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34話
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こいつ、いきなり何を言ってるんだ?
それが、白夜の側にいた二人の男の正直な気持ちだった。
恐らく敵が襲撃してきたと思われるのに、いきなり厨二病のごとき台詞を真面目に口にしたのだから、それも当然だろう。
何をふざけていると男の片方が言おうとしたが……次の瞬間、暗闇の中からいくつもの悲鳴が聞こえてきて、それどころではなくなってしまった。
「白夜、何をした?」
何をしたのかは分からないが、それでも白夜が何かをしたのは確実だ。
そんな思いで告げてくる男に、白夜は興奮ではなく、先程の自分の台詞による羞恥で薄らと頬を赤く染めながら口を開く。
「能力を使ったんだよ。幸い、今は夜だ。俺の能力を使うのに、これ以上適している時間はないからな」
その言葉で白夜の持つ能力が闇なのだと、男は思い出したのだろう。
納得したように頷くが……ふと、その動きを止める。
「で? さっきの言葉は?」
「うるさいな! いいから、敵の襲撃を警戒しろ! 今はそんなことに構っていられるような余裕はないだろ!」
何とか誤魔化しつつ、白夜が叫ぶ。
だが、実際先程の闇で襲撃してきた敵の全てを倒した訳ではない。
そうである以上、見張りの自分たちがその警戒を解く訳にはいかなかった。
「……分かった。けど、あとで絶対に聞くからな」
出切れば聞かないでくれというのが、白夜の正直な気持ちだった。
しかし、今それを言ったところでまともに聞いて貰えるはずもない。
それに今はとにかく、襲撃してきた相手をどうにかする方が先だった。
「っと、やっぱりこっちに追い詰められてきたか!」
「みゃーっ!」
少し離れた場所から、不意に飛び出してきた何かを見つけると、白夜が何かをするよりも前にノーラが毛針を放つ。
「ギャ!」
まさか、いきなりそのような攻撃をされるとは思ってなかったのか、現れた何かはそんな悲鳴を上げる。
白夜は、焚き火の光によって照らされたその姿を見て、反射的に口を開く。
「ゴブリ……」
ゴブリンだ。
そう言おうとした白夜だったが、その言葉が途中で切れてしまったのは理由があった。
何故なら、焚き火の光に照らされた存在は、大きさこそゴブリンと同じくらいで、顔も当然ゴブリンなのは間違いなかったが……手が、四本あったのだ。
普通のゴブリンの手と、両肩からそれぞれ生えている二本の手。
少なくても、白夜は腕が四本あるゴブリンなどという存在は知らない。
だからこそゴブリンだと言い切ることが出来なかった。
「新種のゴブリンだ!」
そんな白夜の代わりに叫んだのは、一緒に野営をしていた男のうちの一人。
その言葉は決して間違っていない。
見たことがないゴブリンである以上、それは新種のゴブリンであると言うのが正しい。
ただ……白夜は己の武器である金属の棍を手に、ゴブリンを観察しながら本当に新種か? という考えが脳裏をよぎる。
普通に考えれば、腕が四本もあるゴブリンなどというのは全く知られていない。つまり、そのゴブリンが新種なのは間違いないのだ。
だが、問題なのはゴブリンの集落に、異世界に繋がるゲートが開いたことだろう。
ゲートが開いた先の異世界が、どのような世界なのか。
それが分からず、そしてここで新種のゴブリンが姿を現したというのは、どこからどう見てもタイミングが良すぎた。……もしくは、不自然すぎた。
「はぁっ!」
そんなことを考えながらも、とにかく今は目の前に出てきた四本腕のゴブリンを倒すのが最優先だと判断し、白夜は鋭い呼気と共に金属の棍を突き出す。
向こうからの奇襲であっても、すでにその奇襲の利はない。
このゴブリンが攻撃を行うよりも前にノーラの毛針という奇襲を受けたことが、向こうの奇襲を潰した大きな理由だった。
「ギャギョ!」
突き出された金属の棍を見て、反射的に後ろに下がろうとするゴブリン。
だが、白夜はゴブリンのその動きを見た瞬間、金属の棍を握っていた手を少しだけ緩める。
そうなればどうなるのか……それは、考えるまでもない。
握っていた金属の棍がそのまますっぽ抜けるようにしながら拳の中で移動していく。
それは結果として、白夜が放った一撃の間合いを広げるということを意味していた。
もちろんそのような一撃では、まともに当たっても相手に致命的なダメージを与えることは出来ない。
だが、致命的なダメージを与えることは出来なくても、相手の意表を突くという点では重要な意味を持つ。
自分が後ろに下がったことで間合いを外したと思い込んでいるゴブリンが、その予想を覆すように自分の頭部に一撃を加えられるのだ。
ましてや、白夜が手にしているのは木ではなく、金属によって出来た棍。
白夜が全力で放った一撃ではなく、勢いを利用して手の中を滑らせるようにして放った一撃であっても、その威力は木で出来た棍を上回る。
もしこれで白夜の武器が棍ではなく槍の類であれば、それこそ今の一撃でゴブリンは頭部を穂先で刺されていただろう。
だが、生憎と白夜の手にしている武器は、槍ではなく棍なのだ。
その一撃は、相手に予想外のダメージを与えることに成功はするが、それでも大きなダメージではない。
「ギャガァッ!」
ゴブリンの口から悲鳴が上がり、そのまま地面に倒れる。
致命傷……とはとてもではないが呼べない傷だったが、攻撃を回避したと思い込んでいたところで命中しただけに、ゴブリンが受けた精神的な衝撃は大きい。
「うおおおおっ!」
地面に転がったゴブリンを見て、白夜と共に見張りをしていた男の片方が即座に追撃の一撃を放つ。
ゴブリンに向かって突き出された槍。
白夜の持つ金属の棍と違い、命中すれば一撃で相手の身体を貫き、命を奪うことが出来るだろう威力の攻撃。
だが、地面に倒れたゴブリンは咄嗟に肩から生えている腕を使い、地面から飛び跳ねて槍の一撃を回避する。
咄嗟の動きではあったのだろうが、それは傍から見ている方にしてみれば非常に気持ち悪い動きだ。
地面に寝転がっているような状態から、いきなり跳躍したのだから。
ゴブリンにしてみれば、生き残るために必死だったのだろうが。
……だからこそ、次の瞬間にこの場にいたもう一人の男が自分に向かって長剣を振り下ろすのを回避することは出来なかった。
肉を打つ、鈍い音が周囲に響く。
打つであって断つでなかったのは、やはりゴブリンの身体が空中にあったのが大きな原因だろう。
もちろん、男の腕が一流と呼べるほどのものであれば、空中にいるゴブリンであっても切断することは出来たのだろうが……生憎と、男はそれだけの技量を持てなかった。
それでもゴブリンにとってその一撃は致命傷と呼ぶべき攻撃だったのは間違いなく、あっさりと頭蓋骨を砕くことに成功する。
頭蓋骨を砕かれたゴブリンの身体が地面に落ちる音が周囲に響く。
それを確認し、男はキャンプ地に視線を向ける。
「ふぅ、取りあえずこっちは何とかなったけど……問題は他の場所か」
この野営地にいる人数は、それほど多くない。
そうである以上、すぐに次の敵に攻撃をする必要があると判断したのだろうが……
次の瞬間、幾筋もの光が夜の闇を貫く。
「眩しっ!」
焚き火の近くにいたので、完全に目が暗闇に慣れていた訳ではなかった。
だが、そんな状況であっても眩しいのは変わらない。
強烈な光が白夜や他二人の目を焼き、だが同時にその光が何を意味しているのか分かった白夜たちは、安堵する。
ネクストの中でも最高峰の戦力を持つゾディアックが、この戦場に降り立ったのだと理解したのだ。
それを示すかのように、キャンプ地のいたる場所からは悲鳴が聞こえてくる。
その悲鳴は、人間ではなくモンスター……恐らくゴブリンのものなのは間違いない。
「俺達も行こうぜ。麗華様だけに任せておく訳にはいかねえだろ!」
その言葉に、白夜ともう一人も頷きを返し……
「って、おい! ゴブリンの死体が!」
麗華の下に向かおうと言っていた男が、不意に驚きの声を発する。
その視線を追った白夜ともう一人が見たのは、地面に沈んでいく四本腕のゴブリンの死体。
「何だ!? 新種だからか!?」
最初にゴブリンの死体が沈んでいく光景を見つけた男がそう叫ぶが、それを見た白夜は何が起きているのかを理解した。……いや、してしまった、と表現すべきか。
何故なら、その光景は今までにも何度か見たものだったからだ。
よく目を凝らして見てみれば……そして麗華が行っているのだろう光を使った攻撃で生み出された明かりで見れば、四本腕のゴブリンの沈んでいる場所には白夜の影から闇が伸びていた。
……そう、今までにも何度かあったように、白夜の闇が勝手に動いてゴブリンの死体を呑み込んでいるのだ。
「えっと……あー……その、悪い」
白夜の口から、思わずといった様子で謝罪の言葉が口に出される。
『……』
その謝罪の言葉に、二人の男からは胡散臭そうな視線を向けられてしまう。
白夜もそのような視線を向けられる意味は理解しているのだが、それでも謝るしか出来ない。
「最近、ちょっと俺の能力が勝手に動くようになってな」
「……いや、まぁ、いいけど。麗華様の光と対をなす闇なんだ。そう考えれば、寧ろそのくらいは当然か」
自分を納得させるように男が呟いた。
まさに理不尽としか言えないような行為だけに、そうする必要があったのだろう。
闇夜を切り裂くかの如く、何条もの光の矢が放たれている。
そのたびに聞こえてくる、ゴブリンの悲鳴。
それがどれだけ異様なことなのか、ネクストの生徒であれば当然のように理解している。
ましてや、冒険者としての活動もしているのだから、夜にモンスターに襲撃されるというのがどれだけ危険か、そしてどれだけ対処が難しいことかも当然理解していた。
「ほ、ほら。とりあえず俺たちも援軍に行くぞ。いつまでも麗華様だけに戦わせておく訳にもいかないだろ」
この騒動で有耶無耶にしてごまかしてしまおう。
そんな思いで叫ぶ白夜だった、当然二人がそう簡単に誤魔化されるはずもない。
もっとも、援軍に向かった方がいいのは事実なので、やがて不承不承ではあるが頷いたのだが。
そうして白夜たちは、急いで周囲の応援に向かう。
このキャンプ地にいる人数はそう多くはない。多くはないが……それでもある程度の人数はいるので、急ぐ必要があった。
そうしてキャンプ地の中を走っていた白夜たちだったが、不意に少し離れた場所から怒声が聞こえてくる。
「ゴブリン風情が、無駄に逆らうような真似をするんじゃねぇっ!」
叫んだのは、黒沢。
苛立ち混じりに目の前のゴブリンに攻撃するが、そこで戦っているのは白夜たちも戦った四本腕のゴブリンだ。
ゴブリンではあっても、そのようなゴブリンとは戦ったことがないだけに、どうしても戸惑ってしまうのだろう。
(取り巻きがいたはずだけど、どうしたんだ?)
そんな疑問を一瞬感じるも、ここで黒沢を見捨てるという選択肢はなかった。
ただでさえ自分たちの戦力は少ないのだから、ここで戦力として黒沢を回収するのは当然だろう。
黒沢と性格が合わないのは間違いないが、だからといって黒沢を見捨てるような真似が出来るはずもない。
自分が闇の能力を持つということで、麗華に特別視されているというのは間違いのない事実なのだから、黒沢が対抗心や敵対心を抱くのも、分からないではない……というのもあった。
「ノーラ!」
「みゃぁっ!」
白夜の呼び掛けに、ノーラは素早く答えて毛針を放つ。
「ギャギャ!」
突然の攻撃、それも痛覚を刺激するような攻撃だ。
ゴブリンの口から、思わずといった様子で悲鳴が出る。
黒沢も腕利きとして麗華に選ばれただけに、この絶好の機会を見逃すような真似はしなかった。
「うおおおおっ!」
振るわれる長剣。
その刃は、痛覚を刺激する一撃という、奇襲としてはこの上ない効果を発揮して痛みに動きを止めていたゴブリンの頭部を半ばまで断ち切る。
四本腕を持っているゴブリンであろうが、頭部を割られて生きていることは出来ない。
いや、モンスターによっては頭部を割られても生きているモンスターもいるかもしれないが、この四本腕のゴブリンにそのような真似は出来なかった。
「ふぅ……で、白鷺。お前たちはここで何をしてるんだ?」
相変わらず不機嫌そうな様子で白夜を見る黒沢。
不機嫌なのは、白夜の――正確にはノーラの――助けを借りてゴブリンを倒したからか。
通常のゴブリンであれば、それこそ一匹程度は一人で楽に倒せるはずだった。
だが、四本腕のゴブリンということで驚き、倒すのに戸惑った。
さらには敵対心を抱いている白夜に助けられたのだから、不機嫌になるのは当然だろう。
「今は他のゴブリンを……」
「もう必要ありませんよ。お嬢様が全て倒してしまわれましたので」
不意に闇の中から姿を現したセバスチャンが、そのことに驚く白夜たちを見てそう告げるのだった。
それが、白夜の側にいた二人の男の正直な気持ちだった。
恐らく敵が襲撃してきたと思われるのに、いきなり厨二病のごとき台詞を真面目に口にしたのだから、それも当然だろう。
何をふざけていると男の片方が言おうとしたが……次の瞬間、暗闇の中からいくつもの悲鳴が聞こえてきて、それどころではなくなってしまった。
「白夜、何をした?」
何をしたのかは分からないが、それでも白夜が何かをしたのは確実だ。
そんな思いで告げてくる男に、白夜は興奮ではなく、先程の自分の台詞による羞恥で薄らと頬を赤く染めながら口を開く。
「能力を使ったんだよ。幸い、今は夜だ。俺の能力を使うのに、これ以上適している時間はないからな」
その言葉で白夜の持つ能力が闇なのだと、男は思い出したのだろう。
納得したように頷くが……ふと、その動きを止める。
「で? さっきの言葉は?」
「うるさいな! いいから、敵の襲撃を警戒しろ! 今はそんなことに構っていられるような余裕はないだろ!」
何とか誤魔化しつつ、白夜が叫ぶ。
だが、実際先程の闇で襲撃してきた敵の全てを倒した訳ではない。
そうである以上、見張りの自分たちがその警戒を解く訳にはいかなかった。
「……分かった。けど、あとで絶対に聞くからな」
出切れば聞かないでくれというのが、白夜の正直な気持ちだった。
しかし、今それを言ったところでまともに聞いて貰えるはずもない。
それに今はとにかく、襲撃してきた相手をどうにかする方が先だった。
「っと、やっぱりこっちに追い詰められてきたか!」
「みゃーっ!」
少し離れた場所から、不意に飛び出してきた何かを見つけると、白夜が何かをするよりも前にノーラが毛針を放つ。
「ギャ!」
まさか、いきなりそのような攻撃をされるとは思ってなかったのか、現れた何かはそんな悲鳴を上げる。
白夜は、焚き火の光によって照らされたその姿を見て、反射的に口を開く。
「ゴブリ……」
ゴブリンだ。
そう言おうとした白夜だったが、その言葉が途中で切れてしまったのは理由があった。
何故なら、焚き火の光に照らされた存在は、大きさこそゴブリンと同じくらいで、顔も当然ゴブリンなのは間違いなかったが……手が、四本あったのだ。
普通のゴブリンの手と、両肩からそれぞれ生えている二本の手。
少なくても、白夜は腕が四本あるゴブリンなどという存在は知らない。
だからこそゴブリンだと言い切ることが出来なかった。
「新種のゴブリンだ!」
そんな白夜の代わりに叫んだのは、一緒に野営をしていた男のうちの一人。
その言葉は決して間違っていない。
見たことがないゴブリンである以上、それは新種のゴブリンであると言うのが正しい。
ただ……白夜は己の武器である金属の棍を手に、ゴブリンを観察しながら本当に新種か? という考えが脳裏をよぎる。
普通に考えれば、腕が四本もあるゴブリンなどというのは全く知られていない。つまり、そのゴブリンが新種なのは間違いないのだ。
だが、問題なのはゴブリンの集落に、異世界に繋がるゲートが開いたことだろう。
ゲートが開いた先の異世界が、どのような世界なのか。
それが分からず、そしてここで新種のゴブリンが姿を現したというのは、どこからどう見てもタイミングが良すぎた。……もしくは、不自然すぎた。
「はぁっ!」
そんなことを考えながらも、とにかく今は目の前に出てきた四本腕のゴブリンを倒すのが最優先だと判断し、白夜は鋭い呼気と共に金属の棍を突き出す。
向こうからの奇襲であっても、すでにその奇襲の利はない。
このゴブリンが攻撃を行うよりも前にノーラの毛針という奇襲を受けたことが、向こうの奇襲を潰した大きな理由だった。
「ギャギョ!」
突き出された金属の棍を見て、反射的に後ろに下がろうとするゴブリン。
だが、白夜はゴブリンのその動きを見た瞬間、金属の棍を握っていた手を少しだけ緩める。
そうなればどうなるのか……それは、考えるまでもない。
握っていた金属の棍がそのまますっぽ抜けるようにしながら拳の中で移動していく。
それは結果として、白夜が放った一撃の間合いを広げるということを意味していた。
もちろんそのような一撃では、まともに当たっても相手に致命的なダメージを与えることは出来ない。
だが、致命的なダメージを与えることは出来なくても、相手の意表を突くという点では重要な意味を持つ。
自分が後ろに下がったことで間合いを外したと思い込んでいるゴブリンが、その予想を覆すように自分の頭部に一撃を加えられるのだ。
ましてや、白夜が手にしているのは木ではなく、金属によって出来た棍。
白夜が全力で放った一撃ではなく、勢いを利用して手の中を滑らせるようにして放った一撃であっても、その威力は木で出来た棍を上回る。
もしこれで白夜の武器が棍ではなく槍の類であれば、それこそ今の一撃でゴブリンは頭部を穂先で刺されていただろう。
だが、生憎と白夜の手にしている武器は、槍ではなく棍なのだ。
その一撃は、相手に予想外のダメージを与えることに成功はするが、それでも大きなダメージではない。
「ギャガァッ!」
ゴブリンの口から悲鳴が上がり、そのまま地面に倒れる。
致命傷……とはとてもではないが呼べない傷だったが、攻撃を回避したと思い込んでいたところで命中しただけに、ゴブリンが受けた精神的な衝撃は大きい。
「うおおおおっ!」
地面に転がったゴブリンを見て、白夜と共に見張りをしていた男の片方が即座に追撃の一撃を放つ。
ゴブリンに向かって突き出された槍。
白夜の持つ金属の棍と違い、命中すれば一撃で相手の身体を貫き、命を奪うことが出来るだろう威力の攻撃。
だが、地面に倒れたゴブリンは咄嗟に肩から生えている腕を使い、地面から飛び跳ねて槍の一撃を回避する。
咄嗟の動きではあったのだろうが、それは傍から見ている方にしてみれば非常に気持ち悪い動きだ。
地面に寝転がっているような状態から、いきなり跳躍したのだから。
ゴブリンにしてみれば、生き残るために必死だったのだろうが。
……だからこそ、次の瞬間にこの場にいたもう一人の男が自分に向かって長剣を振り下ろすのを回避することは出来なかった。
肉を打つ、鈍い音が周囲に響く。
打つであって断つでなかったのは、やはりゴブリンの身体が空中にあったのが大きな原因だろう。
もちろん、男の腕が一流と呼べるほどのものであれば、空中にいるゴブリンであっても切断することは出来たのだろうが……生憎と、男はそれだけの技量を持てなかった。
それでもゴブリンにとってその一撃は致命傷と呼ぶべき攻撃だったのは間違いなく、あっさりと頭蓋骨を砕くことに成功する。
頭蓋骨を砕かれたゴブリンの身体が地面に落ちる音が周囲に響く。
それを確認し、男はキャンプ地に視線を向ける。
「ふぅ、取りあえずこっちは何とかなったけど……問題は他の場所か」
この野営地にいる人数は、それほど多くない。
そうである以上、すぐに次の敵に攻撃をする必要があると判断したのだろうが……
次の瞬間、幾筋もの光が夜の闇を貫く。
「眩しっ!」
焚き火の近くにいたので、完全に目が暗闇に慣れていた訳ではなかった。
だが、そんな状況であっても眩しいのは変わらない。
強烈な光が白夜や他二人の目を焼き、だが同時にその光が何を意味しているのか分かった白夜たちは、安堵する。
ネクストの中でも最高峰の戦力を持つゾディアックが、この戦場に降り立ったのだと理解したのだ。
それを示すかのように、キャンプ地のいたる場所からは悲鳴が聞こえてくる。
その悲鳴は、人間ではなくモンスター……恐らくゴブリンのものなのは間違いない。
「俺達も行こうぜ。麗華様だけに任せておく訳にはいかねえだろ!」
その言葉に、白夜ともう一人も頷きを返し……
「って、おい! ゴブリンの死体が!」
麗華の下に向かおうと言っていた男が、不意に驚きの声を発する。
その視線を追った白夜ともう一人が見たのは、地面に沈んでいく四本腕のゴブリンの死体。
「何だ!? 新種だからか!?」
最初にゴブリンの死体が沈んでいく光景を見つけた男がそう叫ぶが、それを見た白夜は何が起きているのかを理解した。……いや、してしまった、と表現すべきか。
何故なら、その光景は今までにも何度か見たものだったからだ。
よく目を凝らして見てみれば……そして麗華が行っているのだろう光を使った攻撃で生み出された明かりで見れば、四本腕のゴブリンの沈んでいる場所には白夜の影から闇が伸びていた。
……そう、今までにも何度かあったように、白夜の闇が勝手に動いてゴブリンの死体を呑み込んでいるのだ。
「えっと……あー……その、悪い」
白夜の口から、思わずといった様子で謝罪の言葉が口に出される。
『……』
その謝罪の言葉に、二人の男からは胡散臭そうな視線を向けられてしまう。
白夜もそのような視線を向けられる意味は理解しているのだが、それでも謝るしか出来ない。
「最近、ちょっと俺の能力が勝手に動くようになってな」
「……いや、まぁ、いいけど。麗華様の光と対をなす闇なんだ。そう考えれば、寧ろそのくらいは当然か」
自分を納得させるように男が呟いた。
まさに理不尽としか言えないような行為だけに、そうする必要があったのだろう。
闇夜を切り裂くかの如く、何条もの光の矢が放たれている。
そのたびに聞こえてくる、ゴブリンの悲鳴。
それがどれだけ異様なことなのか、ネクストの生徒であれば当然のように理解している。
ましてや、冒険者としての活動もしているのだから、夜にモンスターに襲撃されるというのがどれだけ危険か、そしてどれだけ対処が難しいことかも当然理解していた。
「ほ、ほら。とりあえず俺たちも援軍に行くぞ。いつまでも麗華様だけに戦わせておく訳にもいかないだろ」
この騒動で有耶無耶にしてごまかしてしまおう。
そんな思いで叫ぶ白夜だった、当然二人がそう簡単に誤魔化されるはずもない。
もっとも、援軍に向かった方がいいのは事実なので、やがて不承不承ではあるが頷いたのだが。
そうして白夜たちは、急いで周囲の応援に向かう。
このキャンプ地にいる人数はそう多くはない。多くはないが……それでもある程度の人数はいるので、急ぐ必要があった。
そうしてキャンプ地の中を走っていた白夜たちだったが、不意に少し離れた場所から怒声が聞こえてくる。
「ゴブリン風情が、無駄に逆らうような真似をするんじゃねぇっ!」
叫んだのは、黒沢。
苛立ち混じりに目の前のゴブリンに攻撃するが、そこで戦っているのは白夜たちも戦った四本腕のゴブリンだ。
ゴブリンではあっても、そのようなゴブリンとは戦ったことがないだけに、どうしても戸惑ってしまうのだろう。
(取り巻きがいたはずだけど、どうしたんだ?)
そんな疑問を一瞬感じるも、ここで黒沢を見捨てるという選択肢はなかった。
ただでさえ自分たちの戦力は少ないのだから、ここで戦力として黒沢を回収するのは当然だろう。
黒沢と性格が合わないのは間違いないが、だからといって黒沢を見捨てるような真似が出来るはずもない。
自分が闇の能力を持つということで、麗華に特別視されているというのは間違いのない事実なのだから、黒沢が対抗心や敵対心を抱くのも、分からないではない……というのもあった。
「ノーラ!」
「みゃぁっ!」
白夜の呼び掛けに、ノーラは素早く答えて毛針を放つ。
「ギャギャ!」
突然の攻撃、それも痛覚を刺激するような攻撃だ。
ゴブリンの口から、思わずといった様子で悲鳴が出る。
黒沢も腕利きとして麗華に選ばれただけに、この絶好の機会を見逃すような真似はしなかった。
「うおおおおっ!」
振るわれる長剣。
その刃は、痛覚を刺激する一撃という、奇襲としてはこの上ない効果を発揮して痛みに動きを止めていたゴブリンの頭部を半ばまで断ち切る。
四本腕を持っているゴブリンであろうが、頭部を割られて生きていることは出来ない。
いや、モンスターによっては頭部を割られても生きているモンスターもいるかもしれないが、この四本腕のゴブリンにそのような真似は出来なかった。
「ふぅ……で、白鷺。お前たちはここで何をしてるんだ?」
相変わらず不機嫌そうな様子で白夜を見る黒沢。
不機嫌なのは、白夜の――正確にはノーラの――助けを借りてゴブリンを倒したからか。
通常のゴブリンであれば、それこそ一匹程度は一人で楽に倒せるはずだった。
だが、四本腕のゴブリンということで驚き、倒すのに戸惑った。
さらには敵対心を抱いている白夜に助けられたのだから、不機嫌になるのは当然だろう。
「今は他のゴブリンを……」
「もう必要ありませんよ。お嬢様が全て倒してしまわれましたので」
不意に闇の中から姿を現したセバスチャンが、そのことに驚く白夜たちを見てそう告げるのだった。
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修学旅行で離島へ向かう最中――悪天候に見舞われ、台風が直撃。船が沈没した。
高校二年の早坂 啓(はやさか てつ)は、気づくと砂浜で寝ていた。周囲を見渡すとクラスメイトで美少女の天音 愛(あまね まな)が隣に倒れていた。
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先輩に退部を命じられた僕を励ましてくれたアイドル級美少女の後輩マネージャーを成り行きで家に上げたら、なぜかその後も入り浸るようになった件
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※これより下では今後のストーリーの大まかな流れについて記載しています。
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【今後の大まかな流れ】
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※本作品は小説家になろう様、カクヨム様にも掲載しています。
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