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58話
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その街は、この時代の街としてはそれなりに繁栄していた。
もちろん東京のように大規模な街という訳ではないが、それでもこの周辺ではかなり栄えている方だろう。
……だからこそ、その街と同じくらい繁栄している街との間に道を繋げ、より大きな繁栄をしようと考えたのだ。
それは道で繋がれる予定の街の方でも同じで、今回の一件は街の未来を掛けた大事業と言ってもいい。
そんな大事業なだけに、当然のように大勢の者達が期待し、トワイライトからも腕利きの能力者が来るのだろうと考えていた。
能力者という存在は、一般人にとっては怖いものがある。
能力を使って犯罪を起こすような者もいるのだから、それは当然だろう。
だが今回に限っては、その能力者こそが街の間に道を通す上で必須の存在だった。
だからこそ……だからこそ、やって来たのが車二台にすぎないというのを知ったとき、街の住人たちは落胆すると同時に苛立ちを抱く。
自分たちの将来がかかっていると言ってもいい仕事が、甘く見られているのではないかという思いを抱いたからだ。
それでも、トワイライトからやってきた能力者はこの街にいる能力者とは比べものにならないくらい強力な能力者である以上、その苛立ちを表に出すようなことは出来ない。
「今回道を通す依頼を受けて、トワイライトからやって来た早乙女大五郎です。よろしく頼みます」
出迎えた街の住人……恐らく街長(まちおさ)と思われる五十代くらいの人物に、早乙女がそう言葉をかける。
街長は早乙女よりもかなり年上なのだが、早乙女の口調は敬語でありつつも、過剰に敬っている様子はない。
これは、能力者と一般人、トワイライトの隊員と一般人……その辺りの違いからだろう。
「緑の街の街長をしている、大東(だいとう)小次郎(こじろう)じゃ。こちらこそ、よろしく頼む。だが……こう言ってはなんだが、青の街、道路を繋げようとしている街だが、その青の街までに強力なモンスターや盗賊、野生動物も多く出没する。だというのに、これだけの人数で大丈夫か?」
夕日に照らされて小次郎の表情をしっかりと確認することは出来ないが、それでも口調の中に不信感が含まれているのは分かる。
だが、早乙女も大人だ。
自分たちの人数が少ないことに不安と不満を抱いているのは分かっているが、こちらも表情に出すような真似をしない。
とはいえ、このままの状況ではこの色々と不味いことにもなりかねない。
であれば、ここで一度自分たちの力を……特に今回の一件では大きな戦力となるだろう白夜の力を見せておくべきだと判断する。
「大丈夫ですよ、うちの大型新人がいますから。その男の能力を使えば、人数の少なさは全く問題になりません」
正確には、白夜はトワイライト所属ではなく、まだネクストの生徒だ。
だが、ここでネクストの生徒がいるというのを言えば、間違いなく大東は早乙女の言葉を信じないだろう。
だからこそ、ネクストの生徒ではなくトワイライトの一員と認識されるように『うちの大型新人』といった表現をしたのだ。
(嘘も方便、か)
大型新人と評された白夜は、そんな早乙女の言葉に何と言っていいのか迷う。
だが、結局ここで力を見せる……これだけの人数でやって来た理由をしっかりと見せなければ、面倒が起きるのはほぼ間違いないと判断し、一歩前に出た。
「お主は?」
いきなり前に出て来た白夜を見て、大東は訝しげに呟く。
まだ十代の白夜は、それこそ大東にとっては子供に等しい。
そんな人物が出て来て何をするのかと……そう尋ねる。
もっとも、それは結局のところポーズにすぎない。
何故なら、この一行の中に大型新人がいるという話は既に聞いており、そうなれば当然この中で一番若い白夜がその大型新人になるだろうことは、容易に想像出来たからだ。
「早乙女さんから紹介のあった、大型新人です。……自分で言うのはちょっと恥ずかしいですね。ああ、こっちは俺の従魔で相棒のノーラです」
「みゃー!」
白夜の言葉に、空飛ぶマリモといった外見のノーラは空中で短く鳴き声を上げる。
そんなノーラの姿に、何人かの住人は目を奪われていた。
