虹の軍勢

神無月 紅

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56話

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 埼玉に向かっていた白夜たちだったが、空を行くのならともかく、車で移動するとなると当然のように時間がかかる。
 また、夜になれば明かりの類もほとんどなく、ライトを付けても進むのは難しい。
 夜になればモンスターが活発に動き出すというこもあり、ライトを付けて移動するのはそのようなモンスターを刺激する可能性もあった。
 もちろんこの一行であれば、早乙女を筆頭にその辺のモンスターに襲われても撃退するのは難しくない話ではある。
 だが、一刻も早く急いでいるときであればまだしも、今はそこまで危険を冒す必要はない。
 そのような理由から、一行は途中で野営をすることになる。
 もっとも、野営ではあってもテントで眠るのではなく、車の中で眠るのだが。
 テントを使ってもよかったのだが、そうなった場合は見張りを立てる必要がある。
 いや、車の中で眠るにしても見張りは立てる必要があるのだが、どうしてもテントと車では中で眠っている者の安全性が違う。

「おっさん、缶詰の中に魚の奴なかったっけ?」

 白夜と一緒の車に乗っている男の一人が、早乙女に缶詰を要求する。
 今回の依頼は白夜の能力訓練という意味合いもあるが、当然のようにきちんとした依頼として成立しており、しっかりと街と街の間に道を通す必要がある。
 ……もっとも道を通すのはともかく、それを維持するというのはかなりの労働力が必要となる。
 早乙女たちがいなくなったあとでそれをどうするのか、白夜もそれは知らない。
 とはいえ、依頼を出す以上は報酬も必要なる。
 そうである以上、当然のように何らかの目算はあるはずだった。

「あいよ」

 男の言葉に、早乙女は後部座席の後ろ……荷物を詰め込んでいる場所にあるリュックから缶詰を一つ取り出し、軽く放り投げる。
 車の中での睡眠ということで、当然食事も車の中で行われていた。
 臭いでモンスターや野生動物が近寄ってくる可能性を考えれば、それも当然だろう。

「あー、早く足を伸ばして眠れる場所で休みたいな。早乙女さん、街に行けば宿泊所は用意しているんだよな?」
「ああ、もちろんだ。だが全員がそこで休めるって訳じゃねえぞ。……もっとも、白夜のゴブリンが上手い具合に見張りが可能なら、どうにかなる必要もあるだろうけど」

 梅干しの入ったおにぎりを食べながら、早乙女の視線が白夜に向けられる。
 当然車に乗っている他の者たちの視線も白夜に向けられた。
 きちんとしたベッドで眠るのと、工事現場で眠るのとでは、当然のように疲れの取れ具合が違う。
 だが、そのような視線を向けられた白夜だったが、すぐに答えることは出来ない。
 闇のゴブリンを労働力として使うという方法について思いついたのは、今日だ。
 まだその手のことを試していない以上、出来るかと言われて、すぐにはいそうですと答えることは出来ない。
 もっとも、感覚としては多分大丈夫だという思いはあるのだが。

「ああ、じゃあさ。どうせ今夜はここで野宿をするんだし、見張りとして使えるかどうか試してみたらどうだ? ゴブリンくらいなら、もし何かあっても対処出来ないこともないだろ」

 自分で持って来たのだろう丼に鮭のおにぎりを入れて箸で崩し、そこに水筒から熱々のお茶を掛けてお茶漬けにしている男が、そう言ってくる。
 話の内容より、おにぎりをお茶漬けにするという行為に目を奪われていた白夜だったが、頭の上に乗っていたノーラが毛針で軽く東部を刺したおかげで、我に返る。

「えっと、やってやれないことはないと思います。ただ、本当に初めて試すので、場合によっては数時間で消えてしまう可能性が十分にありますよ?」

 一応、念のためにといった様子で言う白夜だったが、もし見張りをゴブリンに任せることが出来るのであれば、今回の仕事が大幅に楽になるのは間違いない。
 よって、白夜の言葉に反対する者は誰もいなかった。

「よし、じゃあ早速外に出て試してみるか! 乾(いぬい)、向こう連中も呼んできてくれ。あいつらも白夜の能力は直接自分の目で見てみたいだろ」

 そう言われ、運転手の乾という男は軽く手を振って昆布の佃煮が入ったおにぎりを口の中に放り込んで車を出ていく。
 白夜や早乙女、それに他の面々も、実際にどのようなゴブリンが出てくるのか興味があるのだろう。それぞれ食事を無理に口の中に押し込んだり、取りあえずその場に置いて車の外に出る。
 車の外に出れば、もう乾から話を聞いたのだろう。もう一台の車に乗っていた面々が既に降りて、どこか期待の視線を白夜に向けていた。

