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48話
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雄叫びを上げながら、自分に群がってくる闇のゴブリンを殴り飛ばす異形のゴブリン。
その六本の腕から放たれる攻撃は、それこそ痛みを感じない……正確には感じる意思を持たない闇のゴブリンであっても、吹き飛ばすには十分な威力を持っていた。
それも、ただ吹き飛ばすのではない。
殴られた闇のゴブリンは、その一撃で身体が砕け散っていた。
もっとも、闇で出来たゴブリンだからか、内臓や血、骨や肉片といったものが周囲に巻き散らかされるようなことはなかったが。
それでも腕や足、胴体、頭部……そのような部位はそれぞれがバラバラになって地面に落ち……次の瞬間には地面に広がっていた闇に吸収され、数秒後には新しい闇のゴブリンが姿を現す。
他のゴブリンも、四本腕になっていることで通常のゴブリンよりも強化されているのは間違いない。
……だが、たとえ強化されていようとも、体力は無限ではない。
戦い続けていれば、当然のように体力はなくなり、動きも鈍くなる。
そんな動きの鈍くなったゴブリンに、闇のゴブリンは襲いかかっていく。
体力がなくなった状況で、それこそ何匹もの闇のゴブリンに襲われて耐えられるはずもなく、一匹、また一匹と死体になっては白夜の闇に吸収され、数秒後には新たな闇のゴブリンろ生み出すことになる。
もっとも、未だにゴブリンは洞窟から延々と途切れることなく姿を現し続けている。
結果として、一進一退ではあるが、時間が経つに連れて闇のゴブリンが有利になっていくのは客観的に見て確実だった。
(俺の能力がそれまで続けば、だけどな)
虹色に光り輝いている自分の髪を見ながら、白夜は呟く。
自分の闇の能力が進化したことは嬉しいし、まさにそのおかげで死にそうになっていたところから生き延びることが出来たのだから、そのことに文句はない。
だが……進化したばかりで、その能力をどのようにして使うのかということは自然と理解していても、能力の限界がどこまでなのかが分からないというのは、白夜に強い不安をもたらす。
限界がどこまでか分からないということは、このまま闇のゴブリンでこの場にいるゴブリン全てを倒すことが出来るかもしれないという反面、それこそ今すぐにでも能力の限界となって、闇のゴブリンが消えてしまう可能性がある。
もし能力の限界が来たら、また同じ能力を使えばいい……という風に、簡単にはいかない。
能力を使うのも、何の消費もなしに使っている訳ではないのだから。
その上、これだけ強力な能力を、これだけ広範囲に使っているのだ。
もし能力の限界がくれば、少なくても白夜は今日これ以上能力を使うのが難しくなるのは確定だろう。
それが分かっているからこそ、白夜は不安と戦いながらも能力を使い続けているのだ。
「ん……」
不安に襲われながらも、何とか闇のゴブリンを生み出しては戦わせるといった真似をしていた白夜は、腕の中から聞こえてきたそんな声に視線を向ける。
そこでは異形のゴブリンの一撃によって意識を失っていた麗華の瞼が軽く動いていた。
それこそ、いつ目を開いてもおかしくないくらいに。
そんな麗華の表情は、こんな状況であっても……いや、こんな状況だからこそなのか、白夜の視線を強烈に集める。
「みゃあっ!」
「痛っ!」
だが、そんな白夜の頭部を、ノーラの毛針が突き刺す。
ゴブリンに放っている毛針よりはかなり威力が弱まっている一撃だったが、それでも白夜に痛みの声を発せさせるには十分な威力を持つ一撃。
白夜のそんな声が最後の引き金となり、白夜の腕の中の麗華は目を覚ます。
一秒にも満たない時間、麗華は自分の前にある顔をじっと見る。
そして目の前にある顔が男の、白夜のものだということに気が付き……次の瞬間、大きく目を見開く。
「な、な、な、何ですの!? 貴方、私(わたくし)に何をしましたの!?」
自分の身体を抱きしめている白夜の身体から、強引に抜き出ながら叫ぶ。
お嬢様育ちと言ってもいい麗華にとって、自分が男に抱きしめられるということは今まで経験したことがない。
