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44話
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洞窟の外で待ち伏せしていたゴブリンたちを倒した麗華たちだったが、だからといってここで油断出来るはずもない。
今にも、洞窟の中から自分たちを追撃してくるゴブリンが姿を現す可能性が高いのだから。
「皆、疲れていると思いますが、ここは頑張りどころですわよ! 私(わたくし)が率先して攻撃しますから、貴方たちも頑張るように!」
麗華の言葉に、その言葉を聞いていた者たちはそれぞれ戦闘準備を整える。
ゾディアックの一人として有名な麗華が先頭を切って攻撃するというのは、その場にいる者の士気を高めるには十分な効果があった。
洞窟の外にいたゴブリンたちとの戦闘である程度能力を使って戦ったが、それでも力の限り戦った者はいない。
このすぐあとに洞窟から出てくる、無数ともいうべきゴブリンと戦わなければならないのだから、当然だろう。
また、周囲に五十鈴の歌が流れ、それを聴いた者たちは不思議と疲れが癒やされ、身体に力が満ちていくのを感じる。
もちろん全快した訳ではないが、それでもそれなりに回復したのは間違いない。
「これは……」
自分の体力や気力が回復しているのを感じながら、白夜は五十鈴に視線を向ける。
白夜の視線に気が付いたのか、五十鈴は歌いながら数秒目だけで小さく笑みを浮かべ、再び歌に集中していく。
「みゃ!」
こちらもゴブリンに向けて毛針を飛ばしては牽制していたノーラが、白夜の頭の上で気持ちよさそうな鳴き声を上げる。
そんな相棒の様子に、白夜は我知らずに笑みを浮かべ、金属の棍を改めて握り直す。
(五十鈴の……鈴風ラナの歌を聴くことが出来たんだ。これは絶対に負けられないな。……もしかして、歌手デビューとかするのか? そんな噂は今まで聞いたことがないけど。けど、もし本当に歌手デビューをするなら、絶対CDとか買わないといけないな)
真面目な顔をしつつ、鈴風ラナのCDが発売したら絶対に買うことを決意する。
出来ればサイン入りの物が欲しいが、それはかなり難しいだろう。
いや、こうして知り合ったんだし、もしかしたら白夜が買ったCDに直接サインして貰える可能性もあるのでは? と、そんなことを考えていると……
「来たぁっ!?」
この場に残っていた者の中でも、探査能力に優れた者が叫ぶ。
同時に、のそり、といった風体でゴブリンが洞窟の中から姿を現す。
あれだけの集団の中の一部……ほんの一部でしかないそのゴブリンは、外で白夜たちが待ち受けているというのは予想外だったのか、一瞬驚いた顔をし……
「ガペ」
次の瞬間、その頭部に拳大の石がめり込み、頭蓋骨を砕かれてそのまま地面に倒れ込む。
その石はその辺りの物を拾った……のではなく、土系の能力者が生み出した代物だ。
「攻撃するのが早いですわ! もう少し外に出してから攻撃しなければ、後々死体が邪魔になりますわよ!」
ゴブリンが出て来たということで逸って攻撃した男に対し、麗華が叫ぶ。
その言葉通り、最初に洞窟を出て来て殺されたゴブリンの死体は、地面に転がってそのあとに続くゴブリンたちの行動を若干ながら遅らせていた。
麗華の鋭い声に、石を放った男は申し訳なさそうに頭を下げる。
そんな男に、麗華もそれ以上は何も言わない。
洞窟の中にどれだけのゴブリンがいたのか。それを自分の目で見て知っている以上、洞窟から出て来たゴブリンに対して攻撃を急いでもおかしくはないと、理解していたからだ。
そうやって麗華が注意の言葉を投げかけている間にも、洞窟からは次々とゴブリンが姿を現す。