「白夜、取りあえず自己紹介しておけ。出発する時はそんな余裕がなかっただろ」
「そう言われれば、否定は出来ませんね」

 自分が今回の仕事に巻き込まれたときのことを思い出し、白夜はしみじみと呟く。
 それから、目の前にいるもう一台の車に乗っていた面々に対し、頭を下げる。

「今回の仕事はよろしくお願いします。ネクスト所属の、白鷺白夜です、こっちは俺の従魔のノーラ」
「みゃー!」

 白夜の紹介に合わせるように、ノーラが短く鳴き声を上げる。

『おおー』

 従魔そのものは、そこまで珍しいといものではない。
 だが、外見が愛らしい従魔となれば、話は別だった。
 ……普通なら女がそういう従魔に弱いのだが、男だって可愛いものは可愛いと思ってもおかしくはない。
 ノーラは自分が褒められているということを理解しているためか、嬉しそうに白夜の頭の上を移動しながら、みゃーみゃーと鳴き声をあ上げる。
 空に浮かんだノーラを見て、さらに驚きの声を上げる男たち。
 従魔を連れている能力者や魔法使いの類はそこまで珍しい訳ではないのだが……それだけに、白夜から見てこの様子は若干疑問を抱くものがあった。
 とはいえ、ここで新参者の自分が何を言ったところで意味がないのは理解している以上、ノーラの紹介が終わってから闇のゴブリンを生み出そうとしたのだが……

「いや、ノーラだったか。可愛いな。あー、満足した。そろそろ戻るぞ! 明日にでも……」
「って、ちょっと早乙女さん!?」

 自分の生み出す闇のゴブリンを見て、それで見張りが出来るかどうかを確認するのではなかったか。
 ノーラを見て満足したかのように車に戻ろうとしている早乙女……だけではなく、他の面々にも思わずといった様子で白夜が突っ込む。
 そんな白夜の突っ込みに、早乙女は自分が何故わざわざ車の外に出て来たのかを思い出したのだろう。慌てたように白夜に謝る。

「っと、悪い悪い。今回の目当ては、あくまでも白夜の能力の確認だったな」

 あ、と。
 他の者たちも全員がそんな早乙女の言葉に若干間の抜けた声を発した。
 早乙女だけではなく、全員が完全に白夜の能力の確認だということを忘れていたのだろう。
 そんな早乙女たちに対し、白夜は溜息と共に言葉を吐き出す。

「思い出してくれたのなら、それでもいいですけど。……で、ゴブリンはどうします? やらなくてもいいのなら、車に戻りますけど?」

 若干拗ねた様子になっているのは、やはりノーラに皆の意識が集中して自分が完全に忘れ去られていたからだろう。
 そんな白夜に、早乙女が再度頭を下げる。

「悪かったって。別に俺たちも悪気があってそうした訳じゃない。ただ、ノーラのような可愛らしい従魔は滅多に見ないから、ちょっとそっちに意識を集中しすぎただけで。……ほら、だから白夜のゴブリンを見せてくれ。そのゴブリンが、今回の仕事では大きな役割を果たすことになるかもしれないんだから」

 そう言われれば、白夜もこれ以上拗ねたままということも出来ない。
 他の者たちからも期待の視線を向けられ、少しだけ気分を持ち直した白夜は、改めて口を開く。

「分かりました。じゃあ、闇のゴブリンを生み出しますね」

 そんな白夜を見て、何人かが心の中でチョロいと思ったが……それが表情に出るようなことがないのは、お互いにとって幸いだったのだろう。

「我が闇の深淵に潜みし、暗黒の命よ! 我が前に現れ出でよ!」

 突然白夜の口から出た厨二病的な言葉に、一瞬何が起きたのかといった視線が向けられるが、本人はそれを意識的に無視する。……頬が赤くなるのは止められなかったが。
 そんな白夜の影から広がるように、闇が地面を広がっていく。
 とはいえ、その影の広さは異形のゴブリンと戦っていたときほどの広さではない。
 あくまでも闇のゴブリンを一匹生み出せる程度の、そんな広さ。
 闇から、まるで植物が生えるかのように一匹のゴブリンが姿を現す。
 ただしそれは普通のゴブリンではなく、白夜の闇に大量にストックされている四本腕のゴブリンだ。

