虹の軍勢

神無月 紅

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40話

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 四本腕が生み出されていた広間、白夜たちが入ってきたのとは別の出入り口に向かって進むと、そこは一本の通路だった。
 暗く、周囲の様子は全く把握出来ない……そんな通路。

「おい、おかしくないか? ここから出ていったゴブリンたちは、どうやってこの暗闇の中を進んだんだ?」

 調査隊の一人が思わずといった様子で呟くが、それに対しては皆が同意見だったのか、何も反論をする様子はない。
 昨日夜襲を仕掛けてきたゴブリンだけに、夜目が利くのでは? と思った者もいたが、取りあえず今の状況で口を開くことはなかった。
 麗華はそんな周囲の様子を気にしながらも、足を止めるようなことはないまま進む。

「麗華様、麗華様であれば明かりを作ることも不可能ではないのでは?」

 黒沢が麗華にそう尋ねるが、麗華はそんな黒沢に対して首を横に振る。
 暗闇で麗華が首を振ったというのは分からなかっただろうが、それでも他の者たちにも麗華がどのような行動をしたのかは、次の言葉で予想出来た。

「こんな暗い場所で明かりを点けた状態を想像してみなさい。そんな真似をしたら、それこそこの向こうにいる者たちにとっては、いい的になりますわ。……私(わたくし)は、そのような的になるつもりはありませんの」

 言われてみれば当然といった内容だっただけに、黒沢もそれ以上は何を言うでもなく沈黙を守る。
 そうして数分……手探りで、内臓の如き壁にぶつからないにしながら進み続ける間、通路には麗華たちが進む足音のみが響く。

「光だ」

 一行の中の誰かが呟いたのかは、それを聞いていた白夜にも分からなかった。
 周囲が一切見えない状態での呟きだったのだから、ある程度親しい相手でなければ、誰がそう言ったのか分からないというのは当然だろう。
 だが、それでもその言葉通り暗闇の先に光が見えたのは事実であり、それによって不安を抱いていた者も安堵する。

「静かになさい。このような洞窟の中で光があるということは、間違いなく誰かが……いえ、何者かがいるということですわよ。そして現状を考えれば、光の下にいるのは……」

 最後まで麗華が言わずとも、誰が……もしくは何がいるのかが分かったのだろう。
 光を見て安堵した者も、これから何が起きてもいいように気合いを入れ直す。
 当然それは白夜も同じで、白夜の頭の上に乗っているノーラも同様だ。
 目がある訳でもないノーラだけに、暗闇の中でも特に問題なく動けるのでは? と思わないでもない白夜だったが、暗闇の中で頭に乗っていたことを思えば、もしかしたら暗闇の中では周囲の様子を把握出来ないのではないか、とふと思う。
 だが、ノーラはそんな白夜の頭の上に乗ったまま、一切空を飛ぶ様子がない。

(何らかの手段でノーラが周囲の様子を確認しているのは間違いないんだから、この暗闇の中ではその手段も意味がない……のかもしれないな。まぁ、下手にこの暗闇の中を飛び回って、壁とか天井にぶつからない方がいいか。ぶつかればぶつかったで、妙なことになりかねないし)

 生き物の体内かと思われるような、不気味な天井や壁だ。そこにぶつかった場合、何が起きるのかは分からない。
 一応何人かが長剣の鞘や槍の石突きといった部分で軽く触っても何も起きはしなかったが、それが絶対とは限らないのだから。
 頭の上にある感触を意識しつつ、白夜は明かりの見えてきた方に向かって進む。
 そうして歩き続ければ、当然のように明かりは次第に強くなってくる。
 すでに周囲は暗くはなく、壁の状態もしっかりと白夜の目で確認出来た。……相変わらず脈動し、生物の体内にいるのではないかと思ってしまうのは変わらなかったが。
 だが、移動している最中にどこか別の場所に移動したのではないか、と。そんな疑問を抱いていた者は、生理的な嫌悪感を抱く洞窟の壁であっても、不思議と安心する。
 中には当然のように明るくなってすぐこの壁を目にし、うんざりとした思いを抱いていた者もいたのだが。

「見えてきたわよ、注意しなさい」

 暗闇の通路の先、恐らく……いや、間違いなく何かがあるのだろう場所に近づくと、改めて麗華は周囲に注意を促す。
 そうして相手に不意打ちをされないように、少しずつ、少しずつ進み……やがて、その光景を目にする。

