29 / 76
29話
しおりを挟む
ゴブリンの集落にちょっかいを出したことにより、ゲートが開いた可能性は否定出来ない。
そんな猛の言葉に、麗華は小さく頷く。
「事態を隠そうとしないのは、好感が持てますわね。ですが……そうなると、色々とうるさい人も出てきますわよ?」
対異世界部隊のトワイライト。
そのトワイライトの予備部隊のネクストの生徒が、ゴブリンの集落にちょっかいを出したことによりゲートが開いた。
それを知れば、トワイライトやネクストを非難する者が出てくるのも当然だろう。
元々能力者という存在そのものを嫌っているような者は、何か理由があればこれ幸いと無条件で能力者を責めるのだから。
そうして責めていなければ、能力を持たない自分たちは能力者によって迫害されてしまうと、そう思い込んでいる者は決して少なくはない。
また、普段は能力者に否定的な者ではなくても、近くでゲートが開かれたとなれば、不満を口にするのも当然だろう。
「けど、猛が行動していなければ、もっと酷いことになっていた可能性は高いわよ? 準備万端で行動していれば……それこそ、ゲートの大きさは今よりも広かった可能性は十分にあるでしょうし」
「それは……否定出来ないですわね。ですが、残念ながらそれを証明することは出来ません」
今回ゲートが開いたにもかかわらず、多少ではあるがまだ余裕があるのは、あくまでも開いたゲートが小さかったからだ。
もし開いたゲートが直径数十メートル、もしくは数キロといった大きさであれば、それこそこうして話しているような余裕もないだろう。
……いや、小さなゲートであっても、繋がった世界によってはどのような存在が姿を現すのか分からないのだから、本当の意味で余裕がある訳ではないのだが。
「証明することは出来なくても、今までのゲートに携わってきた者であれば、それが事実だと直感的に分かるんじゃない?」
「そうですわね。ですが、それが分かるのはあくまでも経験がある者たちであるからこそ。そのような経験をしていない者には……いえ、これ以上は止めておきましょう」
これ以上何かを言えば、それは間違いなく一般人に対する……そして能力者や魔法使いといった者を憎む者たちに対する愚痴になると判断したのか、麗華は一旦言葉を切り、小さく息を吐く。
そのような仕草ですら、人目を惹きつけるだけの魅力を持つのは麗華だからこそなのだろう。
「とにかく、情報を教えて下さる? ゴブリンの集落で何があったのか……そして、どのようなゴブリンがいたのか」
話を変え――正確には戻し――て尋ねてくる麗華に、最初に口を開いたのは五十鈴だった。
ただし、それはどのようなゴブリンを倒したのかを説明するのではなく、誰が説明したらいいのかを促すためだったが。
「やっぱりこの場合、最初にギルドから依頼を受けた人が説明するのがいいんじゃない?」
そう言い、五十鈴が視線を向けたのは、白夜と杏の二人。
特に白夜の方を見て告げる五十鈴が何を言いたいのかは、考えるまでもなく明らかだった。
実際、白夜と杏の二人で行動しているときに主導権を握っていたのは白夜だったのだから、それは当然なのだろう。
だがそんな五十鈴の様子に、麗華はその細く美しい眉を微かに顰める。
個人的に白夜をあまり好んでいない麗華は、出来れば細かい事情の報告は杏にして欲しかった。
しかし自分が白夜を好んでいないからといって、無理に話を聞く相手を変えるような真似をするのは、麗華のプライドに反することだ。
「分かりましたわ。では、白夜。話を聞かせなさい」
明らかに上から目線の言葉だったが、白夜はそれを不満には思わない。
麗華が自分より年上で、能力者としての実力も圧倒的に上であるというのは分かっていたし、地位もゾディアックの一員なのだから。
そして何より、麗華が白夜に直接視線を向けたことで、改めてその美しさに圧倒されてしまう。
そんな麗華に対し、白夜が唯一並んでいるのは、持っている能力。
光と闇という、どちらも非常に希少度が高い能力の持ち主で、強力な能力でもある。