麗華を戦闘に、白夜たちもそんな洞窟を包囲するようにして態勢を整えていた。
洞窟から出て来たゴブリンたちは、そんな状況に少しだけ驚くものの……やがて、すぐに自分の前にいる相手に向かって進み始める。
そうしてゴブリンたちが一定のラインを超えると……そこで、ようやく麗華が叫ぶ。
「今ですわ!」
その言葉と共に放たれる、十数本の光の槍。
真っ直ぐに放たれたそれは、洞窟から出て周囲に広がりつつあった複数のゴブリンを次々に仕留めていく。
当然他の者も、そんな麗華に続いて攻撃を行う。
洞窟の外で待ち伏せをしていたゴブリンたちに行ったものより強力な能力が次々と放たれ、ゴブリンを仕留めていく。
白夜たちにとって幸運だったのは、武器を持っているゴブリンはそこまで多くはなく、ましてやその持っている武器も長剣や棍棒、短剣、槍……といった物が主で、弓のような遠距離攻撃用の武器はなかったことか。
それにより、受ける被害は少なくなった。
また、防具の類もほとんど装備していないので、ゴブリンが攻撃を受けないためには回避するしかないのだが、次々に洞窟からゴブリンが出て来ている関係上、自由に身動きをするのは難しい。
そして当然のように白夜や……その頭上に浮かんでいるノーラもまた、ゴブリンに向けて攻撃をしている。
特に白夜の放つ闇は、ゴブリンに付着するとそのまま身体を黒い塵にして消し去ってしまう。
そういう意味では、死体を残す他の者たちに比べればかなり便利な能力だろう。
もっとも、だからといって白夜だけがそのような真似をしても、数万匹はいるだろうゴブリンの数を考えると、焼け石でしかないのだが。
それでもやらないのとやるとのでは、白夜たちにかかる負担は大きく異なる。
実際、ゴブリンの死体が邪魔になり、洞窟から出てくるゴブリンがその死体を回避することによって、ゴブリンの動き方にムラが出来ている場所がいくつもあった。
そうしてムラの出来た場所ではゴブリンが多く集まったり、逆に少なくなったりといった風になっており、洞窟の周辺で待ち構えている者たちも若干戦いにくくなる。
しかし……そんな状況でも、この調査隊最強の人物たる麗華は光の能力を使って次々にゴブリンを倒していく。
中には両肩から生えている腕を盾代わりにし、場合によっては地面に倒れている仲間の死体を掴んで盾にしているゴブリンもいるが、礫や水球、炎、風の刃、銃弾の如く放たれた植物の種……といったものであればそれでどうにか出来るが、光の槍はどうしようもない。
構えた腕、盾代わりにした死体諸共に貫き、ゴブリンの数を減らしていく。
だが……そうして倒されたゴブリンが死体となって地面に倒れ込む以上、否応なく死体によるムラは出来上がってしまう。
「白夜さん、貴方の闇で死体を呑み込むのですわ!」
そんな麗華の指示に、白夜はすぐに返事をすることが出来なかった。
実際、今は白夜の闇の能力を使っても現状を維持しきれていないのだ。
少しずつではあるが、洞窟から絶え間なく姿を現すゴブリンによって、周囲で包囲している白夜たちの防衛ラインは押し下げられつつある。
そんな中で白夜が一時的にとはいえ死体を消すために戦力から外れれば、一気に……とはいかないまでも、少しずつ……そして結果的には大きく後退することになるかもしれない。
元々白夜たちがここに残ったのは、あくまでも時間稼ぎのためで、いずれそうなることは予想していた。
だが、それでも少し早すぎるということもあり、出来れば今の時点で白夜はそのような真似をしたくなかった。
「いいから、やりなさい! 白夜が死体を片付けている間は、私が受け持ちますわ!」
