虹の軍勢

神無月 紅

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53話

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「ふむ……四本腕のゴブリンの強さは、大体ネクストの生徒の平均より少し下くらいか」
「そんなもんですか?」

 四本腕のゴブリンを倒した高木の感想を聞きながらも、白夜は少し疑問に思う。
 白夜から見れば、四本腕のゴブリンはもう少し強いといったイメージだったからだ。
 もちろん、白夜はネクストの強さの平均を理解出来ている訳ではないのだが。

「ああ。落ち着いて戦えば、大抵の者なら勝てると思うよ。当然能力的な相性があるから、絶対ではないけどね。それに武器の類を持たせるだけでも大分違ってくるだろうし」

 確信を持ってそう告げる様子を見れば、それが大袈裟でも何でもないのだろうと白夜も納得する。
 そして、ここでもまた武器の話題が出て来て、白夜はどうやって武器を揃えればいいのかと頭を抱えてしまう。
 そんな白夜の頭の得上では、ノーラが相変わらず空中を漂いながらみゃーみゃーと鳴き声を上げていた。
 四本腕のゴブリンに対する評価が思ったよりも低いことを残念に思う白夜だったが、そんな白夜の背中を高木は思いきり叩く。
 ばんっ、というその音は体育館の中に響き、白夜の背中に強烈な紅葉が生み出されたのは間違いない。
 いきなりの高木の行動に不満を口にしようとした白夜だったが、白夜が口を開くよりも前に高木が口を開く。

「何を落ち込んでるんだ。白夜の能力は、極めて強力なものなんだぞ? それこそ、この能力があれば間違いなくトワイライトでも一線級の存在になれると保証してもいいくらいにな」
「えー……」

 高木の言葉があからさまなお世辞だと思ったからだろう。白夜の口からそんな声が出るが、高木はそんな白夜の様子を見ながら呆れの表情を浮かべた。

「白鷺。忘れているのかもしれないが、ネクストの生徒というのは基本的に高い能力を持っているんだぞ? もっとも、個人が持つ能力に大きな差はあったりもするが。そんなネクストの生徒の平均より下くらいの戦力を、数万匹といった規模で使えるんだ。しかもそのゴブリンが死んでも、白夜の闇に戻ってまた復活する」

 そう言いながら、高木はそのあとに続けようとした言葉を声に出すのを止める。
 今はゴブリンしか白夜の軍勢としては使えないが、高木が知っている情報によれば、闇によって死体を呑めばその呑み込んだ存在を闇として生み出すことが出来るのだ。
 いや、まだ確認した訳ではないので、断言は出来ない。出来そうだ、というのが正しいか。
 つまり、能力の成長性――正確にはちょっと違うのだが――という意味では、白夜の持つ闇は極めて強力なのだ。
 トワイライトでも一線級の存在になれるというのは、お世辞でも何でもなく、純粋に高木がそう思っていることだ。
 それも、最低でもそのくらいという意味で。
 場合によっては、トワイライトでも一線級どころではなく、それこそトップクラスの戦力になれるだろうという予想すら出来る。
 もっとも、それは今すぐそうなるのではなく、将来的にの話だが。
 それでも今の白夜の能力は、ゾディアック級はあるのだろうというのが高木の感想だ。

(まさか、一気にここまで能力が強化されるとは思わなかったな。もっとも、この能力は間違いなく強力だが、同時に欠点も多い)

 高木が知っている限り、白夜は生身での戦闘はそれなりに得意な方だが、あくまでもそれなり程度でしかない。
 金属の棍を使い、中距離からの間合いでの戦いを得意としているが……懐に入られると、比較的脆いところを見せる。
 つまり、闇で生み出されたゴブリンが大量にいても、その群れの中を潜り抜けて一気に白夜に接近出来るのであれば、白夜は倒せるということだ。
 闇に飲み込んだモンスターを使役出来るという能力は、明らかに後衛系の能力だ。
 そして金属の棍を武器としている白夜は中衛向け。

(これから、近接戦闘の訓練を厳しくする必要があるな)

 高木は白夜を見ながら、これからの育成方針について考える。

「えっと、高木先生? 能力の確認はこれでいいんですか?」
「いや。まだだ。……お前の持っている闇の能力で一番強力なのは、六本腕のゴブリンだったな? それをちょっと出してくれ」
「え? もしかして、あれとも戦うつもりですか!?」
 