だが、能力のランクが同等であっても、それを使いこなせるかどうかとなれば、話は違ってくる。
ほぼ完全に光の能力を使いこなしている麗華と違い、白夜の闇の能力はまだ発展途上。
その上、使用する際に厨二病の如き言葉を口にしなければならないという、ペナルティとしか思えないような縛りすらあった。
「えっと、ギルドから依頼を受けて、俺と杏はゴブリンの集落があるかもしれないという山に行きました。そこでゴブリンの集落を探している途中に、ゴブリンに連れ去られた弓奈を見つけて……」
その言葉の途中で白夜は弓奈に視線を向け、そこから起きた出来事を話していく。
ゴブリンの集落を見つけ、そこで捕まっている音也を助けたこと。
二手に分かれて逃げている途中、杏たちと合流し、猛と蛟に遭遇したこと。
強力な戦力が二人増えたことにより、そのまま山を下りるのではなくゴブリンの集落に向かうという選択をしたこと。
そして、山狩りを行っていて戦力の少ないゴブリンの集落を襲撃し、白夜がゴブリンの上位種と思われる相手を見つけたこと。
その上位種を引っ張って逃げていき、猛や蛟と協力して倒すことに成功し……だが、それから少ししてゴブリンの集落にゲートが開いたこと。
ゲートが開いたという情報を、少しでも早く知らせるために山を下りている途中で五十鈴たちと合流し、そのまま東京まで戻ってきたこと。
そこまでを説明すると、麗華は黄金の髪を掻き上げながら口を開く。
「なるほど。話を聞いた限りでは、貴方たちに大きなミスはないように思えますわね。……問題なのは、やはりゴブリンの集落でゲートが開いたのが偶然によるものかどうかですが……」
一度言葉を止め、何かを考えるように視線を白夜から逸らす麗華だったが、白夜はそんな麗華の動きで視界に入った豊かな双丘に視線が向かう。
もちろん、その双丘はパーティドレスの類のように谷間が見える訳ではなく、レザーアーマーに包まれている。
だが、隠されているからこそ白夜の欲望がそこに火を点け、良からぬ想像をしてしまうのも事実なのだ。
強力な引力に引かれるように、もしくは磁石のN極がS極を引き寄せるかのように、白夜の視線は大きく盛り上がっている麗華のレザーアーマーの胸元に引き寄せられた。
「ん、コホン」
不意にそんなわざとらしい咳払いが聞こえ、白夜の視線がそちらに向けられる。
そこでは、五十鈴がジト目を白夜に向けていた。
別に、嫉妬をしている訳ではない。
だが、先程までは自分のファンだと言っていた白夜が、麗華が来た瞬間そちらばかりに視線を向けるのは……女として、何か負けた気分になってしまうのだ。
「ゴブリンの集落……ですが、ゴブリンにそれだけの知能が? いえ、可能性としては……」
幸いにも、白夜の視線が自分の胸に向けられているのも、五十鈴が微妙な視線を向けているのも、自分の考えに没頭している麗華は気が付いていなかった。
……もっとも、それに気が付いていないのはあくまでも麗華だけで、部屋の中にいる他の者たちは、そのほとんどが気が付いていたのだが。
当然のように五十鈴以外にも杏、弓奈、蛟、ギルドの職員といった女の面々は、そんな白夜に向けて呆れとも感嘆ともつかない視線を向ける。
視線の中に感嘆が混ざっているのは、麗華がゾディアックの一員である訳ではなく、世界でも屈指の白鳳院家の後継者であるにもかかわらず、そのような目を向けているというのもあるのだろう。
麗華が魅力的な女だというのは、誰もが認めるところだ。
だが……光皇院家という家のことを考えると、麗華にそのような目を向けたり、ましてや口説くといった真似をするのであれば、その者にも相応の後ろ盾が必要となる。
それこそ地位や名誉、金、純粋な力……そのようなものが、だ。
そして、白夜には当然のようにそのようなものはない。
唯一その資格と呼べるのは、希少性の高い闇の能力だろうが……それも使いこなせていないのであれば、それこそ宝の持ち腐れだろう。
