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66話
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白夜たちが緑の街に帰ってきた翌日……いよいよ本格的に緑の街と青の街を通す道を作る作業が始められた。
もっとも、既に踏み固められたことによってある程度の道は出来ており、白夜たちがやるのは、それをもっと広げて道を均し、上り坂と下り坂になっている場所を平らな道にし、踏み固められた道の途中にある岩を寄せて……といった具合だ。
そうでなければ、車で行き来も出来ないだろう。
そして、当然の話だが……今回の仕事の中でもっとも大きな仕事をすることになるのは、白夜の生み出す闇のゴブリンたちだ。
闇のゴブリンの数を集めれば、道を広げたり均したりといったことは、そう難しい話ではない。
もっとも闇のゴブリンを大量に生み出しても、使える道具の数は決まっている。
白夜の能力を知っていた早乙女も、一応それなりに多くの道具を持ってきてはいたが、その量は当然のように限られてしまう。
だが、緑の街、青の街双方からその手の道具を借りるという交渉は、双方共に不調に終わっていた。
スコップやツルハシ、それ以外にも色々と使えそうな道具はあるが、その手の道具は街としても貴重な物だ。
もし早乙女を始めとしたトワイライトの者が使うというのであれば、貸すことを躊躇うようなことはなかっただろう。
だが、道具を使うのが白夜の生み出した闇のゴブリンともなれば、話が違う。
それこそ下手に道具を貸した場合、壊されてしまうという可能性を決して否定出来なかったのだ。
……そして白夜もまた、自分の生み出した闇のゴブリンが道具を借りた場合、それを壊さないとは断言出来なかった。
一応本来早乙女たちが使うために持ってきた道具を闇のゴブリンたちに使わせ、早乙女たちは緑の街から借りた道具を使う……といったようにやってはいるのだが、闇のゴブリンの数を考えれば、焼け石に水でしかない。
「そう、そこの岩を何匹かで道になる予定の場所からもっと外に……ああ、違う違う! 道のすぐ外に捨てれば、道を拡張するときにまた移動させる必要があるだろ! もっと離れた場所まで捨ててこい!」
トワイライトのメンバーが出す指示に、闇のゴブリンは素直に従う。
百キロはあるだろう岩を、二匹のゴブリンが協力して運んでいく。
……これが普通のゴブリンであれば、それこそ二匹どころかその倍いても持ち上げることは出来ないだろうが、闇のゴブリンは腕が四本あり、普通のゴブリンよりも圧倒的に力が強い。
そのおかげで、二匹で岩を運ぶといった真似をするのも難しくはなかった。
また、別の場所ではでこぼこになっている地面を均す作業が行われている。
近くにある木を切って、その木を丸太にすると、それで地面を均す。
普通であれば非常に根気のいる作業だったのだが、幸いにも闇のゴブリンは自我のようなものをほとんど持たない。
言ってみれば、白夜の命じるままに動くロボットのようなものだ。
だからこそ、人間にとっては面倒臭い作業であっても飽きもせず、命じられるままに延々と行う。
欠点としては、ゴブリンそのものがそこまで器用な種族という訳でもないので、指先を使って行うような細かい作業には向いていないということか。
だが、今回のように丸太を使って地面を均すという作業には、器用さは必要ない。
全く必要がないという訳ではないのだろうが、それでも闇のゴブリンの器用さでも特に問題はない程度だった。
他にも、雨だったり、動物やモンスターが掘り返したり、それ以外の理由だったりで穴が空いている場所には周囲から土を持ってきて穴を埋め、丸太で何度も突いて固める。
本来なら、もっと専門的な知識が必要なるような行為なのだろうが……今回に限っては、青の街と緑の街の間に道を通すのを最優先としているので、時に問題とはされていない。
「よし、その茂みだ! それはちょっと邪魔だから引き抜いてくれ! そこから道なりにずっとだぞ!」
また、少し離れた場所で二十匹ほどの闇のゴブリンに命じて道の側にある茂みをを根元から引き抜くといった作業を行っている者もいる。