パーティのダンスが唯一そのような機会なのだが、今の抱きしめられ方は、ダンスとはまるっきり違い、自分より年下とはいえ十分に男を感じさせるものだった。
それだけに一瞬頭の中が真っ白になるほどに混乱したが、それでもすぐに現在の状況を思い出す。
「……何ですの、これは」
現在の状況を思い出し、周囲を見回した麗華が見たのは、闇のゴブリンがゴブリンと戦っている光景。
そのような光景が広がっているのは、一ヶ所や二ヶ所ではない。
それこそ、そこら中で無数に同じような光景が広がっているのだ。
麗華が異形のゴブリンと戦っていたときとは、全く違う光景。
何があってこうなったのかと疑問に思い、麗華は自分の前にいる男に視線を向ける。
ノーラを右肩に乗せた白夜は、そんな麗華の視線を向けられ、言葉に詰まる。
麗華が何を聞きたいのかというのは、白夜にも理解出来ていた。
それでも、ここで何と口に出せばいいのか迷ったのだ。
自分の、闇の能力が進化したと。
それはいいのだが、まさか今まで闇が呑み込んだ死体を闇のゴブリンに作り替え、それを使役しているとは……言いにくいこと、この上ない。
特にそれが、光の能力を持つ麗華であればなおさらだろう。
(ネクロマンサー……死霊魔法とか使ってる奴もいるから、そんなにマイナーって訳じゃないと思うんだけどな)
正確には、白夜が使っているのは闇の能力であって、死霊魔法の類ではない。
ないのだが……何も知らない者にしてみれば、それこそゴブリンの死体をゾンビにして戦わせているようにしか思えない。
「その、ほら。麗華先輩も、俺の能力が進化しそうになっていたのは覚えてますよね?」
「ええ、そうですわね。……その結果がこれですの?」
白夜の説明に納得したように呟き、だが次の瞬間にその答えが今の状況なのか驚く。
その驚きは、美しい眉を少し動かした程度でしかない。
……むしろ驚かせたという意味では、白夜に抱きしめられていると理解したときの方こそが明らかに驚いていただろう。
一瞬そのことを口にしたいと思った白夜だったが、闇の能力の進化によって余裕が出来たとはいえ、いつまでも悠長に話していられるほどの余裕がある訳でもない。
特に異形のゴブリンは、こうして話している今も闇のゴブリンを殺し……いや、破壊し続けているのだから。
「そういうことになります。幸い……本当に幸いなことに、対多数に向いた能力なので、今は何とか小康状態ですが……」
一旦言葉を止めた白夜が見たのは、異形のゴブリン。
当たるを幸いと闇のゴブリンを次から次に殺して……いや、破壊しているゴブリン。
それでもまだ白夜たちに攻撃してこないのは、破壊された端から闇に呑まれたゴブリンが復活しているためだ。
もし白夜の能力で破壊された闇のゴブリンがは再生出来なかったら、恐らくすでに異形のゴブリンは白夜たちの前に立っていただろう。
そうなれば、気絶していた麗華はもちろん、白夜やノーラも自分だけの力では異形のゴブリンに対処出来ず、死んでいた可能性が非常に高い。
「なるほど。……こうして見ると、拮抗しているように見えますわね」
「そうなりますね。もっとも、こっちが一方的に消耗してる感じですけど。……ああ、麗華先輩。これをどうぞ」
そう言い、白夜が手渡したのは麗華のレイピア。
異形のゴブリンに吹き飛ばされたものを、闇のゴブリンに回収させた代物だ。
(きちんとこっちの命令は聞くみたいだし……反乱とか、そういうことは気にしなくてもよさそうだな)
そのことに安堵している白夜だったが、麗華は手渡されたレイピアを見て満面の笑顔となる。
「助かりますわ。このレイピアがあれば、そうそうあのゴブリンにも負けませんもの」
自信に満ちた言葉ではあったが、実際には麗華はレイピアを持っていても異形のゴブリンに負けて、現状があるのだが。
もっとも、白夜もそれをどうこう言うつもりはない。
白夜にとって、麗華という戦力はこの状況をどうにかするための切り札的な存在だ。
そんな人物に迂闊なことを言って、士気を下げるような真似は出来るはずがない。
「麗華先輩、俺の闇のゴブリンの援護があれば、異形のゴブリンをどうにか出来ますか?」
