虹の軍勢

神無月 紅

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26話

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 白夜たちが無事山から下りて、東京に向かっている頃……当然ながら、トワイライトでもゲートが開いて異世界と繋がったのを察知していた。
 東京のすぐ側にある山で起きた出来事なのだから、それも当然だろう。
 ましてや、トワイライトは異世界の存在との戦闘を目的に作られた部隊だ。
 それが、現在の状況でゲートの発生を見逃すはずがなかった。

「ゲートの規模はどうなっている!?」
「レベル一! ただし、ゲート付近の魔力密度はレベル五で!」
「……はぁ? 嘘だろ? 何だって規模がレベル一なのに、魔力密度はレベル五なんだよ」
「原因不明! 現在、サージェス隊の安達さんがゲートの偵察に向かっています。ただ、この魔力濃度では通信が繋がるのは難しいので、ゲートから離れてから通信を送ってくるとのこと」
「韋駄天の能力持ちなら、その程度は誤差のはずだ。とにかく今は、何が起きてもすぐに対処出来るように準備しておけ」
「部長、政府の方から連絡が来ています。このゲートについての報告をと!」
「馬鹿野郎、今こっちは忙しいんだ。連絡とかは広報にでも回せ!」
「部長、東北地方と北海道に向かっているチームから連絡です。向こうでもモンスターの動きが活発になっていると」
「はぁ!? ちっ、向こうの分隊を指示して、どうにか持ちこたえろ、こっちも戦力に余裕はない。ただ、戦力に余裕が出来たらすぐ援軍を送ると伝えろ! ヘリの用意はどうなっている! いつでも出られるように準備しておけ! 魔石の残量の確認も忘れるな!」
「その部隊を向こうに回しますか?」
「ダイヤ隊、黒骸(くろむくろ)隊、ラウンド隊を東北に、グリズリー隊、雷音(らいおん)隊を北海道に回せ! 関西方面はどうなっている!」
「そちらからは特に問題がないとの報告が」
「っ!? 緊急! 韓国軍に動きあり! 軍艦のうちの何隻がが出港準備しているとのことです!」
「そっちは政府に任せろ! 政治家に遺憾の意砲でも撃たせて時間を稼がせておけ。この件が終わったら、恐らく政府からこっちに泣きついてくるはずだ! 中国の方はどうなっている!?」
「中国に動きはありません! ただ、数ヶ月前に魔石が大量に韓国に売却されているとの情報が」
「ちっ、軍艦を動かす余裕はそこから来たのか。モンスターの生息数が多い中国は、大変革後でも資源大国か。いや、今はそれどころではないか。北朝鮮がないだけ、まだマシってところだな」
「ははは。まぁ、北朝鮮の政治体制では大変革を乗り切るのは難しかったってことでしょうね」
「暢気に笑ってないで、とにかく情報を集めろ!」
「うひぃっ! わ、分かりました!」

 騒々しい声が、広い部屋の中一杯に広がっていく。
 そこにいるのは、トワイライトの目や耳といった装置を操ったり、似たような能力の持ち主たち。
 そして五十代ほどの強面を持つ巨体の、それこそヤクザの大親分と呼ぶに相応しいような顔立ちの男が報告を受けるや、次々に指示を出していく。
 一見すればその男がトワイライトの本部長と呼ばれる地位にある人物であるとは、とても信じられないだろう。
 だが、この人物こそがトワイライトの本部で実働部隊を実質的に指揮している、岩頭(いわがしら)努(つとむ)だった。
 その外見通り直接の戦闘でもかなりの力を持っているが、こうして司令部からそれぞれに指示を出していく能力にも長けている。
 天が二物も三物も与えた例なのだが、その外見だけは与えられなかった……と言われている男。

「おい、この状況だといつ何が起こるか分からねえ。いつでも動かせる予備の戦力を抽出しておけ」

 次々とオペレーターに指示を出しながら、岩頭は自分の近くにいる女にそう告げる。
 髪を結い上げ眼鏡を掛けている、まさに秘書と呼ぶに相応しいその二十代の女は、美しい眉を顰めて口を開く。

「現在余裕のある部隊はほとんどありません。それくらいは本部長も分かっていると思いますが? 本部長が東北と北海道に援軍を出すように告げたのですから」
「分かってるよ。だが、東京のすぐ側でゲートが開いたんだぞ? 異世界からどんなお客さんがやって来るか、分かったもんじゃねえ。いつでもそれに対処出来るようにしておく必要がある」