普通であれば、そんな無茶な真似を! と叫んでもおかしくはない。
だが、麗華はゾディアックの一員で、この中では突出した実力を持っている。
そんな麗華がやると言うことは、間違いなくやれるのだ。
そう判断し、事実今まで以上に光の槍を大量に生み出している麗華の姿を見て、白夜は意識を集中する。
「闇夜に消えるかの如く、死したる者共よ、我が闇の中に安息に抱かれて永劫に眠れ」
いつもの如く厨二的な発言が白夜の口から漏れ、その言葉に従うように白夜の影が広がって闇となり、地面に転がっている大量のゴブリンの死体を呑み込んでいく。
その光景を眺めつつ、出来れば生きているゴブリンも呑み込むことが出来れば一気に敵の数を減らすことが出来るのだが……と思う白夜だったが、残念ながら白夜の闇で呑み込むことが出来るのは、今のところ死体のみだ。
……そう、今のところ。
麗華の光の能力を見れば分かるように、能力は人によって大きく変わるし、同時に能力が成長することも珍しくはない。
もしこのまま白夜の能力が強力になっていけば、もしかしたら……本当にもしかしたらだが、やがてそのような能力を使うことが出来るようになってもおかしくはない。
自分に言い聞かせるようにそう思いながら、白夜は闇を操っていた。
「うわっ! 死体が消えた!?」
何人かが、いきなり死体が消えたことで驚きの声を上げる。
もっとも、白夜がそのような能力を使えるということは、当然のように知っていたのだが……今回の場合は、やはり規模が違ったのだろう。
洞窟の前にあった死体が全て闇に呑まれて姿を消し……意外なことだが、それによってバランスを崩すゴブリンが多く出た。
考えてみれば当然のことなのだが、ゴブリンたちは仲間の死体を踏みつけるようにして移動している者が多かった。
地面に多くの死体がある以上、そのように移動するのは避けられない。
そんな中でいきなり死体が全て消えたのだから、死体を踏んでいたゴブリンがバランスを崩すのは当然だろう。
そして当然のようにバランスを崩したゴブリンは、いい的でしかなかった。
放たれる炎や氷、石……それ以外にも様々な攻撃により、バランスを崩したゴブリンは次々に先程消えたばかりの死体になっていく。
その中でも多くのゴブリンを倒していたのは、当然のように麗華だった。
(って、死体が消えたばかりなのに、また死体が大量に!?)
せっかくゴブリンがムラになっている原因の死体を消したのに。また同じような死体が現れたのだ。
それでは結果として白夜が死体を消し去った意味がない……いや、ゴブリンの数は間違いなく減っているのだから、全く意味がない訳ではない。だが、ゴブリンの数を考えれば焼け石に水状態なのは間違いなかった。
ともあれ、白夜は再び増えたゴブリンの死体を闇で呑み込む。
中には一見死体になっているようにしか見えないゴブリンもいたが、闇に呑まれない以上、まだ虫の息ではあるのかもしれないが、生きていたのだろう。
もしかしたら、死体が消えたことによってまた一斉攻撃出来るチャンスか? と思った白夜だったが、当然のようにそんなに簡単に話が進む訳がない。
今こうしてゴブリンを大量に倒すことが出来たのは、あくまでもゴブリンがバランスを崩したから……つまり、ゴブリンが踏んでいた死体が消えたからにすぎない。
だが、二度目の闇を使った死体の吸収は、その死体の上に立っているゴブリンが皆無……とう訳ではないにしろ、ほとんどいなかったこともあってバランスを崩したゴブリンは少ない。
そうしてバランスを崩したゴブリンに対しては、気が付いた者が素早く能力を使って仕留めていったが。
結果としてゴブリンの死体がなくなったことにより、押され気味だった白夜たちの戦線も再度立て直せると、そう皆が思ったのだが……
