虹の軍勢

神無月 紅

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30話

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「……で? えーと、何で五十鈴もここにいるんだ?」

 麗華を怒らせてしまった白夜は、半ば自業自得ではあったがゲートの存在するゴブリンの集落までの案内役としてギルドから連れ出された。
 そうして乗せられたのは、ギルドの前に停まっていた車。
 ただでさえ今の日本で……いや、世界で車というのは珍しいのに、その車は見るからに高級車と呼ぶに相応しい優美さとでも呼ぶべきものを持っていた。
 麗華の視線により半ば強引に連れ出されて車に乗った白夜は、ギルド職員と何か話をしている麗華とその執事を窓から眺めつつ、いつの間にか自分と一緒に車に乗っていた五十鈴を見て、そう尋ねる。
 実際、何故五十鈴がこうして車に乗っているのか、その理由が白夜には本気で分からなかった。
 白夜が知っている限り、五十鈴は音也を助けるためにあの山の中までやってきたはずだ。
 その音也も無事に山から下りることが出来た以上、わざわざ自分から危険な場所に向かう必要はないと思うのだが……
 そんな白夜の疑問に、五十鈴は魅力的な……鈴風ラナという芸能人としての笑みを浮かべて口を開く。

「あら、ゲートの件は別にトワイライトやネクストだけの問題じゃないのよ? この東京付近で起きたとなれば、私も色々と関わってくるでしょうし。だから、今回の調査にも同行させて貰おうと思ってね」
「うん? それってどういう意味だ?」

 南風家という家がどのような意味を持っているのか知っているのは、そう多くはない。
 光皇院家の後継者で、ゾディアックの一員でもある麗華はそれを知っていたが、白夜の場合は特にこれといった後ろ盾がある訳でもない。
 そうである以上、どうしても情報に疎くなるのは当然だった。
 実際には南風家というのは政府やトワイライトの上層部でも一部の者しか知らない最高機密の一つなのだから、能力はともかく身分的に一般人でしかない白夜が知らなくても当然なのだが。

「ふふっ、今はまだ秘密にしておくわ。それに、白夜も私が一緒にいたほうがいいでしょ? 私の能力は、実際に見てる訳だし」
「それは……まぁ」

 相手が低ランクモンスターのゴブリンであっても、あれだけの数を一撃で無力化した五十鈴の能力は、ゲートのある場所に向かわなければならない白夜としては非常に頼もしいものだった。
 それだけの戦力を持っている五十鈴が自分から来てくれるというのだから、白夜に文句がある訳もない。
 ……白夜の個人的な事情としては、五十鈴のような美人と一緒に行動することが出来れば、ラッキースケベという幸運に恵まれる可能性もあった。

「なら、いいじゃない」
「そうですわね。私としても彼女が来るのは賛成ですわ」

 どうやって車の中で交わされていた白夜と五十鈴の会話を聞いていたのか、麗華は車のドアを開けながらそう告げる。
 後部座席に乗り込むと、麗華は車の扉を開けていたセバスに視線を向け、口を開く。

「セバス、トワイライトに向かってちょうだい。一応トワイライトの方でも打ち合わせをする必要がありますわ。向こうも色々と聞きたいでしょうし……ね」

 白夜の方を見ながらそう言葉を締める麗華に一瞬嬉しそうに……だが、トワイライトで何を言わされるのかと、白夜は微妙に嫌そうな表情を浮かべ……

「みゃ!」

 しっかりしなさいと言いたげに、白夜の側で浮かんでいたノーラが毛針を飛ばす。

「痛っ!」

 当然そんな毛針を飛ばされれば、いつものように白夜は痛みに悲鳴を上げる。
 そんな一人と一匹のやり取りを、麗華と五十鈴の二人は面白そうな表情を浮かべて見守っていた。

(こんなチャンス、滅多にないのに……間抜けな姿を見せてしまった!)

 白夜は、毛針の指された場所を撫でながら恨めしそうにノーラを見る。
 麗華と五十鈴という極上の美女二人と狭い空間に一緒にいるのだ。
 出来れば、この幸運をもっと楽しみたかった……そう思っても、おかしくはないだろう。

「その従魔、随分と頭が良さそうですわね」

 白夜の考えとは裏腹に、麗華はノーラに興味深そうな視線を向ける。
 もちろん麗華のような立場にいる者であれば、色々な従魔を見る機会はある。しかしそんな麗華の目から見ても、ノーラは随分と頭が良さそうに見えたのだ。
 ただ、飛んでいるマリモという表現が相応しいその姿は、強さや賢さよりも愛らしさを一番に感じさせる。

「あー……はい。俺の相棒で、頭の良さには助かってます」

 麗華にそう返事をする白夜は、お世辞でもなんでもなく、本当に心の底からそう思っていた。
 実際、ノーラは白夜が指示しなくても、自分の判断で行動することが可能なのだ。
 もちろん他の従魔にも同じように従魔が自分で判断をする者はいる。
 だが、ノーラほどに判断力が高く、戦闘で的確にフォローする従魔というのは、白夜もちょっと知らない。
 少なくても、白夜の通っている校舎にいるネクストの学生の従魔で、そのような者はいなかった。

「なるほど。少し興味深いですわね。ノーラだったわよね? 貴方、どこでこの従魔と?」
「それは……」

 白夜がノーラとの出会いを口にしようとしたとき、まるでタイミングを計っていたかのように車が停まる。

「お嬢様、トワイライトの本部に到着いたしました」

 運転席からセバスがそう告げ、白夜はようやく車がトワイライトの本部前に到着していたことに気が付く。
 運転する技術によって、白夜にその辺りを気が付かせなかった……というのもあるが、同時に白夜が麗華や五十鈴といった二人と一緒にいたために、いつの間にか時間が経っていたという方が正しいだろう。

「ありがとう、セバス。……では、行きましょうか。ゲートが開いた以上、時間はあまりありませんわ。幸いなのは、ゲートが小さいことですが」

 小さいゲートであれば、巨大なモンスターが姿を現すことはない。
 だが、それは逆に言えばゲートの大きさよりも小さなモンスターであれば地球にやってくるのは間違いないのだ。
 巨大なモンスターは、その姿だけでも非常に厄介な相手なのは間違いない。
 しかし、小さくても凶悪な能力を持っているモンスターというのも、珍しくはないのだ。
 いや、寧ろ巨大なモンスターであれば隠れるような場所が少ないので容易に見つけることが出来るが、小さなモンスターともなれば見つけるのが難しいという難点もある。
 それだけに、いくらゲートが小さいからといって、それで一安心という訳にはいかない。





 トワイライトの本部に白夜たちが入っていくと、当然のようにその姿は目立つ。
 幸い……いや、不幸なことに、現在トワイライトの隊員はそのほとんどがこの施設にはいないのだが、それでも全員がいないという訳ではない。
 また、トワイライトに依頼をしにきた依頼人もいれば、何らかの手続きでやってくる者……そして能力者や魔法使いであっても、前線向きではなくバックアップ向きの者や、能力者でも魔法使いでもない一般の職員といった者たちもいる。
 そのような者たちは、いきなり入ってきた麗華たちを見て驚く。
 当然だろう。類い希な美女が二人に、執事という言葉をそのまま形にしたかのようなセバス、そして虹色の髪という、これまた非常に希少な髪の色をした男、空中に浮かんでいるマリモ。
 これだけの集団がいて、目立たないということは絶対に無理だった。
 だが、一行の先頭を歩いている麗華は注目を浴びるのは珍しいことではないので、特に気にした様子もなく本部の中を進んでいく。
 そうして進み続ける麗華たちだったが、それを止めるような者の姿はない。
 何人かが五十鈴の姿を見て驚愕を露わにしているのは、五十鈴の正体を知っているからだろう。
 いや、その美貌に目を奪われているだけという可能性もあるが。
 そうして進み続けた一行はやがてエレベータに乗り込み、上の階に向かう。

「……」

 エレベータに乗った白夜は、ようやく自分たちを見る視線がなくなったことに、こっそりと安堵の息を吐く。
 自分の髪の色やノーラの件で、注目を浴びるのは慣れている。
 だが、それでもトワイライトの人間に視線を向けられるのは、いつもと違うように感じられたのだ。
 やはりそこは、トワイライトに対して憧れのような気持ちを持っていることも影響しているのだろう。

「あら、こんなところで疲れていては、この先はもっと厳しくなりますわよ? 一階にいたのは、トワイライトのメンバーであっても、一般職の人や、トワイライトに依頼に来た人たちですもの」