道なりに茂みが生えているということは、いつその茂みが道のある方に伸びてくるが分からず、何よりも軍隊蟻のようなモンスターが茂みに隠れていても分からないということを意味している。
その辺りの事情を考えると、道路のすぐ側にある茂みの類は全て除去した方がいいのは確実だった。
もっとも、もしこれが早乙女たちと緑の街の住人で行われるのであれば、ここまで徹底してやるようなことは出来なかっただろう。
それが出来るのは、やはり白夜の持つ闇のゴブリンを生み出すという能力のおかげだ。
そしてて……当然のように、そのような茂みを引き抜くといった真似をすれば、その茂みに隠れていたモンスターや動物といったものが飛び出してくる。
「きゃっ、きゃあああああああっ!」
道のすぐ側にいた緑の街の女が、闇のゴブリンが抜いた茂みのすぐ側からいきなり巨大な蛙……それこそ体高四十センチ近くもある蛙が跳びだしてきたのを見て、悲鳴を上げる。
「任せろ!」
女のすぐ側にいたトワイライトのメンバーの一人が、素早く槍を突き出す。
道を通す仕事そのものは闇のゴブリンがやっており、それを指示する者も数人……そして、緑の街の住人がいれば、ある程度はどうとでもなる。
だからこそ、念のためにと護衛の仕事を与えられた者もいたのだが、その結果がすぐにでも出たのは、喜ぶべきか、悲しむべきか。
ともあれ、素早く突き出された槍は巨大な蛙を貫き、一撃で殺すことに成功した。
それを見ていた周囲の村人たちは、あまりに鮮やかな一撃に思わず拍手を送る。
実際には巨大な蛙はそこまで強力なモンスターではないからこそ、こうしてあっさりと倒すことが出来たのだが。
「無事か?」
「え? ええ。……ありがとう。助かったわ」
まだいきなり蛙のモンスターを見た驚きが残っているのか、助けられた女は短くそう答える。
だが、そんな態度も次の瞬間……蛙のモンスターの死体を見た瞬間には変わる。
「大変、早く血抜きをしないと。肉も早く切り分ける必要があるわね」
そう言い、蛙のモンスター死体に向かっていく。
この蛙のモンスターは、そこまで強力なモンスターではなく、何より食べて美味いモンスターだと知っているからだろう。
ラブロマンスを期待した訳ではないだろうが、それでも助けた相手と多少なりとも良い雰囲気になるのではないか。
そんな風に思っていた男は、自分に目もくれずナイフを使って蛙のモンスターの解体を始めていた。
当然ながら、かなり巨大な蛙のモンスターである以上、その女一人だけで解体出来るはずもない。
周囲にいた緑の街の者たちの何人かが、その解体に手を貸す。
「あ……」
そんな中で何かを言いかけたのは白夜だ。
モンスターの死体というのは、白夜にとって自分の手駒を増やす材料でもある。
瞬く間に解体されている蛙のモンスターも、闇に取り込めば闇のモンスターとすることが出来たのだ。
蛙のモンスターが具体的にどのように役立つのかは分からないが、それでも使える手段というのは多ければ多い方がいい。
そう思ったのだが……白夜が何かを言うよりも前に解体が進んでいる光景を見て、美味い肉だと喜んでいるのを見れば、それ以上何か言えるはずもない。
ここであの蛙のモンスターを取り上げるような真似をすれば、間違いなく自分にとって面白くないことが起きるという予感もあった。
結局は白夜が何かを言うよりも前に、解体は終わる。
当然だが解体の全てが完全に終わったという訳ではなく、大雑把に解体が終わったのであって、細かい解体は緑の街に帰ってからのものになるだろう。
「あー……えっと、ゴブリンは気をつけるようにしてくれ。茂みの伐採をやっているゴブリンは、特にだ」
白夜の言葉に、闇のゴブリンたちは特に何かを返事をするといった様子はなかったが、それでも白夜はそれに満足したのかそれ以上は特に何かを言う様子もない。
とはいえ、仕事を始めてから一時間かそこらでいきなり弱いとはいえモンスターが現れたのだから、この工事に協力している者の中には色々と思うところがある者も多そうだった。
「な、なぁ。本当に大丈夫か? あの闇のゴブリンがいるなら、俺たちはここにいなくてもいいと思うんだけど」
「馬鹿、何を言ってるのよ。男でしょ、しっかりしなさいよね。全く……軍隊蟻が出て来たならともかく、あの程度のモンスターを相手に、何を怖がってるのよ」
怯えた様子を見せる男の隣で、その男と顔見知りと思える女が男の背中を叩いて活を入れる。