「あああああああああああああああああっ! くそっ、どんだけ出てくるんだよ!」
洞窟から姿を現し続けるゴブリンの数に、白夜の近くで石を飛ばしてはゴブリンの頭部を砕いていた能力者が、我慢の限界だと言わんばかりに叫ぶ。
実際、その言葉は白夜とっても十分に同意したい内容だった。
白夜の闇に呑み込ませた死体の数を考えれば、すでに倒したゴブリンの数は優に百匹を超えている。
にもかかわらず、洞窟から出てくるゴブリンの数は全く減る様子がないのだ。
いや、ゴブリンの数が数万単位でいるというのは分かっていたことだから、そうなってもおかしなことはなにもない。
だが……それでも、やはり延々と姿を現すゴブリンというのは精神的に白夜たちに圧力をかけてくる。ましてや……
「魔力、切れました! 弓での攻撃に移ります!」
魔法使いの女が叫び、杖から弓に持ち替えて矢を射る。
魔力を使う魔法使いは、コストパフォーマンスとして考えると能力者よりもかなり悪い。
もっともコストパフォーマンスが悪い代わりに、自分の能力しか使えない能力者とは違って複数の属性の魔法を使え、対応力という点では魔法使いの方が上なのだが。
麗華を含むゾディアックやのような例外を除いてだが。
そんな魔法使いの言葉を聞き、麗華はその美しく整った眉を微かに顰める。
魔法使いの魔力が切れたということは、そう遠くないうちに能力者の方も息が上がるのは間違いないのだから。
(予想外に消耗が激しいですわね。……いえ、これだけの規模のゴブリンと戦うのは初めてである以上、仕方がないのかしら)
おまけに、ここはゲートのすぐ側だ。
精神的な重圧という点では、かなり大きく……それが麗華にとっての誤算だった。
今にも、洞窟の中から自分たちを追撃してくるゴブリンが姿を現す可能性が高いのだから。
「皆、疲れていると思いますが、ここは頑張りどころですわよ! 私(わたくし)が率先して攻撃しますから、貴方たちも頑張るように!」
麗華の言葉に、その言葉を聞いていた者たちはそれぞれ戦闘準備を整える。
ゾディアックの一人として有名な麗華が先頭を切って攻撃するというのは、その場にいる者の士気を高めるには十分な効果があった。
洞窟の外にいたゴブリンたちとの戦闘である程度能力を使って戦ったが、それでも力の限り戦った者はいない。
このすぐあとに洞窟から出てくる、無数ともいうべきゴブリンと戦わなければならないのだから、当然だろう。
また、周囲に五十鈴の歌が流れ、それを聴いた者たちは不思議と疲れが癒やされ、身体に力が満ちていくのを感じる。
もちろん全快した訳ではないが、それでもそれなりに回復したのは間違いない。
「これは……」
自分の体力や気力が回復しているのを感じながら、白夜は五十鈴に視線を向ける。
白夜の視線に気が付いたのか、五十鈴は歌いながら数秒目だけで小さく笑みを浮かべ、再び歌に集中していく。
「みゃ!」
こちらもゴブリンに向けて毛針を飛ばしては牽制していたノーラが、白夜の頭の上で気持ちよさそうな鳴き声を上げる。
そんな相棒の様子に、白夜は我知らずに笑みを浮かべ、金属の棍を改めて握り直す。
(五十鈴の……鈴風ラナの歌を聴くことが出来たんだ。これは絶対に負けられないな。……もしかして、歌手デビューとかするのか? そんな噂は今まで聞いたことがないけど。けど、もし本当に歌手デビューをするなら、絶対CDとか買わないといけないな)
真面目な顔をしつつ、鈴風ラナのCDが発売したら絶対に買うことを決意する。
出来ればサイン入りの物が欲しいが、それはかなり難しいだろう。
いや、こうして知り合ったんだし、もしかしたら白夜が買ったCDに直接サインして貰える可能性もあるのでは? と、そんなことを考えていると……
