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32話
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東京を出て、一時間ほど。
既に夕方近くになった頃、ようやく車は停まる。
麗華が用意しただけあって、車の中には軽く食べられる物も用意されており、空腹を訴えた者はそれを食べて短いドライブを楽しんだ。
白夜も、自分たちが向かっているのがゴブリンの集落……そしてゲートでなければ、十分にドライブを楽しむことが出来ただろう。
車という存在が非常に希少になっている現在では、ドライブというのはほんの一握りだけが楽しめる贅沢なのだ。
どうせなら純粋にドライブを楽しみたかったと思いつつ、白夜は停まった車から降りる。
他の者たちも、続いて車から降りた。
そうして全員が降りると、麗華が口を開く。
「ここをベースキャンプにしますわ。私(わたくし)と白夜、五十鈴は少し周囲の様子を見てくるので、他の方々はテントの設置をよろしく」
「ちょっ、待って下さい麗華様! 周囲の様子を見るのなら、俺たちからも誰か……」
せっかくついてきたのに、雑用ばかりをさせられるのは嫌だ。
もしくは、麗華にいいところを見せようとしたのか、黒沢が慌てたように麗華に告げる。
ちなみに麗華を様付けで呼んでいたが、それを不思議に思うような者はここにはいない。
そもそも、麗華はその産まれやゾディアックという地位から特別な存在だ。
それこそネクストではお姉様呼ばわりされることも珍しくないし、様付けで呼ぶのはむしろ普通と言ってもいい。
そうである以上、麗華を様付けで呼ぶのは誰もが自然なことと認識していたのだ。
それは、直接麗華と関わりがある訳ではない白夜も同様だった。
「私の言葉に何か不服でもあって?」
言葉そのものは問いかけているのだが、麗華が黒沢に向ける視線は鋭い。
そんな麗華の視線に、黒沢だけではなく他に不満を持っていた者たちもそれ以上は不満を口にすることが出来ない。
「では、皆さん。キャンプの準備に取りかかりますので、よろしくお願いします」
周囲が黙り込んだ隙を狙うかのように、セバスチャンが口を開く。
穏やかな、それでいて何故か言うことを聞かなければならないと思ってしまうような……そんな声。
これは、別にセバスチャンが何かの能力を持っているといった訳ではない。
長年の執事としての経験により、自然とそのようにしなければならないといった風に思わせることが出来るのだ。
そんな周囲の様子を一瞥すると、ここはもうセバスチャンに任せていいと判断したのだろう。
麗華は白夜と五十鈴に視線を向け、口を開く。
「では、行きますわよ」
「そうね。周辺の様子を少し見てくるのは、色々と重要でしょうね。……正直なところ、出来れば今日のうちにゴブリンの集落まで行きたいのだけれど」
麗華の言葉に、五十鈴がそう呟く。
その言葉は、決して大袈裟なものでもなんでもない。
ゲートが開いたというのは、それほどまでに重要なことなのだ。
過去にもゲートが開き、そこから現れたモンスターにより数千人近い――場合によっては数万人を超える――死者が出たこともあったのだから。
だが……ここは山で、白夜たちが見たゴブリンの集落以外にも、多くのモンスターが存在している可能性がある。
また、モンスターではなくても、肉食獣の類がいる可能性は否定出来ない。
夜の森はそのような者たちのテリトリーなのだから、自分たちからそこに入っていくのは、自殺行為以外のなにものでもない。
だからこそ、五十鈴はゲートが開いたゴブリンの集落に向かいたいという気持ちを我慢し、今は周囲の様子を見て回っているだけなのだ。
(周囲の様子を見ても、今夜モンスターとか野生動物が襲ってくるかどうかってのは分からないと思うんだけどな)
大崩壊前であれば、火を見れば動物が近寄ってこないという風に言われてはいた。
実際にはそこまで絶対的なものではないのだが、それでも火に近寄らない動物というのはそれなりに多かったのだ。
だが、今は違う。
モンスターにとって、火というのは人がいる場所であり、自分たちの餌となる存在がいる目印に近い。