実際にはモンスターが現れたことで驚いている、そして怖がっている者も相応にいるのだが、そんな様子を見せられれば怖いとは言えなくなってしまう。
ここで怯えた様子を見せれば、後日そのことでからかわれ……何より、嫁探しのときにも影響してくるのは明らかだからだ。
そうである以上、虚勢や空元気であっても自分はモンスターを怖がっていないと、自分は頼れる男であると示すのは、男である以上は当然だった。
そんなやり取りを横目に、白夜は闇のゴブリンに対して指示を出していく。
早乙女を始めとするトワイライトの面々も自分の仕事を一生懸命にやっており、緑の街の恋愛事情に口を出すつもりはない。
……そのような真似をした場合、下手をすれば泥沼の恋愛沙汰に巻き込まれてしまいかねないと考えているのだろう。
もっとも、中には何人かそのような危機を理解した上でも、緑の街の女と仲良くなりたいと思う者もいたのだが。
そして緑の街の女にとっても、トワイライトのメンバーというのは恋愛対象として優良物件なのは間違いない。
トワイライトの面々と恋愛関係になれば、一夜の恋人という訳ではない限り、東京まで一緒に行くことになる。
若い女が一人減るのは人的資源という意味で被害が大きく、街の上層部にしてみれば、好ましいことでないのは間違いなかったが。
「また出たぞ!」
それぞれが自分の仕事に集中していると、再びそんな声が周囲に響く。
声のした方に視線を向けた白夜が見たのは、巨大な……それこそ、体長五メートル近いムカデ。
それだけの大きさになれば、当然のようにその辺のムカデと一緒にする訳にもいかない。
まして、巨大なムカデのモンスターは周囲に対して非常に攻撃的な様子を見せている。
「緑の街の住人は退避しろ! この巨大ムカデはさっきの蛙とは違うぞ!」
トワイライトのメンバーの一人が、若干切羽詰まった様子で叫ぶ。
先程の蛙はあっさりと倒すことが出来たし、食材として使えるので、その出現はむしろ喜ばれた。
だが、この巨大なムカデのモンスターは、特に食材となる存在ではない。
素材として使える部分がない訳ではないが、それよりは見た目の恐怖の方が受ける印象が強い。
「きゃああああああああああっ!」
少し離れた場所にいた、二十代の女に向けて巨大ムカデが襲いかかる。
体長五メートルほどもある巨大ムカデだけに、近くにいたトワイライトのメンバーも対処に遅れ……
「守れ、ゴブリン!」
そんな中、白夜の声が周囲に響く。
その命令に女の近くにいた闇のゴブリンが動き、女と巨大ムカデの間に立ち塞がる。
「え?」
一瞬、女は何が起きたのか理解出来ない。
前の前に広がっていたのは、黒い何か。
女は、それが闇のゴブリンの身体だと気が付いたかどうか。
だが、女がそれに気が付くよりも前に、巨大ムカデは闇のゴブリンに向かって襲いかかる。
女が何かを言うよりも前に、闇のゴブリンは女を半ば強引に押す。
闇のゴブリンに吹き飛ばされた女だったが、それに文句を言うような者は誰もいないだろう。
何故なら、女を吹き飛ばした闇のゴブリンは、次の瞬間には巨大ムカデの口によって身体を上下二つに分断されたのだから。
もっとも、闇のゴブリンはその名の通り生身の肉体がある訳ではなく、その身体は白夜の能力たる闇で生み出されたものだ。
そうである以上、たとえ身体を切断さてても血や肉、内蔵、骨といったものが散らばるようなことはなく、闇の霧となり……白夜の影から広がっている闇に吸収されていく。
「おらああああああああああああああっ!」
巨大ムカデが、噛み砕いたはずの闇のゴブリンが消えたことに戸惑った数秒の隙を、当然早乙女率いるトワイライトの面々は見逃さない。
それぞれが手に武器を持ち、動きを止めた巨大ムカデに襲いかかる。
そんな早乙女に数秒遅れ、白夜もまた先程まで工事をしていた闇のゴブリンに命じて巨大ムカデに攻撃するように命じ……やがて、巨大ムカデはその命を落とすのだった。
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そうでなければ、車で行き来も出来ないだろう。
そして、当然の話だが……今回の仕事の中でもっとも大きな仕事をすることになるのは、白夜の生み出す闇のゴブリンたちだ。
