隊蟻が成人男性の膝くらいまでの大きさしかないのに比べて、その巨大な軍隊蟻は地上から五メートルほどの位置にその顔顔があった。
一見すれば、とてもではないが軍隊蟻と同じ大きさのモンスターであるとは、絶対に思えない大きさ。
「女王蟻か……」
早乙女の声が周囲に響く。
その巨大な軍隊蟻……女王蟻の存在に圧倒されていていただけに、不思議とその声は周囲に響く。
だが、そんなトワイライトの一人が、そんな早乙女の言葉に半ば反射的に反論する。
「早乙女さん、軍隊蟻の女王ってのは、それこそ普通は巣から出てくることはないはずだ!」
「……なら、お前はあの巨大な軍隊蟻を何だと思うんだ?」
「それは……」
否定の言葉……正確には、あれが女王蟻であると認めたくなかったトワイライトの一人の言葉を、早乙女はそう言って否定する。
「どのみちに、あの女王蟻をここから通すような真似をすれば、間違いなく緑の街に向かうはずだ。そうである以上、俺たちが出来るのは何としても女王蟻を倒すことだけ。……違うか?」
尋ねる早乙女に、他の者たちもその言葉に異を唱えることはない。
実際にここでどうにかするためには、今ここにいる戦力だけではかなり厳しいのも事実なのだ。
最悪、ここにいる者の何人か……場合によっては半分以上が死ぬかもしれない。
(それでも、白夜だけは出来れば帰したいんだがな)
そう思いつつ、近づいてくる軍隊蟻を見ながらとにかく今は少しでも体力を回復させることに専念する。
軍隊蟻がここに到着するまで、時間はそうない。
だが、それでも今ここで少しでも体力を回復させる必要がある。
その少しの体力こそが、この戦いを生き抜くために必要となることなのだから。
「白夜、お前にとっても苦しいだろうが……頼むぞ」
「分かっています。……けど、誰が何の目的であんな真似を……」
「それはあとだ。今は、とにかく軍隊蟻をどうにかしてから考えればいい」
そう告げ、白夜もその言葉に頷き……そして、あとは軍隊蟻が自分たちの攻撃可能範囲に来るのを待ち……次の瞬間、不意に上空から光の槍が無数に軍隊蟻の群れに向かい、降り注ぐのだった。
普通であれば、人間が本当の意味で集中していられるのはそんなに長い時間ではないし、緑の街の住人を守りながら戦っていたからこそ、何らかの大きなミスが……そして犠牲者が出てもおかしくはない筈だった。
だが、怪我人は出たものの死人が一人も出なかったのは、やはり白夜が生み出した闇のモンスターのおかげだろう。
緑の街の住人たちの盾となり、軍隊蟻の攻撃を受けながらも、その攻撃を背後に通すようなことはしなかった。
そうして動きが止まった軍隊蟻に対して、緑の街の住人は手に持っている武器を使って軍隊蟻を仕留めていく。
……そうして死んだ軍隊蟻の死体は、当然のように白夜の闇に吸収され、闇のモンスターとしての軍隊蟻を生み出して戦力となった。
そのような状況であっても、軍隊蟻を……それも巣にいる軍隊蟻ではなく、襲ってきた軍隊蟻だけを全滅させるのに昼すぎまでかかったのは、軍隊蟻の数が予想以上だったことを示している。
それこそ、白夜の能力がなければ、間違いなくトワイライトは負けていただろう。
下手をすれば、ここにいるトワイライトの面々が全滅するだけではなく、緑の街そのものが危険に陥っていた可能性が高い。
それを防いだという意味では、白夜の存在はかなり大きなものと言えた。
「早乙女さん、ここに残っている軍隊蟻の死体、俺が全部貰ってもいいですか? 今の襲撃を考えると、出来れば少しでも戦力を出せるようにしておきたいんですけど」
そう尋ねる白夜だったが、その顔には強い疲労の色がある。
数時間もの間、延々と闇のモンスター生み出し、指揮し続けたのだから当然だった。
それでもゲートの一件で行われた最後の戦いの時のように、意識を失わないだけ成長しているのだろう。
早乙女も当然白夜の体調について心配はしているのだが、いつ新たに軍隊蟻が襲ってくるのか分からない状況では、白夜に無理をして貰う必要がある。
それこそ、今のような状況で先程まで戦っていたような数の軍隊蟻が攻めてくれば、それに対処するのは白夜がいなければ無理だと断言出来た。
これが早乙女達だけであれば、それなりに対処出来るのかもしれないが、緑の街の住人がいるとなれば、そちらを守る必要もある。
一応闇のゴブリンを始めとしたモンスターが緑の街の住人を守ってはいたが、それだけで完全に安心出来る訳でもない。
……事実、何度か闇のゴブリンだけでは危なかった場面もあり、それを早乙女達がフォローをしていたのだから。
「ああ、そうしてくれ。何かあったらとき、白夜が頼みだからな。こうして派遣されてきた軍隊蟻が死んだ以上、すぐに次が来るとは思わないが……ただ、それも絶対とは言えないし」
軍隊蟻の魔石や素材は、本来ならそれなりに有効利用することが可能だ。
だが、今はそれよりも戦力を揃える方が先だとういう認識が早乙女の中にはあった。
そんな早乙女の許可を得て、白夜は闇を展開して軍隊蟻の死体を吸収していく。
……大量の軍隊蟻の死体が闇に呑み込まれていく光景は、一種異様と言ってもいい。
この場に残っていた緑の街の住人たちの多くは、そんな光景をた唖然とした様子で眺めていた。
そして一分も経たないうちに、軍隊蟻の死体は全てが消え去る。
「これは……掃除とかをするときに便利そうな能力だな」
誰かが小さく呟く声が白夜にも聞こえてきたが、白夜は意図的にそれを無視し……
「みゃぁっ!