「……あの闇のゴブリン、見たところ自我の類がないようですわね。つまり、貴方の操っている人形という認識でいいのかしら?」
「そうですね。それに死んでも闇の上でなら、すぐに闇に吸収されて、また同じゴブリンとして姿を現すので、それこそ盾代わりに使っても何の問題もありませんよ」
「便利ですわね。それなら……何とかなりますかしら」
白夜の言葉に、麗華は少し考えたあとでそう告げる。
その言葉には特に力がこもっている訳でもなく、気楽に……それこそ自分が出来るからこそ、そう口にしたという風に、白夜には感じられた。
だからこそ、その言葉には勝機を感じることが出来る。
「なら、お願い出来ますか? あの異形のゴブリンが、ゲートの向こう側と何らかの関係があるのは明らかです。それこそ、多分ゲートの向こう側からやってきたと考えて間違いないでしょう。となると、上手くいけば……」
今回開いたゲートが、閉じる可能性がある。
もっとも、それはあくまでも希望的な予想でしかない。
地球と他の世界が繋がるゲートという現象は、完全に未知の存在だ。
当然のように色々と研究はされているのだが、その研究そのものは遅々として進まない。
それこそ、ゲートから出て来たモンスターを倒したらゲートが閉じたという話もあれば、出て来たモンスターを全滅させても一定の時間が経過しなければゲートが閉じなかったという報告も珍しくはなかった。
そうである以上、異形のゴブリンを倒したからといってゲートが閉じるとは限らない。
白夜もそれは知っていたが、それでも何らかの希望というのは必要であって、それが今は異形のゴブリンを倒すことだった。
「そうするしかないですわね。……こうして見る限り、あの異形のゴブリンが他のゴブリンより上位の存在なのは確実です。であれば、何をするにしても異形のゴブリンを倒してしまう必要があるということですもの」
本来であれば、麗華たちがここに残ったのは東京からの援軍を待ちながら、可能な限りゴブリンの数を減らすというのが目的だった。
だが、白夜の闇の能力が進化して新たな能力を得た結果、数万匹近いゴブリンが相手でも対処が可能になっている。
そして使い捨てにしてもいい闇のゴブリンという存在がいる以上、異形のゴブリンを相手にしても間違いなく勝機はあった。
一対一で戦っていたときも、麗華は曲がりなりにも異形のゴブリンと渡り合えていたのだから。
闇のゴブリンがいるのであれば、勝利の天秤を大きく白夜たちの方に傾かせることが出来るはずだった。
レイピアを手に、麗華は闇のゴブリンを蹂躙している異形のゴブリンに視線を向ける。
そうして一歩踏み出し……ふと、麗華はその動きを止める。
「どうしました?」
てっきり、そのまま異形のゴブリンに攻撃しにいくとばかり思っていた白夜は、そんな麗華の行動に疑問を抱く。
「いえ、少し気になることがあって。……白夜、貴方のその髪、明らかに先程より輝いていますが、それは闇の能力が進化したことに関係ありますの?」
「あー……この髪ですか。俺に自覚はありませんけど、タイミング的に考えると、多分そうなんでしょうね」
麗華の言葉に、白夜は改めて自分の髪を見る。
先程見たときもそうだったが、虹色に輝いているその様子は、こういう場所であるからこそ悪目立ちしていた。
それこそ、敵にここまで目立っている相手がいれば、真っ先に狙われてもおかしくないほどに。
現在白夜が狙われていないのは、純粋にゴブリンたちが闇のゴブリンたちによって押さえられているというのが大きい。
でなければ、それこそ白夜は今頃ゴブリンによって集中攻撃されていただろう。
(髪そのものが虹色に輝いてる感じだけど、ずっとこのままってことはないよな? もしずっとこのままだったら、悪目立ちってところじゃないぞ)
それこそ、夜に寝るときにも間違いなく眠れなくなるし、ナンパするにしても髪が邪魔になるのは間違いない。
一瞬、虹色の髪が軟派する切っ掛けになるかも? と思わないでもない白夜だったが、それだと色物担当になりそうだと考え、すぐに否定する。
そうして馬鹿なことを考えたのがよかったのか、白夜はこれから麗華が異形のゴブリンと戦うというのに、驚くほどに緊張していなかった。
もしかして、それが目当てでこうして声をかけたのでは?