その性格を知らなければ、ノーラは愛らしい姿をしていると言っても過言ではない。……白夜は性格を知ってるので、あまりそれを認めたくはないが。
ともあれ、ノーラのおかげで大東を始めとした緑の街の住人たちの態度が若干柔らかくなったのは、早乙女たちにとって幸運だった。
「ほら、ノーラ。降りてこい。えっと、それじゃあこれから俺が期待の新人呼ばわりされている理由を見せますね」
降りてきたノーラをいつものように頭の上に乗せ、白夜は大東にそう告げる。
若干まだ何かを言いたそうにしていた大東だったが、白夜とノーラの様子を見て一度は様子を見てからにしようと判断したのか、黙ったままだ。
緑の街の住人たちが視線を向けている中、白夜はこれから思うとことを考え、薄らと頬を赤くする。
一番分かりやすいということで闇のゴブリンを生み出すのだが……そうなれば当然のように能力を使う必要があり、いつものように厨二病的な台詞は口から出てしまう。
「我が内に眠りし、深淵の闇よ。その闇の中に抱きし命の一つをここに顕現せよ」
「え?」
白夜の言葉を聞いた緑の街の住人の一人が若干間の抜けた声を上げたが、幸い他の者たちうはそれをスルーした。
もっともスルーしたからといって、白夜の厨二病的な台詞を聞いていなかった訳ではないので、ここは触れずにおこうと考えただけなのかもしれないが。
ともあれ、白夜の台詞が終わると同時に足下の影から闇が広がる。
何人かの住人がそれに気が付き、先程の厨二病的な台詞が出たときよりも大きな驚きの声が上がるが……それでも広がった闇は白夜を中心として半径二メートルくらいだったこともあり、その驚きも次第に収まった。
だが、その収まった驚きも闇で構成されたゴブリンが生み出されたのを見ると、再び驚きの声が出る。
今度の驚きは、闇を見たとき以上の驚きだ。
当然このような場所で暮らしている以上、緑の街の住人たちもゴブリンを見たことはあるだろう。
モンスターの中では最もありふれた存在である以上、それはおかしくない。
しかし……白夜の闇からゴブリンが現れたとなれば、それで驚くなという方が無理だった。
何より、ゴブリンというのは多少の濃淡のような違いはあれども、緑色の肌をしているのが殆どだ。
だというのに、目の前に姿を現したゴブリンは緑の要素は一切なく、闇と呼ぶのに相応しい漆黒の肌をしている。
姿を現したゴブリンはあくまでも普通のゴブリンで、四本腕のゴブリンでなかったのは、緑の街の住人達を驚かさないようにという白夜の気遣いだったのだが。
もし四本腕のゴブリンを見れば、恐らく大東を始めとした緑の街の住人の驚きはただのゴブリンを見た時よりも遙かに上だったのだろう。
「これは……ゴブリン、かの?」
緑の街の住人で真っ先に我に返ったのは、当然のように大東だった。
「そうです。俺の能力で生み出したゴブリンで、こちらの指示に従います」
そう言い、白夜は闇のゴブリンにその場で座るように命じる。
すると闇のゴブリンは、白夜の命令通りにその場に座り込む。
次に立つように命じて、腕立て伏せ、腹筋、スクワット……といったように次々と命じていくが、ゴブリンはその命令の全てに対して従順に従う。
ここまでの光景を見せられれば、大東も白夜の能力がとてつもないものだというのは分かる。
……もっとも、能力者でも何でもない大東の驚きは、能力者の早乙女たちとはまた別の受け取り方をしていたのだが。
「ちなみに俺の命令だけじゃなくて、誰々の命令を聞けと命令すれば、その相手の命令も聞きます。他にも一度殺……」
「ともあれ! ……見て貰った通り白夜のこの能力を使えば、全く問題なく工事は行うことが出来ます」
白夜の言葉の途中で早乙女が割り込み、大東にそう告げる。
そんな早乙女の様子に少しだけ疑問を抱くも、説明をしてくれるというのであれば、わざわざ白夜がこれ以上話す必要もないということで話す役目を早乙女に譲り、後ろに下がる。
大東も早乙女の様子に若干訝しげな視線を向けたが、今回やってきた者たちは十分道を通す上で戦力になるということが分かった以上、ここで無意味に騒動を起こす必要もないと思ったのか、そのことには触れないで早乙女と話を続けていた。
(もしかして、闇のゴブリンが死んでも生き返るって情報を与えたくなかったのか?)