モンスターほどではないにしろ、野生動物も火を見て怖がるということは滅多になくなっていた。
「この様子だと、それほど強力なモンスターがこの辺りを根城にしている様子はないですわね」
周囲の様子を一瞥しただけで、麗華はそう断言する。
そんな麗華の言葉に、五十鈴も疑いの余地なく、当然といった様子で同意するように頷いていた。
だがそんな二人とは裏腹に、白夜は何故今こうして軽く周囲を見ただけでそこまで断言出来たのかが分からない。
「えっと、何で分かるんですか?」
五十鈴だけが相手であれば、敬語を使わずに話すのに大分慣れてきたのだが、そこに麗華が入ってしまえば話は別だった。
「分かりませんの? これだから鍛錬不足だと言うのですわ」
「そう言わない。白夜は麗華ほどの強さを持っていないんだから、ここだけを見て私たちと同じことを理解しろという方が無理よ」
その五十鈴の言葉は、五十鈴が麗華と同等かそれに近いだけの強さを持っているということを示していたのだが、それを聞いていた白夜はそれに気が付いた様子はない。
五十鈴は麗華といくつか言葉を交わしたあと、白夜に向かって口を開く。
「まず、能力を使って魔力を感じなさい。強力なモンスターがいれば魔力の残滓が残っていてもおかしくはないけど、そのようなものはないでしょう?」
「……そう言われても、俺は魔力の残滓を感じるなんて真似は出来ないんだが」
その言葉に、二人の様子を見ていた麗華がまた溜息を吐く。
「本当に……せっかくランクの高い能力を持っていても、鍛えなければ宝の持ち腐れですわよ?」
「けど……」
「けど? 何か言いたいことがあるのであれば、どうぞ? 聞いてさしあげてもよろしくてよ?」
そう告げる麗華だが、まさか闇の能力を使うときに厨二病の如き言葉を口にしなければならない……と言うのは、少し恥ずかしい。
その辺りの事情を麗華が知っているのかどうかは分からないが、それでも知らないのであれば、わざわざ自分から教える必要はないのでは? と、そう思ってしまう。
白夜が、それこそ厨二病の如き性格をしているのであれば、まだ話は違ったのだろうが。
残念ながら、白夜は一般的な性格をしている。
もっとも、この年代の男として考えた場合、平均以上に女好きだという点は否定出来ないのだが。
「いえ、何でもないです。……周囲の状況を確認するのは、能力だけですか?」
結局己の能力については誤魔化すことにし、話題を元に戻す。
ここで何かを言われれば、さらにドツボにはまると、そう思ったためだ。
そんな白夜の思惑を理解したのか、それとも今はそこまで詳しく突っ込んでも意味はないと思ったのか。
ともあれ、五十鈴はそれ以上白夜を追求することもないまま、視線を周囲に向ける。
「次に見るのは、木よ」
「木? 熊とかの爪が引っ掻いた痕とかは、ないみたいだけど」
熊や猪といった動物や、それ以外にも獣型のモンスターでは、爪や牙といった己の武器を研ぐために木を利用することがある。
白夜も当然それくらいは知っているので、この場所に来たときにある程度周囲の様子は確認していた。
だが、白夜の目から見た限りでは、そのような痕跡がない。
だから安心していたのだが……白夜以外の二人にとっては、違ったのだろう。
「そこじゃないわ。見るのは、木の皮に毛が付着していないかどうか。そして付着している場合、どのくらいの高さにその毛があるか」
毛が付着しているということは、その高さのモンスターや動物がそこに身体を擦りつけたことになる訳で、そのモンスターや動物の大きさを予想出来る。
もっとも、中には跳躍して高い場所に身体を擦りつけるようなモンスターや動物もいる訳で、絶対の基準という訳ではないのだが。
「ああ、なるほど。……うん、ここから見る限りだと、特にそういうのはないと思う」
「でしょうね。けど、能力だけではなく、それ以外の面からでも周囲の様子を確認する方法はあるのよ。その辺りはきちんと覚えておいた方がいいわ」
そう告げると、五十鈴は改めて周囲を見回す。
「ここが山の外側だから、モンスターや動物が寄って来ないのかしら。それはそれでちょっと疑問に思うけど……もし本当に山の中には強力なモンスターの類がいないのなら、妙に出来すぎていると思わない?」