闇のゴブリンの数を集めれば、道を広げたり均したりといったことは、そう難しい話ではない。
もっとも闇のゴブリンを大量に生み出しても、使える道具の数は決まっている。
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だが、緑の街、青の街双方からその手の道具を借りるという交渉は、双方共に不調に終わっていた。
スコップやツルハシ、それ以外にも色々と使えそうな道具はあるが、その手の道具は街としても貴重な物だ。
もし早乙女を始めとしたトワイライトの者が使うというのであれば、貸すことを躊躇うようなことはなかっただろう。
だが、道具を使うのが白夜の生み出した闇のゴブリンともなれば、話が違う。
それこそ下手に道具を貸した場合、壊されてしまうという可能性を決して否定出来なかったのだ。
……そして白夜もまた、自分の生み出した闇のゴブリンが道具を借りた場合、それを壊さないとは断言出来なかった。
一応本来早乙女たちが使うために持ってきた道具を闇のゴブリンたちに使わせ、早乙女たちは緑の街から借りた道具を使う……といったようにやってはいるのだが、闇のゴブリンの数を考えれば、焼け石に水でしかない。
「そう、そこの岩を何匹かで道になる予定の場所からもっと外に……ああ、違う違う! 道のすぐ外に捨てれば、道を拡張するときにまた移動させる必要があるだろ! もっと離れた場所まで捨ててこい!」
トワイライトのメンバーが出す指示に、闇のゴブリンは素直に従う。
百キロはあるだろう岩を、二匹のゴブリンが協力して運んでいく。
……これが普通のゴブリンであれば、それこそ二匹どころかその倍いても持ち上げることは出来ないだろうが、闇のゴブリンは腕が四本あり、普通のゴブリンよりも圧倒的に力が強い。
そのおかげで、二匹で岩を運ぶといった真似をするのも難しくはなかった。
また、別の場所ではでこぼこになっている地面を均す作業が行われている。
近くにある木を切って、その木を丸太にすると、それで地面を均す。
普通であれば非常に根気のいる作業だったのだが、幸いにも闇のゴブリンは自我のようなものをほとんど持たない。
言ってみれば、白夜の命じるままに動くロボットのようなものだ。
だからこそ、人間にとっては面倒臭い作業であっても飽きもせず、命じられるままに延々と行う。
欠点としては、ゴブリンそのものがそこまで器用な種族という訳でもないので、指先を使って行うような細かい作業には向いていないということか。
だが、今回のように丸太を使って地面を均すという作業には、器用さは必要ない。
全く必要がないという訳ではないのだろうが、それでも闇のゴブリンの器用さでも特に問題はない程度だった。
他にも、雨だったり、動物やモンスターが掘り返したり、それ以外の理由だったりで穴が空いている場所には周囲から土を持ってきて穴を埋め、丸太で何度も突いて固める。
本来なら、もっと専門的な知識が必要なるような行為なのだろうが……今回に限っては、青の街と緑の街の間に道を通すのを最優先としているので、時に問題とはされていない。
「よし、その茂みだ! それはちょっと邪魔だから引き抜いてくれ! そこから道なりにずっとだぞ!」
また、少し離れた場所で二十匹ほどの闇のゴブリンに命じて道の側にある茂みをを根元から引き抜くといった作業を行っている者もいる。
道なりに茂みが生えているということは、いつその茂みが道のある方に伸びてくるが分からず、何よりも軍隊蟻のようなモンスターが茂みに隠れていても分からないということを意味している。
その辺りの事情を考えると、道路のすぐ側にある茂みの類は全て除去した方がいいのは確実だった。
もっとも、もしこれが早乙女たちと緑の街の住人で行われるのであれば、ここまで徹底してやるようなことは出来なかっただろう。
それが出来るのは、やはり白夜の持つ闇のゴブリンを生み出すという能力のおかげだ。
そしてて……当然のように、そのような茂みを引き抜くといった真似をすれば、その茂みに隠れていたモンスターや動物といったものが飛び出してくる。
「きゃっ、きゃあああああああっ!」
道のすぐ側にいた緑の街の女が、闇のゴブリンが抜いた茂みのすぐ側からいきなり巨大な蛙……それこそ体高四十センチ近くもある蛙が跳びだしてきたのを見て、悲鳴を上げる。