「やはり、直接行ってみるしかないですわね。元々ゲートから出てきた相手を倒すために行く予定ではあったのですが……うん? どう……っ!?」
麗華は方針を決め、それを説明しようとしたとき、白夜が自分を見ているのに気が付く。
いや、それだけであれば特に驚くようなことはなかっただろう。
自分が目立つということを理解している麗華にとって、注目を浴びるのはいつものことなのだから。
だが……白夜が見ているのが自分の顔ではなく、その下、胸の部分だと知ると、自分が考えごとをしている間ずっと胸を凝視されていたのだということに思い当たり、物理的な圧力すら感じられる視線で白夜を睨み付ける。
「貴方、白夜でしたわね。……一体、どこを見ているのかしら?」
「っ!? あ、すいません。ちょっとその、考えごとをしてて」
咄嗟にそう言い訳する白夜だったが、麗華にそのような言い訳が通じるはずもない。
いや、あれだけ凝視していたのだから、誰であってもそれを信じることはできないだろう。
事実、その言い訳に他の面々からは呆れの混ざった視線が向けられていたのだから。
そんな呆れの視線が白夜に向けられる中、呆れではなく怒りの混ざった強い視線が白夜に向けられ、その主が冷たい口調で口を開く。
「そのようなことで誤魔化されるとでも? ……そうですわね。私も貴方には色々と言いたいことがありました。ですが、今まではそこまで元気がないのだろうと思って黙っていたのですが……このようなことが出来る元気があるのであれば、遠慮する必要もありませんわね」
「え?」
麗華の口から出た予想外の言葉に、白夜は小さく、どこか間の抜けた声を発する。
何か致命的な失敗をしてしまった。
そう理解出来たからだ。
慌てて周囲を見回すも、皆がそっと視線を逸らす。
唯一五十鈴だけが、面白そうな笑みを浮かべながら白夜を眺めている。
「いいですか、貴方のことは私もそれなりに知っています」
「それは、俺がその……闇の能力を持っているからですか?」
「当然でしょう。それ以外に何か私が貴方に興味を持つ理由があるとでも?」
そう言われれば、白夜は言葉に詰まり……ふと、自分の髪のことを思い出す。
七色に……もしくは虹色に輝く、特殊な色を持った髪。
このような髪を持った者はそう多くはない……どころか、白夜は自分以外に見たことはない。
であれば、もしかしたら自分の髪が理由なのでは? と言いたくなったのだが、麗華の言葉を聞いている限りそれはないだろうと理解出来てしまう。
結局白夜が出来るのは、ただ小さく頭を下げるだけだった。
その際、虹色の髪が白夜の視界の端で揺れる。
普通であれば目を奪われてもおかしくない光景なのだが、白夜にとってはいくら綺麗であっても普段から見慣れているものでしかない。
特に気にした様子もなく、下げていた頭を上げる。
そんな白夜の姿に、麗華は小さく溜息を吐いてから口を開く。
「では、罰として……白夜には今回のゲートの調査に同行して貰います。幸い、ゴブリンの集落までの道を知っている案内人が欲しかったところですし、ちょうどいいでしょう」
『なっ!?』
麗華からの言葉に驚愕の声を上げたのは、白夜だけではない。
この部屋にいた他の面々も同様の声を上げていた。
当然だろう。白夜を含めたこの場にいる者たちは、ゲートが開いたゴブリンの集落からやっとのことで逃げてきたのだ。
なのに、またそのゴブリンの集落に行けというのは、それこそ自殺行為にしか思えない。
もっとも、それを自殺行為であると断言出来なかったのは、白夜だけが行かされるのではなく……麗華もそこに行くからだろう。
もちろんゾディアックの麗華と白夜では、能力の強さも……そして総合的な戦闘力から見ても、大きな差がある。
「えっと……その、本気ですか?」
よほど正気ですか? と尋ねたくなった白夜だったが、まさかゾディアックの麗華にそのようなことを言える訳もない。
渋々といった風に尋ねると、麗華はそれに当然といったように頷く。
