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25話
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突然声が聞こえてきたと思ったら、次の瞬間には自分たちを追ってきたゴブリンの集団が地面に倒れた。
白夜が体験したことを言葉に出せばそれで終わるが、実際にそれを体験した本人は何が起きたのかが全く理解出来なかった。
だが、それでも自分たちを追っていたゴブリンが全て地面に倒れているのは事実だ。
死んだのか、それともただ気絶しているだけなのか。その理由は白夜にも分からなかったが……
「これは……蛟!」
「ええ、間違いない。五十鈴様だ」
猛と蛟が、お互いに言葉を交わす。
その言葉が聞こえた中で、杏と弓奈は二人が何を言っているのか分からなかった。
いや、弓奈はともかく、杏は息を整えるのに精一杯で、そもそも二人の言葉が聞こえていないだろう。
(五十鈴?)
その単語に一瞬戸惑いの表情を浮かべる白夜だったが、元々女好きの白夜だ。命懸けで戦い、さらには異世界とのゲートが開いたにもかかわらず、白夜はすぐにその単語の意味を理解する。
初めて音也と会ったとき、ファーストフード店で顔を合わせた音也の姉。
「南風五十鈴か」
「……正解よ」
白夜が呟いた瞬間、その人物は姿を現す。
何人かの黒服を着た体格のいい男たちを従えたその姿は、傍から見るとどこか滑稽なようにも見える。
だが……それを滑稽ではないと見せているのは、その人物の持つ格のようなものが周囲の黒服の男たちを従えるのに相応しいものがあったからだろう。
それとは別に、白夜はその声を発した人物を見て唖然とした表情を浮かべる。
何故なら、その声を発した人物に見覚えがあったからだ。
いや、それは正確ではない。見覚えがあったということ事態は間違いないのだが、それは五十鈴として見覚えがあった訳ではないと表現するのが正しい。
ファーストフード店で会ったときとは違い、サングラスを外し、帽子を脱いでいるその人物。
「鈴風ラナ……?」
そう、白夜の視線の先にいるのは、南風五十鈴ではなく、鈴風ラナ。
写真集を買うほどのファンなだけに、白夜がその姿を見間違えるはずがない。
「え? 鈴風ラナ? 南風五十鈴? え? え?」
普段はそれなりに冷静な白夜だったが、その白夜がここまで混乱するというのは、滅多にないだろう。
もちろんここまで来れば、白夜も事情は飲み込める。
すなわち、南風五十鈴が鈴風ラナの正体だったのだと。鈴風ラナというのは、いわゆる芸名なのだろうと。
頭ではそれが理解出来ても、心では、そして身体ではそれが納得出来ない。
それだけ白夜にとって、鈴風ラナというのは大きな存在で、ファンだった。
「ふふっ、その辺はまたあとで……この件が終わってから話しましょう」
白夜に対する言葉遣いが以前と違ってはいたが、それは別に狙って行った訳ではなく、純粋に今の白夜の驚きようが面白かったためだ。
モデル……芸能人の鈴風ラナとして活動しているのは、五十鈴にとって半ば息抜きの意味が強かったのだが……それにこうまで驚いているというのは、五十鈴にとっても十分に満足出来る結果だった。
その辺りについて色々と白夜と話してみたい気持ちはあったが、今はそれどころではないのも事実。
弟の音也が蛟に背負われているのを確認し、安堵の息を吐く。
「これから撤退します。皆、彼らの護衛を」
五十鈴の言葉に従い、その周囲にいた黒服たちがそれぞれ行動に出る。
もっとも、行動といってもそれは白夜たちにとって害になるような行動ではなく、五十鈴の命令通りに白夜たちを守るといった形でだ。
特に白夜たち一行の中で最も疲れていた杏にいたっては、黒服の男がその背におぶり、早速移動を開始する。
