虹の軍勢

神無月 紅

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41話

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「では、確認しますわよ」

 数えるのも馬鹿らしくなる数のゴブリンが揃っている、広大な空間の入り口。
 そこで麗華は、言葉通り確認するようにその場にいる全員に向かって声をかける。
 そんな麗華を見ている者たちも、真剣な表情で話を聞いていた。
 何かあっても、すぐに行動出来るようにと。そして何より、東京という自分の住んでいる場所を守るために。
 もちろん、中にはここから早く逃げ出したいと思っている者もいる。
 それでも自分だけで逃げるのは怖いのか、まだ逃げずに黙り込んでいた。
 麗華を初めとしてこの場に残る者にしてみれば、泣き言を口にして全員の士気ややる気といったものを落とさないだけでも十分に助かる。

「まず、私(わたくし)の合図で全員が一気にゴブリンの群れに向かって攻撃します」

 これが、今回の作戦の一番の肝と言ってもよかった。
 ゴブリンたちとまともに戦うつもりがない者でも、不意を打った攻撃をするのであれば十分出来る行動だ。
 ましてや、ここにいるのは麗華が選んだネクストの中でも能力の高い生徒たちなのだから、その攻撃の威力は間違いなく一級品――あくまでもネクスト基準でだが――だろう。
 この場にいる全員が麗華の言葉に異論はなく、黙って頷く。
 それを確認した麗華は、説明を続ける。

「そうして可能な限り攻撃したら、ゴブリンたちと戦う方以外は撤退して貰いますわ。東京にこの件を知らせる必要もありますし」

 この言葉に、残って戦うと判断した以外の者たちが安堵する。
 自分たちは、ただ逃げ出すのではないと、そう理解して。
 実際、ゲートから出て来た存在とゴブリンが妙な風に協力態勢をとっているのは、東京にいるトワイライトに絶対に知らせる必要がある情報だ。
 もっとも、協力態勢と言うには一方的にゴブリンが改造されて搾取されているように白夜には思えるが。
 搾取であっても、共存や協力ということは決して間違った表現ではない以上、特におかしなことはないはずだった。

「決して欠けることなく、全員で東京に向かいなさい。よろしいですわね?」

 美麗と表現するのに相応しい笑みを浮かべる麗華に、東京に向かう者たちは自然と目を奪われる。
 本来であれば、このような状況では決して士気が上がるといことはない。
 圧倒的な……そう、まさに自分たちではどうしようもないほどの数のゴブリンに戦いを挑む仲間を置いて、自分たちは東京に戻るのだから。
 だが、大輪の薔薇の如き麗華の笑みを見た者は、不思議と自分の中から闘志が湧き上がるのを感じていた。
 中には、やはり東京に戻らずここで自分もゴブリンを相手に戦っても……そう思う者もいたが、それを口に出すよりも前に麗華は言葉を続ける。

「貴方たちの行動によっては、トワイライトからも追加の戦力が派遣されてくるでしょう。もしくは、まだ東京にいるネクストの生徒が派遣されてくるかもしれません。そうすれば、私たちの戦いは有利になる。それを理解した上で行動なさい」

 それは、勢いだけでこの場に残ると口にしそうな相手に釘を刺すという意味もあったのだろう。
 そんな麗華の行動を甘いととるか、それとも慈悲深いととるかは、人それぞれだ。
 ……もっとも、ここにいる者で麗華に悪感情を持っている者はいないので、全員が慈悲深いと感じていたのだが。

「さて、東京に向かう方々の件はそれでいいとして、次はここに残る私たちですわね」

 麗華の視線が、その場に残ると口にした者たちに向けられる。
 当然その中には五十鈴や黒沢、そして……白夜の姿もある。
 白夜に向けられた麗華の視線が他の者に向けられるより長かったのは、やはり白夜が闇の能力を使うというのが関係しているのだろう。

「私たちはゴブリンと戦う。ですがそれは、この洞窟の中で戦うとういう訳ではありませんわ。それは分かりますわね?」

 そう告げる白夜の言葉に、視線を向けられた麗華は頷く。

「ここだと、地の利は向こうにありますからね」
「その通りですわ。それに、ここが普通の洞窟であればともかく、この洞窟はとてもではないけど普通の洞窟とは言えませんもの」