 白夜にとって、今まで戦ってきたモンスターの中で最強と呼ぶべき存在が、あの六本腕を持つ異形のゴブリンだ。
 高木の強さは四本腕のゴブリンとの戦いで理解しているが、それでも自分と麗華が二人揃って何とか……本当に紙一重で勝てた異形のゴブリンを相手にすれば、高木が勝てるという判断は到底出来ない。
 白夜の持つ能力の確認をするこの場で、もし異形のゴブリンと高木が戦うと言ったら、白夜は全力で止めるだろう。

(便宜的に異形のゴブリンって呼んでるけど、実際にはゴブリンなんてモンスターの枠には絶対にないモンスターだしな。そもそも、あれがゴブリンと名乗っている時点で詐欺以外のなにものでもないし。……いや、名乗ってないけど)

 異形のゴブリンと呼んでいるのは、あくまでも白夜が便宜的にそう呼んでいるだけあって、別に向こうがそう名乗った訳ではない。
 高い知性を持っているのは間違いなかったが、異形のゴブリンは意味のある言葉を発することはなかった。
 雄叫びに色々と意味が混ざっていたのは恐らく間違いないが、生憎と白夜はそれを聞き取ることは出来ない。
 だからこそ、結局異形のゴブリンと言葉を交わすことは出来なかったのだ。
 最終的には白夜の闇に呑まれたから、間違いなく他のゴブリンと同じように命令を聞くはずではあったが、実際には白夜はあの戦いが終わって目が覚めてから、あの異形のゴブリンを呼び出したことはない。
 呼び出そうと思えば呼び出せるという確信は、自分の中にある。
 あるのだが……同時に、今の自分では到底使いこなすのは難しいという確信もまた、同時にあったのだ。
 それだけに、今ここで異形のゴブリンを出せと言われて、躊躇してしまう。
 そんな白夜の様子に気が付いたのだろう。高木は不思議そう視線を向ける。

「どうした?」
「いえ、その……正直なところを言わせて貰えば、今の俺の状況で異形の……六本腕のゴブリンを呼び出しても、上手く御せるような感じがしないんですよね」
「……なるほど。白鷺の気持ちも分かるが、今はその能力をしっかりと調べる必要があるときだ。それこそ、今この場で召喚出来ないのが、いざというときに使えるとは思えないかららな」

 高木の言葉に、白夜は不承不承頷く。
 そこにあるのは、もし自分が何か失敗しても、恐らく高木が異形のゴブリンをどうにかしてくれるだろうと、そのような思いがあったためだ。
 実際の力では、間違いなく異形のゴブリンの方が強いというのは分かっている。
 だが、それはあくまでも白夜がそう思っているだけであって、もしかしたら高木は白夜が思っているよりも十分な強さを持っているのではないかと、そう考えを改めたためだ。
 何よりトワイライトの隊員となることを目指している白夜としては、将来的に異形のゴブリンを使わなければならないときは絶対に来るだろうし、場合によっては異形のゴブリンよりも強力なモンスターを闇に呑ませ、それを自分の戦力として使わなければならない可能性もある。
 そう考えれば、やはりこの程度で怯むような真似は出来ないと、そう考えたからだ。

(もし異形のゴブリンが暴走しても、それを出すように言ったのは高木だから、俺にはペナルティはないだろうし)

 ……そんな思いがあったというのも、嘘ではなかったのだが。

「じゃあ、行きますよ」
「おう、やってくれ」

 短く言葉を交わし、白夜は闇の中に存在する異形のゴブリンを呼び出す。

「大いなる闇よ、その闇の結晶たる力を我が前に現れ出でよ」

 そして……白夜の足下から広がった闇から、六本腕の異形のゴブリンが姿を現した。
 瞬間、体育館の中には強烈な、それこそ物理的と言ってもいいほどのプレッシャーが放たれる。