「あ、あははは。……ちょっと照れるわね」
自分でも体力がないというのは自覚している杏だったが、それでもこの年齢になって男におぶさるというのは、色々と羞恥を刺激するらしい。
杏は魔法使いだが、同時に年頃の娘でもある。
そんな杏が、体格のいい黒服におぶるような真似をするというのは、どうにも慣れないものがあった。
「くくっ」
杏の照れた様子に、白夜の口から思わずといった感じで笑みが漏れる。
白夜の笑みが聞こえたのだろう。杏は黒服の男におぶわれたまま、不機嫌そうに白夜を睨みつけた。
「出発するわよ!」
だが、五十鈴はそんなやり取りを気にした様子もなく――もしくは気が付いてもいないのか――あっさりとそう告げ、出発する。
……ちなみに、この短時間で五十鈴によって気絶させられたゴブリンは、全てが猛と蛟の手によって息の根を止められていた。
すでに無力化したのだから……とは、誰も思わないし、当然のように二人を責めたりもしない。
繁殖力の強いゴブリンは、可能な限り数を減らしておいた方がいいからだ。
ここで何匹ものゴブリンが死んだことにより、人間の被害者の数は減る。誰もが、それを理解していたためだ。
「ま、待って下さい!」
五十鈴の言葉で歩き出した者たちは、黒服の男の一人が叫んだ言葉によって動きを止め、次の瞬間には迎撃の体勢をとる。
だが、叫んだ黒服の男が見ていたのは、白夜だ。……正確には、白夜の影。
そんな黒服の男の視線と、白夜の影を見た瞬間……白夜、杏、弓奈、猛、蛟、音也の六人と空を飛んでいるノーラは、何があったのかを理解する。
しかしそんな余裕の態度を取れるのは、一度白夜の影が勝手に動いているのを見ているからだ。
実際、初めてその光景を見る黒服の男達と五十鈴は、ただ唖然としながら白夜の影……正確には闇を眺めていた。
ゴブリンの死体が、呑み込まれていくのを。
「……ちょっと、白夜。貴方一体、何をしたの?」
五十鈴が鋭い視線を向けながら、白夜に尋ねる。
だが、そんな視線を向けられた白夜に出来るのは、疚しいところはないと両手を上に挙げ、首を横に振るだけだ。
「何をっていうか、何だかこの山に入ってから俺の能力が自我を持ってるかのように動くんだよ」
五十鈴の正体が鈴風ラナであると知った白夜は、最初どんな態度を取るべきか迷った。
だが、ゲートが開いた今はそんなことに構っている場合ではないだろうと、鈴風ラナに対する口調ではなく、音也の姉の五十鈴に対する口調でそう告げる。
……もっとも、五十鈴も黒服の男たちを従えていたり、猛や蛟に様付けで呼ばれているのを考えれば、決してただの一般人ではないのは明らかだが。
「能力が自我を? ……まぁ、いいわ。今はとにかく、少しでも早く山を下りるのが先決よ。東京……いえ、トワイライトやネクストでも、もうゲートが開かれたとことは察知しているはずだし」
そんな五十鈴の言葉に、それ以上何かを言うことはない。
他の者たちも色々と白夜に言いたいことはあったのだろうが、今は少しでも早く東京に戻る必要があるのだ。
この場所は、東京から目と鼻の先……とまでは言わないが、それでもかなり近い場所にある山だ。
そのような場所でゲートが開いたのだから、今は事情を知ることが出来る東京の上層部や、トワイライトやネクストでは大きな騒ぎになっているのは間違いない。
そこに少しでも早く、そして少しでも多くの情報を持っていく。
それが、現在白夜たちがやらなければならないことであり、最優先にすべきことだった。
(結局、何で異世界と繋がったのか……ゲートが開いたのか、全く分かっていないしな)
五十鈴たちを追うように、白夜たちも山を下りていく。
そうして歩きつつ、今更ながらに、何故こんなにも急にゲートが開いたのかを白夜は考える。
……もっとも、歩きながらでも白夜の視線が五十鈴の後ろ姿……優美で女らしい曲線を描いている様子に何度も視線を向けるのは白夜らしいのだろう。