早乙女と大東が話しているのを見て、白夜はふとそんな風に思う。
早乙女は自分の能力を口に出そうとした白夜を庇ったのだろう、と。
「では、そういことで……」
「うむ。トワイライトの能力者たちには期待しておる」
白夜が考えている間にも、その能力を見た大東は早乙女との話を進めていき、無事に話は纏まる。
もっとも、トワイライトに今回の仕事の報酬は支払っているのだから、ここで無理に早乙女たちを断るような真似をしても緑の街にはデメリットしかないのだが。
「では……鎌谷(かまたに)、トワイライトの方々を宿舎として使う家に案内せよ」
「分かりました」
話が終わったのか、大東の言葉に二十代半ばほどの男が一歩前に出て、素早く頭を下げる。
「今回の仕事の間、皆さんのお世話をすることになった鎌谷尚人(なおと)です。よろしくお願いします!」
そう言う様子は、好青年のようにも見える。
だが、大東がわざわざ指名したということは、恐らく何か別の意図があるのだろうというのが、早乙女を含めて白夜以外のトワイライトの面々の感想だった。
白夜も何だか怪しいようには思えたが、取りあえず自分たちに危害を加える様子もないので、特に気にした様子はない。
この辺は経験の違いなのだろう。
「車の方はどうします? その……街の外に置いておくと、モンスターとかがやって来るかもしれませんが」
鎌谷の言葉に、早乙女は数秒考えてから口を開く。
「街の中に入れて貰えるのであれば、こちらとしても移動がスムーズになって助かる」
「分かりました。その、宿舎として使う場所の近くに空き地がありますので、あとでそちらまで持っていって貰えますか?」
「それで構わない。では、まずは宿舎の方に案内してくれ」
早乙女の言葉に従い、鎌谷は一行を案内する。
……とはいえ、車の近くに誰も残さないというのは色々と危険なので、一行の中から二人が車の側で警護をすることになったのだが。
一行は鎌谷に率いられるように、街中を歩く。
だが、当然のように早乙女を始めとする他の面々はいざという時のために武器を手にしており、それは白夜も例外ではなく金属の棍を持っている。
もっとも長剣や槍といったような武器と違い、金属の棍は刃が付いている訳でもなく、威圧感もそこまで高いものではない。
そういう意味では白夜が緑の街の住人に怖がられることはなかったのだが……それは、あくまでも白夜だけだ。
他の面々は多かれ少なかれ武器を持っている以上、どうしても怖がられてしまう。
とはいえ、それは武器を持っているから怖がられているという訳ではなく、見知らぬ誰かが武器を持っているから怖がられているという方が正しいのだが。
緑の街でも、当然のようにモンスターによる被害はある。
いや、むしろ白夜たちが住んでいる東京のように壁で覆われている訳ではない以上、モンスターによる被害は大きい。
街の作る場所としてモンスターの襲撃が少ない場所を選ぶというのは、当然の話だ。
だが、モンスターの多くは生き物で、当然のように一定の場所から出て来ないという訳ではない。
餌がなくなれば違う場所に移動もするし、別にそのような理由がなくても何らかの要因で今までいた場所から移動することも珍しくはない。
そうである以上、安全な場所として街を作った場所にも、モンスターが姿を現すのはおかしな話ではなかった。
事実、宿舎として使われる建物に案内されている白夜が見た限りでも、街の住人の中には何人か武器を持っている者の姿がある。
そのような者達がいる以上、白夜たちが武器を持っているからといって、怖がられるようなことはない。
(結局のところ、見知らぬ俺たちが武器を持ってるのが怖いんだろうな。トワイライトから来たと言っても、その全員が信じられる相手って訳でもないだろうし。……そもそも、それ以前に俺はトワイライトの隊員じゃなくて、ネクストの生徒だし)
自分の頭の上で休憩しているノーラの存在を思いながら、白夜はそんな風に考えつつ街中を歩くのだった。
もちろん東京のように大規模な街という訳ではないが、それでもこの周辺ではかなり栄えている方だろう。