「当然ですわ。元々先程も言ったように、案内人は欲しかったのです。その点、今回の一件に最初からかかわっていた貴方なら適任でしょう? それとも……」
そこで一旦言葉を切った麗華は、いかにも魔法使いといった格好をした杏に視線を向ける。
白夜と一緒に最初からこの件にかかわっていたのは、当然のように杏だ。
だが、魔法使いの杏はどうしても体力という意味で能力者に劣る。
そんな杏を引き出されれば……結果として、白夜は麗華の提案に頷くしかなかった。
(ま、まぁ、あの巨乳……いや、爆乳を間近で見ることが出来るんだから、決して損じゃないよな)
自分にそう言い聞かせながら。
そんな猛の言葉に、麗華は小さく頷く。
「事態を隠そうとしないのは、好感が持てますわね。ですが……そうなると、色々とうるさい人も出てきますわよ?」
対異世界部隊のトワイライト。
そのトワイライトの予備部隊のネクストの生徒が、ゴブリンの集落にちょっかいを出したことによりゲートが開いた。
それを知れば、トワイライトやネクストを非難する者が出てくるのも当然だろう。
元々能力者という存在そのものを嫌っているような者は、何か理由があればこれ幸いと無条件で能力者を責めるのだから。
そうして責めていなければ、能力を持たない自分たちは能力者によって迫害されてしまうと、そう思い込んでいる者は決して少なくはない。
また、普段は能力者に否定的な者ではなくても、近くでゲートが開かれたとなれば、不満を口にするのも当然だろう。
「けど、猛が行動していなければ、もっと酷いことになっていた可能性は高いわよ? 準備万端で行動していれば……それこそ、ゲートの大きさは今よりも広かった可能性は十分にあるでしょうし」
「それは……否定出来ないですわね。ですが、残念ながらそれを証明することは出来ません」
今回ゲートが開いたにもかかわらず、多少ではあるがまだ余裕があるのは、あくまでも開いたゲートが小さかったからだ。
もし開いたゲートが直径数十メートル、もしくは数キロといった大きさであれば、それこそこうして話しているような余裕もないだろう。
……いや、小さなゲートであっても、繋がった世界によってはどのような存在が姿を現すのか分からないのだから、本当の意味で余裕がある訳ではないのだが。
「証明することは出来なくても、今までのゲートに携わってきた者であれば、それが事実だと直感的に分かるんじゃない?」
「そうですわね。ですが、それが分かるのはあくまでも経験がある者たちであるからこそ。そのような経験をしていない者には……いえ、これ以上は止めておきましょう」
これ以上何かを言えば、それは間違いなく一般人に対する……そして能力者や魔法使いといった者を憎む者たちに対する愚痴になると判断したのか、麗華は一旦言葉を切り、小さく息を吐く。
そのような仕草ですら、人目を惹きつけるだけの魅力を持つのは麗華だからこそなのだろう。
「とにかく、情報を教えて下さる? ゴブリンの集落で何があったのか……そして、どのようなゴブリンがいたのか」
話を変え――正確には戻し――て尋ねてくる麗華に、最初に口を開いたのは五十鈴だった。
ただし、それはどのようなゴブリンを倒したのかを説明するのではなく、誰が説明したらいいのかを促すためだったが。
「やっぱりこの場合、最初にギルドから依頼を受けた人が説明するのがいいんじゃない?」
そう言い、五十鈴が視線を向けたのは、白夜と杏の二人。
特に白夜の方を見て告げる五十鈴が何を言いたいのかは、考えるまでもなく明らかだった。
実際、白夜と杏の二人で行動しているときに主導権を握っていたのは白夜だったのだから、それは当然なのだろう。
だがそんな五十鈴の様子に、麗華はその細く美しい眉を微かに顰める。
個人的に白夜をあまり好んでいない麗華は、出来れば細かい事情の報告は杏にして欲しかった。
しかし自分が白夜を好んでいないからといって、無理に話を聞く相手を変えるような真似をするのは、麗華のプライドに反することだ。
「分かりましたわ。では、白夜。話を聞かせなさい」
