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69話
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「あああああああああああ」
男の一人の口から出た声が周囲に響くが、多くの者はそんな声を無視して自分の仕事に専念する。
当然だろう。実際に声こそ上げるようなことはなかったが、多くの者が筋肉痛になっていたのだから。
せめてもの救いは、物を運んだり茂みを切り開いたりといった仕事の多くは、白夜の生み出した闇のゴブリンがやっていることだろう。
もし身体が筋肉痛になっている状態でそれらの運動をするようなことになっていれば、それこそ文字通りの意味で地獄を見ていたのは間違いない。
……それでも小さな仕事はそれなりにあり、結果として動くたびに筋肉痛に苦しめられていたのだが。
本格的に道路工事が始まってから、二日目。
その日は、昨日の分の疲労によって多くの者が筋肉痛に苦しめられていた。
平気だったのは、緑の街でも普段から厳しい肉体労働をしている少数の者たちと、これもまた普段からより厳しい訓練を行っているトワイライトの面々か。
白夜もネクストで日頃から訓練を行っているので、筋肉痛にはなっていない。
もっとも、白夜がやっているのはもっぱら闇のゴブリンを召喚して、それに指示を出すということなので、筋肉痛になる筈もいない。……その分、精神的に消耗するのだが。
白夜が精神的に消耗している理由の一つには、やはり能力を使うときに自動的にその口から出る厨二病的な台詞があるのだろう。
それを昨日に続いて今日も多くの者に聞かれたというのは、白夜にとって大きな負担となったのは間違いない。
「ほら、頑張りなさい! だらしないわよ!」
そう言ったのは、緑の街の女。
多くの者の動きが鈍い中、女は比較的元気な者が多い。
……その元気な理由の一つが、やはり工事の最中にモンスターが出てきたときに倒し、それが自分たちの食材になるからというのも大きいのだろう。
実際、昨夜の食事はいつになく肉がたっぷりの、豪華な夕食だったのだから。
当然のように、夕食だけで昨日倒したモンスターの肉を全て消費することは出来ず、残った肉は燻製のように日持ちのする保存食に加工されている。
結果として、燻製作りやモンスターの死体の解体といった仕事に人手を取られ、今日ここにやって来ている女の数は昨日に比べて減っている。
白夜にしてみれば、見目麗しい……とまではいかないが、それでも職場の花たる若い女が減ったのはやる気の減衰に繋がっていた。
「いいよなぁ、お前たちは。こっちは色々と大変なんだぞ」
「何よ、男の癖にだらしない。ほら、トワイライトの人たちを見てみなさいよ。昨日と同じように頑張ってるじゃない」
「あのなぁ……俺たちとトワイライトの人たちを一緒にするなよ。向こうは言ってみれば軍人なんだぜ?」
そう告げる言葉に、女は何かを言うとするも……実際にトワイライトという人々がどれだけの力を持っているのか、自分の目で昨日しっかりと見た以上、それに何かを言うようなことは出来なかった。
「ほら、そっちはしっかりと地面を固めろ! 中途半端にすれば、この道を歩く人が困るんだぞ!」
闇のゴブリンにそんな声をかけているトワイライトのメンバーは、まだ朝だからか、元気一杯といった感じだ。
昨日の夕食に引き続き、朝食も街の住人がしっかりと用意してくれたので、それを腹一杯食べての仕事だ。
当然のように、仕事が始まったばかりの今の時点では、やる気に満ちているのも当然と言えるだろう。
「おい、そっちだ、そっち! 道の端だけど、その木の根は邪魔だから引っこ抜け!」
道になる予定の端の部分で、トワイライトの男が闇のゴブリンに指示を出す。