……だからこそ、その街と同じくらい繁栄している街との間に道を繋げ、より大きな繁栄をしようと考えたのだ。
それは道で繋がれる予定の街の方でも同じで、今回の一件は街の未来を掛けた大事業と言ってもいい。
そんな大事業なだけに、当然のように大勢の者達が期待し、トワイライトからも腕利きの能力者が来るのだろうと考えていた。
能力者という存在は、一般人にとっては怖いものがある。
能力を使って犯罪を起こすような者もいるのだから、それは当然だろう。
だが今回に限っては、その能力者こそが街の間に道を通す上で必須の存在だった。
だからこそ……だからこそ、やって来たのが車二台にすぎないというのを知ったとき、街の住人たちは落胆すると同時に苛立ちを抱く。
自分たちの将来がかかっていると言ってもいい仕事が、甘く見られているのではないかという思いを抱いたからだ。
それでも、トワイライトからやってきた能力者はこの街にいる能力者とは比べものにならないくらい強力な能力者である以上、その苛立ちを表に出すようなことは出来ない。
「今回道を通す依頼を受けて、トワイライトからやって来た早乙女大五郎です。よろしく頼みます」
出迎えた街の住人……恐らく街長(まちおさ)と思われる五十代くらいの人物に、早乙女がそう言葉をかける。
街長は早乙女よりもかなり年上なのだが、早乙女の口調は敬語でありつつも、過剰に敬っている様子はない。
これは、能力者と一般人、トワイライトの隊員と一般人……その辺りの違いからだろう。
「緑の街の街長をしている、大東(だいとう)小次郎(こじろう)じゃ。こちらこそ、よろしく頼む。だが……こう言ってはなんだが、青の街、道路を繋げようとしている街だが、その青の街までに強力なモンスターや盗賊、野生動物も多く出没する。だというのに、これだけの人数で大丈夫か?」
夕日に照らされて小次郎の表情をしっかりと確認することは出来ないが、それでも口調の中に不信感が含まれているのは分かる。
だが、早乙女も大人だ。
自分たちの人数が少ないことに不安と不満を抱いているのは分かっているが、こちらも表情に出すような真似をしない。
とはいえ、このままの状況ではこの色々と不味いことにもなりかねない。
であれば、ここで一度自分たちの力を……特に今回の一件では大きな戦力となるだろう白夜の力を見せておくべきだと判断する。
「大丈夫ですよ、うちの大型新人がいますから。その男の能力を使えば、人数の少なさは全く問題になりません」
正確には、白夜はトワイライト所属ではなく、まだネクストの生徒だ。
だが、ここでネクストの生徒がいるというのを言えば、間違いなく大東は早乙女の言葉を信じないだろう。
だからこそ、ネクストの生徒ではなくトワイライトの一員と認識されるように『うちの大型新人』といった表現をしたのだ。
(嘘も方便、か)
大型新人と評された白夜は、そんな早乙女の言葉に何と言っていいのか迷う。
だが、結局ここで力を見せる……これだけの人数でやって来た理由をしっかりと見せなければ、面倒が起きるのはほぼ間違いないと判断し、一歩前に出た。
「お主は?」
いきなり前に出て来た白夜を見て、大東は訝しげに呟く。
まだ十代の白夜は、それこそ大東にとっては子供に等しい。
そんな人物が出て来て何をするのかと……そう尋ねる。
もっとも、それは結局のところポーズにすぎない。
何故なら、この一行の中に大型新人がいるという話は既に聞いており、そうなれば当然この中で一番若い白夜がその大型新人になるだろうことは、容易に想像出来たからだ。
「早乙女さんから紹介のあった、大型新人です。……自分で言うのはちょっと恥ずかしいですね。ああ、こっちは俺の従魔で相棒のノーラです」
「みゃー!」
白夜の言葉に、空飛ぶマリモといった外見のノーラは空中で短く鳴き声を上げる。
そんなノーラの姿に、何人かの住人は目を奪われていた。
その性格を知らなければ、ノーラは愛らしい姿をしていると言っても過言ではない。……白夜は性格を知ってるので、あまりそれを認めたくはないが。