麗華の黄金の髪を棚引かせた後ろ姿を眺めながら、白夜は闇のゴブリンによる援護を可能な限りしようと決意するのだった。
その六本の腕から放たれる攻撃は、それこそ痛みを感じない……正確には感じる意思を持たない闇のゴブリンであっても、吹き飛ばすには十分な威力を持っていた。
それも、ただ吹き飛ばすのではない。
殴られた闇のゴブリンは、その一撃で身体が砕け散っていた。
もっとも、闇で出来たゴブリンだからか、内臓や血、骨や肉片といったものが周囲に巻き散らかされるようなことはなかったが。
それでも腕や足、胴体、頭部……そのような部位はそれぞれがバラバラになって地面に落ち……次の瞬間には地面に広がっていた闇に吸収され、数秒後には新しい闇のゴブリンが姿を現す。
他のゴブリンも、四本腕になっていることで通常のゴブリンよりも強化されているのは間違いない。
……だが、たとえ強化されていようとも、体力は無限ではない。
戦い続けていれば、当然のように体力はなくなり、動きも鈍くなる。
そんな動きの鈍くなったゴブリンに、闇のゴブリンは襲いかかっていく。
体力がなくなった状況で、それこそ何匹もの闇のゴブリンに襲われて耐えられるはずもなく、一匹、また一匹と死体になっては白夜の闇に吸収され、数秒後には新たな闇のゴブリンろ生み出すことになる。
もっとも、未だにゴブリンは洞窟から延々と途切れることなく姿を現し続けている。
結果として、一進一退ではあるが、時間が経つに連れて闇のゴブリンが有利になっていくのは客観的に見て確実だった。
(俺の能力がそれまで続けば、だけどな)
虹色に光り輝いている自分の髪を見ながら、白夜は呟く。
自分の闇の能力が進化したことは嬉しいし、まさにそのおかげで死にそうになっていたところから生き延びることが出来たのだから、そのことに文句はない。
だが……進化したばかりで、その能力をどのようにして使うのかということは自然と理解していても、能力の限界がどこまでなのかが分からないというのは、白夜に強い不安をもたらす。
限界がどこまでか分からないということは、このまま闇のゴブリンでこの場にいるゴブリン全てを倒すことが出来るかもしれないという反面、それこそ今すぐにでも能力の限界となって、闇のゴブリンが消えてしまう可能性がある。
もし能力の限界が来たら、また同じ能力を使えばいい……という風に、簡単にはいかない。
能力を使うのも、何の消費もなしに使っている訳ではないのだから。
その上、これだけ強力な能力を、これだけ広範囲に使っているのだ。
もし能力の限界がくれば、少なくても白夜は今日これ以上能力を使うのが難しくなるのは確定だろう。
それが分かっているからこそ、白夜は不安と戦いながらも能力を使い続けているのだ。
「ん……」
不安に襲われながらも、何とか闇のゴブリンを生み出しては戦わせるといった真似をしていた白夜は、腕の中から聞こえてきたそんな声に視線を向ける。
そこでは異形のゴブリンの一撃によって意識を失っていた麗華の瞼が軽く動いていた。
それこそ、いつ目を開いてもおかしくないくらいに。
そんな麗華の表情は、こんな状況であっても……いや、こんな状況だからこそなのか、白夜の視線を強烈に集める。
「みゃあっ!」
「痛っ!」
だが、そんな白夜の頭部を、ノーラの毛針が突き刺す。
ゴブリンに放っている毛針よりはかなり威力が弱まっている一撃だったが、それでも白夜に痛みの声を発せさせるには十分な威力を持つ一撃。
白夜のそんな声が最後の引き金となり、白夜の腕の中の麗華は目を覚ます。
一秒にも満たない時間、麗華は自分の前にある顔をじっと見る。
そして目の前にある顔が男の、白夜のものだということに気が付き……次の瞬間、大きく目を見開く。
「な、な、な、何ですの!? 貴方、私(わたくし)に何をしましたの!?」
自分の身体を抱きしめている白夜の身体から、強引に抜き出ながら叫ぶ。
お嬢様育ちと言ってもいい麗華にとって、自分が男に抱きしめられるということは今まで経験したことがない。
パーティのダンスが唯一そのような機会なのだが、今の抱きしめられ方は、ダンスとはまるっきり違い、自分より年下とはいえ十分に男を感じさせるものだった。
それだけに一瞬頭の中が真っ白になるほどに混乱したが、それでもすぐに現在の状況を思い出す。
「……何ですの、これは」
現在の状況を思い出し、周囲を見回した麗華が見たのは、闇のゴブリンがゴブリンと戦っている光景。