そこにある切り株は、もう枯れているのだが、それでも根はしっかりと土の中に伸びていた。
青の街の前にあった幾つもの切り株を引っこ抜いた経験が、何気に役に立っているというのは、良かったのか、悪かったのか。
そんな風に時間がすぎていき……筋肉痛になっていた者たちも、ある程度は身体を動かすのに慣れてきたところで、それは起こった。
「ギギギ、ギギギギギ」
「ギギ」
「ギギギギギィ」
不意に……本当に不意にという言葉が正しいのだが、茂みの向こうから軍隊蟻が姿を現したのだ。
それも、以前青の街に行く途中に遭遇した一匹ではなく、それこそ数十……いや、場合によっては百匹を超えているのではないかと、そう思える程の数。
「ちぃ、緑の街の住人は後方に退避を! トワイライトの隊員は前だ! それと白夜! ゴブリンを可能な限り出せ!」
「分かりました!」
白夜は、早乙女の指示に従い、いつもの厨二病の言葉と共に、闇のゴブリンを生み出す。
白夜の影が闇となって広がり、そこから次々に闇のゴブリンが姿を現す。
軍隊蟻に対抗するように、生み出される闇のゴブリンは増えていく。
「きゃあああああああああああああああああああああ」
不意に聞こえてきた、そんな声。
闇のゴブリンを生み出しながら、白夜が咄嗟に声の聞こえてきた方に視線を向ける。
するとそこでは、後方に退避したはずの緑の街の住人の後方からも、軍隊蟻が姿を見せていた。
「後ろにも! くそっ、白夜! こっちは任せてもいいか!? 一応何人かこっちに置いていくが、それ以外は後ろに現れた軍隊蟻の対処をする!」
「分かりました、こっちにはノーラもいるので、心配しないでください!」
「みゃー!」
早乙女の言葉に白夜が叫ぶと、自分のことを言われていると理解したノーラが、大きく鳴き声を上げる。
そんなノーラの言葉を聞き、早乙女は男臭い顔に笑みを浮かべ、口を開く。
「行くぞ、野郎共! ノーラに俺たちのみっともない姿を見せるなよ!」
その叫びの効果はトワイライトの面々の士気を上げる。
(そう言えば、何だかんだとノーラが気に入っていたっけか)
そう思いつつ、白夜は可能な限り闇を広げ……周辺一帯は、闇に包まれる。
この闇こそが、白夜の能力の肝ではあるのだが、それを知らない緑の街の住人は混乱して悲鳴を上げる者もいる。
「落ち着いてください! この地面の闇は、白夜が使う能力に関係するものです! 私たちには何も問題はありません!」
トワイライトの何人かが叫び、その声を聞いた住人達の何人かは落ち着く。
だが、当然その程度で落ち着かないようや者もいる。
白夜は視界の隅でそのような光景を見ていたが、今はより多くの闇のゴブリンを生み出すのが先だ。
そうして次々に生み出されていくゴブリン。
それもただのゴブリンではなく、腕が四本あるゴブリンの亜種とでも呼ぶべき存在だ。
通常のゴブリンよりも大きく、それでいて腕力も明らかに上。
そんなゴブリンが、数十匹……そして百匹、二百匹、三百匹と次々に出てくるのだ。
……微妙に通常のゴブリンが混ざっているのは、白夜の闇の中に吸収された中に通常のゴブリンも混ざっていたからだろう。
そんなゴブリンの群れは、白夜の命令に従って前方から襲いかかってくる軍隊蟻に立ち向かう。
そして……やがて、ゴブリンと軍隊蟻の集団がぶつかった。
軍隊蟻はその強靱は顎でゴブリンを噛み千切ろうとし、ゴブリンの方はその腕力で軍隊蟻を殴りつけようとする。
数で言えば、今のところは軍隊蟻の方が上だ。
だが、ゴブリンは白夜の闇から延々と姿を現し続けている。
最終的に数の差を見れば、互角……もしくは、ゴブリンの方が多くなるはず。
それが、白夜の考えだった。
何よりも、戦っているのは白夜だけではなく、早乙女を始めとするトワイライトの面々もいる。
(とにかく、今は何とか緑の街の住人を守りながら……軍隊蟻を倒し続ける!)
