虹の軍勢

神無月 紅

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29話

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 ゴブリンの集落にちょっかいを出したことにより、ゲートが開いた可能性は否定出来ない。
 そんな猛の言葉に、麗華は小さく頷く。

「事態を隠そうとしないのは、好感が持てますわね。ですが……そうなると、色々とうるさい人も出てきますわよ?」

 対異世界部隊のトワイライト。
 そのトワイライトの予備部隊のネクストの生徒が、ゴブリンの集落にちょっかいを出したことによりゲートが開いた。
 それを知れば、トワイライトやネクストを非難する者が出てくるのも当然だろう。
 元々能力者という存在そのものを嫌っているような者は、何か理由があればこれ幸いと無条件で能力者を責めるのだから。
 そうして責めていなければ、能力を持たない自分たちは能力者によって迫害されてしまうと、そう思い込んでいる者は決して少なくはない。
 また、普段は能力者に否定的な者ではなくても、近くでゲートが開かれたとなれば、不満を口にするのも当然だろう。

「けど、猛が行動していなければ、もっと酷いことになっていた可能性は高いわよ? 準備万端で行動していれば……それこそ、ゲートの大きさは今よりも広かった可能性は十分にあるでしょうし」
「それは……否定出来ないですわね。ですが、残念ながらそれを証明することは出来ません」

 今回ゲートが開いたにもかかわらず、多少ではあるがまだ余裕があるのは、あくまでも開いたゲートが小さかったからだ。
 もし開いたゲートが直径数十メートル、もしくは数キロといった大きさであれば、それこそこうして話しているような余裕もないだろう。
 ……いや、小さなゲートであっても、繋がった世界によってはどのような存在が姿を現すのか分からないのだから、本当の意味で余裕がある訳ではないのだが。

「証明することは出来なくても、今までのゲートに携わってきた者であれば、それが事実だと直感的に分かるんじゃない?」
「そうですわね。ですが、それが分かるのはあくまでも経験がある者たちであるからこそ。そのような経験をしていない者には……いえ、これ以上は止めておきましょう」

 これ以上何かを言えば、それは間違いなく一般人に対する……そして能力者や魔法使いといった者を憎む者たちに対する愚痴になると判断したのか、麗華は一旦言葉を切り、小さく息を吐く。
 そのような仕草ですら、人目を惹きつけるだけの魅力を持つのは麗華だからこそなのだろう。

「とにかく、情報を教えて下さる? ゴブリンの集落で何があったのか……そして、どのようなゴブリンがいたのか」

 話を変え――正確には戻し――て尋ねてくる麗華に、最初に口を開いたのは五十鈴だった。
 ただし、それはどのようなゴブリンを倒したのかを説明するのではなく、誰が説明したらいいのかを促すためだったが。

「やっぱりこの場合、最初にギルドから依頼を受けた人が説明するのがいいんじゃない?」

 そう言い、五十鈴が視線を向けたのは、白夜と杏の二人。
 特に白夜の方を見て告げる五十鈴が何を言いたいのかは、考えるまでもなく明らかだった。
 実際、白夜と杏の二人で行動しているときに主導権を握っていたのは白夜だったのだから、それは当然なのだろう。
 だがそんな五十鈴の様子に、麗華はその細く美しい眉を微かに顰める。
 個人的に白夜をあまり好んでいない麗華は、出来れば細かい事情の報告は杏にして欲しかった。
 しかし自分が白夜を好んでいないからといって、無理に話を聞く相手を変えるような真似をするのは、麗華のプライドに反することだ。

「分かりましたわ。では、白夜。話を聞かせなさい」

 明らかに上から目線の言葉だったが、白夜はそれを不満には思わない。
 麗華が自分より年上で、能力者としての実力も圧倒的に上であるというのは分かっていたし、地位もゾディアックの一員なのだから。
 そして何より、麗華が白夜に直接視線を向けたことで、改めてその美しさに圧倒されてしまう。
 そんな麗華に対し、白夜が唯一並んでいるのは、持っている能力。
 光と闇という、どちらも非常に希少度が高い能力の持ち主で、強力な能力でもある。
 だが、能力のランクが同等であっても、それを使いこなせるかどうかとなれば、話は違ってくる。
 ほぼ完全に光の能力を使いこなしている麗華と違い、白夜の闇の能力はまだ発展途上。
 その上、使用する際に厨二病の如き言葉を口にしなければならないという、ペナルティとしか思えないような縛りすらあった。

