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55話
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高木と能力の調査をした日から、数日……白夜は全く見知らぬ者たちと共に車に乗っていた。
もっとも、車と言っても街中を走ってるような普通の車ではなく、モンスターに襲撃されてもある程度は対処出来るよう頑丈に作られた、一種の軍用車なのだが。
「俺、何でこんな場所にいるんだろ」
「みゃー」
車の中で白夜が呟くと、七色の髪を座布団代わりにしていたノーラも、白夜の言葉に同意するように鳴き声を上げる。
本来なら、今日はネクストとして授業を受けるはずだったのだ。
それが学校に行ってみれば、教室に入るよりも前に教師に呼び出されて職員室に行き、それから流されるように今回の仕事……埼玉にある街と街の間を通る道を整備する仕事に行くことになったのだ。
一応報酬はそれなりに高額だったが、最近はTVや雑誌の類も出るようになっていた白夜だけに、懐はそれなりに潤っているので、そこにはあまり魅力を感じなかった。
……一緒に仕事に行く者の中に美人や可愛い女がいれば、多少は話が違ったのかもしれないが……残念ながら、今回の仕事で一緒なのは全員が男のみだ。
「はっはっは。お前も災難だったな。けど、安心しろ。軍隊蟻が出てくるまで、お前は基本的に見学と考えておけばいい。ネクストの生徒がトワイライトの仕事を近くで見ることが出来るんだから、結構運が良いんだぞ?」
白夜の前の席に座っている三十代程の男が、笑い声を上げながらそう告げる。
筋骨隆々と呼ぶのが相応しく、二メートルほどの体格であるということもあり、かなりの迫力を周囲に放っていた。
それでも威圧的な感じがしないのは、男の顔に浮かんでいるのが陽気な笑みだからだろう。
早乙女(さおとめ)大五郎(だいごろう)。
今回の依頼における最高責任者で、この車ともう一台の車に乗っている者たち全てを取り仕切っている男だ。
「そう言われても……俺はネクストの生徒で、まだトワイライトの隊員じゃないんですよ? なのに、何でまた急にこんなことになったんです?」
「あー……簡単に言えば、やっぱりお前の能力が関係してるんだろうな」
白夜の隣に座っている、二十代後半の男が若干同情の色を見せて白夜に告げる。
「力って……もう知られてるんですか?」
「いや、知ってる奴は少ない。俺達が知ってるのは、あくまでも今回の仕事に関係してくるから、特別に知らされたんだよ」
次に白夜に声をかけたのは、車を運転している、こちらも二十代程の男。
助手席に乗っている二十代後半の男は、目を瞑って眠っている。
軍用車であっても、アスファルトで整備された道ではなく、それこそ大変革によって道なき道とでも呼ぶような、かろうじて踏み固められた道があるだけだ。
当然そのような場所を車で、それもそれなりの速度で走れば、当然ながら酷く揺れる。
そんな状況であっても起きる様子がないのだから、白夜にしてみれば思わず感心してしまう。
「そんな訳で、今回の仕事はある程度のベテラン揃いって訳だ。……だから、十代の奴はいねえだろ?」
早乙女のその言葉に、白夜はこの車に乗っている面子と、もう一台の車に乗っている面子の顔を思い浮かべる。
そのどれもが明らかに白夜よりも年上なのは間違いなく、早乙女が言ってる通り十代の者はいなかったように思えた。
もちろん、童顔の者もいれば老けて見える顔もいないので、絶対とは言わない。だが早乙女がこうまで言ってるのを思えば、それは恐らく間違いなく真実なのだろうと白夜には思えた。
「俺のフォロー役……お守(も)りってことですか」
現在の自分の状況が分かっていても、やはりお守りがいるというのは白夜にとって嬉しいことではない。
微かに眉を顰めて呟く白夜に、早乙女は笑みを浮かべて宥(なだ)めるように言う。
「ま、そう嫌そうな顔をするな。上から聞いてる話だと、お前の能力は相当なものだって話だぜ? そうである以上、お前をきちんとフォローする役目を用意するのは当然だ」
「……それは否定しませんけど」