鈴風ラナのファンなだけに、数日前に発売した写真集もしっかりと買った。
水着姿の鈴風ラナが写されているその写真集は、白夜にとっては家宝にしたいくらいの代物だ。
そんな、いっそ芸術的と呼ぶのに相応しい身体を持つラナ……いや、五十鈴が自分の視線の先を歩いているのだ。
そこに視線を向けるなという方が、無理だろう。
「っ!? ……何、今の、もしかして、ゲートの方で何かあった?」
一瞬、背筋に冷たいものを感じた五十鈴は、慌てて周囲を見回す。
最初に視線が向けられたのは、当然のように遠くの空に浮かぶゲート。
だが、ここから見る限りでは、特に何か変化があるようには見えない。
そうである以上、他に何か理由があるのだろうと周囲を見回すが、特に何もない。
そうして歩きながら周囲を見回していた五十鈴は、ふと自分に視線を向けてくる白夜に気が付く。
「……ねぇ。今、何かなかった?」
「何かって言われてもな。俺は普通に歩いていただけだし」
実際、白夜は特に何かした訳ではない。
じっと五十鈴の後ろ姿を見てはいたが、それだけだ。
(うん、別に俺が何かしたのを、五十鈴が女の勘で感じ取った……って訳じゃないよな)
そう、自分に言い聞かせる。
黒服におぶわれている杏からジト目を向けられた白夜だったが、その本人は何も後ろめたいことはありませんと、そう態度で示す。
白夜の頭の上でいつ毛針を飛ばそうかと隙を窺っているノーラを見れば、白夜がどのようなことを考えていたのか悟るのは難しい話ではなかったのだが。
一行はそんなやり取りをしつつも、山を下りていく。
幸いなことに、途中でゴブリンを初めとして新しいモンスターが出てくることはなかった。
もっとも、それが本当に幸いなことかどうかは、白夜にも分からなかった。
ゴブリンの数を考えれば、普通ならこの状況でまだ何度もゴブリンに襲撃されてもおかしくはないはずなのだ。
それが起こらなかったということは、それ以上の何かがあるのではないか、と。そう思ってしまうためだ。
(ゲートが開いたのは、ゴブリンの集落。そしてゴブリンの姿が思った以上に少ない。これに何かの因果関係を感じるなってのは、ありえないよな)
道を歩きながら、白夜は背後を……まだ空中に浮かんでいる異世界との接点、ゲートを見ながら考える。
白夜がそんなことを考えている間にも、一行は足を緩めることがないままに進んでいく。
「……見て」
歩いていると中、ふとそう呟いたのは弓奈。
そんな弓奈の視線を、白夜たちは追う。
そして視線の先にあったのは、山を下りていく熊や猪、鹿といった動物たち。
肉食獣と草食獣が、一緒に……それでいて争うこともないままに、山を下りているのだ。
それこそ、ここにいれば自分たちの命はないと、そう本能で理解しているかのように。
そして、何に本能的な恐怖を抱いているのかというのは、それこそ考えるまでもなく明らかだ。
「ゲートの規模そのものは小さいけど、それでも危険度は高い……と見るべきでしょうね」
歩きながら離れた場所を移動する動物を見ながら、五十鈴は忌々しそうに呟く。
その言葉に異論がある者はいないのだろう。誰も異論は口にせず……ただ、黙々と山を下りていく。
山を下りている途中で動物の群れに遭遇することもあったのだが、普段であれば人間に出会えば逃げるなり、襲いかかるなりしてくるだろう動物たちも、今はそんな余裕はないと白夜たちに構う様子もなく走り去る。
その光景が、さらに白夜たちの中にある不安を強めていく。
本来であれば、ありえない光景と言ってもいい。
動物の中には、モンスターの姿すらある。
逃げ出す動物やモンスターにとって、白夜たちの姿など全く関係ないのだろう。
今はとにかく、この危険な山から本能に従って逃げる必要があると、そう理解しているのはまちがいない。