「うあ……」

 誰かが、思わずといった様子で声を出す。
 その様子を見ていた白夜は、どことなく先程の広間を見たときと同じようなやり取りだと思ったが……白夜本人もそれは視線の先の現実を認めたくないという思いからの行動であるというのは理解していた。
 何故ならその先に広がっていたのは、とてもではないが洞窟の中にあるとは思えないほどに広い空間に、数千人規模のゴブリンがいたのだから。
 先程レイ達が通ってきた千人ほどのゴブリンが内臓に包まれていた場所。あの広間が数十個は入るのではないかと思えるほどに、広大な空間。
 ここまでくると、すでに広間ではなく別の空間に出たのではないかと、そう思ってもおかしくない場所だった。

(洞窟、か? これが本当に……ゴブリンが掘った? いや、まさか。このゴブリンの集落が具体的にいつくらいからあったのかは分からないけど、それでもこれだけの大きさの空間をゴブリンたちが掘るってのは色々と無理があるだろ)

 最初に白夜たちが入った洞窟が最初からあったというのは、まだ納得出来る。
 だが、洞窟の壁や天井、床といった部分が生物の内臓のごとき姿だったのは、どう考えても最初からそうだったとは思えない。
 また、これだけの大きさの空間を地中に掘るとなれば、綿密な計算が必要となるはずであり、そのような知能がゴブリンにあるのかと言われれば、聞かれた全員が首を横に振るだろう。
 そして、白夜には普通ではない事情に心当たりがあった。……そう、異世界と繋がったゲートという、とてもではないが普通とは呼べないような事情に。

(つまり、この洞窟はゲートを通って異世界からやって来た奴が行ったこと……なのか? 何を思ってこんな風にしたのかってのは、ゴブリンたちを見れば分かるけど)

 兵力の現地調達。……もしくは、現地改良と呼ぶべきか。
 両肩から新たに二本の腕を伸ばしたゴブリンを見れば、そして白夜が先程大量の死体を吸収した場所のことを思えば、改良という言葉は決して間違っていないだろう。

(ゲートが小さかったから、向こうの世界から戦力を持ってくることが出来なかった? それとも、最初からそういう習性を持った種族がやってきたのか?)

 そんな風に白夜が悩んでいると、近くにいた黒沢が小声で麗華に尋ねる。

「どうしますか、麗華様。向こうはまだこちらに気が付いていないようですが」

 実際、ゴブリンたちは現在麗華たちという異物に気が付いている様子はない。
 それどこころか、これだけのゴブリンがいるにもかかわらず、全く騒がしくないというのは異常でしかなかった。
 この隙に攻撃をしてはどうか、と。そう黒沢が尋ねたのは、本人が聞かれれば絶対に認めるようなことはないだろうが、視界一杯に存在しているゴブリンを前に、怯えているのだろう。
 だが、それは当然だ。
 人間は、たとえ蟻を相手にしても数千匹、数万匹に襲われれば勝つことは不可能なのだから。
 それが蟻よりも明らかに戦闘力の高い……それも品種改良されたゴブリンがこれだけの数いるのだから、怯えるなという方が無理だろう。
 白夜もそれは同様だったが、視線の先にいるゴブリンの群れを見て、疑問を抱く。
 それは、ゴブリンの集落に攻め込んだ白夜だからこそ感じることが出来ただろう疑問。
 本来であればもっと早く……先程白夜の闇がゴブリンの死体を吸収したときに思いつかなければならなかったのだろう疑問。

(何でこんなにゴブリンがいるんだ?)

 そう、数千、数万……もしくはそれ以上のゴブリンの数そのものが、白夜の抱いた疑問だった。
 白夜が集落で見たゴブリンの数は、数十匹。どんなに多く数えても、百匹前後。
 もちろん、当時は山の中でそれぞれ白夜たちを探し回って色々な場所に散らばっていたのだから、集落で見たゴブリンの数が全てだと言うつもりはない。
 それでも……たとえどんなに多く見積もっても、千匹いるということはまずありえなかった。
 そして、現在白夜たちの視線の先にいるような数のゴブリンがいたということは絶対にない。
 つまり、このゴブリンたちは一体どこからやってきたのかということになる。
 まさかその辺りから勝手に生えてきた訳でもないだろう。
 そんな風に白夜が考えていると、ふと小さな声が聞こえてきた。