白夜自身、自分の能力がアンバランスだというのは承知しているし、能力の検査を行ったときに高木からもしっかりと言われている。
距離をとって闇でゴブリンを生み出して物量で押すという戦いなら、一方的に白夜が有利だ。
だが近くまで間合いを詰められると、白夜の能力はあくまでもネクストの生徒にすぎないゆえに、脆い。
ネクストの中でも分類すれば上位に位置するだろうが、それでもあくまでもネクストの範囲内であって、ゾディアックのような例外とは比べものにならない。
つまり、ネクストの中でも白夜が持つ金属の棍で倒せない相手というのは、ある程度の人数がいるのだ。
そしてネクストはトワイライトの下部組織な訳で……そう考えれば、当然のように白夜は戦いで近接戦闘を避けざるを得ない。
(まあ、最悪あの異形のゴブリンを作り出すという手段はあるんだけど……呼び出せるのは数秒、どんなに頑張っても十秒あるかどうかといったところなんだよな)
高木と二人で行った能力検証にて、異形のゴブリンを生み出すことは出来たものの、それを戦わせることが出来るかと言われればまず不可能だ。
そんな状況で異形のゴブリンは、むしろ白夜の魔力を無意味に消費させるだけの代物でしかない。
「そう言えば、ちょっと聞きたいんだけどよ」
と、白夜がへこんでいる状況の中で、車を運転していた男が口を開く。
最初はそれが自分に向けての呼びかけているのだとは気が付かなかった白夜だったが、車のミラー越しに視線を向けられているのに気が付き、慌てて口を開く。
「あ、はい。何ですか?」
「今回の道を作る作業で、お前のゴブリンは当てにしてもいいのか?」
「あー……その、それはどういう? つまり、労働力としてゴブリンを使うってことですか?」
その発想はなかった。
それが、今の説明を聞いた白夜の正直な感想だった。
数万匹規模のゴブリン……それも普通のゴブリンではなく、四本腕で明らかに通常のゴブリンの上位種と思われる存在を、数万匹生み出せるのだ。
考えてみれば、それこそ今回のような仕事の場合、労働力として使うにはこれ以上ないほどのものだった。
闇から生み出されるのがゴブリンということで、白夜は完全にそのゴブリンを戦闘用として認識していたのだ。
それは、ゲートの一件でゴブリンたちと激しい戦闘を繰り広げた記憶が強く焼き付いているから、というのも大きいだろう。
「どうなんでしょう? そもそも、能力を使った回数がそんなに多くないないので……」
「今回の仕事は、白夜の能力の訓練という意味合いが強い。出来るようなら、しっかりと試してみるべきだな。機械の類が入れないような場所ってのは多い。そうなると結局人力での作業になる。……いや、この場合はゴブリン力(りき)か? 語呂が悪いな」
東京ではそれなりに車も走っているが、それはあくまで東京だからだ。
それこそ今回行くような街は、東京からそう遠く離れていなくても車の類はかなり稀少な代物となる。
ましてや、それが工事車両ともなれば尚更だろう。
そのような物がない場所であれば、白夜の持つ数万匹のゴブリンというのは圧倒的な労働力となる。
……もっとも、四本腕のゴブリンと一緒に仕事をするのを嫌う者も当然いるので、いつでもどこでも使えるという方法ではないのだが。
特に田舎の場合、ゴブリンによって住人が被害を受けていることは決して珍しいことではない。
四本腕で、闇で出来ているとはいえ、白夜の生み出すゴブリンは間違いなくゴブリンだと認識は出来るのだ。
ゴブリンに家族を連れ去られたり、殺されたり、畑や家畜を荒らされたりとしたものが、ゴブリンの好印象を抱けるはずもない。
そのような者達の中には、白夜に対して嫌悪感を抱くような者がいてもおかしくはなかった。
「うーん……話は分かりますけど、そうなると今度は戦力じゃなくて工事の担当って感じで色々と連れ回されそうな気がしますね」
「それは別にいいだろ? 報酬は安いけど、命の危険はないし」
命の危険がないというのは、白夜にとってもありがたい。ありがたいのだが……それでも、出来れば工事現場で働きたくないという理由があった。それは……
「そうですけど、工事現場って男だけって印象じゃないですか。それこそ、今回もそうですけど。どうせ仕事をするなら、美人だったり、可愛かったり、美人だったり、美人だったりする相手と一緒に仕事をしたいですし」