 秘書の女も、岩頭が言いたいことは分かっているのだろう。
 小さく頷くが……それでもないものは出せないと、口を開く。

「演習を行ったのが失敗でしたね」
「んなこと言っても、まさかこんなことになるなんて、想像も出来ねえだろうが。もっとも、この件はあとで政府の方にきちんと追求させて貰うけどな」

 岩頭も、ゲートの存在を知った上で政府がアメリカとの演習をトワイライトに要望してきた……とは、考えていない。
 そもそも、ゲートが発生したのはつい先程なのだが。
 政府が異世界との間にゲートが発生する兆候を捉えたりすることが出来るのであれば話が別だが、少なくても岩頭は日本政府がそんな技術を持っているとは思っていない。
 もちろん政府にその手の技術研究をしている部署はあるのだが、その手の技術にかんしてはトワイライトの方が政府直轄の研究所より数段上だ。
 そのようなことも関係しているのだろうが、トワイライトと日本政府は色々と微妙なものがある。
 形式的には当然トワイライトよりも日本政府の方が上の立場だったが、対異世界部隊という存在のトワイライトは能力者や魔法使いといった者たちの集まりで、その戦力は下手な軍隊を上回る。
 日本の軍隊――大変革後に改めて結成されたもので、当然自衛隊とは違う――よりも、トワイライトの方が明らかに戦力は上だったのだ。
 それこそ、トワイライトがクーデターを起こそうと考えれば、それも不可能ではないくらいには。
 ……もっとも、異世界の存在と戦うのに忙しいトワイライトは政治というものに興味を持っていなかったし、トワイライトに所属している者たちも政治的な興味を持つ者は多くはない。
 もし実際にトワイライトがクーデターを起こそうとしても、それを嫌がって協力しないという者は相当数いるだろう。

「そうして下さい。こちらが甘い顔を見せれば、向こうは図に乗ってどんどん下らない要求をしてくるんですから」

 秘書の女の目にあるのは、軽蔑の視線。
 それは岩頭に向けられたものではなく、自分の国の政府に……政治家に向けられたものだ。
 もちろん政治家の中には有能な者もいるのだが、それ以上に無能な……自分の利益しか考えられない、害悪と表現するのが相応しい者の方が多いのも事実。
 岩頭もそれが分かっているから、秘書の女に頷く。
 そして話題を変えるという意味でも、何より実際に現在の状況をどうにかするために口を開く。

「ゾディアックは出せるか?」
「それは……出せるかと言えば、出せます。ですが、よろしいのですか?」

 政治家についての話をしていた時とは違い、秘書の女は心配そうな表情を浮かべる。
 実際、ゾディアックの者たちは、能力的にはトワイライトの中でも一線級の者たちと同等の力を持つ。
 だが、あくまでもゾディアックはネクストの生徒だというのも、また事実なのだ。
 それが分かるだけに、秘書の女は心配そうな表情を浮かべているのだろう。

「お前が心配するのも分かるが、余分な戦力がない以上背に腹はかえられん。……今回の一件が光皇院家に知られれば、政府の方でも肝を冷やすことになるだろうな」
「……では、乙女座の光皇院麗華を?」

 光皇院家という言葉が出てきたことから、岩頭が誰を派遣するのか理解したのだろう。
 秘書の女の問いに、岩頭は頷きを返す。

「あの光の能力はかなり強力な能力だ。それこそ、何が起きるか分からない以上、最大限の戦力を用意しておくのは当然のことだろう」

 出来れば他のゾディアックも出撃させたいと思う岩頭だったが、その戦闘力はともかく立場的にはただの学生でしかないゾディアックは、そう気軽に戦場に出すことは出来ない。
 世論というのは、厄介なものなのだ。
 もちろん、そんな世論でトワイライトやネクストがどうにかなるはずはないのだが、それでもいらない世論はなければない方がいい。
 一応冒険者として働いている者も多いので、ゾディアックのメンバーも戦闘経験が足りないということはないのだが、それでもやはり建前というものがあった。もっとも……

「分かりました」
「ただし、ゲートから出てきた相手が凶暴で東京に攻めてきた場合、偶然他のゾディアックが遭遇してしまうということはあるかもしれないな」
「……本部長……」