五十鈴の視線が向けられたのは、麗華。
その麗華は、小さく頷きを返す。
「そうですわね。そもそも、ゴブリンの集落がある場所でゲートが開くということが、色々と異常なのですわ。だとすると……もしかしたら、何か表には出てこないことがあるかもしれませんわよ」
「つまり、黒幕がいると? けど、モンスターにそこまで高い知性があるとは思えないけど」
集落を作るだけの知能は、ゴブリンにもある。
実際、白夜たちが攻め込んだ集落の中にも、簡単な物ではあるが小屋と呼ぶべき存在があった。
そうである以上、ゴブリンの知能を侮る訳にもいかないだろう。
(もっとも、集落を作るだけの知能があるからって、ゲートを開くような真似が出来るとは、とてもじゃないが思えないんだが)
そもそも、意図的にゲートを開くというのは現在の地球でもまだ出来ていないというのが、一般的な認識だった。
もちろんそれは表向きの話で、実際にはゲートを開くための何らかの技術が存在している可能性はあるのだが。
ともあれ、それをゴブリンが行えるというのは、白夜にとっても到底信じられることではなかった。
難しい表情をしている白夜を見て、麗華は何を考えているのか理解したのだろう。呆れたように口を開く。
「別にゴブリンがどうにかしているとは、私も思ってませんわ。可能性として考えられるのは、やはりどこかの勢力の人間がゴブリンに協力してるということですかしら」
「……ゴブリンに協力を? 近づいた時点で、すぐに攻撃してくるんじゃ?」
モンスターの中には、白夜の側で空中を漂っているノーラを始めとして、人間に友好的な存在もいる。
だが、ゴブリンというのは基本的に人間と親しい存在となるような者はいなかった。
少なくても、白夜はそのような話を聞いたことはない。
「何にでも例外というものはありますわ。たとえば、ゲートを開くことが出来る……はずであっても、実際にそれを使ってみなければ分からないといった風に」
「なるほど、試作品を使わせる訳ね。……けど、ゴブリンがその試作品を上手く使うと思う? ただ渡すだけであれば、それこそ襲われたときに逃げてくる振りをして……って方法があるけど」
「その辺はどうとでもなるのではなくて? それこそ、使うという意思があれば発動するようにする、といった風にしておけばいいのですから」
「そうね。けど、問題はゴブリンがそれを使うと判断するかどうかだけど……結局のところ、実際に行ってみないと分からないんでしょうね」
五十鈴の言葉に麗華が頷き、それを聞いていた白夜も何となく頷く。
ゴブリンという存在を実験材料にするというのは、それほど悪い手段ではないと思ったためだ。
実際、何らかの薬やマジックアイテムを使うために、ゴブリンを捕らえてくる……という依頼はときどきギルドに存在する。
もっとも、そのような真似をするためにはゴブリンの管理が非常に重要になるのだが。
白夜が知ってる限りでも、以前に何度が実験用のゴブリンが逃げ出して騒ぎになったことがあるというニュースを見たことがある。
表にでているだけでそうなのだから、ニュースにならないようなものも含めると、相当なゴブリンが実験材料となっているはずだった。
ただ、白夜はそれを悪いことだとは思えない。
一部の人間はゴブリンにも人権があるといったことを口にしたり、ゴブリンも含めてモンスターは守るべき存在だと主張する者もいる。
だが、白夜にとってそのような者たいは頭の中がお花畑になっているような存在にしか思えない。
モンスターがこの世界で出している被害を思えば、そのようなことを言えるとは到底思えなかった。
大崩壊と呼ばれる事象が起きて以降、モンスターに殺された者の数はそれこそどれだけになるのかすら分からないのだから。
そんなことを考えている白夜だったが、麗華の言葉で我に返る。
「とりあえず、この辺にゴブリン以外の凶暴なモンスターや獣がいることはないというのが分かりましたわね。では、そろそろキャンプ地に戻りましょうか。向こうでもそろそろ準備は終わっている頃でしょうし」