「ここの猟師とかがいたら、かなりウハウハだろうな」
「……あのね、今この状況で言うことがそれ?」
呟く白夜の言葉に、五十鈴が呆れたように呟く。
だが、そうしながらも決して白夜の言葉を否定しないのは、その正しさを理解しているからだろう。
大変革後の世界では、人が暮らしていくだけで精一杯の日々が続いた。
そうなれば、食肉を育てる為の牧畜も大変革前より大規模に出来る筈がない。
結果として、東京に住む人々が食べる肉は他の余裕のある場所から運んできたものだったり、東京に住んでいる者が近くの山の獣を仕留めたり……といった行為が必要となる。
特に個人で肉を確保する場合には、狩猟が一番適しているだろう。
自分や家族、友人が食べる程度の肉を確保し、たまには近所や親戚に住む人々に分ける……そのような感じで。
そうした者達にとって、獣やモンスターが人の姿を見ても逃げず、それどころか固まって移動しているというのはチャンス以外のなにものでもない。
白夜も、今が余裕のある時であれば、獣を狩りたいと思いながら、山を下りていくのだった。
白夜が体験したことを言葉に出せばそれで終わるが、実際にそれを体験した本人は何が起きたのかが全く理解出来なかった。
だが、それでも自分たちを追っていたゴブリンが全て地面に倒れているのは事実だ。
死んだのか、それともただ気絶しているだけなのか。その理由は白夜にも分からなかったが……
「これは……蛟!」
「ええ、間違いない。五十鈴様だ」
猛と蛟が、お互いに言葉を交わす。
その言葉が聞こえた中で、杏と弓奈は二人が何を言っているのか分からなかった。
いや、弓奈はともかく、杏は息を整えるのに精一杯で、そもそも二人の言葉が聞こえていないだろう。
(五十鈴?)
その単語に一瞬戸惑いの表情を浮かべる白夜だったが、元々女好きの白夜だ。命懸けで戦い、さらには異世界とのゲートが開いたにもかかわらず、白夜はすぐにその単語の意味を理解する。
初めて音也と会ったとき、ファーストフード店で顔を合わせた音也の姉。
「南風五十鈴か」
「……正解よ」
白夜が呟いた瞬間、その人物は姿を現す。
何人かの黒服を着た体格のいい男たちを従えたその姿は、傍から見るとどこか滑稽なようにも見える。
だが……それを滑稽ではないと見せているのは、その人物の持つ格のようなものが周囲の黒服の男たちを従えるのに相応しいものがあったからだろう。
それとは別に、白夜はその声を発した人物を見て唖然とした表情を浮かべる。
何故なら、その声を発した人物に見覚えがあったからだ。
いや、それは正確ではない。見覚えがあったということ事態は間違いないのだが、それは五十鈴として見覚えがあった訳ではないと表現するのが正しい。
ファーストフード店で会ったときとは違い、サングラスを外し、帽子を脱いでいるその人物。
「鈴風ラナ……?」
そう、白夜の視線の先にいるのは、南風五十鈴ではなく、鈴風ラナ。
写真集を買うほどのファンなだけに、白夜がその姿を見間違えるはずがない。
「え? 鈴風ラナ? 南風五十鈴? え? え?」
普段はそれなりに冷静な白夜だったが、その白夜がここまで混乱するというのは、滅多にないだろう。
もちろんここまで来れば、白夜も事情は飲み込める。
すなわち、南風五十鈴が鈴風ラナの正体だったのだと。鈴風ラナというのは、いわゆる芸名なのだろうと。
頭ではそれが理解出来ても、心では、そして身体ではそれが納得出来ない。
それだけ白夜にとって、鈴風ラナというのは大きな存在で、ファンだった。
「ふふっ、その辺はまたあとで……この件が終わってから話しましょう」
白夜に対する言葉遣いが以前と違ってはいたが、それは別に狙って行った訳ではなく、純粋に今の白夜の驚きようが面白かったためだ。