「麗華様、やはり一度東京に戻って、トワイライトに知らせた方がいいのでは? ゴブリンとはいえ、これだけの数を相手にするのは危険です。いえ、麗華様であれば問題なくゴブリン程度はどうとでも出来ると思いますが、洞窟が……」

 黒沢の近くにいた男が、気味悪そうに内臓のような壁を見ながら麗華に進言したのだ。
 いや、それは進言というよりは懇願に近い。
 相手が一匹であれば、それこそゴブリン程度の相手は容易に倒せるだけの実力は、ここにいる全員が持っている。
 だが、それはあくまでも相手が一匹ならではの話だ。
 これだけのゴブリン――それも腕が増え、普通よりも明らかに強いゴブリンたち――を相手にして、この人数でどうにか出来るとは到底思えなかった。
 だからこそ、その男は怖じ気づき、麗華に東京に戻るという名目で撤退を懇願をしたのだ。
 実際、これだけのゴブリンがいるという情報が分かった以上、東京に戻ってその情報を報告すれば、調査隊という役目は十分に果たしたと評価されるのは間違いない。
 だが……そう、だが。
 もしここで調査隊が帰った場合、ここにいるゴブリンが東京に攻めてこないとは限らないのだ。
 いや、ゴブリンの性格を知っている者であれば、これだけの戦力があれば間違いなく東京に攻めてくるというのは確信する。
 ましてや、ここにいるゴブリンは普通のゴブリンではないのだから、それによる被害は普通のゴブリンに襲われたときよりも大きくなるのは明白だ。
 そのとき、この場にいる調査隊のような戦闘力を持っているネクストの生徒や、それこそ本職のトワイライトの隊員であればゴブリンを相手にしてもどうとでもなるだろう。
 特にトワイライトの戦闘要員はネクストの卒業生ということもあり、極めて強力な戦闘力を持っている。
 しかし東京に住んでいるのは、全てが戦闘力を持っている者達だけではない。
 それどころか、ネクストやトワイライトの人間であっても戦闘的な能力を持っていないという者も少なくない。
 もしそのような者達がゴブリンに襲われた場合、その被害を許容出来るかと言われれば……答えは否だ。
 だが、同時にこれだけのゴブリンを相手に戦えというのが難しいのも、麗華には分かっている。
 これだけの数を前に、戦うだけの意思を持ち続けることが出来る者はそう多くない。
 それは臆病なことでも何でもなく、生物としては当然の感情だ。
 だからこそ、麗華も他の者たちを責めるような真似は出来ない。

(どうすればいいのかしら。……五十鈴は……)

 麗華が視線を向けると、五十鈴は何の躊躇もなく頷きを返す。
 南風家の者として、東京に訪れる災厄をそのままにしておくことは出来ないと、そう理解しているためだ。
 当然のように麗華も、この場に残るつもりだった。
 ゾディアックの一人として……何より光皇院家の者として、ここで引くわけにはいかない。
 そして……麗華にとって予想外だったのは、白夜までもがやる気に満ちた表情を浮かべていたことだ。
 自分と対となる闇の能力の持ち主ということで、麗華も白夜に対しては期待し、目をかけている。
 実際にその能力の片鱗とでも呼ぶべきものを見て、その思いはさらに強まっていた。
 だが……それでも、やはり今の状況を考えれば、白夜も逃げ出そうと思っていてもおかしくはなかった。
 にもかかわらず、今の白夜は麗華と視線が合うと闘志に満ちた視線で頷いたのだ。
 ……もっとも、白夜の中にあるのは東京を守るためというのもあるが、何より強いのは……

(ゴブリンが東京を襲えば、美人や美少女が酷い目に遭うじゃないか! それだけは、絶対に許せない!)

 というものだった。
 元々オープンスケベな白夜だけに、自分好みの女がゴブリンに襲われるというのは、考えただけで許せるものではない。

(漫画とかなら結構好物だけど、それはあくまでも漫画だからであって、実際に自分の目の前でそんな光景は見たくない! ……くっ殺はちょっと見たい気もするけど)

 結局のところ、白夜の頭の中にあるのはそんなものだった。
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