と、不意に白夜の近くを浮かんでいたノーラが、鋭く鳴き声を上げる。
その鳴き声に含まれているのは、強い警戒心。
今の状況で新たに何らかの脅威が? と一瞬不安に思った白夜だったが、とにかく今は緑の街の住人を守る必要もあるということで、気分を落ち着かせるように深呼吸をする。
早乙女を始めとした他の面々もまた、周囲を警戒し……
「向こうの木だ!」
ふと、トワイライトの隊員の一人が叫ぶ。
その声に、最初に早乙女を始めとしたトワイライトの面々が、それから一瞬遅れて白夜が、そこからさらに数秒遅れて緑の街の住人たちが木の方に視線を向ける。
最初に早乙女たちが見たのは、顔を隠すためのマスクを被っている、一人の男。
マスクを被っているが、その体型から恐らく男であるのは間違いないと白夜は判断する。
その男が木の枝にいて、白夜たち……ではなく、背後に向かって何かを投げているという光景だった。
何を投げているのかは、白夜にも分からない。分からなかったが……それでも、男の投げた先から軍隊蟻がやって来たのを見れば、その男がこの場にいる者たちにとって最悪の結果をもたらす為に行動しているのは明らかだった。
「くそっ、あいつは誰だ!? 何を考えてやがる!」
トワイライトの一人が、その男が軍隊蟻の群れを自分たちになすりつけようとしているのを理解し、許せないといった様子で叫ぶ。
「分からん。分からんが……とにかく、このままだと数分もしないうちにここに到着する! 緑の街の人たちは、すぐにここから避難して下さい!」
早乙女のその叫びに、緑の街の住人たちは半ば混乱しながら、それでも急いでこの場から退避するべく走り出す。
何人かが走っている途中で転んだりもしていたが、それでもすぐに立ち上がって緑の街に向かって走っていた。
もしここにいるのが子供であれば、転んだ拍子に泣き出してもおかしくはなかったが、幸いにもここにいるのは大人ばかりだ。
だからこそ、現在の自分たちの状況が危険だというのは分かり、少しでも急いで緑の街に戻ろうとしていた。
……もっとも、緑の街は決して防衛設備に優れている訳ではない。
他の街に比べると多少栄えてはいるが、それでも普通の街でしかないのだ
ここで白夜たちが抜かれれば、軍隊蟻の集団は間違いなく緑の街を蹂躙するだろう。
「やれ!」
そんな中、早乙女が鋭く叫ぶ。
早乙女の命令に従い、トワイライトの一人が木の枝の上にいた仮面を被った男に向けて能力で生み出した氷の矢を放つ。
氷を操る能力を持つ者は、ネクストにもそれなりの数がいる。
だが、さすがにトワイライトのメンバーというべきだろう。
放たれた氷の矢は、ネクストの生徒が放つものとは一線を画していた。
空気を切り裂きながら飛ぶ氷の矢。
だが、木の枝の上に立っている仮面の男は、自分に向かって飛んできた氷の矢に対して右手を差し出し……次の瞬間、強烈な風が吹き、氷の矢の軌道が逸らされる。
「ちっ、向こうも結構な手練れか!」
氷の矢を放ったトワイライトの能力者が、悔しげに叫ぶ。
だが、仮面を被った男の方はそんな相手に全く興味を示さず……そのまま木の枝を蹴り、風によって跳躍距離を増して少し離れた場所に生えている木の枝に着地し、そのような行為を何度となく繰り返してその場から去っていく。
「くそっ!」
本来なら、軍隊蟻をおびき寄せるようなことをした相手だけに、そのまま追っていった方がいいのだろう。
だが、仮面の男が呼び寄せた軍隊蟻が迫っている今、この場から下手に戦力を欠けさせる訳にもいかなかった。
氷の矢を放ったトワイライトの男も、それは理解しているのだろう。
すでに小さくなった仮面の男を悔しげに睨み付けながらも、そのあとを追うといった真似はしない。
それでも若干動揺した様子を見せる他の者達に対し、この一団を率いる早乙女が鋭く叫ぶ。
「落ち着け! 俺たちの力があれば、もう一度軍隊蟻が襲ってきてもどうとでもなる! 今まで自分たちが鍛えてきた努力を信じろ!」
その言葉に、若干ではあるが落ち着きを取り戻した面々。
だが、落ち着きを取り戻したとしても、自分たちの方に向かってくる軍隊蟻の数は増える一方だ。
先程まで戦っていた軍隊蟻と比べても、明らかにその数は多く……この人数であの数の軍隊蟻をどうにか出来るかどうかと尋ねられれば、正直なところかなり厳しいと誰もが実感する。
そしてトワイライトの面々の視線が向けられるのは、白夜。
先程の戦いで多数の闇のゴブリンを生み出して戦ったその戦力は、それこそ物量には物量で対抗するといった様子を示していた。