モデル……芸能人の鈴風ラナとして活動しているのは、五十鈴にとって半ば息抜きの意味が強かったのだが……それにこうまで驚いているというのは、五十鈴にとっても十分に満足出来る結果だった。
その辺りについて色々と白夜と話してみたい気持ちはあったが、今はそれどころではないのも事実。
弟の音也が蛟に背負われているのを確認し、安堵の息を吐く。
「これから撤退します。皆、彼らの護衛を」
五十鈴の言葉に従い、その周囲にいた黒服たちがそれぞれ行動に出る。
もっとも、行動といってもそれは白夜たちにとって害になるような行動ではなく、五十鈴の命令通りに白夜たちを守るといった形でだ。
特に白夜たち一行の中で最も疲れていた杏にいたっては、黒服の男がその背におぶり、早速移動を開始する。
「あ、あははは。……ちょっと照れるわね」
自分でも体力がないというのは自覚している杏だったが、それでもこの年齢になって男におぶさるというのは、色々と羞恥を刺激するらしい。
杏は魔法使いだが、同時に年頃の娘でもある。
そんな杏が、体格のいい黒服におぶるような真似をするというのは、どうにも慣れないものがあった。
「くくっ」
杏の照れた様子に、白夜の口から思わずといった感じで笑みが漏れる。
白夜の笑みが聞こえたのだろう。杏は黒服の男におぶわれたまま、不機嫌そうに白夜を睨みつけた。
「出発するわよ!」
だが、五十鈴はそんなやり取りを気にした様子もなく――もしくは気が付いてもいないのか――あっさりとそう告げ、出発する。
……ちなみに、この短時間で五十鈴によって気絶させられたゴブリンは、全てが猛と蛟の手によって息の根を止められていた。
すでに無力化したのだから……とは、誰も思わないし、当然のように二人を責めたりもしない。
繁殖力の強いゴブリンは、可能な限り数を減らしておいた方がいいからだ。
ここで何匹ものゴブリンが死んだことにより、人間の被害者の数は減る。誰もが、それを理解していたためだ。
「ま、待って下さい!」
五十鈴の言葉で歩き出した者たちは、黒服の男の一人が叫んだ言葉によって動きを止め、次の瞬間には迎撃の体勢をとる。
だが、叫んだ黒服の男が見ていたのは、白夜だ。……正確には、白夜の影。
そんな黒服の男の視線と、白夜の影を見た瞬間……白夜、杏、弓奈、猛、蛟、音也の六人と空を飛んでいるノーラは、何があったのかを理解する。
しかしそんな余裕の態度を取れるのは、一度白夜の影が勝手に動いているのを見ているからだ。
実際、初めてその光景を見る黒服の男達と五十鈴は、ただ唖然としながら白夜の影……正確には闇を眺めていた。
ゴブリンの死体が、呑み込まれていくのを。
「……ちょっと、白夜。貴方一体、何をしたの?」
五十鈴が鋭い視線を向けながら、白夜に尋ねる。
だが、そんな視線を向けられた白夜に出来るのは、疚しいところはないと両手を上に挙げ、首を横に振るだけだ。
「何をっていうか、何だかこの山に入ってから俺の能力が自我を持ってるかのように動くんだよ」
五十鈴の正体が鈴風ラナであると知った白夜は、最初どんな態度を取るべきか迷った。
だが、ゲートが開いた今はそんなことに構っている場合ではないだろうと、鈴風ラナに対する口調ではなく、音也の姉の五十鈴に対する口調でそう告げる。
……もっとも、五十鈴も黒服の男たちを従えていたり、猛や蛟に様付けで呼ばれているのを考えれば、決してただの一般人ではないのは明らかだが。
「能力が自我を? ……まぁ、いいわ。今はとにかく、少しでも早く山を下りるのが先決よ。東京……いえ、トワイライトやネクストでも、もうゲートが開かれたとことは察知しているはずだし」
そんな五十鈴の言葉に、それ以上何かを言うことはない。
他の者たちも色々と白夜に言いたいことはあったのだろうが、今は少しでも早く東京に戻る必要があるのだ。
この場所は、東京から目と鼻の先……とまでは言わないが、それでもかなり近い場所にある山だ。