ともあれ、ノーラのおかげで大東を始めとした緑の街の住人たちの態度が若干柔らかくなったのは、早乙女たちにとって幸運だった。
「ほら、ノーラ。降りてこい。えっと、それじゃあこれから俺が期待の新人呼ばわりされている理由を見せますね」
降りてきたノーラをいつものように頭の上に乗せ、白夜は大東にそう告げる。
若干まだ何かを言いたそうにしていた大東だったが、白夜とノーラの様子を見て一度は様子を見てからにしようと判断したのか、黙ったままだ。
緑の街の住人たちが視線を向けている中、白夜はこれから思うとことを考え、薄らと頬を赤くする。
一番分かりやすいということで闇のゴブリンを生み出すのだが……そうなれば当然のように能力を使う必要があり、いつものように厨二病的な台詞は口から出てしまう。
「我が内に眠りし、深淵の闇よ。その闇の中に抱きし命の一つをここに顕現せよ」
「え?」
白夜の言葉を聞いた緑の街の住人の一人が若干間の抜けた声を上げたが、幸い他の者たちうはそれをスルーした。
もっともスルーしたからといって、白夜の厨二病的な台詞を聞いていなかった訳ではないので、ここは触れずにおこうと考えただけなのかもしれないが。
ともあれ、白夜の台詞が終わると同時に足下の影から闇が広がる。
何人かの住人がそれに気が付き、先程の厨二病的な台詞が出たときよりも大きな驚きの声が上がるが……それでも広がった闇は白夜を中心として半径二メートルくらいだったこともあり、その驚きも次第に収まった。
だが、その収まった驚きも闇で構成されたゴブリンが生み出されたのを見ると、再び驚きの声が出る。
今度の驚きは、闇を見たとき以上の驚きだ。
当然このような場所で暮らしている以上、緑の街の住人たちもゴブリンを見たことはあるだろう。
モンスターの中では最もありふれた存在である以上、それはおかしくない。
しかし……白夜の闇からゴブリンが現れたとなれば、それで驚くなという方が無理だった。
何より、ゴブリンというのは多少の濃淡のような違いはあれども、緑色の肌をしているのが殆どだ。
だというのに、目の前に姿を現したゴブリンは緑の要素は一切なく、闇と呼ぶのに相応しい漆黒の肌をしている。
姿を現したゴブリンはあくまでも普通のゴブリンで、四本腕のゴブリンでなかったのは、緑の街の住人達を驚かさないようにという白夜の気遣いだったのだが。
もし四本腕のゴブリンを見れば、恐らく大東を始めとした緑の街の住人の驚きはただのゴブリンを見た時よりも遙かに上だったのだろう。
「これは……ゴブリン、かの?」
緑の街の住人で真っ先に我に返ったのは、当然のように大東だった。
「そうです。俺の能力で生み出したゴブリンで、こちらの指示に従います」
そう言い、白夜は闇のゴブリンにその場で座るように命じる。
すると闇のゴブリンは、白夜の命令通りにその場に座り込む。
次に立つように命じて、腕立て伏せ、腹筋、スクワット……といったように次々と命じていくが、ゴブリンはその命令の全てに対して従順に従う。
ここまでの光景を見せられれば、大東も白夜の能力がとてつもないものだというのは分かる。
……もっとも、能力者でも何でもない大東の驚きは、能力者の早乙女たちとはまた別の受け取り方をしていたのだが。
「ちなみに俺の命令だけじゃなくて、誰々の命令を聞けと命令すれば、その相手の命令も聞きます。他にも一度殺……」
「ともあれ! ……見て貰った通り白夜のこの能力を使えば、全く問題なく工事は行うことが出来ます」
白夜の言葉の途中で早乙女が割り込み、大東にそう告げる。
そんな早乙女の様子に少しだけ疑問を抱くも、説明をしてくれるというのであれば、わざわざ白夜がこれ以上話す必要もないということで話す役目を早乙女に譲り、後ろに下がる。
大東も早乙女の様子に若干訝しげな視線を向けたが、今回やってきた者たちは十分道を通す上で戦力になるということが分かった以上、ここで無意味に騒動を起こす必要もないと思ったのか、そのことには触れないで早乙女と話を続けていた。
(もしかして、闇のゴブリンが死んでも生き返るって情報を与えたくなかったのか?)