そう考えつつ、ひたすらに連続して闇のゴブリンを生み出している白夜の周囲では、ノーラが空中を飛びながら近づいてくる敵がいないかどうかを警戒している。
また、早乙女の指示で白夜の側に残ったトワイライトの者も、周囲まだ残っている緑の街の住人たちを危なくない場所に避難させつつ周囲を警戒していた。
そのようなことをしながら、闇のゴブリンと軍隊蟻の戦いもしっかりと確認する。
闇のゴブリンの足首を噛み千切ったかと思えば、次の瞬間には軍隊蟻の頭部に闇のゴブリンの拳が叩きつけれる。
闇のゴブリンは、たとえ足を噛み千切られても痛みを感じるようなことはない。
軍隊蟻も痛覚がないのか、頭部を半ば砕かれようともゴブリンに対する攻撃を止めるようなことはなかった。
ただ……この戦いで有利なのは、当然のように闇のゴブリンだ。
純粋に個としての能力であれば、四本腕のゴブリンと軍隊蟻はそう大差はない。
しかし、闇のゴブリンは軍隊蟻に殺されても闇に戻り、またすぐに再生する。
そして闇のゴブリンに倒された軍隊蟻は、そのまま死体が白夜の闇に吸収され……次の瞬間、闇の軍隊蟻として、白夜の闇から姿を現す。
時間が経つに連れ、闇のゴブリン、闇の軍隊蟻の数は増えていく。
今はまだ、軍隊蟻の数も多く対抗出来ている。
だが、それはあくまでも今だけの話であって、時間が経つに従って白夜たちの方が有利になっていくのだ。
「よし、前方はこれで何とか押し切ることが出来てきた。……白夜、後方に人を向かわせることが出来るか?」
白夜の側に残っていたトワイライトの男が、そう告げる。
その言葉に、背後……早乙女がいる場所に視線を向けた白夜が見たのは、緑の街の住人を守りながら戦っているトワイライトの面々。
今はまだ何とかなっているのは、後方に回り込んだ軍隊蟻の数が少ないからだろう。
もし前方から襲ってきたような数の軍隊蟻がいれば、すでに背後の防衛線は崩れていたはずだ。
今は何とかなっているが、早乙女たちの手に負えないようなことになるのは目に見えていた。
また、緑の街の住人が混乱して好き勝手に逃げ出す……といったことになれば、それこそ手に負えなくなってしまう。
それをどうにかするためには、やはり一定の数の闇のゴブリンや闇の軍隊蟻を向かわせる必要があった。
「分かりました。こっちで出せるだけの戦力を出します」
幸い白夜にもまだ余裕がある。
本来なら、その余裕はいざというときのために残しておいた方がいいのは間違いない。
だが、そのいざというのは、それこそ今だと判断したのだ。
「我が闇に眠りし眷属よ、その姿を新たに現せ」
いつものような厨二病的な言葉と共に、白夜の闇から新たにゴブリンが姿を現す。
次々に姿を現すその数は、約五十匹。
その五十匹の闇のゴブリンは、白夜の命令に従って即座に後方に向かって移動を開始する。
緑の街の住人は、自分たちの近くを通る闇のゴブリンを見てもそれを怖がる様子がない。
昨日と今日の工事により、闇のゴブリンが働ていいるのを間近で見ていたというのが大きい。
また、直接的な脅威として軍隊蟻が存在しており、闇のゴブリンは自分たちを守るために動いているというのも大きかった。
「悪い! けど、その調子で頑張ってくれ!」
叫ぶ早乙女の声に、白夜はゴブリンを呼び出しつつも手を振ってそれに応える。
(このまま行けば、勝てる。軍隊蟻の数はそこまで多くないし)
もっとも、その多くないというのは、あくまでもゴブリンを生み出し続けられる能力を持つ白夜だからこそ言えることなのだが。
もしここにいるのが早乙女たちだけであれば、大量の軍隊蟻をどうにか出来たのかは……難しいところだろう。
白夜がいるからこそ対処出来ているということを考えれば、今回ここに白夜がいるというのは非常に運が良かったと言えた。
(けど、何で今日いきなり軍隊蟻がこんなに増えた? ……青の街に移動する途中で軍隊蟻を倒したときの一件が影響してるのか? それとも、別の理由?)
