虹の軍勢

神無月 紅

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52話

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「おう、来たな。早速能力のチェックを始めるぞ!」

 そう言って体育館で白夜を迎えたのは、三十代半ばの筋骨隆々の大男だった。
 日本人だというのに身長が二メートルを超えていて、それでいながらひ弱さを感じさせないだけの筋肉がついている。
 オーガやトロールといったモンスターの血が流れているのではないかというのが、この高木という教師についての噂だった。
 何らかの証拠があってそのような噂が流れている訳ではないが、それでもこうして高木という人物を見れば、その噂は本当ではないかと思ってしまう。

(それに、暑苦しいんだよな)

 白い歯を見せて笑っているその姿は、もし漫画か何かであれば、キラリンという効果音が出てきてもおかしくはない。
 暑苦しいのは間違いないが、生徒思いの性格をしているので、決して嫌われている教師という訳ではないのだが。

「分かりましたけど、何をするんです?」
「そうだな。まずは……こっちに来たレポートを読む限り、闇でゴブリンを作り出せるって話を聞いたけど、それは出来るか?」
「出来ます」
「そうか。なら、まずは一匹ゴブリンを作ってみてくれ。具体的に普通のゴブリンとどれくらいの差があるのかを見てみたい」

 高木の言葉に、白夜は闇のゴブリンを生み出べく口を開く。

「大いなる我が闇よ、世界を暗黒に染める先兵として、姿を現せ」
「おう? ……ゴブリン? いや、ゴブリンだけど……」

 白夜の影……闇から生み出されたゴブリンを見て、高木が戸惑ったのも当然だろう。
 尚、厨二病的な台詞に驚かなかったのは、すでに何度か経験しているからか。
 白夜が生み出せるのは、基本的に闇が死体を呑み込んだモンスターだけだ。
 つまり、現在白夜の闇の中に入っている中で一番多いのは、どうしても数万匹にも及ぶ四本腕のゴブリンとなる。
 ……実際にはゲートが開く前に闇で呑み込んだ通常のゴブリンの死体もあるのだが、どうしても数では圧倒的に四本腕のゴブリンの方が多く、闇の能力が進化したときに戦っていたのも四本腕のゴブリンだったために、こうして半ば反射的に四本腕のゴブリンを作り出してしまったのだろう。

「えっと……おい、白鷺。何だこのゴブリンは?」

 いつもは暑苦しいほどに笑みを絶やさない高木だったが、いきなり白夜の闇で出来た四本腕のゴブリンを見て驚いたのか、素の表情で尋ねる。
 そんな高木の様子を見た白夜は、そう言えば四本腕のゴブリンは普通じゃなかったのかと、思い出す。

「あ、間違った。すいません。どうしてもこのゴブリンと大量に戦った記憶が強くて……」

 その説明で高木も白夜が何を言いたいのか理解したのだろう。
 驚きから感心したような表情になり、じっと四本腕のゴブリンを見る。

「なるほど。これがお前たちが戦ったゴブリンか。……背も普通のゴブリンよりも大きいし、筋肉も通常のゴブリンよりも明らかに上だな」

 筋肉に視線が向けられるのは、やはり高木にとってその点が重要だからだろう。
 モンスターと戦う上で、筋肉というのは一つの目安になるのは事実だ。
 だが、モンスターの中には外見からは全く理解出来ないような力を発揮したりもする。
 それこそ、魔力によって枯れ枝のようなか細い腕でも、岩を破壊したりといったことは普通に起きるのだから。

「それに、この肩から伸びてる腕は……これが自由に動かせるのなら、戦う方にとって厄介なのは間違いない」
「そうですね。戦っているときは、肩から生えている腕も普通に使ってました。一匹や二匹ならどうとでもなるんですけど、これが無数にいたのは……ちょっと思い出したくないくらいです」
「みゃー」

 白夜の言葉に、その頭の上で浮かんでいるノーラも同意するように鳴き声を上げる。
 常に白夜と共に行動をしていたノーラだけに、ゲートの一件で遭遇したゴブリンがどれだけ危険だったのかというのは骨身に染みている。……ノーラの身体に骨があるのかどうかは、白夜も分からないが。
 四本腕のゴブリンを見ている高木の様子に、何となく普通のゴブリンも闇で生み出す。
 四本腕のゴブリンの横に生み出された普通のゴブリンは、明らかに小さい。
 高木も突然現れた普通の闇のゴブリンには驚いたものの、すぐにそのゴブリンを隣の四本腕のゴブリンと比べ始めた。