明らかに上から目線の言葉だったが、白夜はそれを不満には思わない。
麗華が自分より年上で、能力者としての実力も圧倒的に上であるというのは分かっていたし、地位もゾディアックの一員なのだから。
そして何より、麗華が白夜に直接視線を向けたことで、改めてその美しさに圧倒されてしまう。
そんな麗華に対し、白夜が唯一並んでいるのは、持っている能力。
光と闇という、どちらも非常に希少度が高い能力の持ち主で、強力な能力でもある。
だが、能力のランクが同等であっても、それを使いこなせるかどうかとなれば、話は違ってくる。
ほぼ完全に光の能力を使いこなしている麗華と違い、白夜の闇の能力はまだ発展途上。
その上、使用する際に厨二病の如き言葉を口にしなければならないという、ペナルティとしか思えないような縛りすらあった。
「えっと、ギルドから依頼を受けて、俺と杏はゴブリンの集落があるかもしれないという山に行きました。そこでゴブリンの集落を探している途中に、ゴブリンに連れ去られた弓奈を見つけて……」
その言葉の途中で白夜は弓奈に視線を向け、そこから起きた出来事を話していく。
ゴブリンの集落を見つけ、そこで捕まっている音也を助けたこと。
二手に分かれて逃げている途中、杏たちと合流し、猛と蛟に遭遇したこと。
強力な戦力が二人増えたことにより、そのまま山を下りるのではなくゴブリンの集落に向かうという選択をしたこと。
そして、山狩りを行っていて戦力の少ないゴブリンの集落を襲撃し、白夜がゴブリンの上位種と思われる相手を見つけたこと。
その上位種を引っ張って逃げていき、猛や蛟と協力して倒すことに成功し……だが、それから少ししてゴブリンの集落にゲートが開いたこと。
ゲートが開いたという情報を、少しでも早く知らせるために山を下りている途中で五十鈴たちと合流し、そのまま東京まで戻ってきたこと。
そこまでを説明すると、麗華は黄金の髪を掻き上げながら口を開く。
「なるほど。話を聞いた限りでは、貴方たちに大きなミスはないように思えますわね。……問題なのは、やはりゴブリンの集落でゲートが開いたのが偶然によるものかどうかですが……」
一度言葉を止め、何かを考えるように視線を白夜から逸らす麗華だったが、白夜はそんな麗華の動きで視界に入った豊かな双丘に視線が向かう。
もちろん、その双丘はパーティドレスの類のように谷間が見える訳ではなく、レザーアーマーに包まれている。
だが、隠されているからこそ白夜の欲望がそこに火を点け、良からぬ想像をしてしまうのも事実なのだ。
強力な引力に引かれるように、もしくは磁石のN極がS極を引き寄せるかのように、白夜の視線は大きく盛り上がっている麗華のレザーアーマーの胸元に引き寄せられた。
「ん、コホン」
不意にそんなわざとらしい咳払いが聞こえ、白夜の視線がそちらに向けられる。
そこでは、五十鈴がジト目を白夜に向けていた。
別に、嫉妬をしている訳ではない。
だが、先程までは自分のファンだと言っていた白夜が、麗華が来た瞬間そちらばかりに視線を向けるのは……女として、何か負けた気分になってしまうのだ。
「ゴブリンの集落……ですが、ゴブリンにそれだけの知能が? いえ、可能性としては……」
幸いにも、白夜の視線が自分の胸に向けられているのも、五十鈴が微妙な視線を向けているのも、自分の考えに没頭している麗華は気が付いていなかった。
……もっとも、それに気が付いていないのはあくまでも麗華だけで、部屋の中にいる他の者たちは、そのほとんどが気が付いていたのだが。
当然のように五十鈴以外にも杏、弓奈、蛟、ギルドの職員といった女の面々は、そんな白夜に向けて呆れとも感嘆ともつかない視線を向ける。
視線の中に感嘆が混ざっているのは、麗華がゾディアックの一員である訳ではなく、世界でも屈指の白鳳院家の後継者であるにもかかわらず、そのような目を向けているというのもあるのだろう。
麗華が魅力的な女だというのは、誰もが認めるところだ。