 秘書の女が岩頭にジト目を向けるが、岩頭はそんな視線を全く気にした様子も見せずに口を開く。

「情報収集を密にしろ! 避難警報の方はどうなっている!」
「現在政府の上の方で協議中とのことです!」

 岩頭は、その言葉に当然すでに避難警報が出ており、最寄りのシェルターに避難しているという報告が来ると思っていた。
 それこそ、今の問いは確認の意味も込めたものだったのだ。
 だが、岩頭に問いかけられた女は首を横に振ってそれを否定する。

「はぁ? 協議中って何だ、協議中って……もう、ゲートは開いてるんだぞ! ……ああ、いや。すまん。別にお前を責めた訳じゃない」

 元々が強面の岩頭だ。
 テレパシーを使って政府の人員とやり取りをしていた能力者は、岩頭に怒鳴られて動きを止めてしまう。

「そ、その……ゲートは小さいから、こちらで何とか対処して欲しいと。ここで民衆を避難させるようなことをすれば、被害額は大きくなると……」
「……あの、糞野郎どもが」

 小さく、口の中だけで呟かれた岩頭の言葉だったが、不思議とその声は周囲にも聞こえた。
 その声を聞いた者の殆どが半ば殺意の込められたその言葉を聞き、背筋に氷柱を詰め込まれたかのような冷たいものを感じる。
 岩頭のそんな声に一瞬司令部の中が静まりかえり……

「っ!? 緊急の連絡! 南風家からです! 南風家のご子息二人が、現在ゲートが発生した山の近くにおり、魔力密度の濃い地域から抜けだし、連絡が入ったと!」

 次の瞬間、通信機器を担当していたオペレータの声が周囲に響く。
 ざわり、と。そのオペレータの言葉を耳にした瞬間、多くの者がざわめく。
 数秒前に岩頭が呟いた殺気混じりの言葉はすでに聞こえていないかのような、そんなざわめき。
 それだけ入ってきた報告の衝撃が大きかったのだ。

「南風家が? 何で南風家の者があの山に……いや、まぁ、いい。何にしろ情報は必要だ。向こうからは何て言ってきてる?」
「はい。ゲートが開いた山にはゴブリンが集落を作っており、その調査のために向かっていたらしいです。いえ、正確にはギルドでその依頼を受けたトワイライトの生徒と途中で合流したと」
「ゴブリンの? 東京の目と鼻の先にそんな集落があったのかよ。それはいい。それでどうした?」

 まさに東京のお膝元と呼べる場所にある山だったが、大変革前と違って全ての地域を完全に把握出来ている訳ではない。
 そうである以上、今回のような結果になってもおかしくはなかった。
 続きを促す岩頭に、オペレータは再び口を開く。

「はい。それで南風家の方々とトワイライトの生徒はゴブリンの集落を襲撃。その集落を率いていたと思しき上位種のゴブリンは倒したものの、不意にゲートが開いたと」
「ゴブリンの集落にいた上位種を倒して、ゲートが開く? また、妙にタイミングがいいな」
「ゴブリンの集落が、そのゲートと何らかの影響があると?」

 呟く岩頭の言葉に、秘書の女は訝しげに尋ねる。
 だが、そこにあるのはそんなことはありえないという判断だ。
 当然だろう。ゲートの発生を察知することは魔力分布や魔力密度といったもの、またはその際の気配を察することで出来るようになったが、意図的にゲートを開いたり閉じたりといった真似は出来ない。
 それこそ、一旦ゲートが開けば、自然とゲートが閉じるのを待たなければならない状況なのだ。
 そんな状況であるにもかかわらず、ゴブリンの集落にゲートを開く何かがあった……そう考えるのは、普通なら難しいだろう。

「ありえないということは、ありえない。……誰が言った言葉だったのかは分からないが、そんな言葉があったな」
「つまり、本部長はゴブリンがゲートのどうにか出来る能力を持っていると?」
「いや、ないだろうな」

 自分の言葉を即座に否定するように告げる岩頭に、秘書の女は白い視線を向ける。
 だが、岩頭はそんな視線を気にした様子もなく、口を開く。

「俺だって別にゴブリンがそんな能力を持っているとは思っていない。だが、何らかの偶然が重なった結果ゲートが開いたり、もしくは何かの道の道具を偶然拾ってそれでゲートが開いたりといった可能性はあると思う」
「……ありますか?」
「ゴブリンがそんな能力を持っていると考えるよりは、分かりやすいんじゃないか? とにかく、情報を集めてくれ。ゾディアックを派遣するにも、情報は多い方がいいからな」

 何かを誤魔化すように、岩頭はそう告げるのだった。
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