「お前が女好きなのはよーく分かった。可愛い系より美人系が好きだってのもな」
早乙女が若干……いや、それ以上に呆れの表情を込めながら白夜に向けて告げる。
そこに少しだけ羨ましさがあるのは、自分も白夜くらいの年齢の頃は女と仲良くなる方法を必死に考えていたと思い出したからか。
「ん? でも、お前は鈴風ラナと友達じゃなかったか?」
「マジか!?」
運転手の男がそう言うと、助手席の怠そうにしていた男がいきなり白夜の顔を見る。
その反応は、それこそトワイライトの能力者として相応しい速度だった。
もっとも、このような場所でそれを証明してもどうなのかという思いがない訳でもないが。
「えーっと……まぁ、はい。もっともゲートの件で偶然一緒になっただけで、それが終わってからほとんど連絡は取れないんですが」
本来ならメール交換や電話も出来る相手ではあるのだが、今の反応からそれを言ったら間違いなく自分にも教えろと言われそうな予想がしたので、白夜は適当に誤魔化す。
そんな白夜の言葉に、助手席に座っていた男が若干不満そうに、そして残念そうに視線を前に向ける。
「あー……こいつのことはあまり気にしないでくれ。鈴風ラナのファンなんだよ。まぁ、ファンって意味なら他にも何人かいるけど」
運転手の男が、取りなすように言う。
もっとも、鈴風ラナは現在かなり人気の高い歌手だ。
モデルとしても活動をしており、そのどちらでも雑誌で紹介されることが多い。
それだけにラナのファンという人物が多くても、それは不思議な話ではない。
実際、白夜もラナのファンだったのだから。
「その気持ちは分かります。俺の友達にもラナのファンは大勢いますしね」
白夜が口にしたのは、間違いのない事実だ。
ラナのファンは、子供から老人まで広くにいるのだが……それでもやはり、白夜くらいの年齢の男にしてみれば、生唾を飲み込みたくなるような女らしい体型に思う所が多い者は間違いなかった。
特に白夜の知り合いには、その手の者が多い。
……類は友を呼ぶ、ということが証明されていた。
「その気持ちは分からないでもないけどな。トワイライトにも鈴風ラナのファンはいくらでもいるし」
「分かってたけど、やっぱり人気は高いんですね」
しみじみと呟く白夜の声が周囲に響く。
白夜も、ちょっと前まではそんなファンと一緒の立場だったのだ。
だが、ふとしたことで音也を助け、その音也が鈴風ラナの……南風(なんぷう)五十鈴の弟であったことが、その運命を大きく変えた。
もっとも、最初は白夜も五十鈴がラナだとは思いもしなかったのだが。
その後、ゴブリンの件で色々とあって親しくなったのは、白夜にとっては間違いなく幸運だっただろう。
光の薔薇の異名を持つ麗華とも相応に親しくなったし、闇の能力も進化し、数万匹の四本腕のゴブリンという手駒も入手した。
その上で開いたゲートを閉じることも出来たのだから、結果だけで見れば異形のゴブリンの一件は白夜にとって大きな利益となったのは間違いない。
(もっとも、文字通りの意味で死闘……紙一重の戦いをようやく潜り抜けたのだと考えると、出来れば同じような騒動には巻き込まれたくはないんだけどな)
しみじみと内心で考える白夜の頭の上で、何かを感じたのかノーラが軽く震える。
「……ノーラ?」
「みゃ? みゃみゃみゃ、みゃあ!」
頭の上にノーラに何かあったのか尋ねる白夜だったが、尋ねられた方は慌てたように何かを言う様子を見せてはいるが、生憎とノーラの言葉は誰にも理解出来ない。
白夜もノーラの意思をそれなりに察知することは可能だったが、今の状況でそれを把握しろというのは不可能だった。
「白夜、どうかしたのか?」
早乙女も、ノーラの様子を見て疑問を抱いたのだろう。
他の者たちも白夜に視線を向け、何があったのかと気にする。
運転手の男はミラー越しに白夜に視線を向けており、助手席で眠そうにしていた男までもが後ろを振り向いている。
そんな男達の様子を気にしながら、白夜は頭の上のノーラを降ろしてみるが……既にノーラは先程の驚きは嘘であったかのように、落ち着いていた。
「……何かあったのは間違いないんでしょうけど……多分、モンスターか何かがいたんじゃないでしょうかね?」
既に東京を出てから数時間。
