虹の軍勢

神無月 紅

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35話

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 ゴブリンの襲撃があった翌朝、まだ完全に太陽が姿を現していない時刻にも関わらず、既に調査隊の全員が出発の準備を整えていた。
 夜中に起こったゴブリンの襲撃は、麗華の放った光の矢により大部分が倒され、残ったゴブリンも残りの者達で殲滅することに成功している。
 四本腕のゴブリンというのは当然珍しく、新種のゴブリンだと騒ぐ者もおり、さらには一度東京に戻るべきでは? と主張する者もいたのだが、麗華から今はゲートの調査が最優先だと、その意見はあっさり却下された。
 それでもゴブリンの死体の何匹かは、死体を保存するケースに入れられている。
 ……ちなみに死体の何匹かは、例によって例の如く、白夜の闇によって呑み込まれている。
 それを見た者の多くが驚きの声を上げたが、闇という希少な能力を持っているのなら仕方がないかと、あっさり納得してしまう。
 もちろん、自分たちで倒したモンスターの死体がなくなった……つまり魔石や素材を手に入れることが出来なくなったということで不満を抱く者もいたが、それは麗華が別途金を渡すということで話が纏まった。
 白夜は何故麗華がそこまでしてくれるのか分からなかったが、麗華に『闇の能力が強化されるのなら、私(わたくし)としても問題ありませんわ』と言われてしまえば、それ以上追求は出来ない。
 あとでセバスに聞いてみたところ、純粋に自分の光と対になる闇の能力が弱いのは外聞が悪いからだと聞かされ、納得はしたのだが。
 無理もない。光と対になるのは当然闇。
 その闇がそこまで強い能力ではないとなれば、麗華の持つ光の能力も侮られることになりかねない。
 だからこそ、麗華は白夜にもっと強く……闇という能力の希少性に相応しいだけの力を持って欲しいと思っているし、闇の能力が成長するかもしれないとなれば、協力を惜しむつもりはなかった。
 白夜の性格が好きになれないので、面と向かっては言わないが。

「では、皆さん。準備はよろしいですわね?」

 麗華が、自分と共に山に向かうメンバーに向かってそう声をかける。
 今回麗華と共に山に向かうのは、調査隊のメンバーの大半となる。
 白夜は驚いたが、麗華の車が来た以降もトワイライトやネクストからの要請により、ギルドの方から使える戦力が逐次送られていたのだ。
 結果として、現在の調査隊の人数はすでに五十人を超えている。
 その大半のメンバーが一定以上の戦力を持つ者たちで、今回の戦力としてかなり重要視されているのは間違いなかった。

『おおおおおおおおお』

 麗華の言葉に、今回山に入る全員が声を上げる。
 異世界に続くゲートという、普通ではとてもではないが目にすることが出来ない現象。
 それを自分で見ることが出来るのだから、興奮するのは当然だった。
 もしトワイライトの方に余裕があるのであれば、ネクストの生徒がここにいることはまずなかっただろう。
 そのような理由もあり、現在ここにいる者の多くは自分たちが恵まれているというのを理解し、非常にテンションが上がっている。
 士気の高いネクストの生徒達を見ながら、麗華は満足そうに頷き、口を開く。

「言っておきますが、ここからは何があるか分かりません。知ってる人もいるでしょうが、昨日は新種のゴブリンによる夜襲もありました。恐らく、ゲートが関係しているのは間違いないでしょう」

 そう告げる麗華の言葉に、四本腕のゴブリンを見た者たちがそれぞれ近くにいる者と言葉を交わす。
 モンスターの新種というのは、正直なところそれほど珍しい存在ではない。
 そもそも人間の住める場所がごく限られている以上、逆に言えばモンスターや野生動物といった存在が住む場所は広がっているのだ。
 そのような、人間の全く知らないところでモンスターが独自の進化をするというのは、珍しい話ではない。
 ましてや、昨日夜襲を仕掛けてきたのはゴブリンだ。
 弱いモンスターの代表格として有名なゴブリンだが、弱いからこそ未知の可能性は多く持っている。
 それこそ、ゴブリンが進化するのは珍しくないと言い切れるくらいには。
 だが……それでも、昨夜夜襲を仕掛けてきたゴブリンは普通とは圧倒的に違っていた。
 ゴブリンの上位種として有名なのは、ゴブリンジェネラル、ゴブリンメイジ、ゴブリンアーチャー、ゴブリンロード、ゴブリンキング……もしくは、ホブゴブリンのように全く違う種族になる者も珍しくはない。 
 しかし、上位種になっても基本的にゴブリンの手が増えるなどというのは、白夜は知らなかった。
 学校の授業では習った覚えがない。
 もちろん、まだ授業で習っていないだけという可能性もあるが……普通に考えれば、四本腕になっているのは、ゲートが繋がった異世界からの影響で間違いないだろう。
 一瞬白夜は希少種という言葉を考えたが、希少種というのは特殊な進化をしたモンスターで、珍しく希少だからこそ希少種と呼ばれるのだ。
 だが、夜襲を仕掛けてきたゴブリンの数は二十匹近い。
 とてもではないが、希少種と呼ぶには無理があった。

「ですが、東京の近くに開いたゲートをこのままにしておく訳にいかないというのは、理解していますわね?」

 麗華の言葉に、その話を聞いていた全員が一切の躊躇なく頷く。
 ゲートというのは、異世界からの侵略者が姿を現す場所だ。
 そのような場所が日本の首都である東京のすぐ側にあるというのは、色々な意味で非常に不味い。
 それこそ、いつ未知のモンスターが姿を現し、東京を襲撃しないとも限らないのだ。
 もしくは直接襲撃こそしなくても、ゴブリンのように集落を作るといった真似をされても困る。
 ……もちろん、モンスターというのは非常に危険な外敵であると同時に、魔石や各種素材を含めて利益になる存在でもある。
 大崩壊という現象によって退化した文明が現在の水準まで戻ったのは、モンスターの素材や魔石という存在があってこそのものなのは誰もでも知っている。
 だからこそ希少な素材を持つモンスターが東京の側に群れるのであれば、それこそ喜ぶべきことだろう。
 もっとも、そのモンスターが弱いという前提での話だが。
 そして希少な素材を持つモンスターというのは、基本的に強力なモンスターが多い。
 つまり、万に一つ……億に一つ、もしくはそれ以上に高い確率でないと、そのようなことは起きないのだ。
 だが、今までそのようなことが起こったことが皆無という訳ではない。
 モンゴルの近くに、以前ゴムのごとき身体を持つモンスターの群れが確認されたことがあった。
 そのモンスターは斬撃の類には強かったが、棍棒やハンマー、もしくはもっと単純に殴る蹴る……といったような衝撃を与える攻撃に対してはもの凄く弱く、あっさりと意識を失ってしまうという性質を持っていた。
 結果として、その群れが確認された近くにあった街はゴムという素材を大量に得ることが出来、それは大きな財産となった。
 当然だろう。ゴムというのは非常に利用用途は広く、大きい。
 それが利益になるのは、当然だった。
 ……もっとも、それを狙ってモンゴルの周辺諸国が蠢き、戦争になりかけたのは、モンゴルにとって面白くない出来事だったのだろうが。
 ともあれ、そのように弱くて有益な素材を持つモンスターというのは、間違いなくいるのだ。

「では、行きますわよ。皆さん、くれぐれも周囲を警戒するようにして下さい。見敵必殺という心づもりで」

 そのような麗華の言葉で話が終わる。
 そして話が終われば、次に行うべきなのは当然山登りだ。
 白夜は一度通った道だったので、多少は楽に歩ける。
 もちろん一度通ったからといって、道の全てを覚えている訳ではない。
 それでも一度通ったという心理的な余裕があるのは、非常に大きかった。
 ゲートがある場所に向かっているということで、心の底から安堵している……といった訳ではないが、他の面子に比べれば多少なりとも楽なのは間違いないだろう。
 そうして山登りを続ける白夜たちだったが、ゴブリンを含めてモンスターや動物が襲ってくるということはなかった。

(昨夜は夜襲をしかけてきたのに、何で全く攻撃してこないんだ?)

 周囲を警戒しながら、白夜は疑問を抱く。
 夜襲をしてきたということは、ゴブリンは……もしくはゲートからやってきた何かは、間違いなく敵対的な存在だ。
 もっとも、ノーラのような従魔になるモンスターを例外として、基本的にゲートの向こう側からやってくる存在は人間に敵対的な存在なのだが。

「何だ? 何もモンスターとか出てこないじゃん。もしかして、ゲートが出来たってのも、実は何かの間違いだったりするのか?」

 ゴブリンの集落に向かっている途中、ふとそんな声が白夜の耳に聞こえてくる。
 その人物が誰なのか……というのは白夜も分からなかったが、恐らく今朝になって合流してきた者なのだろうというのは、今の言葉から容易に想像出来る。
 実際に四本腕のゴブリンの夜襲を受けた身であれば、とてもではないが今のようなことを言えるとは思えなかった。
 また、四本腕のゴブリンの死体も見ていない可能性が高い。
 ……もっとも死体を見ていないという点については、白夜の闇が大量の死体を呑み込んでしまった以上、何か文句を言うことは出来ないが。

「黙りなさい。ここでわざわざ騒がしくして、敵を引き寄せるような真似をするんじゃないわよ」

 軽い調子で呟いた男に対し、近くを歩いていた女が不機嫌そうに告げる。
 生真面目そうな女だけに、その男の態度が気にくわなかったのだろう。
 だが、当然男の方もそのように頭ごなしに言われれば、素直に謝るといった真似は出来なくなる。

「何だよ、実際にモンスターはゴブリンだろうが何だろうが、全く出てこないだろ。なら、少しくらい騒いでもいいじゃん」
「あのね。本当に分かってるの? 私たちが向かってるのはゲートなのよ? 少しは緊張感を持ちなさいよ」
「あ? きちんと周囲を警戒してるだろ? 安心しろよ、何かあってもお前は俺が守ってやるから」
「っ!? 別に貴方程度に守って貰わなくても、自分の身は自分で守れるわよ!」
「んー? うるさくしてもいいのかね、緊張感が足りないんじゃないか?」

 生真面目そうな女の揚げ足を取るかのように男がそう告げると、女は自分が大声を出していたことに気が付き、唇を噛みしめる。
 ふふん、と。勝ち誇った表情を浮かべる男の顔を、女は鋭い視線で一瞥する。
 だが、男の方はそんな女の視線を全く気にした様子もない。
 それでも女がそれ以上何も言ってこないのを確認すると、男の方も再び黙って歩き始める。
 そのあとも何度か細々とした騒動は起きながらも歩き続け、途中で軽く昼食を食べてから再び進み始めた。
 なお、当然ながら山の中で火を使うような真似をすれば、ゴブリンたちに……もしくはゲートからやって来た者達に見つかる危険があるので、ブロック状の携帯食と飲み物で簡単にすませている。
 白夜が驚いたのは、お嬢様……それも世界でも有数の生粋のお嬢様の麗華までもが、白夜たちと同じ食事をしていたことだろう。
 もしかしたら外見は同じでも中身は多少違うのかもしれないが、それでも同じような携帯食を文句も言わず食べているのは、かなり意外な光景だった。
 缶詰やレトルトの類でも持ってくればよかった……と、多少不満は口にしていたが、それは全員が同じだったので、白夜もそこまで気にした様子はない。

「よく漫画とかゲームとかのファンタジーものだと、干し肉とかを食べてるけど……やっぱり缶詰とかレトルトがあったら、そっちを食うのかね?」

 山道を歩き、周囲の様子を警戒しつつも会話を交わす。
 そんな中、一人が小さな声で周囲にいる仲間に話しかける。

「ファンタジーもので缶詰とかあったら、ちょっと萎えないか?」
「いや、ほら。そこは魔法とかで何とかするんだよ」
「……そんな便利な魔法、あると思ってるんですか?」

 魔法でどうにかするとおいう話を聞いた魔法使いが、不満そうにそう告げる。
 魔法は何でも出来るというイメージを持たれることが多いのだが、実際には色々と制限が多い。
 それだけに、魔法で缶詰やレトルトを作るというのは許せなかったのだろう。

「言っておくけどね。魔法ってのはもっと……」
「静かに」

 魔法使いが不満そうに何かを言おうとしたのを、近くにいた男が止める。
 何よ、と魔法使いが不機嫌そうな視線を向けようとしたものの、自分以外にも多くの者達が進行方向に視線を向けて止まっているのを見れば、魔法使いも黙らざるを得なかった。
 そして、視線の先にあるのは……

「ゴブリンの、集落」

 誰かがそう告げたのを、魔法使いも……そして白夜も、どこか現実味がないと思いつつ聞くのだった。
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