「任せろ!」
女のすぐ側にいたトワイライトのメンバーの一人が、素早く槍を突き出す。
道を通す仕事そのものは闇のゴブリンがやっており、それを指示する者も数人……そして、緑の街の住人がいれば、ある程度はどうとでもなる。
だからこそ、念のためにと護衛の仕事を与えられた者もいたのだが、その結果がすぐにでも出たのは、喜ぶべきか、悲しむべきか。
ともあれ、素早く突き出された槍は巨大な蛙を貫き、一撃で殺すことに成功した。
それを見ていた周囲の村人たちは、あまりに鮮やかな一撃に思わず拍手を送る。
実際には巨大な蛙はそこまで強力なモンスターではないからこそ、こうしてあっさりと倒すことが出来たのだが。
「無事か?」
「え? ええ。……ありがとう。助かったわ」
まだいきなり蛙のモンスターを見た驚きが残っているのか、助けられた女は短くそう答える。
だが、そんな態度も次の瞬間……蛙のモンスターの死体を見た瞬間には変わる。
「大変、早く血抜きをしないと。肉も早く切り分ける必要があるわね」
そう言い、蛙のモンスター死体に向かっていく。
この蛙のモンスターは、そこまで強力なモンスターではなく、何より食べて美味いモンスターだと知っているからだろう。
ラブロマンスを期待した訳ではないだろうが、それでも助けた相手と多少なりとも良い雰囲気になるのではないか。
そんな風に思っていた男は、自分に目もくれずナイフを使って蛙のモンスターの解体を始めていた。
当然ながら、かなり巨大な蛙のモンスターである以上、その女一人だけで解体出来るはずもない。
周囲にいた緑の街の者たちの何人かが、その解体に手を貸す。
「あ……」
そんな中で何かを言いかけたのは白夜だ。
モンスターの死体というのは、白夜にとって自分の手駒を増やす材料でもある。
瞬く間に解体されている蛙のモンスターも、闇に取り込めば闇のモンスターとすることが出来たのだ。
蛙のモンスターが具体的にどのように役立つのかは分からないが、それでも使える手段というのは多ければ多い方がいい。
そう思ったのだが……白夜が何かを言うよりも前に解体が進んでいる光景を見て、美味い肉だと喜んでいるのを見れば、それ以上何か言えるはずもない。
ここであの蛙のモンスターを取り上げるような真似をすれば、間違いなく自分にとって面白くないことが起きるという予感もあった。
結局は白夜が何かを言うよりも前に、解体は終わる。
当然だが解体の全てが完全に終わったという訳ではなく、大雑把に解体が終わったのであって、細かい解体は緑の街に帰ってからのものになるだろう。
「あー……えっと、ゴブリンは気をつけるようにしてくれ。茂みの伐採をやっているゴブリンは、特にだ」
白夜の言葉に、闇のゴブリンたちは特に何かを返事をするといった様子はなかったが、それでも白夜はそれに満足したのかそれ以上は特に何かを言う様子もない。
とはいえ、仕事を始めてから一時間かそこらでいきなり弱いとはいえモンスターが現れたのだから、この工事に協力している者の中には色々と思うところがある者も多そうだった。
「な、なぁ。本当に大丈夫か? あの闇のゴブリンがいるなら、俺たちはここにいなくてもいいと思うんだけど」
「馬鹿、何を言ってるのよ。男でしょ、しっかりしなさいよね。全く……軍隊蟻が出て来たならともかく、あの程度のモンスターを相手に、何を怖がってるのよ」
怯えた様子を見せる男の隣で、その男と顔見知りと思える女が男の背中を叩いて活を入れる。
実際にはモンスターが現れたことで驚いている、そして怖がっている者も相応にいるのだが、そんな様子を見せられれば怖いとは言えなくなってしまう。
ここで怯えた様子を見せれば、後日そのことでからかわれ……何より、嫁探しのときにも影響してくるのは明らかだからだ。
そうである以上、虚勢や空元気であっても自分はモンスターを怖がっていないと、自分は頼れる男であると示すのは、男である以上は当然だった。
そんなやり取りを横目に、白夜は闇のゴブリンに対して指示を出していく。
早乙女を始めとするトワイライトの面々も自分の仕事を一生懸命にやっており、緑の街の恋愛事情に口を出すつもりはない。
……そのような真似をした場合、下手をすれば泥沼の恋愛沙汰に巻き込まれてしまいかねないと考えているのだろう。