「ふむ、こっちが普通のゴブリンだな。……明らかに大きさが違う。いや、これはもう別の種族と言った方が……上位種や希少種と表現した方がいいのかもしれんな」

 二匹のゴブリンの差に驚く高木は、それをじっくりと観察したあとで、白夜に次の指示を出す。

「それで、この黒いゴブリンはどのくらい白夜の命令を聞くんだ? こうしてじっとしているのを見る限り、それなりに安全だとは思うんだが」
「そうですね。俺が作り出したというのも影響してるんでしょうけど、取りあえず死ねとか命令してもそれは聞いてくれます。……死んでも俺の闇に吸収されて、すぐに蘇るからというのがあるんでしょうけど」

 白夜の闇に呑まれた存在は、死んでも闇に吸収され、再び生を――偽りのものだが――得る。
 ある意味で不老不死と言ってもいい。
 もっとも、完全に生殺与奪件を白夜に握られている状況で不老不死になりたいかと言われれば、頷く者はそう多くはないだろうが。
 また、闇に呑まれた存在がどれだけの自我を持っているのか、それすらもまだ分かっていない。
 最悪、ただの生きた操り人形になるという可能性も十分にあった。
 その辺りの事情を考えれば、白夜の闇に呑まれたいと思う者が多くないのは当然だった。
 もし闇に呑まれて闇で自分の身体が構成されても、きちんと自我が残って自由が保障されるのであれば、それこそ我先にと不老不死を求めた権力者がやってきてもおかしくはないのだが。

「ふむ、分かった。死んでもすぐに蘇ることが出来るということは、このゴブリンは殺しても構わないと、そういうことだな?」
「え? あ、はい。そうですけど」
「そうか。なら、取りあえずそっちの普通のゴブリンと俺を戦わせるんだ。それで、お前の闇のゴブリンが普通のゴブリンとどう違うのかを確認することが出来る」
「……本気ですか?」

 一応といった様子でそう言ってみるが、高木の性格を知っている白夜にしてみれば、これで実は冗談でしたと言わないだろうというのは容易に予想出来る。
 そして……実際、高木は白夜の言葉に当然だろうと頷きを返す。

「闇のゴブリンの力がどの程度のものなのか……それをしっかりと確認しなければ、これから白夜の能力を検査するのに色々と支障が出るからな」

 そこまで言われれば、能力を確認するためにここにいる白夜としては、それを断る訳にもいかない。
 お互いに準備を整え、白夜は普通の闇のゴブリンに命令する。

「行け」

 短い一言。
 それこそ、どこに行けとも、高木を攻撃しろともはっきりと口には出していない一言ではあったが、闇のゴブリンにとってはそれだけで十分だった。
 闇のゴブリン特有の、声を上げない――もしかしたら声帯がないのかもしれないが――雄叫びを上げ、高木に向かって襲いかかる。
 もっとも、白夜の闇で出来たゴブリンとはいえ、素の能力は普通のゴブリンにすぎない。
 おまけに武器の類を持っている訳でもない以上、ネクストの教師たる高木にとっては赤子の手を捻るよりも簡単なことだった。
 殴りかかろうとした闇のゴブリンだったが、それよりも身体の大きい高木が手を伸ばせばあっさりと先制攻撃が可能となる。

(武器とかないんだよな。……何をするにしても、素手での戦闘になる。ゴブリンの集落での戦いでは、ゴブリンもほとんど武器を持っている個体がいなかったし、死んでもすぐに蘇る闇のゴブリンだから、数で何とか出来たけど)

 何とか武器を用意出来ればいいんだけど。
 そう思いつつも、たとえ棍棒の類であっても数万匹の異形のゴブリン全員に持たせるには、どれだけの費用がかかるのか分かったものではない。
 元々金に余裕がある訳ではない白夜としては、そんな金をどこから用意するという問題もあるし……何より、数万もの棍棒を入手したとしても、それをどうやって持ち運ぶかという問題もある。
 取りあえず、今の白夜の状況を考えればどうしようもないというのが、正直なところだった。

(取れる手段としては、あの六本腕の異形のゴブリンだけには何らかの武器を持たせるといったところだけど……あれだけ強力なモンスターが持つべき武器を用意出来るか?)