 麗華の言葉に、その場にいた多くのものが洞窟の壁を、地面を、天井を見る。
 血管のようなものが張り巡らされ、脈動しているその光景は、とてもではないがまともな洞窟とは思えない。
 このような洞窟の中で戦いたいという者がいれば、それはよほどの物好きだろう。
 トワイライトやネクストの中には、そのような物好きも何気に多いのだが、幸いこの場の中にはいなかった。
 いや、もしかしたら内心で多少そう思っているような者はいるかもしれないが、それを口に出すような者はいない。

「この洞窟は、恐らくゲートの向こう側から来た存在が何らかの手を加えて作ったものなのでしょう。そうである以上、洞窟そのものが敵となる可能性も否定出来ませんわ」

 その言葉に、ここが生物の体内に見えるということから、もしかして本当にそうなのでは? と思う者もいる。
 もしこの洞窟が何らかの生物の体内なら、それこそどこから敵が出てくるか……そして敵が実は生き物であるのかどうかすら分からないということになる。

「どうやら分かってくれたようですわね。……正直なところ、ここが普通の洞窟であれば天井を破壊して陥落させればそれでどうにかなる……とは限らなくても、トワイライトから人手が来るのを待つことが出来るのですけど……ね」

 あれだけの数のゴブリンがいる以上、落盤させて全て纏めて生き埋めにするのが手っ取り早く確実な方法なのは間違いない。
 その方法であれば、わざわざあれだけのゴブリンと戦う必要もなく、それこそ一網打尽といった形で戦いを終わらせることが出来るのだから。
 もっとも、もしそうなればゲートからやってきた存在をどうやって見つけるのかという問題もあるのだが。
 ここまで来るのにかなりの時間歩いてきている。そうである以上、間違いなくゴブリンの死体や、ゲートの向こう側からやって来た存在の死体を手に入れるのはかなりの労力を必要とする。
 だが、それが出来ないのは先程麗華が口にした通りだ。

「そういう訳で、私たちは全員で敵に攻撃をして、なるべく早く……この洞窟が妙な行動を起こさないうちに、脱出しますわよ。そうして洞窟の前で細い道を通ってきたゴブリン達を順番に倒していきます」

 そう告げた麗華の視線は、再び白夜に向けられる。

「幸い、と言っていいのかどうか分かりませんが、白夜の闇の能力は敵の死体を吸収することが出来るようですもの。であれば、死体が戦闘の邪魔になるようなこともないですわね」

 いや、正直そこを頼られても困るんだけど。
 それが麗華の言葉を聞いた、白夜の正直な気持ちだ。
 実際、死体を吸収するときの闇は、白夜が自分の意思でコントロールしているのではなく、闇自身の意思で動いているのだから。
 今までは麗華が説明したように、死体を吸収……いや、闇に呑み込んでいた。
 だが、白夜の意思で同じようなことが出来るかと言われれば、それが確実に出来るという保証は存在しない。
 もし闇で死体を吸収しようとして出来なければ、それは戦い方そのものが大きく変わってくる。

(それを言えるような状況ではないから言わないし、多分闇だからどうにか出来るんじゃないかな、とは思うけど)

 ただでさえ麗華が演説――とまで立派なものではないが――をして下がっていた士気を上げたのに、ここで白夜が下手なことを口にすれば、恐らく……いや、間違いなく再び士気が落ちるのは間違いない。
 そうならないためには、麗華の無茶振りにも応えるしかなかった。
 ……そこに、麗華や五十鈴の前で良いところを見せたいという思いがなかったといえば、嘘になるのだが。

「そのあとは、とにかく相手の数を減らすことを最優先にして、向こうの数が尽きるのが先か、それとも私たちの継戦能力が尽きるのが先か……もしくは、東京から援軍が来るのが先か。ですが私としましては、相手のボスを倒してハッピーエンドといきたいところですわね」

 笑みを浮かべて告げる麗華の言葉に、その場にいる全員が頷きを返す。
 ここは地球、そして日本……自分たちの故郷たる東京からそう離れていない場所なのだ。
 そのような場所に現れた敵は、可能な限り倒してハッピーエンドを迎えたい。
 そう思うのは、この場にいる者であれば……いや、東京に住んでいる者であれば当然のことだろう。
 誰しも、自分の家族、友人、恋人といった者たちを、ゴブリンの脅威に晒したいとは思わないのだから。
 破滅願望のようなものを持っている者であれば、話は多少なりとも違うかもしれないが。