早乙女と大東が話しているのを見て、白夜はふとそんな風に思う。
早乙女は自分の能力を口に出そうとした白夜を庇ったのだろう、と。
「では、そういことで……」
「うむ。トワイライトの能力者たちには期待しておる」
白夜が考えている間にも、その能力を見た大東は早乙女との話を進めていき、無事に話は纏まる。
もっとも、トワイライトに今回の仕事の報酬は支払っているのだから、ここで無理に早乙女たちを断るような真似をしても緑の街にはデメリットしかないのだが。
「では……鎌谷(かまたに)、トワイライトの方々を宿舎として使う家に案内せよ」
「分かりました」
話が終わったのか、大東の言葉に二十代半ばほどの男が一歩前に出て、素早く頭を下げる。
「今回の仕事の間、皆さんのお世話をすることになった鎌谷尚人(なおと)です。よろしくお願いします!」
そう言う様子は、好青年のようにも見える。
だが、大東がわざわざ指名したということは、恐らく何か別の意図があるのだろうというのが、早乙女を含めて白夜以外のトワイライトの面々の感想だった。
白夜も何だか怪しいようには思えたが、取りあえず自分たちに危害を加える様子もないので、特に気にした様子はない。
この辺は経験の違いなのだろう。
「車の方はどうします? その……街の外に置いておくと、モンスターとかがやって来るかもしれませんが」
鎌谷の言葉に、早乙女は数秒考えてから口を開く。
「街の中に入れて貰えるのであれば、こちらとしても移動がスムーズになって助かる」
「分かりました。その、宿舎として使う場所の近くに空き地がありますので、あとでそちらまで持っていって貰えますか?」
「それで構わない。では、まずは宿舎の方に案内してくれ」
早乙女の言葉に従い、鎌谷は一行を案内する。
……とはいえ、車の近くに誰も残さないというのは色々と危険なので、一行の中から二人が車の側で警護をすることになったのだが。
一行は鎌谷に率いられるように、街中を歩く。
だが、当然のように早乙女を始めとする他の面々はいざという時のために武器を手にしており、それは白夜も例外ではなく金属の棍を持っている。
もっとも長剣や槍といったような武器と違い、金属の棍は刃が付いている訳でもなく、威圧感もそこまで高いものではない。
そういう意味では白夜が緑の街の住人に怖がられることはなかったのだが……それは、あくまでも白夜だけだ。
他の面々は多かれ少なかれ武器を持っている以上、どうしても怖がられてしまう。
とはいえ、それは武器を持っているから怖がられているという訳ではなく、見知らぬ誰かが武器を持っているから怖がられているという方が正しいのだが。
緑の街でも、当然のようにモンスターによる被害はある。
いや、むしろ白夜たちが住んでいる東京のように壁で覆われている訳ではない以上、モンスターによる被害は大きい。
街の作る場所としてモンスターの襲撃が少ない場所を選ぶというのは、当然の話だ。
だが、モンスターの多くは生き物で、当然のように一定の場所から出て来ないという訳ではない。
餌がなくなれば違う場所に移動もするし、別にそのような理由がなくても何らかの要因で今までいた場所から移動することも珍しくはない。
そうである以上、安全な場所として街を作った場所にも、モンスターが姿を現すのはおかしな話ではなかった。
事実、宿舎として使われる建物に案内されている白夜が見た限りでも、街の住人の中には何人か武器を持っている者の姿がある。
そのような者達がいる以上、白夜たちが武器を持っているからといって、怖がられるようなことはない。
(結局のところ、見知らぬ俺たちが武器を持ってるのが怖いんだろうな。トワイライトから来たと言っても、その全員が信じられる相手って訳でもないだろうし。……そもそも、それ以前に俺はトワイライトの隊員じゃなくて、ネクストの生徒だし)
自分の頭の上で休憩しているノーラの存在を思いながら、白夜はそんな風に考えつつ街中を歩くのだった。
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