そうであれば、モンスターがいてもおかしくはなく……皆がそんな白夜の言葉に納得するのだった。
もっとも、車と言っても街中を走ってるような普通の車ではなく、モンスターに襲撃されてもある程度は対処出来るよう頑丈に作られた、一種の軍用車なのだが。
「俺、何でこんな場所にいるんだろ」
「みゃー」
車の中で白夜が呟くと、七色の髪を座布団代わりにしていたノーラも、白夜の言葉に同意するように鳴き声を上げる。
本来なら、今日はネクストとして授業を受けるはずだったのだ。
それが学校に行ってみれば、教室に入るよりも前に教師に呼び出されて職員室に行き、それから流されるように今回の仕事……埼玉にある街と街の間を通る道を整備する仕事に行くことになったのだ。
一応報酬はそれなりに高額だったが、最近はTVや雑誌の類も出るようになっていた白夜だけに、懐はそれなりに潤っているので、そこにはあまり魅力を感じなかった。
……一緒に仕事に行く者の中に美人や可愛い女がいれば、多少は話が違ったのかもしれないが……残念ながら、今回の仕事で一緒なのは全員が男のみだ。
「はっはっは。お前も災難だったな。けど、安心しろ。軍隊蟻が出てくるまで、お前は基本的に見学と考えておけばいい。ネクストの生徒がトワイライトの仕事を近くで見ることが出来るんだから、結構運が良いんだぞ?」
白夜の前の席に座っている三十代程の男が、笑い声を上げながらそう告げる。
筋骨隆々と呼ぶのが相応しく、二メートルほどの体格であるということもあり、かなりの迫力を周囲に放っていた。
それでも威圧的な感じがしないのは、男の顔に浮かんでいるのが陽気な笑みだからだろう。
早乙女(さおとめ)大五郎(だいごろう)。
今回の依頼における最高責任者で、この車ともう一台の車に乗っている者たち全てを取り仕切っている男だ。
「そう言われても……俺はネクストの生徒で、まだトワイライトの隊員じゃないんですよ? なのに、何でまた急にこんなことになったんです?」
「あー……簡単に言えば、やっぱりお前の能力が関係してるんだろうな」
白夜の隣に座っている、二十代後半の男が若干同情の色を見せて白夜に告げる。
「力って……もう知られてるんですか?」
「いや、知ってる奴は少ない。俺達が知ってるのは、あくまでも今回の仕事に関係してくるから、特別に知らされたんだよ」
次に白夜に声をかけたのは、車を運転している、こちらも二十代程の男。
助手席に乗っている二十代後半の男は、目を瞑って眠っている。
軍用車であっても、アスファルトで整備された道ではなく、それこそ大変革によって道なき道とでも呼ぶような、かろうじて踏み固められた道があるだけだ。
当然そのような場所を車で、それもそれなりの速度で走れば、当然ながら酷く揺れる。
そんな状況であっても起きる様子がないのだから、白夜にしてみれば思わず感心してしまう。
「そんな訳で、今回の仕事はある程度のベテラン揃いって訳だ。……だから、十代の奴はいねえだろ?」
早乙女のその言葉に、白夜はこの車に乗っている面子と、もう一台の車に乗っている面子の顔を思い浮かべる。
そのどれもが明らかに白夜よりも年上なのは間違いなく、早乙女が言ってる通り十代の者はいなかったように思えた。
もちろん、童顔の者もいれば老けて見える顔もいないので、絶対とは言わない。だが早乙女がこうまで言ってるのを思えば、それは恐らく間違いなく真実なのだろうと白夜には思えた。
「俺のフォロー役……お守(も)りってことですか」
現在の自分の状況が分かっていても、やはりお守りがいるというのは白夜にとって嬉しいことではない。
微かに眉を顰めて呟く白夜に、早乙女は笑みを浮かべて宥(なだ)めるように言う。
「ま、そう嫌そうな顔をするな。上から聞いてる話だと、お前の能力は相当なものだって話だぜ? そうである以上、お前をきちんとフォローする役目を用意するのは当然だ」
「……それは否定しませんけど」
白夜自身、自分の能力がアンバランスだというのは承知しているし、能力の検査を行ったときに高木からもしっかりと言われている。
距離をとって闇でゴブリンを生み出して物量で押すという戦いなら、一方的に白夜が有利だ。
だが近くまで間合いを詰められると、白夜の能力はあくまでもネクストの生徒にすぎないゆえに、脆い。