「では、皆……準備はよろしいですわね? ここで下手に時間を使うのもなんですから、そろそろ行きますわよ」

 麗華の言葉に、全員が攻撃に意識を集中させていく。

「とにかく、敵で厄介なのはゴブリンの数です。であれば、先制の一撃はとにかく敵の数を減らすことを最優先にしますわよ。私の攻撃を合図に、全員が攻撃するように。よろしいっですわね?」

 その言葉に全員が頷き、それぞれ能力を発動させる準備に取りかかる。
 この中には魔法使いも何人かいたので、詠唱を口にするする者もいた。そして……

「我が深淵に眠りし大いなる闇の力が、愚者に対して闇より出でる邪神の力で己が身のほどを思い知らせてくれる」

 白夜の口からも、そんな声が漏れる。
 当然それは呪文の詠唱……といったものではなく、白夜が能力を使うときに自然と口に出される厨二病的な台詞だ。
 若干白夜の頬が赤くなっているのは、いつものことではあっても、やはり真っ当な――あくまで白夜の認識でだが――感覚を持っている身としては、恥ずかしいのだろう。
 唯一の救い、もしくは不幸中の幸いなのは、魔法使いの詠唱に白夜の言葉が混ざって、他人には微妙に聞きにくくなっていたところか。
 あくまでも微妙にであって、実際にはほとんどが丸聞こえに等しかったのだが。
 事実、周囲にいる何人かは白夜が何を思ってそんな言葉を口にしたのかと、不思議そうな……それでいて珍しいものでも見るような視線を向けていたのだから。
 魔法使いと違い、基本的に能力者が能力を使うときに呪文を口にする必要はない。
 イメージを強化するために技の名前を呼ぶ……といった行為をする者はいるが、白夜の口から漏れたのは到底そのようなものはなかった。
 それでも誰もが白夜に何をしたのかといったことを聞かなかったのは、単純に自分の能力を最大限の威力で発動させるために集中しており、そのような余裕がなかったからだろう。

「光の槍よ、在れ」

 最初に攻撃をしたのは、宣言通り麗華。
 その一言で空中に生み出された光の槍の数は、数十……もしかしたら、百にすら届いてもおかしくないだろう数。
 周囲にいる者たちは、今の自分たち状況も忘れてその光の槍に我知らず目を奪われる。
 ……中には、いつでも能力を発動させようとして準備していたにもかかわらず、その能力を解除してしまった者すらいた。
 そして次の瞬間……麗華が手を振るうと、光の槍はゴブリンたちの存在する空間に向かって飛んでいく。
 空間の中でも白夜たちのいる場所から離れていない場所にいたゴブリンたちは、視界の端で何かが光ったことにそちらを向こうとし……次の瞬間、頭部が砕かれる。

「ゴギャ」

 短く断末魔の声を発しながら、脳味噌や肉、骨、体液、血液……そのようなものが周囲に飛び散る。
 ゴブリンの中には、隣にいたも仲間の眼球を頬にへばりつけているような者もいる。
 次々と、それこそ言葉もないまま光の槍に貫かれて死んでいくゴブリンたち。
 ゴブリンたちにとってはいきなりの奇襲だったことも影響しているのか、ろくに抵抗も出来ないうちに、次々と光の槍で貫かれ、砕かれ、斬り裂かれていく。
 大量のゴブリンの血や肉、内臓といったものが周辺に散らばり……

「今ですわ!」

 自分の攻撃によってゴブリンが大きな被害を受けたのを確認した麗華の言葉に、他の者たちも攻撃を開始する。
 火、氷、風、土、岩、砂、土、水……それ以外にも様々な攻撃がゴブリンの群れを襲った。
 そんな中でも、特に目立ったのは五十鈴の歌だろう。
 他の能力者が放った攻撃は、その能力……たとえば、氷柱の一撃が命中しないと効果はないし、効果があるのも命中した相手だけ。……上手くいけば、その攻撃が貫通するなり、爆散するなりして周囲の数匹といったところだ。
 だが、歌の場合は声が聞こえた者のほとんどに効果がある。
 難点として、致命傷を与えるといった強力な攻撃は今の五十鈴ではまだ出来ないが、それでも平衡感覚を刺激して立っていられなくする……といった真似は可能だ。
 そして、白夜の放った闇で出来た三角錐の存在は、多くのゴブリンを貫き、そこから浸食して闇が広がり、近くにいるゴブリンに闇が触れ、そこから浸食し……といった光景を生み出すのだった。
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