「来たぁっ!?」
この場に残っていた者の中でも、探査能力に優れた者が叫ぶ。
同時に、のそり、といった風体でゴブリンが洞窟の中から姿を現す。
あれだけの集団の中の一部……ほんの一部でしかないそのゴブリンは、外で白夜たちが待ち受けているというのは予想外だったのか、一瞬驚いた顔をし……
「ガペ」
次の瞬間、その頭部に拳大の石がめり込み、頭蓋骨を砕かれてそのまま地面に倒れ込む。
その石はその辺りの物を拾った……のではなく、土系の能力者が生み出した代物だ。
「攻撃するのが早いですわ! もう少し外に出してから攻撃しなければ、後々死体が邪魔になりますわよ!」
ゴブリンが出て来たということで逸って攻撃した男に対し、麗華が叫ぶ。
その言葉通り、最初に洞窟を出て来て殺されたゴブリンの死体は、地面に転がってそのあとに続くゴブリンたちの行動を若干ながら遅らせていた。
麗華の鋭い声に、石を放った男は申し訳なさそうに頭を下げる。
そんな男に、麗華もそれ以上は何も言わない。
洞窟の中にどれだけのゴブリンがいたのか。それを自分の目で見て知っている以上、洞窟から出て来たゴブリンに対して攻撃を急いでもおかしくはないと、理解していたからだ。
そうやって麗華が注意の言葉を投げかけている間にも、洞窟からは次々とゴブリンが姿を現す。
麗華を戦闘に、白夜たちもそんな洞窟を包囲するようにして態勢を整えていた。
洞窟から出て来たゴブリンたちは、そんな状況に少しだけ驚くものの……やがて、すぐに自分の前にいる相手に向かって進み始める。
そうしてゴブリンたちが一定のラインを超えると……そこで、ようやく麗華が叫ぶ。
「今ですわ!」
その言葉と共に放たれる、十数本の光の槍。
真っ直ぐに放たれたそれは、洞窟から出て周囲に広がりつつあった複数のゴブリンを次々に仕留めていく。
当然他の者も、そんな麗華に続いて攻撃を行う。
洞窟の外で待ち伏せをしていたゴブリンたちに行ったものより強力な能力が次々と放たれ、ゴブリンを仕留めていく。
白夜たちにとって幸運だったのは、武器を持っているゴブリンはそこまで多くはなく、ましてやその持っている武器も長剣や棍棒、短剣、槍……といった物が主で、弓のような遠距離攻撃用の武器はなかったことか。
それにより、受ける被害は少なくなった。
また、防具の類もほとんど装備していないので、ゴブリンが攻撃を受けないためには回避するしかないのだが、次々に洞窟からゴブリンが出て来ている関係上、自由に身動きをするのは難しい。
そして当然のように白夜や……その頭上に浮かんでいるノーラもまた、ゴブリンに向けて攻撃をしている。
特に白夜の放つ闇は、ゴブリンに付着するとそのまま身体を黒い塵にして消し去ってしまう。
そういう意味では、死体を残す他の者たちに比べればかなり便利な能力だろう。
もっとも、だからといって白夜だけがそのような真似をしても、数万匹はいるだろうゴブリンの数を考えると、焼け石でしかないのだが。
それでもやらないのとやるとのでは、白夜たちにかかる負担は大きく異なる。
実際、ゴブリンの死体が邪魔になり、洞窟から出てくるゴブリンがその死体を回避することによって、ゴブリンの動き方にムラが出来ている場所がいくつもあった。
そうしてムラの出来た場所ではゴブリンが多く集まったり、逆に少なくなったりといった風になっており、洞窟の周辺で待ち構えている者たちも若干戦いにくくなる。
しかし……そんな状況でも、この調査隊最強の人物たる麗華は光の能力を使って次々にゴブリンを倒していく。