だが……光皇院家という家のことを考えると、麗華にそのような目を向けたり、ましてや口説くといった真似をするのであれば、その者にも相応の後ろ盾が必要となる。
それこそ地位や名誉、金、純粋な力……そのようなものが、だ。
そして、白夜には当然のようにそのようなものはない。
唯一その資格と呼べるのは、希少性の高い闇の能力だろうが……それも使いこなせていないのであれば、それこそ宝の持ち腐れだろう。
「やはり、直接行ってみるしかないですわね。元々ゲートから出てきた相手を倒すために行く予定ではあったのですが……うん? どう……っ!?」
麗華は方針を決め、それを説明しようとしたとき、白夜が自分を見ているのに気が付く。
いや、それだけであれば特に驚くようなことはなかっただろう。
自分が目立つということを理解している麗華にとって、注目を浴びるのはいつものことなのだから。
だが……白夜が見ているのが自分の顔ではなく、その下、胸の部分だと知ると、自分が考えごとをしている間ずっと胸を凝視されていたのだということに思い当たり、物理的な圧力すら感じられる視線で白夜を睨み付ける。
「貴方、白夜でしたわね。……一体、どこを見ているのかしら?」
「っ!? あ、すいません。ちょっとその、考えごとをしてて」
咄嗟にそう言い訳する白夜だったが、麗華にそのような言い訳が通じるはずもない。
いや、あれだけ凝視していたのだから、誰であってもそれを信じることはできないだろう。
事実、その言い訳に他の面々からは呆れの混ざった視線が向けられていたのだから。
そんな呆れの視線が白夜に向けられる中、呆れではなく怒りの混ざった強い視線が白夜に向けられ、その主が冷たい口調で口を開く。
「そのようなことで誤魔化されるとでも? ……そうですわね。私も貴方には色々と言いたいことがありました。ですが、今まではそこまで元気がないのだろうと思って黙っていたのですが……このようなことが出来る元気があるのであれば、遠慮する必要もありませんわね」
「え?」
麗華の口から出た予想外の言葉に、白夜は小さく、どこか間の抜けた声を発する。
何か致命的な失敗をしてしまった。
そう理解出来たからだ。
慌てて周囲を見回すも、皆がそっと視線を逸らす。
唯一五十鈴だけが、面白そうな笑みを浮かべながら白夜を眺めている。
「いいですか、貴方のことは私もそれなりに知っています」
「それは、俺がその……闇の能力を持っているからですか?」
「当然でしょう。それ以外に何か私が貴方に興味を持つ理由があるとでも?」
そう言われれば、白夜は言葉に詰まり……ふと、自分の髪のことを思い出す。
七色に……もしくは虹色に輝く、特殊な色を持った髪。
このような髪を持った者はそう多くはない……どころか、白夜は自分以外に見たことはない。
であれば、もしかしたら自分の髪が理由なのでは? と言いたくなったのだが、麗華の言葉を聞いている限りそれはないだろうと理解出来てしまう。
結局白夜が出来るのは、ただ小さく頭を下げるだけだった。
その際、虹色の髪が白夜の視界の端で揺れる。
普通であれば目を奪われてもおかしくない光景なのだが、白夜にとってはいくら綺麗であっても普段から見慣れているものでしかない。
特に気にした様子もなく、下げていた頭を上げる。
そんな白夜の姿に、麗華は小さく溜息を吐いてから口を開く。
「では、罰として……白夜には今回のゲートの調査に同行して貰います。幸い、ゴブリンの集落までの道を知っている案内人が欲しかったところですし、ちょうどいいでしょう」
『なっ!?』
麗華からの言葉に驚愕の声を上げたのは、白夜だけではない。
この部屋にいた他の面々も同様の声を上げていた。
当然だろう。白夜を含めたこの場にいる者たちは、ゲートが開いたゴブリンの集落からやっとのことで逃げてきたのだ。
なのに、またそのゴブリンの集落に行けというのは、それこそ自殺行為にしか思えない。
もっとも、それを自殺行為であると断言出来なかったのは、白夜だけが行かされるのではなく……麗華もそこに行くからだろう。