闇のゴブリンを生み出し続けつつ、白夜は何故急にこのようなことになったのかといったことを考える。
何の理由もなく、こうして大量の軍隊蟻がやってくるとは思えず、今の状況を考えれば間違いなく何らかの理由があるはずだった。
だが、その理由が思いつかない以上、今はとにかく軍隊蟻を倒す必要がある以上、そちらに集中する必要がある。
「うおおおおおおおおおおおっ!」
ふと聞こえてきた声に視線を向ければ、そこでは緑の街の住人の男が工事用の道具を使って軍隊蟻に攻撃をしている光景が目に入った。
闇のゴブリンを盾にしているとはいえ、思い切った行動と言ってもいいだろう。
(へぇ。……勇気があるな)
白夜はそんな行動をとった男に感心すると同時に、危険も多いということにどうするべきか迷う。
闇のゴブリンには緑の街の住人を守るようにと命令してあるが、それを考えた上でも軍隊蟻と戦うのは危険が大きい。
どうするべきかとと考え、白夜は更に闇のゴブリンを生み出し、後方に回すのだった。
男の一人の口から出た声が周囲に響くが、多くの者はそんな声を無視して自分の仕事に専念する。
当然だろう。実際に声こそ上げるようなことはなかったが、多くの者が筋肉痛になっていたのだから。
せめてもの救いは、物を運んだり茂みを切り開いたりといった仕事の多くは、白夜の生み出した闇のゴブリンがやっていることだろう。
もし身体が筋肉痛になっている状態でそれらの運動をするようなことになっていれば、それこそ文字通りの意味で地獄を見ていたのは間違いない。
……それでも小さな仕事はそれなりにあり、結果として動くたびに筋肉痛に苦しめられていたのだが。
本格的に道路工事が始まってから、二日目。
その日は、昨日の分の疲労によって多くの者が筋肉痛に苦しめられていた。
平気だったのは、緑の街でも普段から厳しい肉体労働をしている少数の者たちと、これもまた普段からより厳しい訓練を行っているトワイライトの面々か。
白夜もネクストで日頃から訓練を行っているので、筋肉痛にはなっていない。
もっとも、白夜がやっているのはもっぱら闇のゴブリンを召喚して、それに指示を出すということなので、筋肉痛になる筈もいない。……その分、精神的に消耗するのだが。
白夜が精神的に消耗している理由の一つには、やはり能力を使うときに自動的にその口から出る厨二病的な台詞があるのだろう。
それを昨日に続いて今日も多くの者に聞かれたというのは、白夜にとって大きな負担となったのは間違いない。
「ほら、頑張りなさい! だらしないわよ!」
そう言ったのは、緑の街の女。
多くの者の動きが鈍い中、女は比較的元気な者が多い。
……その元気な理由の一つが、やはり工事の最中にモンスターが出てきたときに倒し、それが自分たちの食材になるからというのも大きいのだろう。
実際、昨夜の食事はいつになく肉がたっぷりの、豪華な夕食だったのだから。
当然のように、夕食だけで昨日倒したモンスターの肉を全て消費することは出来ず、残った肉は燻製のように日持ちのする保存食に加工されている。
結果として、燻製作りやモンスターの死体の解体といった仕事に人手を取られ、今日ここにやって来ている女の数は昨日に比べて減っている。
白夜にしてみれば、見目麗しい……とまではいかないが、それでも職場の花たる若い女が減ったのはやる気の減衰に繋がっていた。
「いいよなぁ、お前たちは。こっちは色々と大変なんだぞ」
「何よ、男の癖にだらしない。ほら、トワイライトの人たちを見てみなさいよ。昨日と同じように頑張ってるじゃない」
「あのなぁ……俺たちとトワイライトの人たちを一緒にするなよ。向こうは言ってみれば軍人なんだぜ?」
そう告げる言葉に、女は何かを言うとするも……実際にトワイライトという人々がどれだけの力を持っているのか、自分の目で昨日しっかりと見た以上、それに何かを言うようなことは出来なかった。
「ほら、そっちはしっかりと地面を固めろ! 中途半端にすれば、この道を歩く人が困るんだぞ!」
闇のゴブリンにそんな声をかけているトワイライトのメンバーは、まだ朝だからか、元気一杯といった感じだ。
昨日の夕食に引き続き、朝食も街の住人がしっかりと用意してくれたので、それを腹一杯食べての仕事だ。
当然のように、仕事が始まったばかりの今の時点では、やる気に満ちているのも当然と言えるだろう。
「おい、そっちだ、そっち! 道の端だけど、その木の根は邪魔だから引っこ抜け!」
道になる予定の端の部分で、トワイライトの男が闇のゴブリンに指示を出す。
そこにある切り株は、もう枯れているのだが、それでも根はしっかりと土の中に伸びていた。
青の街の前にあった幾つもの切り株を引っこ抜いた経験が、何気に役に立っているというのは、良かったのか、悪かったのか。
そんな風に時間がすぎていき……筋肉痛になっていた者たちも、ある程度は身体を動かすのに慣れてきたところで、それは起こった。
「ギギギ、ギギギギギ」
「ギギ」
「ギギギギギィ」
不意に……本当に不意にという言葉が正しいのだが、茂みの向こうから軍隊蟻が姿を現したのだ。
それも、以前青の街に行く途中に遭遇した一匹ではなく、それこそ数十……いや、場合によっては百匹を超えているのではないかと、そう思える程の数。
「ちぃ、緑の街の住人は後方に退避を! トワイライトの隊員は前だ! それと白夜! ゴブリンを可能な限り出せ!」
「分かりました!」
白夜は、早乙女の指示に従い、いつもの厨二病の言葉と共に、闇のゴブリンを生み出す。
白夜の影が闇となって広がり、そこから次々に闇のゴブリンが姿を現す。
軍隊蟻に対抗するように、生み出される闇のゴブリンは増えていく。
「きゃあああああああああああああああああああああ」
不意に聞こえてきた、そんな声。
闇のゴブリンを生み出しながら、白夜が咄嗟に声の聞こえてきた方に視線を向ける。
するとそこでは、後方に退避したはずの緑の街の住人の後方からも、軍隊蟻が姿を見せていた。
「後ろにも! くそっ、白夜! こっちは任せてもいいか!? 一応何人かこっちに置いていくが、それ以外は後ろに現れた軍隊蟻の対処をする!」
「分かりました、こっちにはノーラもいるので、心配しないでください!」
「みゃー!」
早乙女の言葉に白夜が叫ぶと、自分のことを言われていると理解したノーラが、大きく鳴き声を上げる。
そんなノーラの言葉を聞き、早乙女は男臭い顔に笑みを浮かべ、口を開く。
「行くぞ、野郎共! ノーラに俺たちのみっともない姿を見せるなよ!」
その叫びの効果はトワイライトの面々の士気を上げる。
(そう言えば、何だかんだとノーラが気に入っていたっけか)
そう思いつつ、白夜は可能な限り闇を広げ……周辺一帯は、闇に包まれる。
この闇こそが、白夜の能力の肝ではあるのだが、それを知らない緑の街の住人は混乱して悲鳴を上げる者もいる。
「落ち着いてください! この地面の闇は、白夜が使う能力に関係するものです! 私たちには何も問題はありません!」
トワイライトの何人かが叫び、その声を聞いた住人達の何人かは落ち着く。
だが、当然その程度で落ち着かないようや者もいる。
白夜は視界の隅でそのような光景を見ていたが、今はより多くの闇のゴブリンを生み出すのが先だ。
そうして次々に生み出されていくゴブリン。
それもただのゴブリンではなく、腕が四本あるゴブリンの亜種とでも呼ぶべき存在だ。
通常のゴブリンよりも大きく、それでいて腕力も明らかに上。
そんなゴブリンが、数十匹……そして百匹、二百匹、三百匹と次々に出てくるのだ。
……微妙に通常のゴブリンが混ざっているのは、白夜の闇の中に吸収された中に通常のゴブリンも混ざっていたからだろう。
そんなゴブリンの群れは、白夜の命令に従って前方から襲いかかってくる軍隊蟻に立ち向かう。
そして……やがて、ゴブリンと軍隊蟻の集団がぶつかった。
軍隊蟻はその強靱は顎でゴブリンを噛み千切ろうとし、ゴブリンの方はその腕力で軍隊蟻を殴りつけようとする。
数で言えば、今のところは軍隊蟻の方が上だ。
だが、ゴブリンは白夜の闇から延々と姿を現し続けている。
最終的に数の差を見れば、互角……もしくは、ゴブリンの方が多くなるはず。
それが、白夜の考えだった。
何よりも、戦っているのは白夜だけではなく、早乙女を始めとするトワイライトの面々もいる。
(とにかく、今は何とか緑の街の住人を守りながら……軍隊蟻を倒し続ける!)
そう考えつつ、ひたすらに連続して闇のゴブリンを生み出している白夜の周囲では、ノーラが空中を飛びながら近づいてくる敵がいないかどうかを警戒している。
また、早乙女の指示で白夜の側に残ったトワイライトの者も、周囲まだ残っている緑の街の住人たちを危なくない場所に避難させつつ周囲を警戒していた。
そのようなことをしながら、闇のゴブリンと軍隊蟻の戦いもしっかりと確認する。
闇のゴブリンの足首を噛み千切ったかと思えば、次の瞬間には軍隊蟻の頭部に闇のゴブリンの拳が叩きつけれる。
闇のゴブリンは、たとえ足を噛み千切られても痛みを感じるようなことはない。
軍隊蟻も痛覚がないのか、頭部を半ば砕かれようともゴブリンに対する攻撃を止めるようなことはなかった。
ただ……この戦いで有利なのは、当然のように闇のゴブリンだ。
純粋に個としての能力であれば、四本腕のゴブリンと軍隊蟻はそう大差はない。
しかし、闇のゴブリンは軍隊蟻に殺されても闇に戻り、またすぐに再生する。
そして闇のゴブリンに倒された軍隊蟻は、そのまま死体が白夜の闇に吸収され……次の瞬間、闇の軍隊蟻として、白夜の闇から姿を現す。
時間が経つに連れ、闇のゴブリン、闇の軍隊蟻の数は増えていく。
今はまだ、軍隊蟻の数も多く対抗出来ている。
だが、それはあくまでも今だけの話であって、時間が経つに従って白夜たちの方が有利になっていくのだ。
「よし、前方はこれで何とか押し切ることが出来てきた。……白夜、後方に人を向かわせることが出来るか?」
白夜の側に残っていたトワイライトの男が、そう告げる。
その言葉に、背後……早乙女がいる場所に視線を向けた白夜が見たのは、緑の街の住人を守りながら戦っているトワイライトの面々。
今はまだ何とかなっているのは、後方に回り込んだ軍隊蟻の数が少ないからだろう。
もし前方から襲ってきたような数の軍隊蟻がいれば、すでに背後の防衛線は崩れていたはずだ。
今は何とかなっているが、早乙女たちの手に負えないようなことになるのは目に見えていた。
また、緑の街の住人が混乱して好き勝手に逃げ出す……といったことになれば、それこそ手に負えなくなってしまう。
それをどうにかするためには、やはり一定の数の闇のゴブリンや闇の軍隊蟻を向かわせる必要があった。
「分かりました。こっちで出せるだけの戦力を出します」
幸い白夜にもまだ余裕がある。
本来なら、その余裕はいざというときのために残しておいた方がいいのは間違いない。
だが、そのいざというのは、それこそ今だと判断したのだ。
「我が闇に眠りし眷属よ、その姿を新たに現せ」
いつものような厨二病的な言葉と共に、白夜の闇から新たにゴブリンが姿を現す。
次々に姿を現すその数は、約五十匹。
その五十匹の闇のゴブリンは、白夜の命令に従って即座に後方に向かって移動を開始する。
緑の街の住人は、自分たちの近くを通る闇のゴブリンを見てもそれを怖がる様子がない。
昨日と今日の工事により、闇のゴブリンが働ていいるのを間近で見ていたというのが大きい。
また、直接的な脅威として軍隊蟻が存在しており、闇のゴブリンは自分たちを守るために動いているというのも大きかった。
「悪い! けど、その調子で頑張ってくれ!」
叫ぶ早乙女の声に、白夜はゴブリンを呼び出しつつも手を振ってそれに応える。
(このまま行けば、勝てる。軍隊蟻の数はそこまで多くないし)
もっとも、その多くないというのは、あくまでもゴブリンを生み出し続けられる能力を持つ白夜だからこそ言えることなのだが。
もしここにいるのが早乙女たちだけであれば、大量の軍隊蟻をどうにか出来たのかは……難しいところだろう。
白夜がいるからこそ対処出来ているということを考えれば、今回ここに白夜がいるというのは非常に運が良かったと言えた。
(けど、何で今日いきなり軍隊蟻がこんなに増えた? ……青の街に移動する途中で軍隊蟻を倒したときの一件が影響してるのか? それとも、別の理由?)
闇のゴブリンを生み出し続けつつ、白夜は何故急にこのようなことになったのかといったことを考える。
何の理由もなく、こうして大量の軍隊蟻がやってくるとは思えず、今の状況を考えれば間違いなく何らかの理由があるはずだった。
だが、その理由が思いつかない以上、今はとにかく軍隊蟻を倒す必要がある以上、そちらに集中する必要がある。
「うおおおおおおおおおおおっ!」
ふと聞こえてきた声に視線を向ければ、そこでは緑の街の住人の男が工事用の道具を使って軍隊蟻に攻撃をしている光景が目に入った。
闇のゴブリンを盾にしているとはいえ、思い切った行動と言ってもいいだろう。
(へぇ。……勇気があるな)
白夜はそんな行動をとった男に感心すると同時に、危険も多いということにどうするべきか迷う。
闇のゴブリンには緑の街の住人を守るようにと命令してあるが、それを考えた上でも軍隊蟻と戦うのは危険が大きい。
どうするべきかとと考え、白夜は更に闇のゴブリンを生み出し、後方に回すのだった。
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修学旅行中のバスにいた筈が、異世界召喚にバスの全員が突如されてしまう。主人公の聡太が得たスキルは穴掘り。外れスキルとされ、屑の外れ者として抹殺されそうになるもしぶとく生き残り、救ってくれた少女と成り上がって行く。不遇といわれるギフトを駆使して日の目を見ようとする物語
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