中には両肩から生えている腕を盾代わりにし、場合によっては地面に倒れている仲間の死体を掴んで盾にしているゴブリンもいるが、礫や水球、炎、風の刃、銃弾の如く放たれた植物の種……といったものであればそれでどうにか出来るが、光の槍はどうしようもない。
構えた腕、盾代わりにした死体諸共に貫き、ゴブリンの数を減らしていく。
だが……そうして倒されたゴブリンが死体となって地面に倒れ込む以上、否応なく死体によるムラは出来上がってしまう。
「白夜さん、貴方の闇で死体を呑み込むのですわ!」
そんな麗華の指示に、白夜はすぐに返事をすることが出来なかった。
実際、今は白夜の闇の能力を使っても現状を維持しきれていないのだ。
少しずつではあるが、洞窟から絶え間なく姿を現すゴブリンによって、周囲で包囲している白夜たちの防衛ラインは押し下げられつつある。
そんな中で白夜が一時的にとはいえ死体を消すために戦力から外れれば、一気に……とはいかないまでも、少しずつ……そして結果的には大きく後退することになるかもしれない。
元々白夜たちがここに残ったのは、あくまでも時間稼ぎのためで、いずれそうなることは予想していた。
だが、それでも少し早すぎるということもあり、出来れば今の時点で白夜はそのような真似をしたくなかった。
「いいから、やりなさい! 白夜が死体を片付けている間は、私が受け持ちますわ!」
普通であれば、そんな無茶な真似を! と叫んでもおかしくはない。
だが、麗華はゾディアックの一員で、この中では突出した実力を持っている。
そんな麗華がやると言うことは、間違いなくやれるのだ。
そう判断し、事実今まで以上に光の槍を大量に生み出している麗華の姿を見て、白夜は意識を集中する。
「闇夜に消えるかの如く、死したる者共よ、我が闇の中に安息に抱かれて永劫に眠れ」
いつもの如く厨二的な発言が白夜の口から漏れ、その言葉に従うように白夜の影が広がって闇となり、地面に転がっている大量のゴブリンの死体を呑み込んでいく。
その光景を眺めつつ、出来れば生きているゴブリンも呑み込むことが出来れば一気に敵の数を減らすことが出来るのだが……と思う白夜だったが、残念ながら白夜の闇で呑み込むことが出来るのは、今のところ死体のみだ。
……そう、今のところ。
麗華の光の能力を見れば分かるように、能力は人によって大きく変わるし、同時に能力が成長することも珍しくはない。
もしこのまま白夜の能力が強力になっていけば、もしかしたら……本当にもしかしたらだが、やがてそのような能力を使うことが出来るようになってもおかしくはない。
自分に言い聞かせるようにそう思いながら、白夜は闇を操っていた。
「うわっ! 死体が消えた!?」
何人かが、いきなり死体が消えたことで驚きの声を上げる。
もっとも、白夜がそのような能力を使えるということは、当然のように知っていたのだが……今回の場合は、やはり規模が違ったのだろう。
洞窟の前にあった死体が全て闇に呑まれて姿を消し……意外なことだが、それによってバランスを崩すゴブリンが多く出た。
考えてみれば当然のことなのだが、ゴブリンたちは仲間の死体を踏みつけるようにして移動している者が多かった。
地面に多くの死体がある以上、そのように移動するのは避けられない。
そんな中でいきなり死体が全て消えたのだから、死体を踏んでいたゴブリンがバランスを崩すのは当然だろう。
そして当然のようにバランスを崩したゴブリンは、いい的でしかなかった。
放たれる炎や氷、石……それ以外にも様々な攻撃により、バランスを崩したゴブリンは次々に先程消えたばかりの死体になっていく。
その中でも多くのゴブリンを倒していたのは、当然のように麗華だった。
(って、死体が消えたばかりなのに、また死体が大量に!?)