もちろんゾディアックの麗華と白夜では、能力の強さも……そして総合的な戦闘力から見ても、大きな差がある。
「えっと……その、本気ですか?」
よほど正気ですか? と尋ねたくなった白夜だったが、まさかゾディアックの麗華にそのようなことを言える訳もない。
渋々といった風に尋ねると、麗華はそれに当然といったように頷く。
「当然ですわ。元々先程も言ったように、案内人は欲しかったのです。その点、今回の一件に最初からかかわっていた貴方なら適任でしょう? それとも……」
そこで一旦言葉を切った麗華は、いかにも魔法使いといった格好をした杏に視線を向ける。
白夜と一緒に最初からこの件にかかわっていたのは、当然のように杏だ。
だが、魔法使いの杏はどうしても体力という意味で能力者に劣る。
そんな杏を引き出されれば……結果として、白夜は麗華の提案に頷くしかなかった。
(ま、まぁ、あの巨乳……いや、爆乳を間近で見ることが出来るんだから、決して損じゃないよな)
自分にそう言い聞かせながら。
0
お気に入りに追加
21
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。

元おっさんの俺、公爵家嫡男に転生~普通にしてるだけなのに、次々と問題が降りかかってくる~
おとら@ 書籍発売中
ファンタジー
アルカディア王国の公爵家嫡男であるアレク(十六歳)はある日突然、前触れもなく前世の記憶を蘇らせる。
どうやら、それまでの自分はグータラ生活を送っていて、ろくでもない評判のようだ。
そんな中、アラフォー社畜だった前世の記憶が蘇り混乱しつつも、今の生活に慣れようとするが……。
その行動は以前とは違く見え、色々と勘違いをされる羽目に。
その結果、様々な女性に迫られることになる。
元婚約者にしてツンデレ王女、専属メイドのお調子者エルフ、決闘を仕掛けてくるクーデレ竜人姫、世話をすることなったドジっ子犬耳娘など……。
「ハーレムは嫌だァァァァ! どうしてこうなった!?」
今日も、そんな彼の悲鳴が響き渡る。
【完結】魔王様、溺愛しすぎです!
綾雅(ヤンデレ攻略対象、電子書籍化)
ファンタジー
「パパと結婚する!」
8万年近い長きにわたり、最強の名を冠する魔王。勇者を退け続ける彼の居城である『魔王城』の城門に、人族と思われる赤子が捨てられた。その子を拾った魔王は自ら育てると言い出し!? しかも溺愛しすぎて、周囲が大混乱!
拾われた子は幼女となり、やがて育て親を喜ばせる最強の一言を放った。魔王は素直にその言葉を受け止め、嫁にすると宣言する。
シリアスなようでコメディな軽いドタバタ喜劇(?)です。
【同時掲載】アルファポリス、カクヨム、エブリスタ、小説家になろう
【表紙イラスト】しょうが様(https://www.pixiv.net/users/291264)
挿絵★あり
【完結】2021/12/02
※2022/08/16 第3回HJ小説大賞前期「小説家になろう」部門 一次審査通過
※2021/12/16 第1回 一二三書房WEB小説大賞、一次審査通過
※2021/12/03 「小説家になろう」ハイファンタジー日間94位
※2021/08/16、「HJ小説大賞2021前期『小説家になろう』部門」一次選考通過作品
※2020年8月「エブリスタ」ファンタジーカテゴリー1位(8/20〜24)
※2019年11月「ツギクル」第4回ツギクル大賞、最終選考作品
※2019年10月「ノベルアップ+」第1回小説大賞、一次選考通過作品
※2019年9月「マグネット」ヤンデレ特集掲載作品

【完結】VRMMOでチュートリアルを2回やった生産職のボクは最強になりました
鳥山正人
ファンタジー
フルダイブ型VRMMOゲームの『スペードのクイーン』のオープンベータ版が終わり、正式リリースされる事になったので早速やってみたら、いきなりのサーバーダウン。
だけどボクだけ知らずにそのままチュートリアルをやっていた。