『おお!』

 再度全員の口から驚愕の声が上がる。
 全員の口からという点ではノーラのときと同じだったが、その声の質はノーラのときのものとは違う。
 ノーラのときは愛らしいもの、可愛いものを愛でるかのような声であったのに対し、今回はゴブリンの能力を見極めるような色が濃い。

「これが、四本腕のゴブリンか。この類のゴブリンは、初めて見たな」
「ああ。腕が増えただけ……って訳じゃなく、身体の大きさも普通のゴブリンよりも大きい。これは、戦うとなるとちょっと厄介そうな相手だと思う」
「けど、腕が四本あってもそれを使いこなせるのか? 普通に考えれば、四本腕なんて使いこなせる訳ではないだろうし」
「あー……そうだな。けど、このゴブリンはこの肩から生えている腕を追加で付けたとかいう訳じゃなく、最初から生えてるんだろ? なら、四本腕でも普通に使えるんじゃないか? 人間に急に尻尾を付けても使いこなすのは無理だろうけど、動物とかは尻尾を普通に使ってるし」

 そんな会話をしてる中で、早乙女が白夜に告げる。

「白夜、そのゴブリンをちょっと動かしてみてくれ」
「あ、はい。えっと……具体的にどんな風にすれば? ただ漠然と動かせと言われても、どういう動きをさせればいいのか分からないんですけど」
「ん? ああ、そうだな。なら……取りあえず、向こうの木まで移動させて、それに触ってから戻ってこさせてくれ」

 そう言われた白夜は、闇のゴブリンに対して命令を出す。
 白夜の闇によって生み出されたゴブリンは、大雑把な命令をして闇のゴブリンの判断に任せるという方法と、しっかりと白夜がコントロールするという命令の方法がある。
 基本的に白夜が使うのは、前者の方法だ。
 ゲートの一件のときに異形のゴブリンと敵対したときもそうだったし、体育館で能力を確認したときもそうだった。
 そんな白夜の命令に従い、ゴブリンは月明かりの中を歩き出す。
 一歩を踏み出した四本腕のゴブリンに対し、それを見ていた者達の口からは驚きの声が上がった。
 とはいえ、ゴブリンの方はそんな声を特に気にしたようもなく歩き続け、白夜が示した木に触れると、そのまま戻ってくる。

「こんな感じですけど」
「白夜の命令は素直に聞くらしいな。そうなると、他の者の命令はどうだ? ゴブリン、右に一歩移動しろ」

 早乙女がゴブリンに命令するが、ゴブリンが動く様子はない。

「動かない、か。そうなると……白夜、俺の命令に従うように言ってくれないか?」
「分かりました。ゴブリン、早乙女さんの命令に従え」

 早乙女の言葉にそう命令した白夜だったが、ふと誰々の命令に従えと言っても、その誰々をゴブリンがどう認識するのかという疑問を抱く。
 ゴブリンが人間の名前や顔を覚えていられるのであれば問題はないのだが、ことはそう簡単に進まないのではないか。
 そう、思っていたのだが……

「右に一歩動け」

 早乙女が命令すると、四本腕のゴブリンはあっさりと右に一歩移動する。

(早乙女さんの命令を素直に聞いた? どうやって早乙女さんを早乙女さんとして認識してるんだ? いや、こっちにとっては使いやすいからいいんだけど)

 白夜の命令に従って早乙女の命令に従う四本腕のゴブリンを見ながら、白夜は疑問を抱く。
 白夜の大雑把な命令に従う以上、闇によって生み出されたゴブリンにもある程度の知能があるのは確実だ。
 だが、その知能で早乙女の顔を見分けられるのかと言われれば……白夜も首を傾げざるを得ない。

(となると……もしかして、俺が早乙女さんを早乙女さんとして認識してるから、ゴブリンも早乙女さんを認識しているのか? うーん、可能性としてはあると思うけど、正直どうなんだろうな)

 そんな疑問を抱いている白夜の視線の先では、早乙女の命令によって闇のゴブリンが色々な動きを見せている。
 左右に一歩動き、前に進み、後ろに戻り。
 地面に落ちている石を持ち上げさせてみたりといった真似をして……それを見ていた者たちが羨ましくなったのだろう。
 白夜に向けて、自分にもゴブリンを操作させて欲しいと頼み込む。
 月明かりの中でさらに白夜がゴブリンを召喚し、それを皆でそれぞれ動かして遊ぶ……いや、どのように使えるのかといった風に確認をするのだった。
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