「ぐっ!」

 だが、そのプレッシャーを受けて声を出したのは、高木……ではなく、白夜だ。
 それも、プレッシャーに屈して声を出した訳ではない。
 不思議なことに……もしくは当然なのかもしれないが、白夜は異形のゴブリンが周囲にプレッシャーを放っているというのは分かっていても、それはほとんど効果がなかった。
 考えてみれば当然なのだが、異形のゴブリンはどれだけ強力な存在であっても、結局は白夜の闇から生み出された存在でしかない。
 つまり、白夜の能力によって白夜が傷つくということはなかったのだろう。
 もちろん能力の使用を誤って自分を傷付けるといったことは、それほど珍しくない。
 だが今回に場合は、白夜は異形のゴブリンのプレッシャーに何を感じることもなかった。
 では、何故白夜の口から苦痛の声が漏れたのか。
 それは自分の体内に存在する能力の源泉たる魔力が、急激に消耗されているのを理解したためだ。
 四本腕のゴブリンを生みだしたときには、魔力の消耗は全く感じなかった。
 だが、異形のゴブリンを生みだした瞬間、白夜の身体の中にある魔力は一気に消耗された。
 この消耗の差が、普通のゴブリンや四本腕のゴブリンと、異形のゴブリンとの強さの違いなのだろう。
 異形のゴブリンがそこにいるだけで白夜は魔力の消耗に耐えることが出来ず、その場に片膝を突く。
 このままでは不味い。
 半ば本能的にそう判断し、白夜は異形のゴブリンを闇に帰す。
 闇に呑み込まれ、姿を消していく異形のゴブリン。

「はぁ、はぁ、はぁ、はぁ、はぁ……」

 魔力の急激な消耗に、白夜は荒く息を吐きながら強い疑問を感じる。

(異形のゴブリン、これを使いこなすのは無理じゃないか?)

 異形のゴブリンと戦っているときは、四本腕のゴブリンを数千匹の単位で呼び出しても、そこまで魔力の消耗を感じなかった。
 実際には最後の最後で魔力を使い果たして意識を失ったのだから、あのときは戦いの興奮で魔力が消耗しても踏ん張っていられた……もしくは始めてその能力を発揮したからこそ、消耗がなかったのかもしれないが。

(アクションゲームとかでも、一度死んでコンテニューとか残機を消費したときとかって、いわゆる無敵時間とかあるし……そんな感じか?)

 何となく自分で考えつくような適当な理屈を想像するも、思いついた自分ですらその理屈が正しいとは思えなかった。

「だ、大丈夫か、白鷺!」

 荒く息をする白夜に、慌てて高木が近づいていく。
 ……つい先程まで異形のゴブリンの放つプレッシャーにより動けなくなっていた高木だったが、それでもこうしてすぐに白夜の下に駆けつける辺り、教師としては真面目なのだろう。
 自分が無理に異形のゴブリンを生みだしたのが、こうして白夜が消耗しているのだから当然なのかもしれないが。
 ましてや、白夜は高木から見ても将来的にはトワイライトの主戦力になってもおかしくないだけの能力を持っているのだから、心配をするなという方が無理だった。

「だ、大丈夫です。ちょっと魔力を大量に消耗しただけなので、少し休めば……」

 何とか高木に答えながらも、白夜はその場に倒れこむ。
 別に魔力や体力が限界に達して倒れたのではなく、単純にそうした方が息を整えやすいと判断した為だ。
 急いで近づいてきた高木にも、そんな白夜の様子が分かったのだろう。安堵した表情を浮かべていた。

「そうか。……それにしても、あの異形のゴブリンは化け物と呼ぶに相応しい姿だったな。お前達は、よくあんな化け物に勝てたものだ」
「あー……俺だけじゃなくて、麗華先輩がいましたしね。正直なところ、俺一人だったら間違いなく負けていたでしょうね。……というか、絶対にそうなっていたと言い切れます」

 白夜の言葉に、高木は若干呆れの視線を向ける。
 もっとも、間近で異形のゴブリンを見た身としては、白夜の言葉を聞けば納得せざるを得ないという思いの方が強いのだが。

「あの雰囲気を見れば、それだけ強いというのは戦わなくても分かるな」

 ネクストの教師の中でも戦闘訓練や体育で生徒たちを鍛えている高木だけあって、当然のように自分の実力には相応に自信があった。
 だが、そんな高木にして異形のゴブリンを相手に勝てるとは言い切れなかった。
 ……それでも負けると言わないのは、自分がネクストの教師という自覚があるからか。

「取りあえず、白夜の次の目標は……あの異形のゴブリンを最低でも三十……いや、十分くらいは自由に戦わせることが出来るようにすることだな。それと、四本腕のゴブリンは大量に生み出すことが出来るんだろう? なら、指揮官としての勉強もする必要があるな」
「げ」

 高木の言葉に、白夜の口からは潰された蛙のごとき声が吐き出されるのだった。
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