そう告げ、五十鈴と白夜、ノーラの二人と一匹を引き連れるようにして、麗華はキャンプ地に向かうのだった。
既に夕方近くになった頃、ようやく車は停まる。
麗華が用意しただけあって、車の中には軽く食べられる物も用意されており、空腹を訴えた者はそれを食べて短いドライブを楽しんだ。
白夜も、自分たちが向かっているのがゴブリンの集落……そしてゲートでなければ、十分にドライブを楽しむことが出来ただろう。
車という存在が非常に希少になっている現在では、ドライブというのはほんの一握りだけが楽しめる贅沢なのだ。
どうせなら純粋にドライブを楽しみたかったと思いつつ、白夜は停まった車から降りる。
他の者たちも、続いて車から降りた。
そうして全員が降りると、麗華が口を開く。
「ここをベースキャンプにしますわ。私(わたくし)と白夜、五十鈴は少し周囲の様子を見てくるので、他の方々はテントの設置をよろしく」
「ちょっ、待って下さい麗華様! 周囲の様子を見るのなら、俺たちからも誰か……」
せっかくついてきたのに、雑用ばかりをさせられるのは嫌だ。
もしくは、麗華にいいところを見せようとしたのか、黒沢が慌てたように麗華に告げる。
ちなみに麗華を様付けで呼んでいたが、それを不思議に思うような者はここにはいない。
そもそも、麗華はその産まれやゾディアックという地位から特別な存在だ。
それこそネクストではお姉様呼ばわりされることも珍しくないし、様付けで呼ぶのはむしろ普通と言ってもいい。
そうである以上、麗華を様付けで呼ぶのは誰もが自然なことと認識していたのだ。
それは、直接麗華と関わりがある訳ではない白夜も同様だった。
「私の言葉に何か不服でもあって?」
言葉そのものは問いかけているのだが、麗華が黒沢に向ける視線は鋭い。
そんな麗華の視線に、黒沢だけではなく他に不満を持っていた者たちもそれ以上は不満を口にすることが出来ない。
「では、皆さん。キャンプの準備に取りかかりますので、よろしくお願いします」
周囲が黙り込んだ隙を狙うかのように、セバスチャンが口を開く。
穏やかな、それでいて何故か言うことを聞かなければならないと思ってしまうような……そんな声。
これは、別にセバスチャンが何かの能力を持っているといった訳ではない。
長年の執事としての経験により、自然とそのようにしなければならないといった風に思わせることが出来るのだ。
そんな周囲の様子を一瞥すると、ここはもうセバスチャンに任せていいと判断したのだろう。
麗華は白夜と五十鈴に視線を向け、口を開く。
「では、行きますわよ」
「そうね。周辺の様子を少し見てくるのは、色々と重要でしょうね。……正直なところ、出来れば今日のうちにゴブリンの集落まで行きたいのだけれど」
麗華の言葉に、五十鈴がそう呟く。
その言葉は、決して大袈裟なものでもなんでもない。
ゲートが開いたというのは、それほどまでに重要なことなのだ。
過去にもゲートが開き、そこから現れたモンスターにより数千人近い――場合によっては数万人を超える――死者が出たこともあったのだから。
だが……ここは山で、白夜たちが見たゴブリンの集落以外にも、多くのモンスターが存在している可能性がある。
また、モンスターではなくても、肉食獣の類がいる可能性は否定出来ない。
夜の森はそのような者たちのテリトリーなのだから、自分たちからそこに入っていくのは、自殺行為以外のなにものでもない。
だからこそ、五十鈴はゲートが開いたゴブリンの集落に向かいたいという気持ちを我慢し、今は周囲の様子を見て回っているだけなのだ。
(周囲の様子を見ても、今夜モンスターとか野生動物が襲ってくるかどうかってのは分からないと思うんだけどな)
大崩壊前であれば、火を見れば動物が近寄ってこないという風に言われてはいた。
実際にはそこまで絶対的なものではないのだが、それでも火に近寄らない動物というのはそれなりに多かったのだ。
だが、今は違う。
モンスターにとって、火というのは人がいる場所であり、自分たちの餌となる存在がいる目印に近い。
モンスターほどではないにしろ、野生動物も火を見て怖がるということは滅多になくなっていた。
「この様子だと、それほど強力なモンスターがこの辺りを根城にしている様子はないですわね」