「えっと、ギルドから依頼を受けて、俺と杏はゴブリンの集落があるかもしれないという山に行きました。そこでゴブリンの集落を探している途中に、ゴブリンに連れ去られた弓奈を見つけて……」

 その言葉の途中で白夜は弓奈に視線を向け、そこから起きた出来事を話していく。
 ゴブリンの集落を見つけ、そこで捕まっている音也を助けたこと。
 二手に分かれて逃げている途中、杏たちと合流し、猛と蛟に遭遇したこと。
 強力な戦力が二人増えたことにより、そのまま山を下りるのではなくゴブリンの集落に向かうという選択をしたこと。
 そして、山狩りを行っていて戦力の少ないゴブリンの集落を襲撃し、白夜がゴブリンの上位種と思われる相手を見つけたこと。
 その上位種を引っ張って逃げていき、猛や蛟と協力して倒すことに成功し……だが、それから少ししてゴブリンの集落にゲートが開いたこと。
 ゲートが開いたという情報を、少しでも早く知らせるために山を下りている途中で五十鈴たちと合流し、そのまま東京まで戻ってきたこと。
 そこまでを説明すると、麗華は黄金の髪を掻き上げながら口を開く。

「なるほど。話を聞いた限りでは、貴方たちに大きなミスはないように思えますわね。……問題なのは、やはりゴブリンの集落でゲートが開いたのが偶然によるものかどうかですが……」

 一度言葉を止め、何かを考えるように視線を白夜から逸らす麗華だったが、白夜はそんな麗華の動きで視界に入った豊かな双丘に視線が向かう。
 もちろん、その双丘はパーティドレスの類のように谷間が見える訳ではなく、レザーアーマーに包まれている。
 だが、隠されているからこそ白夜の欲望がそこに火を点け、良からぬ想像をしてしまうのも事実なのだ。
 強力な引力に引かれるように、もしくは磁石のN極がS極を引き寄せるかのように、白夜の視線は大きく盛り上がっている麗華のレザーアーマーの胸元に引き寄せられた。

「ん、コホン」

 不意にそんなわざとらしい咳払いが聞こえ、白夜の視線がそちらに向けられる。
 そこでは、五十鈴がジト目を白夜に向けていた。
 別に、嫉妬をしている訳ではない。
 だが、先程までは自分のファンだと言っていた白夜が、麗華が来た瞬間そちらばかりに視線を向けるのは……女として、何か負けた気分になってしまうのだ。

「ゴブリンの集落……ですが、ゴブリンにそれだけの知能が? いえ、可能性としては……」

 幸いにも、白夜の視線が自分の胸に向けられているのも、五十鈴が微妙な視線を向けているのも、自分の考えに没頭している麗華は気が付いていなかった。
 ……もっとも、それに気が付いていないのはあくまでも麗華だけで、部屋の中にいる他の者たちは、そのほとんどが気が付いていたのだが。
 当然のように五十鈴以外にも杏、弓奈、蛟、ギルドの職員といった女の面々は、そんな白夜に向けて呆れとも感嘆ともつかない視線を向ける。
 視線の中に感嘆が混ざっているのは、麗華がゾディアックの一員である訳ではなく、世界でも屈指の白鳳院家の後継者であるにもかかわらず、そのような目を向けているというのもあるのだろう。
 麗華が魅力的な女だというのは、誰もが認めるところだ。
 だが……光皇院家という家のことを考えると、麗華にそのような目を向けたり、ましてや口説くといった真似をするのであれば、その者にも相応の後ろ盾が必要となる。
 それこそ地位や名誉、金、純粋な力……そのようなものが、だ。
 そして、白夜には当然のようにそのようなものはない。
 唯一その資格と呼べるのは、希少性の高い闇の能力だろうが……それも使いこなせていないのであれば、それこそ宝の持ち腐れだろう。
 
「やはり、直接行ってみるしかないですわね。元々ゲートから出てきた相手を倒すために行く予定ではあったのですが……うん? どう……っ!?」

 麗華は方針を決め、それを説明しようとしたとき、白夜が自分を見ているのに気が付く。
 いや、それだけであれば特に驚くようなことはなかっただろう。
 自分が目立つということを理解している麗華にとって、注目を浴びるのはいつものことなのだから。
 だが……白夜が見ているのが自分の顔ではなく、その下、胸の部分だと知ると、自分が考えごとをしている間ずっと胸を凝視されていたのだということに思い当たり、物理的な圧力すら感じられる視線で白夜を睨み付ける。