そのような光景が広がっているのは、一ヶ所や二ヶ所ではない。
それこそ、そこら中で無数に同じような光景が広がっているのだ。
麗華が異形のゴブリンと戦っていたときとは、全く違う光景。
何があってこうなったのかと疑問に思い、麗華は自分の前にいる男に視線を向ける。
ノーラを右肩に乗せた白夜は、そんな麗華の視線を向けられ、言葉に詰まる。
麗華が何を聞きたいのかというのは、白夜にも理解出来ていた。
それでも、ここで何と口に出せばいいのか迷ったのだ。
自分の、闇の能力が進化したと。
それはいいのだが、まさか今まで闇が呑み込んだ死体を闇のゴブリンに作り替え、それを使役しているとは……言いにくいこと、この上ない。
特にそれが、光の能力を持つ麗華であればなおさらだろう。
(ネクロマンサー……死霊魔法とか使ってる奴もいるから、そんなにマイナーって訳じゃないと思うんだけどな)
正確には、白夜が使っているのは闇の能力であって、死霊魔法の類ではない。
ないのだが……何も知らない者にしてみれば、それこそゴブリンの死体をゾンビにして戦わせているようにしか思えない。
「その、ほら。麗華先輩も、俺の能力が進化しそうになっていたのは覚えてますよね?」
「ええ、そうですわね。……その結果がこれですの?」
白夜の説明に納得したように呟き、だが次の瞬間にその答えが今の状況なのか驚く。
その驚きは、美しい眉を少し動かした程度でしかない。
……むしろ驚かせたという意味では、白夜に抱きしめられていると理解したときの方こそが明らかに驚いていただろう。
一瞬そのことを口にしたいと思った白夜だったが、闇の能力の進化によって余裕が出来たとはいえ、いつまでも悠長に話していられるほどの余裕がある訳でもない。
特に異形のゴブリンは、こうして話している今も闇のゴブリンを殺し……いや、破壊し続けているのだから。
「そういうことになります。幸い……本当に幸いなことに、対多数に向いた能力なので、今は何とか小康状態ですが……」
一旦言葉を止めた白夜が見たのは、異形のゴブリン。
当たるを幸いと闇のゴブリンを次から次に殺して……いや、破壊しているゴブリン。
それでもまだ白夜たちに攻撃してこないのは、破壊された端から闇に呑まれたゴブリンが復活しているためだ。
もし白夜の能力で破壊された闇のゴブリンがは再生出来なかったら、恐らくすでに異形のゴブリンは白夜たちの前に立っていただろう。
そうなれば、気絶していた麗華はもちろん、白夜やノーラも自分だけの力では異形のゴブリンに対処出来ず、死んでいた可能性が非常に高い。
「なるほど。……こうして見ると、拮抗しているように見えますわね」
「そうなりますね。もっとも、こっちが一方的に消耗してる感じですけど。……ああ、麗華先輩。これをどうぞ」
そう言い、白夜が手渡したのは麗華のレイピア。
異形のゴブリンに吹き飛ばされたものを、闇のゴブリンに回収させた代物だ。
(きちんとこっちの命令は聞くみたいだし……反乱とか、そういうことは気にしなくてもよさそうだな)
そのことに安堵している白夜だったが、麗華は手渡されたレイピアを見て満面の笑顔となる。
「助かりますわ。このレイピアがあれば、そうそうあのゴブリンにも負けませんもの」
自信に満ちた言葉ではあったが、実際には麗華はレイピアを持っていても異形のゴブリンに負けて、現状があるのだが。
もっとも、白夜もそれをどうこう言うつもりはない。
白夜にとって、麗華という戦力はこの状況をどうにかするための切り札的な存在だ。
そんな人物に迂闊なことを言って、士気を下げるような真似は出来るはずがない。
「麗華先輩、俺の闇のゴブリンの援護があれば、異形のゴブリンをどうにか出来ますか?」
「……あの闇のゴブリン、見たところ自我の類がないようですわね。つまり、貴方の操っている人形という認識でいいのかしら?」
「そうですね。それに死んでも闇の上でなら、すぐに闇に吸収されて、また同じゴブリンとして姿を現すので、それこそ盾代わりに使っても何の問題もありませんよ」
「便利ですわね。それなら……何とかなりますかしら」
白夜の言葉に、麗華は少し考えたあとでそう告げる。
その言葉には特に力がこもっている訳でもなく、気楽に……それこそ自分が出来るからこそ、そう口にしたという風に、白夜には感じられた。
だからこそ、その言葉には勝機を感じることが出来る。