 攻撃をしてはあっさりと回避されているゴブリンを見ながら、白夜は考える。
 ゾディアックの一員たる麗華ですら、一人では勝てなかった相手だ。
 そのような強力なモンスターが持つに相応しい武器となれば、それこそ非常に高価なのは間違いない。
 こちらもまた、白夜にとっては金額的に厳しい。
 もっとも、あの異形のゴブリンの強さを考えれば、強力な武器を用意すればゾディアックに匹敵するだけの戦力を白夜が自由に扱えるということになるのだが。

「うおおおおおおっ!」

 聞こえてきた大声で我に返ってゴブリンを見ると、そこでは高木の拳によって頭部を破壊された闇のゴブリンの姿があった。

「うわぁ……」

 白夜の口からそんな呟きが漏れたのは、仕方のないことだろう。
 身体強化の能力を持っている高木ではあったが、まさか武器を使わずにゴブリンを殴り殺すとは思っていなかったのだ。
 粉砕した頭部は、そのまま白夜の闇に吸収され、残っていた死体もそのまま闇に呑み込まれる。
 報告書で知ってはいたが、直接その光景を自分の目で見た高木は、大きく目を見開く。

「これは……何とも不気味というか、言葉にしにくいな。俺が倒した今のゴブリンをまた作ることは出来るのか?」
「そうですね。作るというか……召喚的な感じがしますけど。それに倒される前の記憶を持ってるのかどうかも分かりませんし」

 元々、その辺りを確認するための、能力の試験なのだ。
 白夜も自分の能力が現在どのようなことを出来るのかは大体理解しているが、それはあくまでも大体でしかない。
 詳細なところ……それこそ高木が言ったように、殺されて――もしくは破壊されて――闇に戻ったゴブリンの記憶が、闇に戻る前と同じものなのかどうかというのも、まだ分からない。

「そうか、分かった。その辺はまた後々の話だな。次は……いよいよ、本番だ」

 高木の視線が向けられたのは、四本腕のゴブリン。
 その言葉通り、今回の調査の本番。
 白夜は、高木の前に立つ四本腕の、明らかに先程倒した普通のゴブリンよりも感じられる迫力が高いゴブリンを前に気合いを入れ直す。
 目の前のゴブリンを数万匹も従えている白夜だけに、四本腕のゴブリンが具体的にどれだけの力を持っているのかというのは、大きな意味を持つ。

「分かりました。危なくなったら……ってことはないと思いますけど、いざとなったら止めますからね」
「問題ない。やってくれ!」

 そう気合いを入れて叫ぶ高木に、白夜は四本腕のゴブリンに行動を開始するように命じる。
 すると、四本腕のゴブリンは高木に向かって襲いかかる。
 武器を持っていない以上、拳を握って殴りかかるという行動そのものは先程のゴブリンと同じだ。
 違うのは、単純にその身体能力。
 踏み込む速度そのものが、普通のゴブリンとは違うのだ。
 もちろん、一流の戦士……それこ麗華ほどかと言われれば、断じて否だ。
 だが、それでも普通のゴブリンに比べれば、一段か二段上の移動速度を持つのは間違いない。
 両肩から伸びている腕が拳を握り、通常の腕と共に高木を殴ろうとする。

「ぬぅんっ!」

 右腕と右肩から伸びている腕による拳の一撃は、普通の人間であればぶつかれば大けがを負ってもおかしくないだけの威力を持つ。
 おまけに、普通の腕だけではなく両肩からも腕が伸びているので、普通に人型の敵を相手にするような真似は出来ない。
 一撃を回避しても、残るもう片方の腕がそちらを攻撃するのだ。
 だが、手足が多数あるモンスターというのは、ゴブリンとしては珍しいが、モンスター全体で見ればそこまで珍しい訳でもない。
 紙一重で回避するのではなこう、少し大きめの回避運動で二つの拳を回避する。
 自分の一撃――もしくは二撃――が回避されたというのを理解したのか、ゴブリンは残っていた左手で攻撃しようとし……だが、その動きを高木は見逃さない。

「はぁっ!」

 鋭く叫びながら、振るわれる高木の蹴り。
 ゴブリンの左拳を回避しながら、その動きをそのまま蹴りに繋げた辺り、ネクストの体育教師をしているだけの実力はあるのだろう。
 そうしてて振るわれた蹴りは、無防備なゴブリンの頭部に直撃し……その首の骨を一撃でへし折る。
 首がへし折られたゴブリンは、そのまま床に倒れ込み……そして、闇に呑まれていくのだった。
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