そのような場所でゲートが開いたのだから、今は事情を知ることが出来る東京の上層部や、トワイライトやネクストでは大きな騒ぎになっているのは間違いない。
そこに少しでも早く、そして少しでも多くの情報を持っていく。
それが、現在白夜たちがやらなければならないことであり、最優先にすべきことだった。
(結局、何で異世界と繋がったのか……ゲートが開いたのか、全く分かっていないしな)
五十鈴たちを追うように、白夜たちも山を下りていく。
そうして歩きつつ、今更ながらに、何故こんなにも急にゲートが開いたのかを白夜は考える。
……もっとも、歩きながらでも白夜の視線が五十鈴の後ろ姿……優美で女らしい曲線を描いている様子に何度も視線を向けるのは白夜らしいのだろう。
鈴風ラナのファンなだけに、数日前に発売した写真集もしっかりと買った。
水着姿の鈴風ラナが写されているその写真集は、白夜にとっては家宝にしたいくらいの代物だ。
そんな、いっそ芸術的と呼ぶのに相応しい身体を持つラナ……いや、五十鈴が自分の視線の先を歩いているのだ。
そこに視線を向けるなという方が、無理だろう。
「っ!? ……何、今の、もしかして、ゲートの方で何かあった?」
一瞬、背筋に冷たいものを感じた五十鈴は、慌てて周囲を見回す。
最初に視線が向けられたのは、当然のように遠くの空に浮かぶゲート。
だが、ここから見る限りでは、特に何か変化があるようには見えない。
そうである以上、他に何か理由があるのだろうと周囲を見回すが、特に何もない。
そうして歩きながら周囲を見回していた五十鈴は、ふと自分に視線を向けてくる白夜に気が付く。
「……ねぇ。今、何かなかった?」
「何かって言われてもな。俺は普通に歩いていただけだし」
実際、白夜は特に何かした訳ではない。
じっと五十鈴の後ろ姿を見てはいたが、それだけだ。
(うん、別に俺が何かしたのを、五十鈴が女の勘で感じ取った……って訳じゃないよな)
そう、自分に言い聞かせる。
黒服におぶわれている杏からジト目を向けられた白夜だったが、その本人は何も後ろめたいことはありませんと、そう態度で示す。
白夜の頭の上でいつ毛針を飛ばそうかと隙を窺っているノーラを見れば、白夜がどのようなことを考えていたのか悟るのは難しい話ではなかったのだが。
一行はそんなやり取りをしつつも、山を下りていく。
幸いなことに、途中でゴブリンを初めとして新しいモンスターが出てくることはなかった。
もっとも、それが本当に幸いなことかどうかは、白夜にも分からなかった。
ゴブリンの数を考えれば、普通ならこの状況でまだ何度もゴブリンに襲撃されてもおかしくはないはずなのだ。
それが起こらなかったということは、それ以上の何かがあるのではないか、と。そう思ってしまうためだ。
(ゲートが開いたのは、ゴブリンの集落。そしてゴブリンの姿が思った以上に少ない。これに何かの因果関係を感じるなってのは、ありえないよな)
道を歩きながら、白夜は背後を……まだ空中に浮かんでいる異世界との接点、ゲートを見ながら考える。
白夜がそんなことを考えている間にも、一行は足を緩めることがないままに進んでいく。
「……見て」
歩いていると中、ふとそう呟いたのは弓奈。
そんな弓奈の視線を、白夜たちは追う。
そして視線の先にあったのは、山を下りていく熊や猪、鹿といった動物たち。
肉食獣と草食獣が、一緒に……それでいて争うこともないままに、山を下りているのだ。
それこそ、ここにいれば自分たちの命はないと、そう本能で理解しているかのように。
そして、何に本能的な恐怖を抱いているのかというのは、それこそ考えるまでもなく明らかだ。
「ゲートの規模そのものは小さいけど、それでも危険度は高い……と見るべきでしょうね」