せっかくゴブリンがムラになっている原因の死体を消したのに。また同じような死体が現れたのだ。
それでは結果として白夜が死体を消し去った意味がない……いや、ゴブリンの数は間違いなく減っているのだから、全く意味がない訳ではない。だが、ゴブリンの数を考えれば焼け石に水状態なのは間違いなかった。
ともあれ、白夜は再び増えたゴブリンの死体を闇で呑み込む。
中には一見死体になっているようにしか見えないゴブリンもいたが、闇に呑まれない以上、まだ虫の息ではあるのかもしれないが、生きていたのだろう。
もしかしたら、死体が消えたことによってまた一斉攻撃出来るチャンスか? と思った白夜だったが、当然のようにそんなに簡単に話が進む訳がない。
今こうしてゴブリンを大量に倒すことが出来たのは、あくまでもゴブリンがバランスを崩したから……つまり、ゴブリンが踏んでいた死体が消えたからにすぎない。
だが、二度目の闇を使った死体の吸収は、その死体の上に立っているゴブリンが皆無……とう訳ではないにしろ、ほとんどいなかったこともあってバランスを崩したゴブリンは少ない。
そうしてバランスを崩したゴブリンに対しては、気が付いた者が素早く能力を使って仕留めていったが。
結果としてゴブリンの死体がなくなったことにより、押され気味だった白夜たちの戦線も再度立て直せると、そう皆が思ったのだが……
「あああああああああああああああああっ! くそっ、どんだけ出てくるんだよ!」
洞窟から姿を現し続けるゴブリンの数に、白夜の近くで石を飛ばしてはゴブリンの頭部を砕いていた能力者が、我慢の限界だと言わんばかりに叫ぶ。
実際、その言葉は白夜とっても十分に同意したい内容だった。
白夜の闇に呑み込ませた死体の数を考えれば、すでに倒したゴブリンの数は優に百匹を超えている。
にもかかわらず、洞窟から出てくるゴブリンの数は全く減る様子がないのだ。
いや、ゴブリンの数が数万単位でいるというのは分かっていたことだから、そうなってもおかしなことはなにもない。
だが……それでも、やはり延々と姿を現すゴブリンというのは精神的に白夜たちに圧力をかけてくる。ましてや……
「魔力、切れました! 弓での攻撃に移ります!」
魔法使いの女が叫び、杖から弓に持ち替えて矢を射る。
魔力を使う魔法使いは、コストパフォーマンスとして考えると能力者よりもかなり悪い。
もっともコストパフォーマンスが悪い代わりに、自分の能力しか使えない能力者とは違って複数の属性の魔法を使え、対応力という点では魔法使いの方が上なのだが。
麗華を含むゾディアックやのような例外を除いてだが。
そんな魔法使いの言葉を聞き、麗華はその美しく整った眉を微かに顰める。
魔法使いの魔力が切れたということは、そう遠くないうちに能力者の方も息が上がるのは間違いないのだから。
(予想外に消耗が激しいですわね。……いえ、これだけの規模のゴブリンと戦うのは初めてである以上、仕方がないのかしら)
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青夜は4月が誕生日なのでギリギリ16歳までに家を出た訳だが。
その後がよろしくない。
青夜を引き取った田中家の義父、一狼は53歳ながら若い妻を持ち、4人の娘の父親でもあったからだ。
妻、21歳、一狼の8人目の妻、愛。
長女、25歳、皇宮警察の異能力部隊所属、弥生。
次女、22歳、田中流空手道場の師範代、葉月。
三女、19歳、離婚したフランス系アメリカ人の3人目の妻が産んだハーフ、アンジェリカ。
四女、17歳、死別した4人目の妻が産んだ中国系ハーフ、シャンリー。
この5人とも青夜は家族となり、
・・・何これ? 少し想定外なんだけど。
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【未完】
勇者一行から追放された二刀流使い~仲間から捜索願いを出されるが、もう遅い!~新たな仲間と共に魔王を討伐ス
R666
ファンタジー
アマチュアニートの【二龍隆史】こと36歳のおっさんは、ある日を境に実の両親達の手によって包丁で腹部を何度も刺されて地獄のような痛みを味わい死亡。
そして彼の魂はそのまま天界へ向かう筈であったが女神を自称する危ない女に呼び止められると、ギフトと呼ばれる最強の特典を一つだけ選んで、異世界で勇者達が魔王を討伐できるように手助けをして欲しいと頼み込まれた。
最初こそ余り乗り気ではない隆史ではあったが第二の人生を始めるのも悪くないとして、ギフトを一つ選び女神に言われた通りに勇者一行の手助けをするべく異世界へと乗り込む。
そして異世界にて真面目に勇者達の手助けをしていたらチキン野郎の役立たずという烙印を押されてしまい隆史は勇者一行から追放されてしまう。
※これは勇者一行から追放された最凶の二刀流使いの隆史が新たな仲間を自ら探して、自分達が新たな勇者一行となり魔王を討伐するまでの物語である※
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