「貴方、白夜でしたわね。……一体、どこを見ているのかしら?」
「っ!? あ、すいません。ちょっとその、考えごとをしてて」

 咄嗟にそう言い訳する白夜だったが、麗華にそのような言い訳が通じるはずもない。
 いや、あれだけ凝視していたのだから、誰であってもそれを信じることはできないだろう。
 事実、その言い訳に他の面々からは呆れの混ざった視線が向けられていたのだから。
 そんな呆れの視線が白夜に向けられる中、呆れではなく怒りの混ざった強い視線が白夜に向けられ、その主が冷たい口調で口を開く。

「そのようなことで誤魔化されるとでも? ……そうですわね。私も貴方には色々と言いたいことがありました。ですが、今まではそこまで元気がないのだろうと思って黙っていたのですが……このようなことが出来る元気があるのであれば、遠慮する必要もありませんわね」
「え?」

 麗華の口から出た予想外の言葉に、白夜は小さく、どこか間の抜けた声を発する。
 何か致命的な失敗をしてしまった。
 そう理解出来たからだ。
 慌てて周囲を見回すも、皆がそっと視線を逸らす。
 唯一五十鈴だけが、面白そうな笑みを浮かべながら白夜を眺めている。

「いいですか、貴方のことは私もそれなりに知っています」
「それは、俺がその……闇の能力を持っているからですか?」
「当然でしょう。それ以外に何か私が貴方に興味を持つ理由があるとでも?」

 そう言われれば、白夜は言葉に詰まり……ふと、自分の髪のことを思い出す。
 七色に……もしくは虹色に輝く、特殊な色を持った髪。
 このような髪を持った者はそう多くはない……どころか、白夜は自分以外に見たことはない。
 であれば、もしかしたら自分の髪が理由なのでは? と言いたくなったのだが、麗華の言葉を聞いている限りそれはないだろうと理解出来てしまう。
 結局白夜が出来るのは、ただ小さく頭を下げるだけだった。
 その際、虹色の髪が白夜の視界の端で揺れる。
 普通であれば目を奪われてもおかしくない光景なのだが、白夜にとってはいくら綺麗であっても普段から見慣れているものでしかない。
 特に気にした様子もなく、下げていた頭を上げる。
 そんな白夜の姿に、麗華は小さく溜息を吐いてから口を開く。

「では、罰として……白夜には今回のゲートの調査に同行して貰います。幸い、ゴブリンの集落までの道を知っている案内人が欲しかったところですし、ちょうどいいでしょう」
『なっ!?』

 麗華からの言葉に驚愕の声を上げたのは、白夜だけではない。
 この部屋にいた他の面々も同様の声を上げていた。
 当然だろう。白夜を含めたこの場にいる者たちは、ゲートが開いたゴブリンの集落からやっとのことで逃げてきたのだ。
 なのに、またそのゴブリンの集落に行けというのは、それこそ自殺行為にしか思えない。
 もっとも、それを自殺行為であると断言出来なかったのは、白夜だけが行かされるのではなく……麗華もそこに行くからだろう。
 もちろんゾディアックの麗華と白夜では、能力の強さも……そして総合的な戦闘力から見ても、大きな差がある。

「えっと……その、本気ですか?」

 よほど正気ですか? と尋ねたくなった白夜だったが、まさかゾディアックの麗華にそのようなことを言える訳もない。
 渋々といった風に尋ねると、麗華はそれに当然といったように頷く。

「当然ですわ。元々先程も言ったように、案内人は欲しかったのです。その点、今回の一件に最初からかかわっていた貴方なら適任でしょう? それとも……」

 そこで一旦言葉を切った麗華は、いかにも魔法使いといった格好をした杏に視線を向ける。
 白夜と一緒に最初からこの件にかかわっていたのは、当然のように杏だ。
 だが、魔法使いの杏はどうしても体力という意味で能力者に劣る。
 そんな杏を引き出されれば……結果として、白夜は麗華の提案に頷くしかなかった。

(ま、まぁ、あの巨乳……いや、爆乳を間近で見ることが出来るんだから、決して損じゃないよな)

 自分にそう言い聞かせながら。
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