周囲の様子を一瞥しただけで、麗華はそう断言する。
そんな麗華の言葉に、五十鈴も疑いの余地なく、当然といった様子で同意するように頷いていた。
だがそんな二人とは裏腹に、白夜は何故今こうして軽く周囲を見ただけでそこまで断言出来たのかが分からない。
「えっと、何で分かるんですか?」
五十鈴だけが相手であれば、敬語を使わずに話すのに大分慣れてきたのだが、そこに麗華が入ってしまえば話は別だった。
「分かりませんの? これだから鍛錬不足だと言うのですわ」
「そう言わない。白夜は麗華ほどの強さを持っていないんだから、ここだけを見て私たちと同じことを理解しろという方が無理よ」
その五十鈴の言葉は、五十鈴が麗華と同等かそれに近いだけの強さを持っているということを示していたのだが、それを聞いていた白夜はそれに気が付いた様子はない。
五十鈴は麗華といくつか言葉を交わしたあと、白夜に向かって口を開く。
「まず、能力を使って魔力を感じなさい。強力なモンスターがいれば魔力の残滓が残っていてもおかしくはないけど、そのようなものはないでしょう?」
「……そう言われても、俺は魔力の残滓を感じるなんて真似は出来ないんだが」
その言葉に、二人の様子を見ていた麗華がまた溜息を吐く。
「本当に……せっかくランクの高い能力を持っていても、鍛えなければ宝の持ち腐れですわよ?」
「けど……」
「けど? 何か言いたいことがあるのであれば、どうぞ? 聞いてさしあげてもよろしくてよ?」
そう告げる麗華だが、まさか闇の能力を使うときに厨二病の如き言葉を口にしなければならない……と言うのは、少し恥ずかしい。
その辺りの事情を麗華が知っているのかどうかは分からないが、それでも知らないのであれば、わざわざ自分から教える必要はないのでは? と、そう思ってしまう。
白夜が、それこそ厨二病の如き性格をしているのであれば、まだ話は違ったのだろうが。
残念ながら、白夜は一般的な性格をしている。
もっとも、この年代の男として考えた場合、平均以上に女好きだという点は否定出来ないのだが。
「いえ、何でもないです。……周囲の状況を確認するのは、能力だけですか?」
結局己の能力については誤魔化すことにし、話題を元に戻す。
ここで何かを言われれば、さらにドツボにはまると、そう思ったためだ。
そんな白夜の思惑を理解したのか、それとも今はそこまで詳しく突っ込んでも意味はないと思ったのか。
ともあれ、五十鈴はそれ以上白夜を追求することもないまま、視線を周囲に向ける。
「次に見るのは、木よ」
「木? 熊とかの爪が引っ掻いた痕とかは、ないみたいだけど」
熊や猪といった動物や、それ以外にも獣型のモンスターでは、爪や牙といった己の武器を研ぐために木を利用することがある。
白夜も当然それくらいは知っているので、この場所に来たときにある程度周囲の様子は確認していた。
だが、白夜の目から見た限りでは、そのような痕跡がない。
だから安心していたのだが……白夜以外の二人にとっては、違ったのだろう。
「そこじゃないわ。見るのは、木の皮に毛が付着していないかどうか。そして付着している場合、どのくらいの高さにその毛があるか」
毛が付着しているということは、その高さのモンスターや動物がそこに身体を擦りつけたことになる訳で、そのモンスターや動物の大きさを予想出来る。
もっとも、中には跳躍して高い場所に身体を擦りつけるようなモンスターや動物もいる訳で、絶対の基準という訳ではないのだが。
「ああ、なるほど。……うん、ここから見る限りだと、特にそういうのはないと思う」
「でしょうね。けど、能力だけではなく、それ以外の面からでも周囲の様子を確認する方法はあるのよ。その辺りはきちんと覚えておいた方がいいわ」
そう告げると、五十鈴は改めて周囲を見回す。
「ここが山の外側だから、モンスターや動物が寄って来ないのかしら。それはそれでちょっと疑問に思うけど……もし本当に山の中には強力なモンスターの類がいないのなら、妙に出来すぎていると思わない?」
五十鈴の視線が向けられたのは、麗華。
その麗華は、小さく頷きを返す。
「そうですわね。そもそも、ゴブリンの集落がある場所でゲートが開くということが、色々と異常なのですわ。だとすると……もしかしたら、何か表には出てこないことがあるかもしれませんわよ」
「つまり、黒幕がいると? けど、モンスターにそこまで高い知性があるとは思えないけど」
集落を作るだけの知能は、ゴブリンにもある。
実際、白夜たちが攻め込んだ集落の中にも、簡単な物ではあるが小屋と呼ぶべき存在があった。
そうである以上、ゴブリンの知能を侮る訳にもいかないだろう。
(もっとも、集落を作るだけの知能があるからって、ゲートを開くような真似が出来るとは、とてもじゃないが思えないんだが)
そもそも、意図的にゲートを開くというのは現在の地球でもまだ出来ていないというのが、一般的な認識だった。
もちろんそれは表向きの話で、実際にはゲートを開くための何らかの技術が存在している可能性はあるのだが。
ともあれ、それをゴブリンが行えるというのは、白夜にとっても到底信じられることではなかった。
難しい表情をしている白夜を見て、麗華は何を考えているのか理解したのだろう。呆れたように口を開く。
「別にゴブリンがどうにかしているとは、私も思ってませんわ。可能性として考えられるのは、やはりどこかの勢力の人間がゴブリンに協力してるということですかしら」
「……ゴブリンに協力を? 近づいた時点で、すぐに攻撃してくるんじゃ?」
モンスターの中には、白夜の側で空中を漂っているノーラを始めとして、人間に友好的な存在もいる。
だが、ゴブリンというのは基本的に人間と親しい存在となるような者はいなかった。
少なくても、白夜はそのような話を聞いたことはない。
「何にでも例外というものはありますわ。たとえば、ゲートを開くことが出来る……はずであっても、実際にそれを使ってみなければ分からないといった風に」
「なるほど、試作品を使わせる訳ね。……けど、ゴブリンがその試作品を上手く使うと思う? ただ渡すだけであれば、それこそ襲われたときに逃げてくる振りをして……って方法があるけど」
「その辺はどうとでもなるのではなくて? それこそ、使うという意思があれば発動するようにする、といった風にしておけばいいのですから」
「そうね。けど、問題はゴブリンがそれを使うと判断するかどうかだけど……結局のところ、実際に行ってみないと分からないんでしょうね」
五十鈴の言葉に麗華が頷き、それを聞いていた白夜も何となく頷く。
ゴブリンという存在を実験材料にするというのは、それほど悪い手段ではないと思ったためだ。
実際、何らかの薬やマジックアイテムを使うために、ゴブリンを捕らえてくる……という依頼はときどきギルドに存在する。
もっとも、そのような真似をするためにはゴブリンの管理が非常に重要になるのだが。
白夜が知ってる限りでも、以前に何度が実験用のゴブリンが逃げ出して騒ぎになったことがあるというニュースを見たことがある。
表にでているだけでそうなのだから、ニュースにならないようなものも含めると、相当なゴブリンが実験材料となっているはずだった。
ただ、白夜はそれを悪いことだとは思えない。
一部の人間はゴブリンにも人権があるといったことを口にしたり、ゴブリンも含めてモンスターは守るべき存在だと主張する者もいる。
だが、白夜にとってそのような者たいは頭の中がお花畑になっているような存在にしか思えない。
モンスターがこの世界で出している被害を思えば、そのようなことを言えるとは到底思えなかった。
大崩壊と呼ばれる事象が起きて以降、モンスターに殺された者の数はそれこそどれだけになるのかすら分からないのだから。
そんなことを考えている白夜だったが、麗華の言葉で我に返る。
「とりあえず、この辺にゴブリン以外の凶暴なモンスターや獣がいることはないというのが分かりましたわね。では、そろそろキャンプ地に戻りましょうか。向こうでもそろそろ準備は終わっている頃でしょうし」
そう告げ、五十鈴と白夜、ノーラの二人と一匹を引き連れるようにして、麗華はキャンプ地に向かうのだった。
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