歩きながら離れた場所を移動する動物を見ながら、五十鈴は忌々しそうに呟く。
その言葉に異論がある者はいないのだろう。誰も異論は口にせず……ただ、黙々と山を下りていく。
山を下りている途中で動物の群れに遭遇することもあったのだが、普段であれば人間に出会えば逃げるなり、襲いかかるなりしてくるだろう動物たちも、今はそんな余裕はないと白夜たちに構う様子もなく走り去る。
その光景が、さらに白夜たちの中にある不安を強めていく。
本来であれば、ありえない光景と言ってもいい。
動物の中には、モンスターの姿すらある。
逃げ出す動物やモンスターにとって、白夜たちの姿など全く関係ないのだろう。
今はとにかく、この危険な山から本能に従って逃げる必要があると、そう理解しているのはまちがいない。
「ここの猟師とかがいたら、かなりウハウハだろうな」
「……あのね、今この状況で言うことがそれ?」
呟く白夜の言葉に、五十鈴が呆れたように呟く。
だが、そうしながらも決して白夜の言葉を否定しないのは、その正しさを理解しているからだろう。
大変革後の世界では、人が暮らしていくだけで精一杯の日々が続いた。
そうなれば、食肉を育てる為の牧畜も大変革前より大規模に出来る筈がない。
結果として、東京に住む人々が食べる肉は他の余裕のある場所から運んできたものだったり、東京に住んでいる者が近くの山の獣を仕留めたり……といった行為が必要となる。
特に個人で肉を確保する場合には、狩猟が一番適しているだろう。
自分や家族、友人が食べる程度の肉を確保し、たまには近所や親戚に住む人々に分ける……そのような感じで。
そうした者達にとって、獣やモンスターが人の姿を見ても逃げず、それどころか固まって移動しているというのはチャンス以外のなにものでもない。
白夜も、今が余裕のある時であれば、獣を狩りたいと思いながら、山を下りていくのだった。
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しかし、【@&¥#%】というスキルでは強いモンスターを討伐することができず、3年間冒険者をしてもスライムしか倒せなかった。
そんなある日、俺がスライムを10,000体討伐した瞬間、スキル【@&¥#%】がチートスキルへと変化して……。
これは、ある日突然、最強の冒険者となった主人公が、今まで『スライムしか倒せないゴミ』とバカにしてきた奴らに“ざまぁ”し、美少女たちと幸せな日々を過ごす物語。
勇者一行から追放された二刀流使い~仲間から捜索願いを出されるが、もう遅い!~新たな仲間と共に魔王を討伐ス
R666
ファンタジー
アマチュアニートの【二龍隆史】こと36歳のおっさんは、ある日を境に実の両親達の手によって包丁で腹部を何度も刺されて地獄のような痛みを味わい死亡。
そして彼の魂はそのまま天界へ向かう筈であったが女神を自称する危ない女に呼び止められると、ギフトと呼ばれる最強の特典を一つだけ選んで、異世界で勇者達が魔王を討伐できるように手助けをして欲しいと頼み込まれた。
最初こそ余り乗り気ではない隆史ではあったが第二の人生を始めるのも悪くないとして、ギフトを一つ選び女神に言われた通りに勇者一行の手助けをするべく異世界へと乗り込む。
そして異世界にて真面目に勇者達の手助けをしていたらチキン野郎の役立たずという烙印を押されてしまい隆史は勇者一行から追放されてしまう。
※これは勇者一行から追放された最凶の二刀流使いの隆史が新たな仲間を自ら探して、自分達が新たな勇者一行となり魔王を討伐するまでの物語である※
ママと中学生の僕
キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。
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