ネクストの中でも分類すれば上位に位置するだろうが、それでもあくまでもネクストの範囲内であって、ゾディアックのような例外とは比べものにならない。
つまり、ネクストの中でも白夜が持つ金属の棍で倒せない相手というのは、ある程度の人数がいるのだ。
そしてネクストはトワイライトの下部組織な訳で……そう考えれば、当然のように白夜は戦いで近接戦闘を避けざるを得ない。
(まあ、最悪あの異形のゴブリンを作り出すという手段はあるんだけど……呼び出せるのは数秒、どんなに頑張っても十秒あるかどうかといったところなんだよな)
高木と二人で行った能力検証にて、異形のゴブリンを生み出すことは出来たものの、それを戦わせることが出来るかと言われればまず不可能だ。
そんな状況で異形のゴブリンは、むしろ白夜の魔力を無意味に消費させるだけの代物でしかない。
「そう言えば、ちょっと聞きたいんだけどよ」
と、白夜がへこんでいる状況の中で、車を運転していた男が口を開く。
最初はそれが自分に向けての呼びかけているのだとは気が付かなかった白夜だったが、車のミラー越しに視線を向けられているのに気が付き、慌てて口を開く。
「あ、はい。何ですか?」
「今回の道を作る作業で、お前のゴブリンは当てにしてもいいのか?」
「あー……その、それはどういう? つまり、労働力としてゴブリンを使うってことですか?」
その発想はなかった。
それが、今の説明を聞いた白夜の正直な感想だった。
数万匹規模のゴブリン……それも普通のゴブリンではなく、四本腕で明らかに通常のゴブリンの上位種と思われる存在を、数万匹生み出せるのだ。
考えてみれば、それこそ今回のような仕事の場合、労働力として使うにはこれ以上ないほどのものだった。
闇から生み出されるのがゴブリンということで、白夜は完全にそのゴブリンを戦闘用として認識していたのだ。
それは、ゲートの一件でゴブリンたちと激しい戦闘を繰り広げた記憶が強く焼き付いているから、というのも大きいだろう。
「どうなんでしょう? そもそも、能力を使った回数がそんなに多くないないので……」
「今回の仕事は、白夜の能力の訓練という意味合いが強い。出来るようなら、しっかりと試してみるべきだな。機械の類が入れないような場所ってのは多い。そうなると結局人力での作業になる。……いや、この場合はゴブリン力(りき)か? 語呂が悪いな」
東京ではそれなりに車も走っているが、それはあくまで東京だからだ。
それこそ今回行くような街は、東京からそう遠く離れていなくても車の類はかなり稀少な代物となる。
ましてや、それが工事車両ともなれば尚更だろう。
そのような物がない場所であれば、白夜の持つ数万匹のゴブリンというのは圧倒的な労働力となる。
……もっとも、四本腕のゴブリンと一緒に仕事をするのを嫌う者も当然いるので、いつでもどこでも使えるという方法ではないのだが。
特に田舎の場合、ゴブリンによって住人が被害を受けていることは決して珍しいことではない。
四本腕で、闇で出来ているとはいえ、白夜の生み出すゴブリンは間違いなくゴブリンだと認識は出来るのだ。
ゴブリンに家族を連れ去られたり、殺されたり、畑や家畜を荒らされたりとしたものが、ゴブリンの好印象を抱けるはずもない。
そのような者達の中には、白夜に対して嫌悪感を抱くような者がいてもおかしくはなかった。
「うーん……話は分かりますけど、そうなると今度は戦力じゃなくて工事の担当って感じで色々と連れ回されそうな気がしますね」
「それは別にいいだろ? 報酬は安いけど、命の危険はないし」
命の危険がないというのは、白夜にとってもありがたい。ありがたいのだが……それでも、出来れば工事現場で働きたくないという理由があった。それは……
「そうですけど、工事現場って男だけって印象じゃないですか。それこそ、今回もそうですけど。どうせ仕事をするなら、美人だったり、可愛かったり、美人だったり、美人だったりする相手と一緒に仕事をしたいですし」
「お前が女好きなのはよーく分かった。可愛い系より美人系が好きだってのもな」
早乙女が若干……いや、それ以上に呆れの表情を込めながら白夜に向けて告げる。