もっとも、中には何人かそのような危機を理解した上でも、緑の街の女と仲良くなりたいと思う者もいたのだが。
そして緑の街の女にとっても、トワイライトのメンバーというのは恋愛対象として優良物件なのは間違いない。
トワイライトの面々と恋愛関係になれば、一夜の恋人という訳ではない限り、東京まで一緒に行くことになる。
若い女が一人減るのは人的資源という意味で被害が大きく、街の上層部にしてみれば、好ましいことでないのは間違いなかったが。
「また出たぞ!」
それぞれが自分の仕事に集中していると、再びそんな声が周囲に響く。
声のした方に視線を向けた白夜が見たのは、巨大な……それこそ、体長五メートル近いムカデ。
それだけの大きさになれば、当然のようにその辺のムカデと一緒にする訳にもいかない。
まして、巨大なムカデのモンスターは周囲に対して非常に攻撃的な様子を見せている。
「緑の街の住人は退避しろ! この巨大ムカデはさっきの蛙とは違うぞ!」
トワイライトのメンバーの一人が、若干切羽詰まった様子で叫ぶ。
先程の蛙はあっさりと倒すことが出来たし、食材として使えるので、その出現はむしろ喜ばれた。
だが、この巨大なムカデのモンスターは、特に食材となる存在ではない。
素材として使える部分がない訳ではないが、それよりは見た目の恐怖の方が受ける印象が強い。
「きゃああああああああああっ!」
少し離れた場所にいた、二十代の女に向けて巨大ムカデが襲いかかる。
体長五メートルほどもある巨大ムカデだけに、近くにいたトワイライトのメンバーも対処に遅れ……
「守れ、ゴブリン!」
そんな中、白夜の声が周囲に響く。
その命令に女の近くにいた闇のゴブリンが動き、女と巨大ムカデの間に立ち塞がる。
「え?」
一瞬、女は何が起きたのか理解出来ない。
前の前に広がっていたのは、黒い何か。
女は、それが闇のゴブリンの身体だと気が付いたかどうか。
だが、女がそれに気が付くよりも前に、巨大ムカデは闇のゴブリンに向かって襲いかかる。
女が何かを言うよりも前に、闇のゴブリンは女を半ば強引に押す。
闇のゴブリンに吹き飛ばされた女だったが、それに文句を言うような者は誰もいないだろう。
何故なら、女を吹き飛ばした闇のゴブリンは、次の瞬間には巨大ムカデの口によって身体を上下二つに分断されたのだから。
もっとも、闇のゴブリンはその名の通り生身の肉体がある訳ではなく、その身体は白夜の能力たる闇で生み出されたものだ。
そうである以上、たとえ身体を切断さてても血や肉、内蔵、骨といったものが散らばるようなことはなく、闇の霧となり……白夜の影から広がっている闇に吸収されていく。
「おらああああああああああああああっ!」
巨大ムカデが、噛み砕いたはずの闇のゴブリンが消えたことに戸惑った数秒の隙を、当然早乙女率いるトワイライトの面々は見逃さない。
それぞれが手に武器を持ち、動きを止めた巨大ムカデに襲いかかる。
そんな早乙女に数秒遅れ、白夜もまた先程まで工事をしていた闇のゴブリンに命じて巨大ムカデに攻撃するように命じ……やがて、巨大ムカデはその命を落とすのだった。
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しかし彼は、異世界の知識を利用して新な魔法を生み出すスキル【魔学者】を使用できるが、彼はそのスキルを隠し、無能を演じていただけだった。
そうとは知らずに、彼を追放した赤いバラは、今までシロウのサポートのお陰で強くなっていたことを知らずに、ダンジョンに挑む。だが、初めての敗北を経験したり、その後借金を背負ったり地位と名声を失っていく。
一方自由になったシロウは、新な町での冒険者活動で活躍し、一目置かれる存在となりながら、追放したマリーを助けたことで惚れられてしまう。手料理を振る舞ったり、背中を流したり、それはまるで押しかけ女房だった!
これは、チート能力を手に入れてしまったことで、無能を演じたシロウがパーティーを追放され、その後ソロとして活躍して無双すると、他のパーティーから追放されたエルフや魔族といった様々な追放少女が集まり、いつの間にかハーレムパーティーを結成している物語!
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