「なら、お願い出来ますか? あの異形のゴブリンが、ゲートの向こう側と何らかの関係があるのは明らかです。それこそ、多分ゲートの向こう側からやってきたと考えて間違いないでしょう。となると、上手くいけば……」
今回開いたゲートが、閉じる可能性がある。
もっとも、それはあくまでも希望的な予想でしかない。
地球と他の世界が繋がるゲートという現象は、完全に未知の存在だ。
当然のように色々と研究はされているのだが、その研究そのものは遅々として進まない。
それこそ、ゲートから出て来たモンスターを倒したらゲートが閉じたという話もあれば、出て来たモンスターを全滅させても一定の時間が経過しなければゲートが閉じなかったという報告も珍しくはなかった。
そうである以上、異形のゴブリンを倒したからといってゲートが閉じるとは限らない。
白夜もそれは知っていたが、それでも何らかの希望というのは必要であって、それが今は異形のゴブリンを倒すことだった。
「そうするしかないですわね。……こうして見る限り、あの異形のゴブリンが他のゴブリンより上位の存在なのは確実です。であれば、何をするにしても異形のゴブリンを倒してしまう必要があるということですもの」
本来であれば、麗華たちがここに残ったのは東京からの援軍を待ちながら、可能な限りゴブリンの数を減らすというのが目的だった。
だが、白夜の闇の能力が進化して新たな能力を得た結果、数万匹近いゴブリンが相手でも対処が可能になっている。
そして使い捨てにしてもいい闇のゴブリンという存在がいる以上、異形のゴブリンを相手にしても間違いなく勝機はあった。
一対一で戦っていたときも、麗華は曲がりなりにも異形のゴブリンと渡り合えていたのだから。
闇のゴブリンがいるのであれば、勝利の天秤を大きく白夜たちの方に傾かせることが出来るはずだった。
レイピアを手に、麗華は闇のゴブリンを蹂躙している異形のゴブリンに視線を向ける。
そうして一歩踏み出し……ふと、麗華はその動きを止める。
「どうしました?」
てっきり、そのまま異形のゴブリンに攻撃しにいくとばかり思っていた白夜は、そんな麗華の行動に疑問を抱く。
「いえ、少し気になることがあって。……白夜、貴方のその髪、明らかに先程より輝いていますが、それは闇の能力が進化したことに関係ありますの?」
「あー……この髪ですか。俺に自覚はありませんけど、タイミング的に考えると、多分そうなんでしょうね」
麗華の言葉に、白夜は改めて自分の髪を見る。
先程見たときもそうだったが、虹色に輝いているその様子は、こういう場所であるからこそ悪目立ちしていた。
それこそ、敵にここまで目立っている相手がいれば、真っ先に狙われてもおかしくないほどに。
現在白夜が狙われていないのは、純粋にゴブリンたちが闇のゴブリンたちによって押さえられているというのが大きい。
でなければ、それこそ白夜は今頃ゴブリンによって集中攻撃されていただろう。
(髪そのものが虹色に輝いてる感じだけど、ずっとこのままってことはないよな? もしずっとこのままだったら、悪目立ちってところじゃないぞ)
それこそ、夜に寝るときにも間違いなく眠れなくなるし、ナンパするにしても髪が邪魔になるのは間違いない。
一瞬、虹色の髪が軟派する切っ掛けになるかも? と思わないでもない白夜だったが、それだと色物担当になりそうだと考え、すぐに否定する。
そうして馬鹿なことを考えたのがよかったのか、白夜はこれから麗華が異形のゴブリンと戦うというのに、驚くほどに緊張していなかった。
もしかして、それが目当てでこうして声をかけたのでは?
麗華の黄金の髪を棚引かせた後ろ姿を眺めながら、白夜は闇のゴブリンによる援護を可能な限りしようと決意するのだった。
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そんなルイスの危機を救ってくれたのが、400年の時を生きる魔女エメラルドであった。
彼女が操るのは、ルイスがこれまでに目にしたことのない未発見の魔法。
その煌めく魔法の数々を目撃したルイスは、深い感動を覚える。
「今の自分が悔しいなら、生まれ変わるしかないよ」
そう告げるエメラルドのもとで、ルイスは努力によって人生を劇的に変化させていくことになる。
これは、未発見魔法の列挙に挑んだ少年が、仲間たちとの出会いを通じて成長し、やがて世界の命運を動かす最強の大賢者へと至る物語である。
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