であれば……と、そう期待を込めての視線だったが、その白夜の方は限界とまでは言わないが、かなり疲れているのが見て取れる。
当然だろう。数百匹近い闇のゴブリンを生み出し、それを使っていたのだから。
それも闇のゴブリンが一匹倒されれば、再度闇からゴブリンを生み出すといった真似をしていた以上、総数にして一体どれだけのゴブリンを生み出したのか。
ゲートのときのように限界まで力を振り絞った訳ではないが、それでもかなり消耗しているのは間違いない。
「だ、大丈夫です。さすがに元気一杯とは言えませんが、それでも戦えない訳じゃありません!」
自分の中にある疲れを誤魔化すように叫ぶ白夜。
だが、それはかなり無理をしているということであり、今の状況を考えれば白夜に決して無理をさせる訳にはいかない。
何より、もし白夜が戦いの途中で急に倒れてしまったりしたら、どうなるのかは考えるまでもないだろう。
それこそ、戦線が突然破綻するといったことになるのは間違いない。
白夜の能力に頼って戦っている中で、いきなりそのようなことになればどうなのかは明らかだった。
とはいえ、白夜の能力があるからこそ軍隊蟻と渡り合えるというのも事実であり……
「無理はするな」
結局早乙女が口にした言葉が、現在の白夜たちの現状を表していた。
「お前は絶対に俺たちが守る。お前の力は、これからの日本には絶対に必要な代物だ。だからこそ、守る」
その言葉に滲んでいる決意は、強い。
他のトワイライトの面々も、そんな早乙女の言葉に同意するように頷く。
白夜の力は、これからの日本にとって大きな力を持つのは確実なのだから。
それをこのような場所で失わせる訳には、絶対にいかなかった。
だが……次の瞬間、そんな強い決意を抱いていた早乙女や他のトワイライトの面々の表情が固まる。
「な……馬鹿な……」
そう呟いたのは、一体誰だったのか。それは白夜にも分からない。
いや、もしかしたら自分の口から出たのかもしれない。
そんな白夜や他の面々の視線が向けられていたのは……軍隊蟻の群れの一番後ろから姿を現した存在だった。
それは、明らかに普通の軍隊蟻と違う大きさを持っていた。
見間違いといったものではないのは、周囲にいる軍隊蟻を見れば明らかだ。
普通の軍隊蟻が成人男性の膝くらいまでの大きさしかないのに比べて、その巨大な軍隊蟻は地上から五メートルほどの位置にその顔顔があった。
一見すれば、とてもではないが軍隊蟻と同じ大きさのモンスターであるとは、絶対に思えない大きさ。
「女王蟻か……」
早乙女の声が周囲に響く。
その巨大な軍隊蟻……女王蟻の存在に圧倒されていていただけに、不思議とその声は周囲に響く。
だが、そんなトワイライトの一人が、そんな早乙女の言葉に半ば反射的に反論する。
「早乙女さん、軍隊蟻の女王ってのは、それこそ普通は巣から出てくることはないはずだ!」
「……なら、お前はあの巨大な軍隊蟻を何だと思うんだ?」
「それは……」
否定の言葉……正確には、あれが女王蟻であると認めたくなかったトワイライトの一人の言葉を、早乙女はそう言って否定する。
「どのみちに、あの女王蟻をここから通すような真似をすれば、間違いなく緑の街に向かうはずだ。そうである以上、俺たちが出来るのは何としても女王蟻を倒すことだけ。……違うか?」
尋ねる早乙女に、他の者たちもその言葉に異を唱えることはない。
実際にここでどうにかするためには、今ここにいる戦力だけではかなり厳しいのも事実なのだ。
最悪、ここにいる者の何人か……場合によっては半分以上が死ぬかもしれない。
(それでも、白夜だけは出来れば帰したいんだがな)
そう思いつつ、近づいてくる軍隊蟻を見ながらとにかく今は少しでも体力を回復させることに専念する。
軍隊蟻がここに到着するまで、時間はそうない。
だが、それでも今ここで少しでも体力を回復させる必要がある。
その少しの体力こそが、この戦いを生き抜くために必要となることなのだから。
「白夜、お前にとっても苦しいだろうが……頼むぞ」
「分かっています。……けど、誰が何の目的であんな真似を……」
「それはあとだ。今は、とにかく軍隊蟻をどうにかしてから考えればいい」
そう告げ、白夜もその言葉に頷き……そして、あとは軍隊蟻が自分たちの攻撃可能範囲に来るのを待ち……次の瞬間、不意に上空から光の槍が無数に軍隊蟻の群れに向かい、降り注ぐのだった。
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