そこに少しだけ羨ましさがあるのは、自分も白夜くらいの年齢の頃は女と仲良くなる方法を必死に考えていたと思い出したからか。
「ん? でも、お前は鈴風ラナと友達じゃなかったか?」
「マジか!?」
運転手の男がそう言うと、助手席の怠そうにしていた男がいきなり白夜の顔を見る。
その反応は、それこそトワイライトの能力者として相応しい速度だった。
もっとも、このような場所でそれを証明してもどうなのかという思いがない訳でもないが。
「えーっと……まぁ、はい。もっともゲートの件で偶然一緒になっただけで、それが終わってからほとんど連絡は取れないんですが」
本来ならメール交換や電話も出来る相手ではあるのだが、今の反応からそれを言ったら間違いなく自分にも教えろと言われそうな予想がしたので、白夜は適当に誤魔化す。
そんな白夜の言葉に、助手席に座っていた男が若干不満そうに、そして残念そうに視線を前に向ける。
「あー……こいつのことはあまり気にしないでくれ。鈴風ラナのファンなんだよ。まぁ、ファンって意味なら他にも何人かいるけど」
運転手の男が、取りなすように言う。
もっとも、鈴風ラナは現在かなり人気の高い歌手だ。
モデルとしても活動をしており、そのどちらでも雑誌で紹介されることが多い。
それだけにラナのファンという人物が多くても、それは不思議な話ではない。
実際、白夜もラナのファンだったのだから。
「その気持ちは分かります。俺の友達にもラナのファンは大勢いますしね」
白夜が口にしたのは、間違いのない事実だ。
ラナのファンは、子供から老人まで広くにいるのだが……それでもやはり、白夜くらいの年齢の男にしてみれば、生唾を飲み込みたくなるような女らしい体型に思う所が多い者は間違いなかった。
特に白夜の知り合いには、その手の者が多い。
……類は友を呼ぶ、ということが証明されていた。
「その気持ちは分からないでもないけどな。トワイライトにも鈴風ラナのファンはいくらでもいるし」
「分かってたけど、やっぱり人気は高いんですね」
しみじみと呟く白夜の声が周囲に響く。
白夜も、ちょっと前まではそんなファンと一緒の立場だったのだ。
だが、ふとしたことで音也を助け、その音也が鈴風ラナの……南風(なんぷう)五十鈴の弟であったことが、その運命を大きく変えた。
もっとも、最初は白夜も五十鈴がラナだとは思いもしなかったのだが。
その後、ゴブリンの件で色々とあって親しくなったのは、白夜にとっては間違いなく幸運だっただろう。
光の薔薇の異名を持つ麗華とも相応に親しくなったし、闇の能力も進化し、数万匹の四本腕のゴブリンという手駒も入手した。
その上で開いたゲートを閉じることも出来たのだから、結果だけで見れば異形のゴブリンの一件は白夜にとって大きな利益となったのは間違いない。
(もっとも、文字通りの意味で死闘……紙一重の戦いをようやく潜り抜けたのだと考えると、出来れば同じような騒動には巻き込まれたくはないんだけどな)
しみじみと内心で考える白夜の頭の上で、何かを感じたのかノーラが軽く震える。
「……ノーラ?」
「みゃ? みゃみゃみゃ、みゃあ!」
頭の上にノーラに何かあったのか尋ねる白夜だったが、尋ねられた方は慌てたように何かを言う様子を見せてはいるが、生憎とノーラの言葉は誰にも理解出来ない。
白夜もノーラの意思をそれなりに察知することは可能だったが、今の状況でそれを把握しろというのは不可能だった。
「白夜、どうかしたのか?」
早乙女も、ノーラの様子を見て疑問を抱いたのだろう。
他の者たちも白夜に視線を向け、何があったのかと気にする。
運転手の男はミラー越しに白夜に視線を向けており、助手席で眠そうにしていた男までもが後ろを振り向いている。
そんな男達の様子を気にしながら、白夜は頭の上のノーラを降ろしてみるが……既にノーラは先程の驚きは嘘であったかのように、落ち着いていた。
「……何かあったのは間違いないんでしょうけど……多分、モンスターか何かがいたんじゃないでしょうかね?」
既に東京を出てから数時間。
そうであれば、モンスターがいてもおかしくはなく……皆がそんな白夜の言葉に納得するのだった。
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