 華やかな笑みを浮かべながら、麗華がそう告げる。
 麗華にとっては、あまり好きになれない相手……それどころか嫌いという表現が相応しい白夜が疲れている様子を見せるのは、悪い気分ではないのだろう。
 修行不足だと言いたげに、黄金の髪を掻き上げる。
 ちょうどそのタイミングでエレベータが止まり、扉が開く。
 エレベータから降りると、そのまま通路を進んで近くにあった部屋の中に入る。
 部屋に入るまでの短い時間は、特に誰かが口を開くようなこともない。
 ただ、ノーラだけが周囲に興味があるのか、白夜の頭の近くを飛び回っていたが。
 その部屋の中には簡素なテーブルと椅子だけがあり、まさに会議室と呼ぶに相応しい光景。
 そんな会議室の中に、三十代ほどに見える一人の男が座り、白夜たちを待っていた。

「随分と遅かったですね。もう少し早く来ると思っていたのですが?」

 神経質そうに眼鏡を直しながら告げるその男は、白夜から見れば驚くことに麗華や五十鈴を前にしても全く緊張した様子を見せてはいない。

(この二人の美貌や身体に目を奪われないってのはともかく、こうも平然としていられるってのは……凄いな)

 もしそんな白夜の内心の思いを他の男が聞けば、恐らく『緊張しても二人の胸に視線を向けるお前のスケベ心の方が凄えよ』とでも突っ込んでいただろうが。

「……今、何か妙なことを考えませんでしたか? それも、著しく不愉快なことを」

 口に出していないのはもちろん、態度にも出していないように気をつけていた白夜だったが、女の勘か……はたまた光の能力でかは分からないが、麗華が白夜に鋭い視線を向け、そう尋ねてくる。
 どちらかと言えば、詰問と呼ぶ方が相応しい口調ではあったが。
 麗華の言葉に、白夜は慌てて首を横に振る。
 もし自分の考えていたことが麗華に知られれば、どのような目に遭うのか……それが分かっているのだろう。
 五十鈴は麗華よりも白夜との直接の付き合いが長い――数時間だけだが――だけあって、白夜が何を考えているのか分かったのか、小さく笑みを浮かべる。
 もっとも、それは付き合いが長いからという訳ではなく、単純に白夜が自分の欲望に素直だというのも大きいのだろうが。

「……そちらは? 今回の一件は遊びではないのですが」

 癖なのだろう。再び眼鏡の位置を直しながら告げてくる男に、麗華は特に気圧された様子もなく口を開く。

「あら、連絡が行ってないのかしら? 彼は今回ゲートが開いたゴブリンの集落の近くにいた人物ですわ」
「ああ、ギルドの方から連絡があった。……それは分かりましたが、何故そのような人物をここに?」
「直接ゴブリンの集落に行ったことのある人物ですもの。そうである以上、案内役としては最適でしょう? それに……ネクストの生徒の中でも、それなりに腕が立つ人物のようですし」
「……なるほど」

 男は数秒考え、麗華の言葉にも一理あると判断したのだろう。
 それ以上麗華を責めるような真似はせず、白夜に視線を向ける。
 ゾクリ、と。
 その目を向けられた瞬間、白夜は背筋が冷たくなった。
 男の目には、感情というものが何もなかったからだ。
 これで、男の目が格下を見るような侮りの視線でも向けるのであれば、白夜も納得しただろう。
 そのような視線を向けられて面白くはないが、実際に自分はネクストの生徒で、トワイライトの人間よりも格下なのだから。
 だが、そのような視線でもなく、一切の感情が存在しない視線というのは、それこそ初めてだった。
 モンスターですら、相手を見るときには何らかの感情があるというのに。
 白夜が自分の視線に我知らず後退っているということに気が付きつつも、男はそれを特に気にした風もなく、口を開く。

「さて、まずはゲートについてです。現在分かっているところでは、ゲートから出てきているモンスターは弱いモンスターだけといったところですね」
「……ゲートから出てくるのに、弱い、ですの?」
「ええ。ゲートに繋がった世界にいる存在がそのモンスターしかいないのか、それともまずは雑魚をこちらに向かわせて様子を見ているのか。その辺りはまだ分かりませんね」

 そう言いながら、男は他にも現在判明していることを話し、また白夜からゴブリンの集落についての情報を聞き出すのだった。
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