チュートリアルが終わってさぁ冒険の始まり。と思ったらもう一度チュートリアルから開始。
2度目のチュートリアルでも同じようにクリアしたら隠し要素を発見。
そこから怒涛の快進撃で最強になりました。
鍛冶、錬金で主人公がまったり最強になるお話です。
※この作品は「DADAN WEB小説コンテスト」1次選考通過した【第1章完結】デスペナのないVRMMOで〜をブラッシュアップして、続きの物語を描いた作品です。
その事を理解していただきお読みいただければ幸いです。

異世界でお取り寄せ生活
マーチ・メイ
ファンタジー
異世界の魔力不足を補うため、年に数人が魔法を貰い渡り人として渡っていく、そんな世界である日、日本で普通に働いていた橋沼桜が選ばれた。
突然のことに驚く桜だったが、魔法を貰えると知りすぐさま快諾。
貰った魔法は、昔食べて美味しかったチョコレートをまた食べたいがためのお取り寄せ魔法。
意気揚々と異世界へ旅立ち、そして桜の異世界生活が始まる。
貰った魔法を満喫しつつ、異世界で知り合った人達と緩く、のんびりと異世界生活を楽しんでいたら、取り寄せ魔法でとんでもないことが起こり……!?
そんな感じの話です。
のんびり緩い話が好きな人向け、恋愛要素は皆無です。
※小説家になろう、カクヨムでも同時掲載しております。
異世界居酒屋さわこさん細腕繁盛記
鬼ノ城ミヤ(天邪鬼ミヤ)
ファンタジー
陸奥さわこ 3*才独身
父が経営していた居酒屋「酒話(さけばなし)」を父の他界とともに引き継いで5年
折からの不況の煽りによってこの度閉店することに……
家賃の安い郊外へ引っ越したさわこだったが不動産屋の手違いで入居予定だったアパートはすでに入居済
途方にくれてバス停でたたずんでいたさわこは、そこで
「薬草を採りにきていた」
という不思議な女子に出会う。
意気投合したその女性の自宅へお邪魔することになったさわこだが……
このお話は
ひょんなことから世界を行き来する能力をもつ酒好きな魔法使いバテアの家に居候することになったさわこが、バテアの魔法道具のお店の裏で居酒屋さわこさんを開店し、異世界でがんばるお話です
転生令嬢は庶民の味に飢えている
柚木原みやこ(みやこ)
ファンタジー
ある日、自分が異世界に転生した元日本人だと気付いた公爵令嬢のクリステア・エリスフィード。転生…?公爵令嬢…?魔法のある世界…?ラノベか!?!?混乱しつつも現実を受け入れた私。けれど…これには不満です!どこか物足りないゴッテゴテのフルコース!甘いだけのスイーツ!!
もう飽き飽きですわ!!庶民の味、プリーズ!
ファンタジーな異世界に転生した、前世は元OLの公爵令嬢が、周りを巻き込んで庶民の味を楽しむお話。
まったりのんびり、行き当たりばったり更新の予定です。ゆるりとお付き合いいただければ幸いです。

【本編完結済み/後日譚連載中】巻き込まれた事なかれ主義のパシリくんは争いを避けて生きていく ~生産系加護で今度こそ楽しく生きるのさ~
みやま たつむ
ファンタジー
【本編完結しました(812話)/後日譚を書くために連載中にしています。ご承知おきください】
事故死したところを別の世界に連れてかれた陽キャグループと、巻き込まれて事故死した事なかれ主義の静人。
神様から強力な加護をもらって魔物をちぎっては投げ~、ちぎっては投げ~―――なんて事をせずに、勢いで作ってしまったホムンクルスにお店を開かせて面倒な事を押し付けて自由に生きる事にした。
作った魔道具はどんな使われ方をしているのか知らないまま「のんびり気ままに好きなように生きるんだ」と魔物なんてほっといて好き勝手生きていきたい静人の物語。
「まあ、そんな平穏な生活は転移した時点で無理じゃけどな」と最高神は思うのだが―――。
※「小説家になろう」と「カクヨム」で同時掲載しております。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる